牙狼 -Beast Desire-   作:オストラヴァ

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01:来訪-Welcome to japaripark-

あなたは忘れてしまうでしょう

 

ともに過ごした日々と私のことを……。

 

私は忘れない。

あなたの声、温もり、笑顔……その優しく純粋な心

 

どれほどの時が経っても……

あなたが全てを忘れてしまっても……

私は決して忘れない

 

本当に、ありがとう

 

いつかまた、きっと私たちは出会えるから……

 

今は、さよなら……

 

 

 

 

ああ、トゥモエ……あるいはトモエよ…われらの声が聞こえぬか…

 

この呪詛に満ちた世界に降り立ち、やさしいせかいをもたらしたまえ

 

やさしいせかいを壊した忌まわしきあの黄金騎士に鉄槌を

 

あの忌み子を万苦の苦痛を与えよ

 

我らが「祝福の子」を奪いし黄金騎士を引き裂き、八つ裂き、あの方の供物にせよ

 

トモダチを増やし、トゥモエ降臨の聖戦に備えよ

 

忌まわしき魔戒騎士と魔戒法師を「絶滅」させよ

 

奴等に誑かされたフレンズたちを「解放」せよ

 

トゥモエはそれを望んでいる……すべては「やさしいせかい」のために

 

黄金騎士を誅し、トゥモエがこの世に降臨したときこそ、この世界は救済されるのだ。

 

さあ、救済の神話をはじめよう。

 

 

 

 

 

 

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雲一つない青空の下、一隻のフェリーが洋上を航行していた。

波模様も穏やかで、揺れも皆無だった。その甲板上では非番の船員たちが談笑したり船内の売店で購入した飲み物や弁当を楽しみつつ穏やかな海を眺めていたが、一人だけ備え付けのベンチに腰掛けながら神妙な様子で二枚の手紙を見ていた年若い男がいた。

 

緩く癖のかかった焦げ茶色の髪にたれ目の、一見すると女性のようにも見える中性的な雰囲気の男。

彼の名は「久遠 ひかる」といった。彼はある目的のため、とある島へと向かっていた。

 

その島はジャパリパークといった。

それは、この地球上のどこかに築かれた総合動物園。そこには、サンドスターと呼ばれる未知の物質を浴びた動物「フレンズ」たちが暮らす地。

ひかるがこの島に向かっていた理由はふたつ、それはパークの園長代行だった姉が行方不明になり、その遺品を回収するため。

そしてもう一つは、パークから届いた招待状……おそらくフレンズの誰かが書いたであろう、お世辞にも達筆とは言いがたい手紙だ。

 

なぜパークのフレンズから直接招待状が届いたかはわからない。だが、かつて姉が働いていたジャパリパークとフレンズはひかるにとって興味がないわけではなかったし、そしてもしかしたら、行方不明になった姉が見つかるかもしれないという望みもあった。

確証こそなかったが、ひかるの中では姉がまだ生きているのではないかという、そんな思いがあったからだ。

 

「……かなで、今どこにいるの?」

 

ひかるは姉の名を口にしながらそうつぶやき、首にかけている古ぼけたレンズのような何かを服の奥から取り出しながらそれを見た。

レンズの中心には、ピンク色に光る鳥居のような紋章が刻み込まれている。これはひかるの姉がジャパリパークから故郷に住むひかるに送られてきたものだった。そして、これが送られてきたのを最後にかなでは行方をくらました……今から5年前の事だ。

 

そんな中、フェリーの警笛が響き渡るとともにアナウンスが響き渡った

 

『まもなく、ジャパリパーク・日ノ出港に到着いたします。お乗りの方はお忘れ物がないか今一度ご確認の上、下船をお願いいたします。繰り返します、まもなくジャパリパーク・日ノ出港に到着いたします……』

 

それを聞いた船員たちはそそくさと持ち場に戻っていく。ひかるもまた、荷物を取りに船室に向かうべく甲板を後にしていった。

その途中、一人の青年とすれ違いながら。

 

 

 

 

 

 

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ジャパリパーク・アンインチホー、日ノ出港。フェリーはすでに港湾に接岸され、降り立った船員たちはフェリーに積まれた物資コンテナや機材の搬出であわただしく動いていた。

そしてひかるもまた、キャリーケースを引きながら港に降り立ちあたりを見回していた……すると、自分の近くに一人の青年がバイクを押しながら近づいてくるのが見えた。

 

「うわ、すごいバイク……」

 

