週のはじめに考える ダンスをうまく踊る
2020年7月26日 07時48分
うまいことを言う人があるもので、コロナ禍への社会としての対応を二つの段階に分けて曰(いわ)く、ハンマーとダンス(The Hammer and the Dance)と。米国のライターがネット上で書いた記事から知られるようになった言葉だそうで、山中伸弥・京都大iPS細胞研究所長も自身のコロナ関連のサイトで紹介しています。
◆「ハンマー」の後が大事
「ハンマー」は、諸外国の都市封鎖、ロックダウンのような厳しい行動制限の段階。わが国の場合は木槌(きづち)ぐらいかもしれませんが、先の緊急事態宣言下の休業要請・外出自粛の時期が当てはまるでしょう。対して、制限を緩めて、経済の回復と感染拡大防止をうまくバランスしながらやっていく時期が、「ダンス」というわけです。やっかいな疫病の動きに柔軟に合わせて動いていく、というイメージでしょうか。
日本人の特に年配者にとってはダンスは苦手種目のイメージがありますが、もし、自然の脅威との柔軟なつきあい方をそう呼ぶのなら、話は違ってきます。
俵屋宗達の『風神雷神図屏風(びょうぶ)』は、どこかで一度は目にしたことがあるという人が多いでしょう。
古来、この国に生きる人を悩ませてきた豪雨や台風など自然の脅威。それを表象するキャラクターが風神、雷神です。しかし、宗達の両神は奇妙なことに、全然怖くない。にやけた、というか、愛嬌(あいきょう)のある顔に描かれています。漫画家の黒鉄ヒロシさんに言わせれば、妙に親しみがあって、まるで落語の「熊さん、八つぁん」。
ただ怖がるのではなく、戦うというより受け入れて、ともに生きていく。そんな日本人の自然とのつきあい方が表れているのではないか−。それが、Eテレ『日曜美術館』の中で披歴した黒鉄さんの“謎解き”でした。
毛色は違いますが、コロナも自然の脅威といえば、自然の脅威かもしれません。
◆Go To トラブル?
目下、人々は次第に日常を取り戻しつつも、一方で「三密」を避け、できるだけマスクを着け、こまめに手指消毒をしと、それなりに気をつけて暮らしています。いわば、みな、何とかうまくダンスを踊ろうと奮闘しているのです。
ですが、それを助ける情報を当局が十分に提供できているかというとそうでもない。
例えば、実際に起きた感染のパターンのようなものを示せないものでしょうか。既に三万人を超える感染例があるのですから、ある程度まで経路を追えて、こうして感染したと推定できるケースは少なくないはずです。
無論、感染者が特定されるような情報は不要です。Aさんは、既に感染していた人と、こういう場所で、こんな位置関係、これほどの距離で、これぐらいの時間、こういう接触をした結果、感染したようだ、といった類型をマスク着用や換気の有無など含めて、なるべくたくさん、わかりやすく示してもらえないかと思うのです。
ダンスをうまく踊る、という点で、今、心配なのは国民より、むしろ政府の方です。
しばらく前、東京で始まった再度の感染拡大は周辺、さらには地方へと広がり、おさまる様子がありません。ところが、そのさなかに、政府は国民に旅行を促す「Go To トラベル」事業を始めてしまいました。
観光業などの急回復をはかるための施策であり、大打撃の業界を助けること自体異論はありませんが、問題は時期です。本来はコロナ収束後のはずが、いつのまにか今月の四連休前のスタートに決まりました。しかし、東京などでの感染者急増で「延期」を求める声が各方面から澎湃(ほうはい)と。にもかかわらず、政府は「東京発着除外」の一部修正で見切り発車してしまったのです。
この感染拡大局面で、求められるのは人の移動の抑制。なのに、むしろ移動を促す政策を、しかも多額の税金を投入して打つというのはやはり間尺に合わない。事業が感染を広げる「Go To トラブル」になりかねません。決めたことに固執する姿勢は、柔軟にコロナの動きに合わせていくダンスとはほど遠いものがあります。
◆緊張と解緊の連続
最近の感染者の急増ぶりを見ていると、ハンマーの絵が頭にちらつきますが、今のところ政府には緊急事態宣言の再発出の考えはないようです。経済や暮らしへの打撃が大きすぎるという判断でしょう。でも、日本ボールルームダンス連盟のサイトによると、ダンスという英語の語源はdeanteという古ラテン語であり、それ自体、「緊張と解緊の連続」の謂(いい)だといいます。ワクチン到来の時まで、時に締め時に緩め、上手にダンスを踊っていきたいものです。
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