さて、さっぱり情報が足りないので金井博士の使っている数字は、どういった計算をしたのか逆算してみましょう。日本固有のPCR検査に関わる誤ったベイズ判定を用いたエセ医療・エセ科学デマゴギーでは、母集団1000人、罹患率10%、感度70%、特異度60〜99%がよく使われます。
これを試算すると面白いことが分かります。いろいろとパラメータを振ると、次の変数でバッチリでした。

金井博士の説を再現したベイズ推定
有効数字2桁で陽性的中率40%、陰性的中率99%となる
表のように
罹患率10%、感度90%、特異度85%とすると金井博士の説の通り、「陰性と出た場合、99%以上の確率で感染していないです。陽性と出ても、約60%は偽陽性(本当は陰性)とされています。」がバッチリ再現されます。
なお金井博士の説の通り、このような
あり得ない変数を使った場合、罹患率が下がると精度は次のように大きく下がります。

金井博士の説を罹患率1%で再現したベイズ推定
有効数字2桁で陽性的中率5.70%、陰性的中率99.9%(有効数字3桁)となる
表のように罹患率10%、感度90%、特異度85%とすると陽性的中率は5.70%、陰性的中率は99.9%となります。これでは検査の意味がないのですが、勿論事実と著しく異なる誤りです。計算上の遊びに過ぎません。現実には次のようになります。

現実の日本の罹患率とPCR検査の変数を使った試算
陽性的中率は100%、陰性的中率は99.7%(有効数字3桁)となる
表のように
罹患率4%、感度92%、特異度100%とすると有効数字三桁で陽性的中率は100%、陰性的中率は99.7%となります。
実際には全体の3‰の偽陰性が生じているので、医師による臨床判断、再検査、接触者の場合は自己隔離によって偽陰性の可能性を刈り取る必要があります。また妊婦の全員検査となれば罹患率はクラスター戦略により罹患率が高位に依っている実測値より大きく下がる可能性があります。
そこで罹患率5‰(0.5%)、感度92%、特異度100%として試算します。

想定される無作為抽出罹患率とPCR検査の変数を使った試算
陽性的中率は100%、陰性的中率は100%となる
表のように罹患率5‰、感度92%、特異度100%とすると陽性的中率は100%、陰性的中率も100%となります。全く問題ありません。
何故この様になるかと言えば、極めて単純明快で、
現実のPCR検査は、実績値で特異度が99.999+%から99.99+%あり、1千人から10万人程度の集団でしたら特異度は100%と扱って差し支えありませんし、百万人規模の集団でも数人から十数人程度(最悪想定でも数十人)しか偽陽性は表れず、しかも偽陽性を検出する仕組みが何重にもありますので実際には十分に警戒して運用すれば偽陽性の見逃しは、数千万〜数億人規模でもまず表れないからです。
仮に妊産婦の全数検査をしたとして出てくる結果は、とんでもないパンデミックとなり罹患率が大きく上昇しない限り、最後の表とそう変わらないと思われます。1000人の妊産婦のうち5組を母子共々守る事ができるのですからこの検査の効果は抜群です。何故しないの?
一体このエセ医療・エセ科学デマゴギーの出所はどこか?
金井博士が欺されたこのジャパンオリジナル・エセ医療・エセ科学デマゴギーですが、SNSでの医師の発言を検索すると面白いものが見つかります。
金井博士は、長野県産婦人科医会会長ということで産婦人科関連での怪情報の伝搬を見ていますと次のTwitterの発言にたどり着きました。(
キャッシュ)
ここで発言者の
室月淳博士は、このように定義しています。
「仮にこのPCR検査の感度を90%,特異度を90%とします(よく知りませんが,実際はさらに低いかも).」
実は、この特異度、感度に関するおかしな値では、特異度はいろいろ動くのですが、感度が大概70%です。感度90%は珍しいほうで、どうやら2月の早い時期から産婦人科医の間でPCR検査の特異度・感度について、感度を90%とした「事実から乖離した変数」が出回っていたようです。
特異度は90%より低いかもしれないと言及されていますので、流言の伝搬の過程で陽性的中率がピタリ40%になる特異度85%とピタリ50%になる特異度90%の二つのうちより悪い方が採用され伝搬したものと思われます。
さすがにこれ以上遡及するのに筆者は意味を見いだし得ませんので室月博士におかしなことを吹き込んだのが誰かは分かりません。一つの可能性として、産婦人科系学会の中で特異度85%、感度90%で、罹患率10%なら、陽性的中率40%、陰性的中率99%という独自のエセ医療・エセ科学デマゴギーが2月頃から伝搬していたものと思われます。
本来ならば、すぐに誰かが検算したり、実際の統計と照合してこのような誤った情報は早期に止めてしまいます。少なくとも理学系、工学系の学会では、ここまで程度の低い怪情報は、早期に一笑に付して止めてしまいます*。
〈*実は今問題となっているリニアモーターカーの開発の原点となっている、粘着式鉄道では時速330km程度が限界という本邦鉄道系学会での定説があった。ところがフランス国鉄がアッサリ粘着式鉄道で時速350kmをこえ、遂には500kmまでだしてしまった。この粘着式鉄道時速330km上限定説を誰が言い出したのか全く分からないことになり、いつの間にか消えてしまったが、そのときにはリニア長野実験線建設が始まっており、コンコルドの誤謬が今に続いている。この手の誤った情報により学会が汚染され取り返しの付かないことになる事例は工学系でも多い。この粘着式鉄道時速330km上限定説は、昭和50年代までの専門家の監修による児童向け鉄道図鑑、科学読み物には必ず記載されている。筆者の手元では、学研まんが「
できるできないのひみつ」内山安二p29に実物を見ることができる。歴史を消すことはできないのである〉