ひかるは思わずつぶやいた。彼の押しているバイクはホンダ・ワルキューレルーン、いわゆるクルーザータイプ、アメリカンタイプと呼ばれる大型のバイクだった――ひかるはバイクについては門外漢だが、そのバイクも相まって青年から妙な威圧感を感じた。そして、彼がどう見ても普通の世界の人間ではないことも。

ひかるがそう考えてると、ふいにその青年と目が合った

 

「んあ? なんだいあんた、俺に何か用かい?」

 

その青年はひかるに気付き、彼に対して声をかけてきた……ウルフカットの茶髪に垂れた犬耳のような癖毛が印象的な、どこか野性的な雰囲気の青年だ。そのバイクも相まって、ひかるに威圧感を与えるには十分だった

 

「あ……いや、すごいバイクだなって思って」

 

ひかるは青年に声を掛けられ、思わずビクッと体が震えながらも彼にそう返す。だが青年の反応は、ひかるが彼に感じていたものとは全く真逆のものだった

 

「だろー? こいつはいいものだぜ。こいつはどこでも走れるし、文字通りどこまでも行けちまうからな! シベリアのツンドラやアメリカの砂漠もへいきへっちゃらってやつよ!で、お前は?」

 

青年はそれまで漂わせていた威圧感がウソのように、ひかるにからからと笑いかけながら返してみせた。そして彼はひかるに対して問うた。

 

「僕は久遠ひかるって言います。あなたは……」ひかるは青年に対して名乗りつつ、また青年

に対し問いかけた。

 

「久遠……? あいや、オレはユウキ・ヴィノクロフ。パークレンジャー候補生だ、よろしくな」

 

ユウキはひかるの名前に若干引っ掛かりを覚えるような態度をほんの一瞬見せたのち、笑みを浮かべながら手を差し出した

 

「あ、こちらこそ……」

 

ひかるはユウキが手を差し出してきたことに驚きつつも、彼が自分の抱いていた第1印象とは程遠い男だったことに安堵しつつ彼の握手に応じる。

 

「そういや、ひかる……だったっけ? お前、なんだってジャパリパークに来たんだ? スタッフ志望か?」

 

「あ、ええと……パークの探検隊ってところから招待状が届いたのもあったんですけど、行方不明になった姉の遺品を回収しに来たんです」

 

ユウキの言葉に、ひかるは少し沈みがちに答えた。

 

「行方不明…? そうか……悪い、ぶしつけな質問しちまったな。それにしても探検隊か――ジャパリパークは未だ多くの謎を秘めた島だしよ、きっと退屈しない冒険の日々が待ってると思うぜ。それによ、アニマルガールってのはみんな美女美少女揃いって話だろ? オレとしちゃお前がうらやましいぜ、なんたってフレンズにお近づきし放題だからな!」

 

ひかるの言葉に、ユウキは少しばつが悪そうに答えた。だが一方で、彼に姉がいたという言葉にユウキはわずかに眉が動く形で反応したが、ひかるはそれに気づくことはなかった

ユウキのそんなばつが悪そうな反応をよそに、今度はひかるがパーク探検隊から招待状を渡されたという話題に移した。

まだ見ぬアニマルガールなる存在に対して何かよからぬ妄想を抱いてるのか、思わずにやけるユウキを見てひかるは思わず苦笑してしまう。だがその時、エンジン音とともにピンクのランドローバー・ディフェンダー110が停車。ドアを開けて一人の女性が下りてきた。

ピンク色のレオタードにノースリーブの白い服と揃いのエプロンをピンク色のタイツ、髪までピンク色というピンクつくしの妙齢の女性。どこか眠そうな金色の瞳に加えて、明らかにヒトのそれではない髪と同じピンク色の毛皮に覆われた猫のような耳と同じく毛皮に覆われた細長い尻尾を生やしているのがわかる――そして、そのバストは豊満であった。

そう、彼女こそジャパリパークに暮らすヒトの肉体を得た動物――フレンズ(或いはアニマルガールか)。その一人である。

 

「――あら? あなたがたは……パークのお客様でしょうか? でもグランドオープンはまだ先のはず……」

 

「……むっ!」

 

その女性はユウキたちを見て、首をかしげながら問いかけた。一方でユウキはその猫のようなフレンズを見て目を見開き瞬時に彼女の顔からつま先を注視した……特に顔、胸、尻を。そして彼は彼女を見て、何を思ったのかそのまま両手を合わせた

 

『……え?』

 

ひかるとその女性は、ユウキのその唐突な奇行に思わず声を漏らした。

 

「いやあなに、美人さんを見たら必ずこうするのがオレのポリシーでね。生きてる証に感謝ってやつだよ!」

 

「は、はあ……」

 

「な、なんというか……変わったお方ですのねぇ」

 

