本日アップしたブログ記事:『放射線の妊婦(胎児)への影響』に関する詳細なコメントを、下松真之氏(ストックホルム大学IIES(国際経済研究所)助教授)より頂きました。私のオリジナル記事では触れることができなかった論文の実証方法に関する解説や、コメント欄にて頂いた疑問に答える、非常に示唆に富む内容となっております。本エントリにて全文をご紹介させて頂きますので、ぜひご参照下さい。
【他にも、私のブログを通じて専門的見地からコメントを寄せて下さる方がいらっしゃいましたら、ぜひ[yosuke.yasudaあっとgmail.com](あっとを@に代えて下さい)までお知らせ下さい。よろしくお願い致します。】
以下、下松氏から頂いたコメントを転載させて頂きます:
【他にも、私のブログを通じて専門的見地からコメントを寄せて下さる方がいらっしゃいましたら、ぜひ[yosuke.yasudaあっとgmail.com](あっとを@に代えて下さい)までお知らせ下さい。よろしくお願い致します。】
以下、下松氏から頂いたコメントを転載させて頂きます:
(1)我々にとっての最大の関心事は、この論文が、どの程度の放射能濃度の影響を論じているのか、そしてその濃度が現在の日本に関係するのか、ということだと思います。論文では、セシウム137の1平方メートル辺りの放射能量が平均44.1キロベクレルの地域と平均1キロベクレルの地域を比べています。この差が、我々が今よく耳にする放射線の強さ(グレイ及びシーベルト)にどう変換されるのかが残念ながら私にはわかりません。専門家の方、コメントお願いします。
(2)実証結果について、影響の大きさについて見てみます。中学卒業時(注1)の16科目平均の成績が、0.5ポイント(数学では0.7ポイント、国語では0.4ポイント)下がっています。平均は約12ポイントです。ポイント数は、優で20、良で15、可で10、不可で0なので、平均的な学生は5科目で良、10科目で可だと言えます。0.5ポイントの成績低下は、2科目で良から可になった、と換算できます。これが気を揉むほど大きな影響なのかは一人一人が判断すべき事だと思います。
注1:スウェーデンでは小中9年間一貫教育ですので「中学」という表現は適切ではありませんが、日本の文脈で理解できるようにしました。
(3)放射能以外の要因がこの結果をもたらした可能性について。推計方法は、まず、各個人の成績データ(及び他のデータ)から誕生年平均値と誕生月平均値を差し引きます。これによって、「とんちゃん」さんが指摘された誕生月の違いが要因という可能性は排除されています。次に、1986年8月から12月に生まれた人(1986年4月26日のチェルノブイリ事故から2週間内で妊娠8-25週目)と、その前後(1983年から1988年まで)に生まれた人を、各市町村で比較します。そうして得られた差を、放射能量の多かった市町村と少なかった市町村で比べます。したがって、市町村の間で学業成績が異なるという要因、及び、1986年8月から12月に生まれた人はスウェーデン中の母親がチェルノブイリ事故のニュースでストレスを感じたせいで学業が悪化したという要因は、排除されています。
1986年4月26日の事故から2週間の間で、放射線量の多かった市町村の母親の方がストレスが大きかったせいだ、という要因は推計方法そのものからは排除できません。しかし、もしストレスが要因であれば、出生時体重にも影響がでるのではないでしょうか(専門家の方、コメントお願いします。)。出生時体重については、わずかに4グラムだけ減った(平均は3484グラム)との結果が出ていて、かつ、全く減らなかった可能性を統計学的に排除できません。
(4)「同業者」さんのコメントについて。論文の著者の一人は知り合いなので、直接聞いたところ、Nature, Science,
Lancetにリジェクトされたのは事実です。リジェクトの要因としては(1)妊娠中だった母親の実際の放射線被曝量のデータがないので、メカニズムがはっきりしない、(2)推計方法の意義が理解されない、(3)臨床データではない、(4)著者が皆経済学者、が挙げられると言っていました。(2)と(4)はともかく、(1)(及び(3))はこの論文の最大の弱点であるのは確かです。しかし、微量の放射線量でも影響がある可能性をデータで示したことには意義があると思います。その点で、いたずらに不安を助長するデマとは性質が異なると思います。
(5)よねざわさん、論文中には対策については何も書かれていません。以下は私個人の意見です。学業低下の影響の大きさは、人生を左右するほどのものだとは思えません。両親が特に気を遣って学業をサポートしてあげる事で補う事ができる程度の影響だと思います。論文中では、父親の学歴が高卒以上の子供(約半数)は影響が小さかったという結果も出ています。(ここでの「父親の学歴」は何も意識しない状況でどれだけ子供の学業を両親がサポートするかの指標として解釈すべきだと思います。)
