第七話 暗躍
ジェナシーの街に到着し、教会でカインたち護衛と別れたハーナム司教は司祭とともに応接室でゆっくりと紅茶を飲みながら雑談を楽しんでいた。
「もう各国から司教様や司祭も続々と集まっておられます」
「そうか……。わしも早く戻ろうと思ってたのだがの。老体に馬車の移動は辛いからのぉ」
実際にはハーナム司教は、神の使徒であるカインと同席できたことに、疲れなど忘れて会話を楽しんでいた。
老体には辛い馬車の旅も、カインが気を使い魔法をかけたお陰で、いつも以上に調子が良かった。それをわざわざ説明するわけにもいかず、司祭に話を合わせていた。
「今回は急な知らせでしたからね……。教皇様には残念で仕方ありません。各国に派遣されている司教様たちにとっては長旅になられますからお察しいたします。そういえば……司教様はどちらの枢機卿に……?」
司祭の言葉に少しだけハーナム司教の目は細められる。
実際に教皇選挙は四人の枢機卿の政治力だと言われている。いくら人格者であったとしても、投票するのは司祭や司教が一番多く選んだ者が新しい教皇になる。
事前に情報戦が始まっているのは当たり前であった。しかし司教としても投票の場まで誰に札を入れるかを言うつもりはなかった。
特に各国に派遣されている司教はその国の各街にある教会を管理している司祭の票も取りまとめている。全員がマリンフォード教国に戻るわけにもいかない為司教が代表して帰国しているのだった。
「……それはお主に話すことではあるまい。わしはエスフォート王国の各街に派遣している司祭たちの票も持っている。そんな簡単に話せるわけがなかろう」
「……これは申し訳ございません。そういえば……ハーナム司教の兄上、デンター枢機卿がおられましたね。やはり……?」
司祭に言葉にハーナム司教は眉根を寄せ、これ以上言葉はないと無言を通す。
司教の圧力に屈したのか、冷や汗をかいた司祭は回答を諦め謝罪の言葉を述べた。
「それにしても、ご注意ください。最近盗賊がでておりまして、教会の馬車ですら襲われていると聞いております。神殿騎士が巡回しておりますが、なかなか捕まらないとか……」
「それは何と痛ましい……。このマリンフォード教国にそのような者が……。それで被害の方は……?」
「それが……もう数人の司祭が盗賊の魔の手に……。司教様も手に掛かったと聞いております」
司祭は表情を歪め、悲しそうな表情をしながら現状を説明した。数年、または数十年に一度の教皇選挙であることから、ある程度の財を持ち歩いていると思われており、盗賊はそれを狙っていると説明した。実際に護衛を依頼する冒険者の宿屋の費用などを持ち歩いているため、それなりの金銭を持ち歩いており、またその財を持ち歩くための
「それは一大事。わしらも気をつけねばならんの。今回は護衛が優秀だから問題ないと思っているが……」
「優秀な護衛をお付けになられたのですね。それでしたら安心です。それでも盗賊はそれなりに大人数と聞いておりますからお気をつけください」
「心配すまぬな。情報感謝する」
情報に感謝した司教はエスフォート王国内での布教状況や、少しの雑談をした後、案内された部屋へと戻って休むことになった。
一人残された司祭は、戸棚から一本の酒のボトルとグラスを持ち出し、力を抜きソファーへ寄りかかる。
注いだ酒を一口飲み、喉に伝わる酒の旨さを堪能した。
「やはりそう簡単に情報は漏らさぬか……おい、いるか」
誰もいない応接室で声を掛けると、窓の側から黒い影が現れた。
「……こちらに」
司祭は今までとはまったく違う表情を浮かべた。
「ハーナムは黒だ。――処分していい」
「御意」
「あ、同行している護衛は優秀らしい。手を抜くなよ」
「……御意」
「話はそれだけだ。枢機卿様には私のことを頼んだぞ」
「もちろんです。きっとお喜びになるはず。それでは」
その言葉を最後に黒い影は消えていく。
「クックック。他に投票する老害の司教には消えて貰わないとな。これで俺は次の司教になれる日も近いはず。」
一人だけとなった司祭の笑い声が響いていた。
いつもありがとうございます。