ユウキはにわっと笑いかけながらその猫のフレンズとひかるに対してそう返す。ひかるはイマイチ飲み込めない感じでユウキの言葉に歯切れ悪く返し、その女性のフレンズは笑みを作りながらもほんの若干とはいえユウキから身を引いた。

そしてひかるは思い出したようにリュックサックから半ばしわくちゃになった招待状を取り出し彼女に見せつつ口を開いた

 

「あ、そうだ……保安調査隊から招待状が届いたんですけど」

「オレはパークレンジャーから辞令が来てな。ここの隊舎はどこにあったかな?」

 

ユウキとひかるはそれぞれ招待状と書状を見せながら彼女に問うた。

 

「あぁ、保安調査隊……探検隊の事ですね! パークの様々な場所を探索するから、最近は探検隊と呼ばれているんですよ。あ、それにパークレンジャーの隊舎はここから反対側にありますよ」

 

「ありがとさん。ところで……もしよければ君の名前を教えていただけますかな、お姉さん?」

 

ユウキは彼女に礼を述べたのち、彼女に近づきつつそう尋ねた。

 

「あら、わたくしとしたことが忘れておりましたわ。私はピーチパンサーと申します。お二方、どうぞよしなに」

 

不可思議なアニマルガールの女性、もといピーチパンサーはユウキとひかるに対して名乗るとともにエプロンの両端を掴んでわずかに持ち上げながら、笑みを浮かべ丁寧な所作で一礼してみせた。

 

「ピーチパンサーか、いい名前じゃねェか。良ければこれから此方のひかると一緒に三人で食事でも……って言いたいとこだが、俺も早いとこパークレンジャー隊舎に顔出してこねぇと。互いの道が交わることがあれば、また近いうちにあえるだろうさ。ひかる、ピーチパンサーちゃん、またな!」

 

ユウキは笑みを浮かべながら二人にそう返すとともに押してきたバイクに跨がるとともに右手中指に填められたスカルリングをフューエルタンク表面のスロットに差し込む。するとバイクのエンジンが唸りをあげて目を覚まし、ユウキはスロットルを捻りバイクを走らせその場から走り去っていった。

 

「ま、またどこかでー!」

 

「お誘いは考えておきますねぇ~。さあひかるさん、私もこれから探検隊隊舎の近くまで行くので、よろしければ乗っていきませんか?」

 

ひかるとピーチパンサーはは走り去っていくユウキを見送りながらそう口にし、そしてピーチパンサーはひかるに対して自身の乗ってきたランドローバーを指し示しながらそう問いかけた。

 

「いいんですか? じゃあ、お願いします」

 

「わかりましたぁ。シートベルトは忘れずにかけてくださいね?」

 

ピーチパンサーは笑みを浮かべながらそう返すとともに慣れた様子で助手席のドアを開き、丁寧な所作でひかるを助手席に乗るよう促す。

ひかるは助手席に乗り込むとともにピーチパンサーの言葉通りにシートベルトをつけ、一方でピーチパンサーは慣れた様子で運転席に乗り込むとともに差し込んであったキーを回しエンジンを始動。そのままギアを一速に入れ手慣れた様子でランドローバーを走らせていった。

 

 

 

 

 

 

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ピーチパンサーのランドローバーに揺られること10分、石畳で舗装された道を走りながら彼らはくだんの目的地である探検隊隊舎に向かっていた。

そんな中、ひかるはずっと運転していたピーチパンサーに気を取られていた……正確には彼女の耳と尻尾をだが。

 

「あら、どうかなさいましたか?」

 

ピーチパンサーはひかるが不思議そうな様子で自分を見ていることに気づき、視線だけをこちらに向けつつも運転を続けながら問う。

 

「ああ、えっと……そういえばピーチパンサーさん。その耳と尻尾は……」

 

ひかるは恐る恐るピーチパンサーに対し尋ねた。彼が気になっていたのは、彼女もさることながらその耳と尻尾だったからだ。

 

「ああ、これらはもちろん飾りじゃなくて本物ですよ。ひかるさんもすでにご存じかとは思いますが、ここジャパリパークにはヒトの姿を得た動物…すなわち『フレンズ』たちがたくさん住んでいるんですの。そして、フレンズの子たちは元になった動物の特徴が現れるんですよ」

 

「そ、そうなんだ……じゃあピーチパンサーさんは――あれ? ピーチパンサーなんて動物、いたかな…?」

 

ひかるはピーチパンサーの言葉に納得した様子で口にするが、直後にある違和感に気づき小さく呟いた。

ピーチパンサーなどという動物は聞いたことも見たこともないからだ。

 