(6)私自身もこの論文に似た医療経済学実証の研究をしているので、その意味では、ここに書いた事は、同業者さんのおっしゃる「専門家によって保証された的確な情報」です。もちろん医学者・疫学者という意味での専門家ではありませんが。したがって、私自身に判断できないこと(放射線量と強さの関係、ストレスと出生時体重の関係)は専門家の方のコメントを依頼しています。
(2)実証結果について、影響の大きさについて見てみます。中学卒業時(注1)の16科目平均の成績が、0.5ポイント(数学では0.7ポイント、国語では0.4ポイント)下がっています。平均は約12ポイントです。ポイント数は、優で20、良で15、可で10、不可で0なので、平均的な学生は5科目で良、10科目で可だと言えます。0.5ポイントの成績低下は、2科目で良から可になった、と換算できます。これが気を揉むほど大きな影響なのかは一人一人が判断すべき事だと思います。
注1:スウェーデンでは小中9年間一貫教育ですので「中学」という表現は適切ではありませんが、日本の文脈で理解できるようにしました。
(3)放射能以外の要因がこの結果をもたらした可能性について。推計方法は、まず、各個人の成績データ(及び他のデータ)から誕生年平均値と誕生月平均値を差し引きます。これによって、「とんちゃん」さんが指摘された誕生月の違いが要因という可能性は排除されています。次に、1986年8月から12月に生まれた人(1986年4月26日のチェルノブイリ事故から2週間内で妊娠8-25週目)と、その前後(1983年から1988年まで)に生まれた人を、各市町村で比較します。そうして得られた差を、放射能量の多かった市町村と少なかった市町村で比べます。したがって、市町村の間で学業成績が異なるという要因、及び、1986年8月から12月に生まれた人はスウェーデン中の母親がチェルノブイリ事故のニュースでストレスを感じたせいで学業が悪化したという要因は、排除されています。
1986年4月26日の事故から2週間の間で、放射線量の多かった市町村の母親の方がストレスが大きかったせいだ、という要因は推計方法そのものからは排除できません。しかし、もしストレスが要因であれば、出生時体重にも影響がでるのではないでしょうか(専門家の方、コメントお願いします。)。出生時体重については、わずかに4グラムだけ減った(平均は3484グラム)との結果が出ていて、かつ、全く減らなかった可能性を統計学的に排除できません。
(4)「同業者」さんのコメントについて。論文の著者の一人は知り合いなので、直接聞いたところ、Nature, Science,
Lancetにリジェクトされたのは事実です。リジェクトの要因としては(1)妊娠中だった母親の実際の放射線被曝量のデータがないので、メカニズムがはっきりしない、(2)推計方法の意義が理解されない、(3)臨床データではない、(4)著者が皆経済学者、が挙げられると言っていました。(2)と(4)はともかく、(1)(及び(3))はこの論文の最大の弱点であるのは確かです。しかし、微量の放射線量でも影響がある可能性をデータで示したことには意義があると思います。その点で、いたずらに不安を助長するデマとは性質が異なると思います。
(5)よねざわさん、論文中には対策については何も書かれていません。以下は私個人の意見です。学業低下の影響の大きさは、人生を左右するほどのものだとは思えません。両親が特に気を遣って学業をサポートしてあげる事で補う事ができる程度の影響だと思います。論文中では、父親の学歴が高卒以上の子供(約半数)は影響が小さかったという結果も出ています。(ここでの「父親の学歴」は何も意識しない状況でどれだけ子供の学業を両親がサポートするかの指標として解釈すべきだと思います。)
(6)私自身もこの論文に似た医療経済学実証の研究をしているので、その意味では、ここに書いた事は、同業者さんのおっしゃる「専門家によって保証された的確な情報」です。もちろん医学者・疫学者という意味での専門家ではありませんが。したがって、私自身に判断できないこと(放射線量と強さの関係、ストレスと出生時体重の関係)は専門家の方のコメントを依頼しています。
コメント
コメント一覧
トゥゲッターでの議論と比べると、まだdefensiveな感じを受けるのですが。
リジェクトの理由の(1)ですが、「はっきりしない」(医学的にあるともないともいえない)なのか「ありえない」(医学的にはありえない)のどちらでしょうか。筆者ご本人から、そして安田さんが友人であるのなら前者にしたいというバイアスが心理的にあるのでは。いまこれだけ微量の放射能では身体に影響しないという宣伝されてる中では、医学的には「ありえない」、もしかすると筋の悪い実証分析だったのではないかとも。
いずれにせよ私も医療は、まして放射能関係など知らないので「専門家」として評価はできません。
その「専門家」の定義ですが、安田さん自身はこれまで当該分野で博士号を取得しているか、査読付き国際ジャーナルに公刊論文があるという基準をよくインターネットで提唱されていたと思います。私もそれに賛成です。ただ安田さんは医療経済学ではどちらの基準にも当てはまらないのではないでしょうか。また医療経済学を勉強されていても、放射能の身体的な影響について的確な、責任の持てる判断を下せるのですかか?
