「あなた……どちらさまですか?」 在宅勤務で初めて知る仕事中の家族の姿
ルーシー・フッカー、BBCビジネス記者
画像提供, Samar Small
サマール・スモールさん(左)の働く姿に、夫スティーヴンさんは驚いた
えーと、君は(あなたは)どういう仕事をしているんだっけ? 新型コロナウイルス対策のため自宅で働く人が急増し、それに伴い仕事中の家族の姿を初めて見るという人が続出している。
パートナーが職場で何をしているのか、ロックダウン(都市封鎖)が始まるまで実際にはよく知らなかったという人は大勢いる。
「私はただ、ママだったので」と、サマール・スモールさんはロックダウン前の家庭での様子を振り返る。自分が毎日何をしているのか、家族は特に気にもしていなかった。
サマールさんは、英郵政公社「ロイヤル・メール」の管理職だ。切手を大量発注する取引先(たとえばスーパー)とのやりとり、手紙転送サービスの管理、5月に計画し始めるサンタ郵便の手配など、様々な業務の責任を負う。
通常は英南西部カーディフの郵便センターで働く。同僚たちは自分の周りで、特に固定の机を持たず、その日ごとに座る場所を変える「ホットデスク」の仕組みで働いていた。
しかし、今年3月からというもの、サマールさんは台所のテーブルで仕事をしている。寝室が3つある二戸建て住宅の片側が自宅だ。彼女が台所で働いている周りを、夫や10代の子供2人がうろうろして、「ママ」が巨額の巨大プロジェクトについて同僚と打ち合わせるのを、聞くともなしに聞いている。
「ものすごい数字が飛び交うので。『200万ポンドって何ごと?』とか。予想もしていなかったみたいです」と、サマールさんは言う。
夫のスティーヴンさんは週末に、ロイヤル・メールに出勤する。その仕事内容はかつてサマールさんがやっていたことなので、夫が何をしているのかは、サマールさんはある程度把握している。しかし、妻の仕事内容をスティーヴンさんがここまで知るようになったのは、今回が初めてだ。
「実際の私は多分、夫が思っていたより頭がいいんですよ。なんちゃって!」と、サマールさん。
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サマールさんが仕事の電話を始めると、台所は「立ち入るべからず」区域になる
「ちょっとびっくりしました」と、スティーヴンさんは認める。サマールさんは表計算ソフトを次々と開き、金融や会計の専門的な略語を駆使し、仕入先や幹部と何時間も電話でやりとりをしているのだ。
仕事中の妻は徹底したプロフェッショナルで、ほかの人の立案に問題があると気づけば自信をもって堂々と問いただすし、会議では実に能弁ではきはきと発言する。その姿に、夫のスティーヴンさんは「仰天した」。
「まったく知らなかった」
「相手がどういう人かよく理解して、その人を愛して、一緒に生活していても、それでも相手がふだん何をしているのか知らない。それは良くあることです」と、心理学者のスー・ファースさんは言う。「パートナーが職場で何をしているのか知ると、まったく知らなかった側面を知ることになる」。
今まで知らなかった伴侶の様子を知ると、相手を前より尊敬するようになることが多いと、ファースさんは話す。家の中を切り盛りして子供たちの世話をするのがどれだけ大変なことか、外で働く親がロックダウンで初めて気づいて、パートナーをますます尊敬するようにもなるのも同様だ。
この学びのプロセスが、緩やかだった人もいれば、急激だった人もいる。イングランド北部シェフィールドの「カースティー」さんはフィナンシャル・プランナーだが、警察官の夫は自分の仕事内容を「ほとんどまったく」知らなかったはずだと話す(夫の仕事に配慮して、「カースティー」さんは記事中は仮名を使っている)。
「夫は私がどういう仕事をしているのか、まったく知りませんでした。ほかの人になかなか説明できなかったほどです」
それどころか、妻の仕事の責任の重さ、そしてその仕事の量に度肝を抜かれている。
「ロックダウン前は、私がどうしてすごく夜遅くまで働いているのか、まったく理解していませんでした。飲みに出かけてるんだろうとか、思っていたはずです」と、カースティーさんは言う。それが今では、彼女が毎日12時間は働く姿を、夫は目にしている。
そしてカーテスティーさんにしても、夫の職務について詳しくなった。警察無線が数分ごとに鳴るのだから、詳しくならざるを得なかった。
夫は警察官なのだから、すでにカースティーさんにはある程度の「耐性」はついていた。それでも、自殺案件かもしれないという連絡を聞くのはいつになっても辛いし、それは思っていたよりはるかに頻繁だった。
夫は刑事なので、検察庁に送る証拠をまとめなくてはならない。そのためには自宅でも、ラップトップに向かい、私たちと同じようにオンライン会議に出て同僚と打ち合わせをしなくてはならない。書類作業は多いし、それに加えて、扱う事案はショッキングでつらいものが多い。そういう案件について、関係者ともやりとりする必要がある。
何が起きてもプロフェッショナルな態度を崩さない夫は、とても見事だとカースティーさんは思っている。そして、事件捜査の最前線で働くとはどういうことか、以前より現実的に理解できるようになったと感じている。
「どれほど激務か、あまり理解されていないと思います。毎日のように、何を見なくてはならないか。何に対処しなくてはならないか」
「どちらさまでしたっけ」
お互いが自宅で働くことで詳しくなったのは、パートナーの仕事内容だけではない。働いている時の伴侶の様子、仕事上はどういう人格なのかも、知る機会となった。