「まあ、そう思うのは当然ですわねひかるさん。私の元になったのはーーあら?」

 

ピーチパンサーがひかるの質問に対し答えようとしたとき、彼女の視界に一人の人影が目に入る。

その人影はこちらを見て路肩からぴょんぴょん跳び跳ねながら手を振っているのが伺え、ピーチパンサーは慣れた手つきでランドローバーを減速させ人影の近くに停車させた。

 

「あ、ピーチパンサーさん! こんにちは!」

 

その人影はフレンズの少女だった。やや幼さを残した顔立ちに茶色い短髪、髪と同じ色合いの毛皮で覆われた大きな耳と尻尾、ノースリーブのシャツに首元のもこもこネックウォーマーに、脚の中心に行くにつれて白地の部分がくの字状に狭まっている茶色ニーハイと、淡い茶色のリボンが付いた白の靴を履いている。 そしてそのバストは豊満であった。

その少女はピーチパンサーの乗るランドローバーの運転席に近づき笑みを浮かべながら駆け寄るなりピーチパンサーに対して問うた。

 

「あらドールさん、こんにちは。……そういえば、今はお勉強の時間だったはずでは?」

 

 

ピーチパンサーはウィンドウを開きながらそのフレンズの少女――ドールに対してそう尋ねた。

 

「あ、えっと……今はちょっと休憩中かな。それより、その人は?」

 

ピーチパンサーの言葉にドールは一瞬視線をそらしつつも、しかし助手席の座っていたひかると目が合い、ピーチパンサーに対して尋ねる。

 

「こちらは久遠ひかるさんです。探検隊に招待されたそうですよ。ひかるさん、こちらはドールさんです」

 

「あ、えっと、こんにちは!」

 

ピーチパンサーはひかるとドールに対して互いに促し合い、ひかるは目が合ったドールの眼のやりどころに困りつつもとりあえずアイサツする形で返した。

 

「ドーモ、ヒカル=サン。ドールです! ってか今探検隊って――ってことは、もしやあなたが新しい隊長候補生さん!?」

 

ドールは一度両手を合わせてからお辞儀しながらひかるに対して名乗ったあと、興味津々といった様子で助手席のひかるに詰め寄りながら問うた。

 

「うわっ!? ああうん、一応そういうことになってるみたいだけど……」

 

「おおっ、やっぱりだ!」

 

ひかるは助手席越しにウィンドウから半ば身を乗り出してきたドールに思わず驚きながらも返し、ドールはひかるの言葉にさらに人懐っこい笑みを浮かべてみせる。

そしてひかるが相変わらずドールに圧されそうになっている中、今度はピーチパンサーが口を開いた

 

「うふふ、ドールさんはつい最近フレンズになったばかりなんですよ。森の中で右も左もわからずさまよってたところを、探検隊の方々が保護して連れてきたんです」

 

「はいっ! 私、探検隊の皆さんと一緒に色んな所を探検するのが夢なんです! だからもし、ひかるさんが探検しに行くときはぜひ私も連れてってくださいね!」

 

ピーチパンサーは相変わらずの様子で笑みを絶やさずにそうひかるに言い、それに続いてドールは変わらず人懐っこい笑顔を見せながらひかるに対してそう投げかける。

 

そしてひかるもまた、ドールに慣れてきたのか少し笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ああ、もちろん。もし僕が隊長になったら、その時は必ず君に声をかけるよ」

 

「ほんとですか!? その言葉絶対に忘れないでくださいね! ほんとのほんとに――」

 

ひかるの言葉に対してドールはいっそう助手席に向かって身を乗り出しながらひかるにそう言う――だがその直後、ドールの背後から別の女声が聞こえた。

 

「こらぁぁー!!」

 

ドールの背後から響いてきた、まさ幼さを感じられる女性の声。そしてひかるとピーチパンサーはランドローバーの車内からこちらに向かって走ってくる一人の人影が見えた――薄茶色のショートヘアにやや釣り気味の瞳、吊り上がったような逆五角形の眼鏡をかけた、白と薄灰色のセーターと、内もも側が淡い茶色になっている黄土色のレギンスを履いた少女だ。

そして彼女も例によらず、髪に隠れてわかりにくいが毛皮でおおわれた耳と細長い尻尾を生やしているのが分かる。また、そのバストは平坦だった。

 

「ゲェーッ!? み、ミーア先生!?」

 

ドールもまたその声に気づき、助手席に乗り出していた体を下ろしながら背後を振り返るなり、驚きを隠さずになぜか髪を右手で隠すような奇妙なポーズをしながら思わずその少女の名前を口にした。

 

「ドール! 今は授業中ですのよ!なのにまた勝手に教室から抜け出して!」

 