前の記事にたどりついた妊婦の方は、中には「リスク覚悟でこのまま現在地にとどまる」か「移動や住処を離れるストレスを覚悟して遠くへ移動する」か選択しようとしている最中で、より的確な情報を欲している方もいるのではないでしょうか。(実際、原発周辺エリアから他県への移動が進んでいます。)
そこでどうされますか?身近な人ならその赤ちゃんが自分自身にとっても大事でしょうし、何かあったら後々責められると思いますが。私ならこの論文を読んでも、「専門家」ではないので私自身は余計なことを言わず、医者の判断に賭けるよう薦めます。あるいは私自身の人脈をたどって放射能の研究者か医者にこの論文の評価を聞いてから、そこで初めてその妊婦にアドバイスします。
偶然変動がどのような偏りをもたらすかの吟味が必要
2つの群の等比性の担保
対照群の設定が外部比較か内部比較かによる交絡因子の影響の差 計測されていない交絡因子の影響
指標の妥当性 学力? これはコメントの先生もご指摘
「このような研究は推進されるべきじゃが、解析の方法論が恣意的にならないように注意が必要じゃ。
その観点では研究計画の審査の質が問われるじゃろ。
正しくない解釈で不安が増強されるのは不幸なことだし、制度の信頼性をも左右しそうだ。
制度そのものは、リスク評価だけではなく、その決定過程や、そもそも責任の所在をどう考えて、どのような思想で何を補償するのかというベースの論理構築が重要じゃろ。
その一方で、科学的な知見が制度構築の柱として使われることから、わかりやすく説明するという研究者の責任が問われるのではないだろうか。」
おっしゃるように私は医療経済学の専門家ではありません。そして、本研究の解釈に十分注意が必要であることは承知しています。(この点について、最初の記事ではきちんと明示的に触れておらず、誤解を招く表現になっていたと反省しております)
しかし
・当該論文が(私自身馴染みのある)経済学のジャーナルにきちんと採択されている学術論文であり
・現在一般ではほとんど知られていない、放射線の影響を示唆する可能性がある
以上、たとえ
・医科学的な因果関係が確立されていない
ものであっても、その重要性と緊急性を鑑みて、イチ経済学者として開示すべき情報ではないかと判断した次第です。(そうでなければ、専門外である医療経済の問題について、ここまで大きく取り上げることはありません)
決して「我々の分野が面白いというアピール」や「風説の流布」を目的として、こうした社会的に大きな影響を持つ情報を流しているわけではない点については、どうかご理解下さい。もちろん、だからといって私の考えに賛同して欲しいと言っている訳ではありません。重要性と誤謬の可能性が共に高いような情報を流すべきかどうかは、専門家の間でも意見が分かれる問題だと思います。
私は経済学も医科学も素人の一般人だが、「ネットの情報は玉石混交、それをどの程度信じるかは自己責任の世界」というのが当たり前だと思う。
読者は安田氏の記事とそこで紹介されている論文を読んで、その信憑性について自分なりの判断し、その後の行動に関する自己判断の参考にすればよいだけだ。
そういう心構えを持っている人間にとっては、参考情報が増えることはよいことでしかない。
そもそも、ある重要な問題について、専門家同士だって正反対のことを言い合うのはよく見られることで、ある不確定な事象について「絶対正しいと分かっていることだけしか発言してはならない」責任なんてどこにもないし、専門家だからといってその責任が過重されるわけではない。
なんで「今関東にいる妊婦が西に逃げるべきかどうか」みたいな判断を安田氏がしなきゃなんないの?そんなの自分の頭で考えろよ。
自分なりの情報収集と判断、決断をしたくない人はネットなんかで検索せず、ひたすら政府発表を信じてそれに従っていればよいと思う。
自分の頭で判断することをやめてしまった思考停止野郎がこの日本にどんだけ多いかを思うと、情けなくて涙が出そうになる。
子供を持つタイミングを計っているカップルにとっては有益な情報となり得るでしょう。
それが相対する結果の論文を参照する事もなくたった一本の論文の結果での発表であるというところに愕然とする。
ネイチャーがリジェクトした理由そのものがこの論文の欠点で有り、それ以上でもそれ以下でも無い。
