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 「脱丸刈りをしていきたい」。高知県中学校体育連盟の軟式野球専門部は今年2月、県高校野球連盟主催の野球人口の減少について考えるシンポジウムの場で宣言した。専門部の教諭で話し合い、決めた。全県で足並みをそろえた異例の取り組みだ。

 埼玉県川口市の中体連が2016年に「野球人口増加プロジェクト」の一環で丸刈り強制禁止を推し進め、野球部員が増加傾向に転じていることを参考にした。これまでは各校に任され、丸刈りが当たり前で、丸刈りになるのが嫌で野球を続けない子も少なくなかったという。専門部長の結城慎二さん(43)らは少しでも門戸を広げようと考えた。「野球が盛んな地域では、古くからの『こうあるべきだ』という考えが根強い。それでも、野球を続ける壁となる要素は全部なくしていきたい」

 結城さんらを動かしたのは厳しい数字だった。高知県では、08年度に2037人いた県内中学の軟式野球部員が、昨年度1038人とほぼ半減していた。脱丸刈り宣言直後の今年5月時点では前年度から1人増えた。増加に転じたのは11年ぶりだった。

 日本高野連と朝日新聞社が5年ごとにしている実態調査では、頭髪を「丸刈り」と決めていた学校は、1993年では51%。98年は31%と減ったが、その後増えて13年には8割に。18年はやや減り77%だった。「特に取り決めず長髪も可」は93年19%。98年には41%になったが、その後減り13年は11%。18年はやや増えて14%だった。

 スポーツジャーナリスト生島淳さんは「スポーツは個人の自由を表現する手段。全員が同じ髪形をする必要性は感じない」と話す。「就職活動をする学生が皆同じような似たリクルートスーツを着るように、多くの人がリスクを恐れて丸刈りにしているのではないか」とみる。「寛容さが失われている社会の空気を反映しているようにも見える。そうした状況を見直す動きが出てきたのかもしれない」と話す。

 「さわやか」などと肯定的にとらえる人もいれば、厳しい管理の象徴と感じる人もいる野球部の丸刈り。一度は勢いを失った「脱丸刈り」に踏み切る強豪校もある。旭川大(北海道)はその一つだ。丸刈りを禁じて生徒の自律につなげられないかと模索する。

 練習後のミーティング。選手が帽子を脱ぐと、刈り上げた上の頭頂部付近は髪が伸びている。指揮を執って20年以上の端場雅治監督(50)が一昨年冬から「丸刈り禁止」とした。「髪を伸ばす自由がある中で、どう自己管理するか。自ら考える力や癖を身につけさせたかった」という。

 かつては大会前に全員が五厘刈りにした。しかし、09年夏以降、甲子園から遠ざかる。生徒の気質や取り巻く生活環境も変わり、受け身になる部員が増えたように思えた。厳しく管理するだけでなく自発的に行動できる人間形成につなげようと考えた結果だった。

 昨夏、北北海道代表として全国選手権に出場した。登板した楠茂将太さん(18)=現国学院大=は、なぜ野球部員は丸刈りなのか子どもの頃から疑問に思っていた。1年冬に丸刈り禁止を告げられ、戸惑ったが、「どんな髪形が適しているのか自分たちで考えてルールを決めて徹底できた。そうしたことを重ねたからこそ、チームが同じ方向を向けたと思う」。

 旭川大は昨夏、佐久長聖(長野)と甲子園初となるタイブレークの末、延長十四回で敗れた。だが、試合後の取材で質問が集中したのは選手の長髪についてだった。「たかが髪形なのに。他競技なら話題にならないだろう」。特殊な状況だと感じた。

 春夏通算8回出場の新潟明訓も、昨年12月からチーム全員で髪を伸ばすようになった。「丸刈りにしたくない」と経験者が野球部を避けることもたびたびあったという。提唱した波間一孝部長(54)は「必要性がないことは継続しなくてもいい」。身だしなみとして、帽子をかぶっても見苦しくない程度の長さにすることをルールとした。練習後にシャンプーで洗い、寮にはドライヤーの音が響く。

 岸本大輝主将(3年)は「髪を伸ばして野球をするという発想がなかった」という。野球を始めた小学1年からの大半を丸刈りで過ごしてきた。これまでは部室でバリカンで刈っていたが、今は約2カ月に1度は美容院へ髪を整えに行く。

 髪がプレーに直接与える影響は感じない。ただ、よりいっそう周囲の目は厳しくなったと思う。グラウンドの内外を問わず緩慢な動きをすれば「野球部なのに髪を伸ばしているからだ」と陰口を言われかねない通学の電車内での過ごし方など日頃の行動に気遣うようになった。

 昨年は公式戦で1勝もできなかったが、今春は県16強入り。2年ぶりに夏の勝利も挙げた。岸本君は「髪を伸ばしていてもしっかりしているんだ、と世間に見てもらいたい。甲子園に出たら全国にも影響を与えられると思う」と話した。(辻健治)

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慶応(神奈川)前監督の上田誠さんの話

 2015年まで指揮した慶応では、「エンジョイベースボール」を掲げて髪形は自由だった。今の球児らは、ある程度の覚悟を持って野球部に入る。だから丸刈りに抵抗がない、従順な子が集まっているといえる。丸刈りが嫌だ、気軽に髪を伸ばしたまま野球がしたい、と思っている層が減っていることの裏返しだろう。野球をしてきた40年間で、野球をするのに丸刈りにする必要性を感じないし、合理的な説明を受けたこともない。メディアが「球児は丸刈り」というイメージを植え付けたのも一因だろう。

 強豪校が脱丸刈りに転じるのは、野球が絶対的人気のスポーツでなくなった時代に髪形が野球をするうえで本質的な問題ではないと気付き始めているのではないか。野球振興のためには、裾野の拡大や各年代の連携など他に議論すべきことがたくさんある。

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