「い、いやあその……たまには校外学習もいいかなって思ったりして……ごめんなさい」

 

現れたフレンズの少女――ミーアキャットは腰に手を当てながらドールに対してそう詰問し、ドールはそんなミーアキャットに気おされながら苦笑いしながらしどろもどろにそう答えた。

しかしミーアキャットは腰に手を当てながらしばしじっとドールを見据え、そして根負けしたドールは観念したようにうなだれる。

 

「はあ……まあいいですの。でも抜け出すのはこれっきりにしてほしいですわ、最近のジャパリパークはいつにもまして物騒なのですから」

 

「うぅ、はぁ~い……」

 

ミーアキャットはため息交じりにドールにそう言い、ドールはすっかり折れた様子で尻尾どころか耳も垂れ下げながらしょげたように返す。そしてミーアキャットはピーチパンサーのランドローバーの助手席に座っていた、先ほどまでドールと話していたであろう男性――ひかるの存在に気が付いた。

 

「ところで、そちらの方は……? 見たところ新顔のようですわね」

 

ミーアキャットは目を細めながらランドローバーの助手席に座るひかるに対し問うた。

 

「えっと、僕は久遠ひかるです。あなたは……」

 

「わたくしはミーアキャットと申します。探検隊の教官で、この子――ドールの担任でもありますの」

 

ひかるはミーアキャットに対し名乗り、そしてミーアキャットもまたひかるに対して名乗り返した。

 

「ええ、そして未来の隊長候補でもありますのよ」

 

「隊長候補……そちらのひかるさんが?」

 

ひかるに続く形でピーチパンサーがからかうような様子でミーアキャットに対してそう言う。だが、ミーアキャットはその言葉に引っかかりを覚えたのか、少し訝しむ様子でひかるに尋ねる。

 

「あ、ああ。これが届いてね」

 

そしてひかるは思い出したかのように上着のポケットから招待状を取り出し、それをミーアキャットを見せる。そしてそれを見たミーアキャットは怪訝そうな表情を見せたまま口を開いた

 

「うーん、何かおかしいですわ。隊長候補の選考会はまだだったはず……とりあえずここで話をするのもアレですし、一度探検隊隊舎までご同行いただけませんか?」

 

「え? 別に構わないけど……何かあったのかな?」

 

ミーアキャットはその招待状を見てしばし小さくつぶやいたのち、ひかるに対してそう問いかける。ひかるもひかるで、何か間違いがあったのか少し不安になりつつも首をかしげながらミーアキャットの言葉に同意した。

ドールは少し話についていけないのか、首を捻りながらミーアキャットらを見ている。

 

「もしかすると、こちらで何か手違いを起こした可能性があります。あるいは、あなたが先んじてきてしまったか……」

 

「え……まさかそんなことは。確かに、これが届く前にパークのスタッフから行方不明になった姉の遺品の回収に来てくれって言われたけど……」

 

ひかるは若干の不安を覚えつつも、記憶に食指を伸ばしつつ何か不備がなかったかを考えつつもミーアキャットにそう返した。

だが思い返してみても、この招待状が届く少し前に届いたパークからの姉の事実上の訃報以外は何も怪しい所はなかったのだ

 

「――とりあえず、ここでお話するのもなんですし……隊舎までお送りいたしますわ。さ、みなさん乗ってくださいまし」

 

ピーチパンサーはそう言うとランドローバーの後部座席のドアのロックを外し、そのままドールとミーアキャットに乗り込むように促した。

 

「ではお言葉に甘えてそうさせていただきますわ。ドール、帰りますよ」

 

「はーい。お、なかなかいい座り心地ですね……」

 

ミーアキャットとドールはそのままピーチパンサーのランドローバーの後部座席に座り、ミーアキャットは慣れた手つきでシートベルトを締めて体を固定。一方ドールはシートの座り心地が気に入ったのか深々と座りながら、しかしシートベルトをせずに気持ちよさげにしていた。

 

「それでは、出発しますねぇ~」

 

ピーチパンサーは一同が乗った事を確認するとともに慣れた様子でランドローバーを発進させ、やがてランドローバーはその場から走り去っていった。

しかし、それを路肩にあった茂みに潜み見ている者がいることに彼らは気づかなかった……その正体は、30cm程度の小さな二頭身のロボット?だった。卵のような形状の赤と白のボディ、そして大きな耳とサングラス、何より異質なのはそんなファンシーな見た目に似つかわしくない無骨なショックピストル付きのロボットアームのような尻尾を備えた奇妙なロボット。

 