画像提供, Alison Hinchliffe
アリソンさん(左)とスコットさんは、共に自宅勤務を通じて相手の知らなかった側面を知るようになった
イングランド北部グレーターマンチェスターに住むアリソン・ヒンチクリフさんは、「『仕事中』のパートナーがどういう人か、みんな知らないと思います。うちの彼がこないだ『じゃあセンスチェックしよう』と言っていて、私はもう『はあ? どちらさまですか?』という感じでした」と話す。
アメリカ企業で働く夫のスコット・ヒンチクリフさんは、オンライン通話アプリ「Zoom」を使った同僚とのやりとりで、アメリカ特有の業界用語をよく使う。それをロックダウンで初めて気づいたと、アリソンさんは言う。
スコットさんも、アリソンさんの知らなかった側面を見るようになったと話す。
「私は、低所得者向け住宅の家賃回収業務に関わっています。なので当然、問題を抱えて困っている人と大勢、電話でやりとりします」
アリソンさんは「自分はあまり感傷的な人間ではない」ため、電話口で相談相手とやりとりする様子を初めて耳にしたスコットさんは、「君がそんなに思いやり深い人だったなんて」と笑うのだそうだ。
伴侶に最終通告
自宅勤務で見えるようになるのは、必ずしもパートナーの良い面だけではないと、ファースさんは言う。相手が「鬼上司」で、それに気づいてしまった場合は、家庭内摩擦の原因にもなり得る。
たとえば、自分がカウンセリングをする企業重役の中には、会社にいるからこそ得られるアドレナリンによる高揚感が自宅では得られず、それで苦労する人も何人かいるという。
「その人にとって大事なのは競争すること、他人をコントロールすることだという、そういう人はずっと家にいるといらいらが高まるし、そういう人と一緒に暮らすのは大変です」
中にはそういう伴侶に最終通告を突きつけることになった人もいると、ファースさんは話す。仕事は書斎ですること、ほかの部屋には携帯電話は持ってこないこと――などだ。ファースさんが話をした企業幹部の中には、自宅で仕事していると自宅でも常に気が張っていてリラックスできないという人もいる。そういう人と一緒に暮らすのは、伴侶や子供にとっても大変だ。
ロンドンで心理療法クリニック「ハーリー・セラピー」を創設したシェリ・ジェコブソンさんは、初めて知った伴侶の仕事中の姿や、それに伴う問題は、上手に対処すれば、相手との関係性を傷つけずに済むと話す。
「1人の人間が職場では厳しい独裁者でも、自宅では穏やかで優しい人だというのは、十分あり得る話です。それが2人とも自宅で働いていると、相手の両面が見えてしまう。けれども、お互いのコミュニケーションと共感を大事にすれば、乗り越えられる問題です」
とはいえ、自宅で働くパートナーの仕事ぶりが実に素敵だったとしても、そこから嫉妬心が生まれる危険もある。たとえば、伴侶が同僚とあまりに仲が良すぎるのではないかと思った場合などだ。
「同僚とのやり取りの中に何か、色恋めいたものがちらつくようなら伴侶はすぐに気づいてしまいます」
加えて仕事そのものに関しても、自分のパートナーが同僚たちと見事に連携してバリバリと効率的に仕事をこなす様子に、「気後れしてしまう人はいる」のだという。
「自分の伴侶が思っていたより有能だと分かると、伴侶に負けたと思ってしまうこともあり得ます」
画像提供, Mattia Zambaldi
マッティア・ザンバルディさんは1日の予定をきちんと決めるのが好きだ。しかし、パートナーは逆だった
反対は引かれ合う?
幸いなことに、ロンドンの自宅マンションで並んで仕事をするようになったマッティア・ザンバルディさんとフランキー・ド・タヴォラさんは、張り合うどころか、相手の仕事ぶりを絶賛する。
2人の仕事の仕方はかなり違う。それに2人は気づいた。マッティアさんはサッカープレミアリーグ、アーセナルのスタジアム管理が仕事だが、フランキーさんはサッカーが好きではない。マッティアさんは毎朝6時半きっかりに起きるが、フランキーさんは9時半ごろに起き出して、マッティアさんの会議をさえぎる。
フランキーさんは「生まれつきひょうきんな性格」で、イベントなどの営業マネージャーとして、勤務時間やパターンはまちまちだ。
マッティアさんは健康的な姿勢を維持するため、姿勢矯正器を着けている。食事はいつも決まった時間にとる。
そして2人は、相手の能力を絶賛する。
画像提供, Frankie de Tavora
フランキーさんは、マッティアさんが自分らしさとプロ意識を両立させているのは素晴らしいとたたえる
「彼女はとても鋭い。分かりにくい内容をすぐに理解します。仕事の能力という意味で言えば、なぜ大企業のトップじゃないんだろうと思うこともあります」と、マッティアさんは言う。
「すごく感心しています。彼が全力で仕事をしているのがよく分かるので」と、フランキーさんは言う。
フランキーさんによると、マッティアさんは自分らしさとプロ意識を両立させているし、多彩な技術の持ち主だ。いずれ生まれる子供たちが、これほど有能な父親を持つことができるのは、とても幸運だと感じている。
そして隣り合って何時間も一緒に働いた経験から、2人は一緒にいる時間を減らすのではなく、もっと増やしたいと思うようになった。そのため、フランキーさんは職場に戻るのではなく、大学に入り直したいと考えている。そうすれば、週末や夜は2人で過ごせるので。
しかしその逆で、パートナーと一緒に仕事をしすぎるのは、良いことばかりだけではない。
「彼の音楽の好みが、本当に嫌になってしまった」と、アリソン・ヒンチクリフさんは言う。「フィル・コリンズは最悪。前から好きじゃなかったけど、今はもう耐えられない!」