駒選び3
ジュリアスとクリフトフのターン
フォルトゥナ公爵家のタウンハウスは、伝統と格式を感じる佇まいだった。
流石、サンディス有数の大貴族というべきか屋敷は勿論、応接間も見事なものだ。
艶やかな派手さよりも重厚な気品を重んずる調度品の数々は、歴史と風格を感じさせる。一つ一つが値打ち物だろうと伺わせるものばかり。
そして、それらはきちんと屋敷の一つの風景として溶け込むようにちゃんとおいてあり、趣味の良さを感じさせる。
広い庭も手入れが行き届いているし、きちんと屋敷の掃除も行き届いている。
今のジュリアスは使用人の御仕着せではない。糊の利いた白いシャツと青のタイ、上等な黒のジャケットは流行りの黒螺鈿細工の飾りボタンで、襟には銀糸と金糸で唐草の刺繍が施されている。それに合わせたのは上品な紫紺のベストとトラウザーズ。良く磨かれたこげ茶の革靴で足元を締めていた。姿勢が良く、スラリとスタイルの良いジュリアスに良く似合っている。
従僕のジュリアスではなく、ジュリアス・フラン子爵として訪れていた。
王太女であるアルベルティーナからの頼みを遂行すべくフォルトゥナ公爵家に来ている。あの姫君がジュリアスに事業を任せるのはこれが初めてではないが、今回はかつてないほど大規模なものだ。
アルベルティーナの草案に目を通し終えたフォルトゥナ伯爵クリフトフは何とも狼狽している。判りやすいことだ。
あの砂糖菓子のような姫君が作ったとは思えない出来栄えだろう。
彼女が出してきたのはお遊戯みたいな慈善事業ではない。きちんと浮浪者や孤児を労働階級に引き上げ、経済を回す意味を成す骨格を持っていた。
「これが……あの子が考えたのか? アルベルティーナが?」
「ええ、これであれば貧民層の問題がだいぶ片付きますし、空き家にたむろする犯罪者やならず者も叩き出せます。犯罪の温床の一斉摘発と一斉清掃ができます」
「だが、あの子の王太女としての費用を充てるというのか? それはその……」
昨今には前例がない程莫大な予算だ。
金遣いはどちらかといえば慎ましいが、育った環境もあり金銭感覚が一般からかけ離れたアルベルティーナは「足りなかったら言ってちょうだいね」といわんばかりだった。
一大事業に匹敵するものをポンと出してしまうあたり、あの世間知らず故だろう。だが、貧困街は普通の街よりも立て直しに行うことが多い。有難く受け取った。勿論、ジュリアスは貰った以上の仕事をするつもりである。
「その話題は資金集めに良いですね。一切沈黙していた第一王位継承権持ち主が、初めにするのが誰もが見捨てた貧困区の救済です……同調する貴族も集めやすいでしょう。
ましてや王太女殿下が貧しい民の境遇に心を痛めて出資しているのに、他の貴族が出さないなど恥をかくでしょうし。名家であれば、なおさらです。
元老会や王家も反対し辛いですよ。今まで問題の温床でありながら放置をしていました。
平民だって、治安の悪い場所に手が入り安全になると分かれば嫌な顔もしません。
フォルトゥナ公爵家も協力となれば、なお一層に盤石かと」
事実、あの場所の付近で起きた犯罪は、貴族より平民たちのほうがよほど被害に遭っている。
窃盗、暴行など可愛いものだ。中には死亡事件も起きている。
だが、一般市民にならず者たちを排斥する武力も資金的余裕もない。金も出さず手を掛けず、綺麗にしてもらえるなら諸手を上げて喜ぶだろう。
「ドレスや宝石類は……本当に興味がないのだな。一番喜んでくれたのは花くらいだ。
……しかし、アルベルティーナは政に関わるのは本当に初めてなのか?」
「御父上やキシュタリア様に引っ付いて領地を視察していたことなどはありましたね。
基本はお遊びですよ。本格的にやっていたのはキシュタリア様だけです」
「はぁああ……クリスもちょっと変わっていたが、アルベルティーナも……まあ、印象としては良いだろう。だが、フォルトゥナの名を強めに出してやった方がいいな。
あの子の名だけであまり大きくやりすぎると、それを利用して近づこうとする輩が増える」
「お願いいたします。こういったことに多少は興味があったルーカス殿下やレオルド殿下は謹慎中。エルメディア殿下は慈善事業どころか政治に一切興味なし。メザーリン妃殿下やオフィール妃殿下は、お茶会やパーティには積極的であっても慈善事業や視察には消極的。
稀少な王家の瞳の持ち主を城の外に出すのが難しい以上、アルベルティーナ殿下が望んでも視察や慰問すら難しい状況ですからね。
王家のイメージアップにはうってつけでしょうけど、当の殿下は狙ってのことではありません。公費を自分の物と思えないのでしょうね……『良く分からないお金を使わなければならないから、人の役に立つことをすればいい』程度の考えしかないかと」
昔からそうだ。今ではファッションの不動のトップブランド『アンダー・ザ・ローズ』が作られたきっかけはラティーヌのドレスだった。アルベルティーナが、義母に似合うドレスを着て欲しいということが発端だった。