『ターゲットを発見、「さんくちゅあり」に緊急連絡――プロジェクト・パラダイスの初段構成要素を確認、プロジェクト・パラダイス、実行、実行、実行。「お守り」の強奪作戦を開始。エージェント派遣を要請、フレンズを拘束し「祝福」の投与準備を要請』

 

その小さなロボットは電子音交じりの音声を発するとともにどこかへと通信を飛ばすと、そのまま森の奥へと走り去っていった。

 

 

 

 

 

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ピーチパンサーのランドローバーに揺られること20分、ひかるたちは一軒の大きなログハウスの前に到着しそこで降り立った。そう、ここが探検隊の隊舎なのである。

 

「こちらが探検隊隊舎ですわ。それではわたくしはここで失礼いたしますね、そろそろお店に商品が届く時間ですので……お店はこの近くにあるので、隊長さんもぜひいらしてくださいね」

 

「ん、わかりました。ピーチパンサーさん、送ってくれてありがとうございます」

 

「ありがとうございます、ピーチパンサーさん!お店にも近いうちにいってみますね!」

 

ピーチパンサーはひかるとドールに対してそう言葉を交わすと、そのままランドローバーを走らせ去ってゆく。

 

「改めて、ここが私たちのお家です! ようこそ、隊長さん!」

 

ドールはいの一番にランドローバーから下り、目の前のログハウスを指し示しながら嬉々とした様子でそう言う。

 

「おお……なんか、よさそうだね」

 

ドールが示した探検隊隊舎を見て、ひかるは小さくそう口にした。

近くには澄んだ水を湛えた池や小さな森があるなど、ひかるが住んでいた故郷では遠くまでいかないと見れないような、ある種の田園風景めいた光景が広がっている。

 

「今はまだ隊長候補さん、ですわ。それに気になることもありますし」

 

「え? それってどういうーー」

 

「ドール、あなたはその前に抜け出した分の補習ですわ!」

 

「えぇーッ!? そ、そんなぁ!」

 

ドールの言った言葉にミーアキャットは釘を指すように訂正してみせ、ドールはそんなミーアキャットの言葉に首を捻りながら言い掛ける。だがミーアキャットは授業をサボったドールの件は忘れておらず、ドールは声を大にしながら驚きを露にしてしまう。

そしてドールの抵抗むなしく、ミーアキャットによって隊舎に引きずられていってしまった。

 

ひかるはそんなドールとミーアキャットに苦笑いしつつピーチパンサーのランドローバーから下ろした荷物を片手に隊舎に向かっていった。

 

 

 

 

 

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隊舎に足を踏み入れたひかる。とりあえずエントランスに自分の荷物を置き、ミーアキャットによるドールの補修を見守ることに決めた。

 

「――さあドール、お勉強に戻りますわ! まずは「お手紙の書き方」の復習から!」

 

「えぇー!? お手紙の書き方ならこないだ授業でやったじゃないですかぁ。先生の言う通りにお手紙を書いて、ちゃんとポストに入れましたよ?」

 

指揮棒を片手に言うミーアキャットに対して半ばぶーたれるような様子でそう返すドール。

 

「あの時のお手紙がちゃんと届いてるなら、お返事が返ってきているはずです。それに、近い将来あなたが探検隊の仲間を募る時はお手紙――すなわち「招待状」を送らなければなりませんの。招待状をきちんと書くことができないのなら、探検隊員なんて夢のまた夢ですわ」

 

「うぅーん……でもおかしいなあ。確かにちゃんと書いて出したはずなのに……」

 

指揮棒片手にいつのまにか用意していたホワイトボードで講釈を垂れるミーアキャットだが、ドールは一層机に半ば突っ伏しながら不平と疑念をこぼす。

そして、ミーアキャットは再びひかるに対して尋ねた。

 

「――さて、お待たせしましたわねひかるさん。実は先ほどから気がかりだったのですが……あなた、探検隊に招待されたそうですね」

 

「あ、ああ。いちおうその前にパークの方からかなで……僕の姉の遺品の回収に来てくれって連絡が来て、その少し後から招待状が届いたんだ」

 

ひかるはミーアキャットの質問に対して、逐一思い過ごしがないか確認しつつそう答えた。

 

「まあ、お姉さまが……不躾な質問をしてしまいましたわね、ごめんなさい。ですが、本来の隊長候補生の選考会は来月の予定ですのよ」

 

「え? でも招待状にはそんなこと書いてなかったけどな……」

 

ミーアキャットはひかるの姉の話を聞き思わずバツが悪そうに少し落ち込んだ表情を浮かべながらそう返し。ミーアキャットの言葉に首を捻りつつそう答えるひかる。とはいえ、探検隊の招待状が届くより以前に姉の遺品回収に関する書面がパークに来たことには変わりはなかったのだ