この論文の解釈で特に問題なのは、真の原因が放射能だったときと、他の(わりとありえそうな)原因に撹乱されているときで、含意がほぼ反対になってしまうことだと思います。
もしストレスが真の原因だったら、ニュースに惑わされずに気にしないこと、という含意が出てきます。これは、放射能が真の原因だったときの含意-なるべくニュースを気にして出来得る限りの回避行動を取るべき-と反対になってしまいます。
また、論文内でも今までの議論でも撹乱要因としてストレスが特に問題にされていますが、この推計手法だとそれ以外にも、当該地域の人が他の地域の人に比べてより強く行動を変えたことが真の原因である可能性がありえると思います。例えば
-戸外に出るような運動(散歩)を控える
-(地産のものを控える等)食事の内容を変える
-一時避難をして住み慣れない環境で過ごす
といった行動に当該地域と他の地域で差がなかったというのは排除できないと思います。(例えば東京と大阪の妊婦に置き換えると、まさしくいま日本で起こっていることです。)
これらの要因が医学的にありえないとされているかどうかは僕には判断できませんが、仮にこれらのどれかが真の原因だった場合にも、普段と行動を変えないほうがよい、という含意になります。
論文の最後のところで、影響を受けた主な二つの地域のうち、当時は片方でしか騒がれていなかったけれど、両方とも有意な結果がでたから、放射能の直接の影響が有力なのではないか、と文章だけで議論しています。当時、当該の二つの地域と他の地域で人々がどのように思っていたかはともかく、どのように報道されたのかは、地元新聞や地元消防/警察の広報の記録を使ってある程度数量化できるので、統計的に頑健性を示してほしかったところです。
さらに、全国の人が一斉に行動を変えたのだけど、その結果として、当該地域の人が他の地域の人よりも強く影響を受けた、という可能性も撹乱要因としてありえるはずです。例えば、
1. ボスニア湾に面した街で放射能が観測された(これは事実)
2. そのニュースを聞いて、みんな一斉にボスニア湾で獲れた魚を食べるのを控えた
3. ストックホルム等の地域では北海で獲れた魚が入ってきたので食事内容はさほど変化しなかった
4. 当該地域(=ボスニア湾に面した街)までは、北海からの魚が流通してこなかったので、肉や卵で代替した
5. 真の原因は魚の摂取量の変化である
なんてストーリーもありえると思います。これも否定的な医学的知見があるかもしれませんが、僕には判断できません。実証の観点からいえば、当時の月次地域別の消費統計を使ってある程度の確認はできると思います。
いろいろありえるけれども、こういう相関関係があったことは統計的事実なので、学問にとっては、この論文によって範囲を狭められた有り得る決定要因を一つ一つ検証していくという態度が大事なんじゃないかと思います。一番関連するものとして、(もう既にそういう知見もあるのかもしれませんがなかったとしたら)出生体重を変えないような微量な放射線被曝が知能を変えるかどうかのマウスの実験をする、というのがあります。
同時に、この手の論文を読むときには、(筆者達が主張する因果関係としての解釈はさておいて)、論文で示されている条件付相関関係は何なのか、そのときの条件は何なのか、を吟味することが大事なのですが、残念ながらNY Timesの記事では全く省みられていないですね。
コメントどうもありがとう!
「当時、当該の二つの地域と他の地域で人々がどのように思っていたかはともかく、どのように報道されたのかは、地元新聞や地元消防/警察の広報の記録を使ってある程度数量化できるので、統計的に頑健性を示してほしかったところです。」
「学問にとっては、この論文によって範囲を狭められた有り得る決定要因を一つ一つ検証していくという態度が大事なんじゃないかと思います。」
には強く同意します。
本論文が2009年出版とまだ新しいので、補足・類似研究はまだほとんど出てきていないのかもしれません。ただ、今回日本で発生した原発事故によって、世界的にも急速に関心が高まっている重要なテーマだと思いますので、(自然科学者だけでなく)データの扱いに慣れた社会科学系研究者の貢献にもぜひ期待したいです。
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