新しいドレスが欲しいという望みは普通の令嬢のものだが、自分で資金を出してデザインから作るなんて発想はない。筋金入りの箱入りの結界育ちの幼い令嬢に、そもそも外の常識は通用しないのは仕方がないことだった。
小さな手がさらさらと何枚ものデザイン画を魔法の様に書き出した時、ジュリアスは唖然とした。
今までにない配色、今までにない形、今までにないドレスだった。
ファッションに精通していない、ましてや男性のジュリアスでも分かった。
このドレスは、間違いなく社交界や流行に革命を起こすと。
予想通り、公爵を伴いその真新しくも洗練されたドレスを纏ったラティーヌには一瞬にしてレディやマダムが詰めかけた。
今でこそ珍しくないマーメイドドレスだが、当時はすさまじい衝撃だった。
マーメイドラインは膝あたりまでは足に沿うように作られ、それより下あたりからは広がるような形だ。それまでAラインドレスや、プリンセスラインドレスが主流だったし、主流の色もピンクやイエローなど明るくはっきりした色合いが多かった。逆に、落ち着いた上品なブルーはなかった。
周りのごてごてとしたドレスに比べ、すっきりとしたラティーヌのドレスは奇抜さ以上に、洗練された垢ぬけたものだった。
それがまた、ラティーヌの体形や雰囲気に良く似合っていた。ドレスを手伝ったデザイナーや針子、着替えを手伝ったメイドも大興奮するほどの出来栄えだった。
そして、その後もお茶会や夜会のたびに見たことのないデザインの帽子や髪飾りやネックレス、扇、靴、鞄――それらを持ち、纏うたびに人だかりができた。
幸い、新しいものを持っていくときは必ず公爵であるグレイルがパートナーをしていたため、やっかみも少なかった。その分、周囲は褒めると同時にどこでそのドレスを作らせたのかこぞって聞きたがっていた。
ちなみに、原案・製作者であるアルベルティーナは愛らしい天使の笑みで「お母様とっても綺麗!」と暢気に褒めちぎりながら喜んでいた。当時、社交界にどれほどの激震が走ったかなど知らないに違いない。
今までの何倍ものお茶会や夜会の招待状がひっきりなしに来ていた。
愛娘が喜べば、魔王も嬉しい。そして、口には出さなかったもののロマンティック系の甘ったるいドレスを地味に嫌がっていたラティーヌは進んで贈られたドレスを選んだ。
アルベルティーナからの新しいプレゼントを身に着けるとき、ラティーヌは回数を重ねるごとに戦場に行く歴戦の猛者の風格になっていった。社交界という貴族の戦場にいくもののふであるので、ある意味間違いではない。
アルベルティーナは、昔からそうだった。何かを自分で独り占めするとか、自分だけ得をすれば、とか自分さえよければ、そういった考えが薄い。
「そ、そうか。あの辺りは再開発も遅れていたからな。後ろ汚い連中も多かった。いい機会だ。あの子に良い報告を上げたいものだ!
……ところで、ジュリアス・フラン」
「なんでしょう?」
アルベルティーナの王太女として充てられた資金は非常に潤沢だ。
王家の瞳の持ち主は、他の王族よりよほど色がつく。
だというのにアルベルティーナは必要最低限以下のものしか欲しがらない。はっきり言えばドレス一着すら作らせようとしていないし、宝石一つ購入しない。
慎ましいというより、本当に興味がないのだ。ましてや、グレイルの件で塞ぎこんでいて余計に物欲が消えている。新しい物より、思い出の品を大切そうに抱きしめて離さない状態だ。
だが、何もしていないわけでもない。
もともと公爵令嬢として最上級の教養があったアルベルティーナに足りないのは、王族としてのもの。ベラ曰く、もとより聡明なのであっという間に覚えてしまったという。そのうえ、自分から積極的に王家や国に関する書物を読み漁っていると聞く。
忘れがちだが、アルベルティーナの地頭は非常に良い。そして、なかなかの凝り性だ。
男性恐怖症と激しい人見知りもあり下手な家庭教師などは紹介できず、性格にやや難アリの歴史マニアが教育係になっているという。そのマニアな会話にも付き合えるらしいので、並みの相手ではすでに太刀打ちできないという。
姫君としてはやや逸脱している点はあるが、穏やかな美貌の王太女殿下の評判はいい。難を言えば、その美貌にやられた男性騎士をはじめとする護衛や使用人が何人もクビになっていることだ。
護衛の騎士すら既に女性の数が圧倒的に多い。それに伴い、女性騎士の重要性が上がり、台頭してきている。
それはさておき、何やらクリフトフの空気は重々しい。
「最近アルベルティーナが、マクシミリアン侯爵家と交流を持ち始めた。唐突に」
読んでいただきありがとうございましたー!
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