そしてミーアキャットは何か思い立ったのか、再びひかるに対して口を開いた

 

 

「そうだ、ひかるさん。あなたのもとに届いた招待状、よろしければ中身を見せていただけませんか?」

 

「あ、ああ。どうぞ」

 

ミーアキャットに促され、ひかるはジャケットのポケットにしまったままの招待状を再びミーアキャットに手渡し、ミーアキャットは招待状の封筒から中に入っていた手紙を取り出して読んでみる――そして、すぐに驚きの表情へと変わった

 

「こ、これは……!」

 

「あー!? それ、私が書いたやつだ! なんで隊長さんが持ってるんですか!?」

 

ミーアキャットは招待状の中に入っていた手紙を見て思わず声を上げた。そしてそれに気づいたドールがミーアキャットの背後から何事かと覗き込み、すぐにその手紙が自分が書いたものだとわかりひかるに問うた。

 

「なんでって言われても、さっきも言ったようにパークから手紙が来てそのあとにこの招待状がきたわけだし…僕もドールが書いた手紙だなんて知らなかったんだ」

 

「まさか、招待状がパークの外に送られたと? それもよりによって隊長候補さんのもとに……ひかるさんのお姉さまの件があったとしてもすごい偶然ですわね」

 

 

ミーアキャットは自身の髪を指先でくるくると回しながらそうつぶやく。

 

「ほへー…なんだか運命的ってやつですね。 乙女座生まれの私にとってはセンチメートルな気分になっちゃいますね」

 

「それを言うならセンチメンタルですわドール。というかあなた、何を見てそんなこと覚えましたの……?」

 

ドールが笑みを浮かべながら地味にずれた言葉を口にする中、ミーアキャットが目をひそめながら冷静に突っ込む。一方でひかるの眼には、ドールの背後にほんの一瞬ではあるが、どこぞの異世界で人型ロボットのパイロットをしていそうな金髪碧眼の男が守護霊めいて一瞬現れては消えたような錯覚を覚えた。

 

「それにしても、困りましたわね……手違いとはいえ形式上は探検隊から招待状を送ってる以上、追い返すのもかわいそうですし……」

 

 

ミーアキャットは顎に手を置きながら考え込みつつ呟く。

確かにドールの送った招待状がパーク側の手違いでひかるの元に届いたとはいえ、ひかるを探検隊に招待してしまったのも事実だ。

そんな中、ひかるが思い出したように片手をあげながら口を開いた

 

「あ、あのさ。もし僕の扱いで困ってるんだったら、ミライって人に聞いてみたらどうかな?」

 

「ミライさん? 隊長さん、ミライさんを知ってるんですか?」

 

ひかるが口にしたミライという人物の名前に、ドールは首を傾げながら問う。

 

「ああ、パークで僕の姉と一緒に働いてた人なんだ。会ったことはないけど、姉の手紙によく出てきてたんだ」

 

「なるほど、その手がありましたわね。ではわたくしのほうからミライさんに連絡をーー」

 

ひかるの言葉にミーアキャットが納得したような様子で広間の一画に設置された電話を取りに向かおうとした瞬間、玄関から呼び鈴が鳴り響いた。

 

「あれ? 誰だろう……サーバルさんたちが戻ってきたのかな? はーい今開けまーす!」

 

 

ドールは呼び鈴に気づき、そそくさと玄関に向かい扉を開ける。そこには、赤い髪の優しげな雰囲気の青年が立っていた。彼の着ている制服からするとパークレンジャーのようだ。

 

「こんにちは、ドールさん。こちらに久遠ひかるという方が来ていませんか?」

 

パークレンジャーの青年は優しげな様子でドールに尋ねた。

 

「はいっ、来てますよ! 隊長さん、パークレンジャーの人が来ましたよー!」

 

「噂をすれば、だね……わかったよ!」

 

ドールは相変わらずの人懐っこい笑顔でパークレンジャーの青年に答え、ひかるはドールの呼び掛けに応じ玄関にいるパークレンジャーの青年の元に駆け寄る。

 

「あっはい、僕が久遠ひかるですけど……どうかしたんですか?」

 

ひかるは首を捻りながらパークレンジャーの青年に問う。

 

「はい、実は先ほどミライさんから連絡がありまして、急用ができたので私が代わりにひかるさんをお迎えしてほしいと頼まれたのです。そして、そちらのドールさんも一緒に来て欲しいとも仰ってました」

 

「ほぇ?私もですか?」

 

「はい、あなたもです」

 

パークレンジャーの青年の言葉にドールは首を傾げながら尋ね、パークレンジャーの青年は彼女の言葉に即答した。そしてひかるは、再び口を開いた

 

「わかりました、じゃあ……案内をお願いできますか?」

 

「承知しました。外に車を用意してあるので、私が送っていきますね」

 

パークレンジャーの青年はドールとひかるに対し、外に止めてあったスタッフカーを示す。

 

「わかりました! それじゃあ先生、行ってきます!」

 

「寄り道は厳禁ですわよドール、ひかるさん!」

 

ミーアキャットはパークレンジャーに促されスタッフカーに乗り込むドールとひかるを見送りながらそう声を投げかけ、扉を閉めようとする……だが、直後に何かを感じ取ったのか一瞬動きを止めた。

 

「……気のせいかしら。今……何か妙な気配が」

 

眉をひそめながら、ミーアキャットは小さくつぶやいた。しかしその奇妙な気配はすぐに消え失せてしまった――あのパークレンジャーから感じたどす黒い気配。目の前に上等な肉を差し出された餓えた獣のような、そんな恐ろしい気配だった。

やはりあれは気のせいだったのか…だが同時に、ミーアキャットは妙な胸騒ぎを覚えていた。もしかすると、ひかるやドールの身に何か起ころうとしているのではないかと。

 

 

「ひかるさんの言う通り……ミライさんに連絡した方がよさそうですわね」

 

ミーアキャットはそう口にすると、ポーチに収めていた毛筆を取り出しつつ壁に固定された電話の受話器を手に取った。

 

 

 

 

 

 

の      の

 

 

 

 

 

 

午後5時。アンインチホーはすでに夕暮れに染まりつつあり、夜のとばりが下り始めていた。そんな中、ユウキはバイクにまたがりながら日の出港と隣接した町で海を眺めていた。

 

「久遠ひかる……あいつ、久遠かなでの弟だったのか」

 

ユウキは海を見ながら小さくつぶやいた。そう、ユウキは最初にひかると出会った時点で彼の正体に気づいていたのだ

 

『久遠かなで、そいつなら俺も多少は知ってるぞ。6年前の女王事変を解決したヤツの一人だったな――弟がいるということはユウジやリリアからの便りで聞いてたが、まさかこんなところで出くわすとはな』

 

ユウキに対して、何者かの男声がそう返した。その声の主は、バイクのフューエルタンクのスロットに固定されていた、彼が中指にはめていた骸骨の意匠を持った指輪。それが、かたかたと無機質な音を鳴らしながら人語をしゃべっていたのだ

 

「だけどそのかなでは突然行方をくらまし、続いてユウジも行方をくらました……『お守り』も行方知れずになったままな。そんで今、パークと探検隊から招待状と連絡状が同時に来たと。偶然にしちゃ、ちょっとばかし出来すぎてると思わねえかザルバ?」

 

『ああ、パークの配送部門が赤酒で酔っ払って適当に仕分けでもしねえ限りはな。あるいは――』

 

ユウキはその人語を話す指輪――ザルバに対してそう問いかけ、ザルバは変わらずかたかたと金属音を鳴らしながら皮肉げな口調でユウキに対してそう返す、いや返そうとしたその瞬間にユウキの着ているライダージャケットから小さな電子音が響いた。

ユウキがライダージャケットのポケットから仕舞っていたスマートフォンを取り出してみると、メールの着信を示しているようだった。画面には赤い封書のアイコンと「上にスワイプしてオープン」の文字が表示されている。

 

ユウキは慣れた様子でそのスマホの画面を親指でスワイプしてみると、封書が開かれるアニメーションのあとにおよそこの地球上の文字とは思えない奇妙な文字の羅列が並んだメールの文言が表示される。そして、メールの文章の最後尾には「なお、このメッセージは30秒後に自動的に削除される」という但し書きが添えられていた。

ユウキはそれを神妙な様子で声に出さずに読み通すとともにスマホを再びポケットにしまうとともに、バイクのハンドルに手をかける。

 

『仕事の時間か?』

 

ザルバがユウキに対して問う。

 

「ああ、どうやらフレンズとお近づきになるのはまた今度みてえだな。ザルバ、飛ばすぞ!」

 

ユウキはザルバにそう返すとともにアクセルを捻りタイヤをバーンアウトさせながら方向を反転させるとともに一気にバイクを急加速させ、日の出港の反対側にある森林地帯へと走り去っていった。

 

 

 

 

安穏とした時間は終わりだ。ここからは非日常だ。夜の闇に潜む魔獣とそれを狩るものたちの戦いから、決して目をそらすな。

 

 

 

 

 


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