第二十話 リーベルト公爵
カインの自重のない行動に疲れ果てた上層部であったが、婚約発表については着々と準備は進んでいた。
そして明日、いよいよ婚約発表のパーティーが開かれる日となった。
グラシア領にいたガルムを含め、貴族達が続々と王都入りをしている。
王家が絡む婚約発表ともなれば、国全体の貴族が集まるのが習慣になっているからだ。
カインの衣装についても、国から派遣された商人達が集まり、採寸され式典の為の服が作られた。
「毎回毎回式典の為に作らないといけないのかな……」
愚痴を言うカインをコランが宥める。
「さすがに王家の婚約発表ですからね。国中の貴族が集まることになります。伯爵になりましたし、それなりの衣装を着ていないと格好がつきませんから……。しかも今日はティファーナ様の両親ともお会いになるのでしょう」
「うん、そうなんだけどさ……」
今まで会うことがなかったティファーナの両親が王都に到着した事により、これから挨拶と顔合わせに行く予定になっていた。
新しい服に袖を通したカインは、初めて会うティファーナの両親と会うことに気を重くしながらも馬車へと乗り込んだ。
カインを乗せた馬車は程なくして王城へと到着した。
ティファーナは王都に公爵家としての屋敷を持っているが、相手側からの指定があり今日は王城での対面となった。
初めて会うティファーナの両親を思い浮かべながら、メイドの後につき案内されるがままついていく。
程なくして一つの応接室につき、メイドがノックをした。
「シルフォード伯爵がお見えになりました」
「入れ」
扉の反対側からは、少し低めの声がした。その声を確認した後、メイドは扉を開け横に立つ。
中にはティファーナ、エディン、そしてその間にはティファーナやエディンと年が変わらない男女二人がいる。
カインは案内されるままその対面に座った。
エルフということで、耳は長く薄緑色をした髪を後ろに流しているのが父親であろう。見た目はエディンとそこまで変わることはないが、眼光の強さが際立っている。そして細身が多いエルフの中でも筋肉が服を押し上げている程鍛え上げられていた。
そして隣には、銀髪を腰まで伸ばしたまだ二十代に見える細身の女性が座っている。
「カイン・フォン・シルフォード・ドリントル伯爵です。リーベルト公爵にはお初にお目にかかります」
カインは挨拶し、二人に頭を下げた。
「カイン卿、顔を上げてよく見せてくれないかな」
対面に座っているレーサン公爵から声がかかった。カインは言葉の通りに顔を上げる。
レーサン公爵は何事も語らず、カインと視線を交わし続けた。
二分ほど無言の空間が続き、いきなりレーサン公爵が頬を緩ませ頷いた。
「ティファーナから年下と聞いていたから心配していたが、良い相手を選んだね」
レーサン公爵はティファーナに向かって笑顔を向けた。そしてカインに向き直り口を開く。
「カイン卿、君は神々に随分愛されているね。ティファーナの相手として文句の言い様がない。ただね……」
その言葉を聞き、エディンは額に手を当てて「やっぱり……」と呟いた。
「父親として――やはり君の実力を確かめたいのだよ」
その笑顔は、初めてティファーナと訓練場で出会った時の表情だった。
カインは、思わずティファーナの顔を見て思い出したのだ。
(ティファーナが脳筋なのって……もしかして……)
すでに戦いの前の笑みを浮かべているレーサン公爵に、後ろから頭を叩く者がいた。
「まったく……あなた、まず自己紹介からでしょう。ほら」
隣に座っていたまだ若く見える美女がレーサン公爵に注意をする。
思い出したかのようにレーサン公爵は手を打った。
「そうか、これは失礼したな。私はレーサン・フォン・リーベルトだ。隣にいるのは妻のティーナだ」
「ティーナ・フォン・リーベルトよ。カイン様、エディンとティファーナの母です」
ティファーナの姉と言われても誰も気づかない容姿をし、微笑んだティーナが挨拶をする。
さすが年の功であろうか、ティファーナとは違う大人の色気が漂っており、思わずカインも少し頬を染めた。
各自の挨拶が終わり、本題に入ることになった。
「もともとティファーナから手紙を貰った時に「やっと見つけたか」と思ったくらいだ。反対するつもりはない。たとえ正妻でないとしてもな……。ただ、相手がまだ成人前の少年で、ティファーナよりも強いと聞いて興味を持ったのだ」
笑みを浮かべながら話すレーサン公爵に、エディンが助言をする。
「カイン君は、あ、いや、カイン卿は今回の冒険者の申請も通り、Sランクに上がることになるから、実力的に見ても問題ないよ。人柄もね、もちろん領地の状態についてもリキセツ殿から話は聞いている。非の打ち所がない優良物件だと思うよ」
「こんな可愛い子を見つけるなんて、私がもっと若かったら代わりになりたいくらいだわ」
「ちょっ! ティーナ!」
「もう、冗談よ!」
レーサン公爵とティーナの会話を聞きながらカインも頬を緩ませる。
「でも、ティファーナはずっと剣に生きてきたから、今更貴族令嬢の真似事は出来るとは思えないけど宜しいかしら。性格も旦那に似ちゃってこんな感じだし……ね」
やはりティーナも娘がずっと騎士を目標にして育ち、国内最強と言われるまでになっていることに心配をしているようだった。
「すでに陛下もお認めになっていますし、僕としても特に問題はないです」
「そうだ! カインとは週に何度も|模擬戦しているんだから《愛し合っているんだから》」
堂々と言うティファーナをよそに勘違いしているレーサン公爵は顔を引きつらせる。
「――さすがにそれは早いのではないかな? まだ婚約前であり、カイン卿は成人してないであろう」
勘違いしていることに気づいたカインはすぐに否定をする。
「ちょっと待ってください。模擬戦ですから、模擬戦!」
カインの言葉にハッとしたレーサン公爵は、自分の勘違いに気付き恥ずかしそうに頭を掻いた。
「もう! 貴方ったら!」
同じ事を考えていたティーナも笑いながらレーサンの肩を叩く。
「そうだったか……。よし、わしもカイン卿と
満面の笑みを浮かべながらレーサン公爵はカインに話す。
「――はい……」
レーサン公爵の笑みにカインは顔を引きつらせながらも頷くのであった。
一同は応接を出て、近衛騎士の訓練場へと足を運んだ。
ティファーナが訓練している近衛騎士達にスペースを空けるように伝えるため先行して向かう。近衛騎士たちは休憩がてらに見学するようで、距離を取って座り込んだ。
一度レーサン公爵とカインは近衛騎士団の更衣室を借り着替えを済ませてから訓練場へと向かった。
途中、カインが納めた魔物の解体している担当者と会った。
「あ、カイン様、今、納められている魔物の解体が終わりましたので、残りを出してもらってもいいですか」
レーサン公爵が同行しているので、断りをいれたが、レーサンが手で制した。
「ほう、カイン殿が倒した魔物か。一度見せて貰いたいな。よし、わしも同行しよう」
「……わかりました」
三人は魔物の素材置き場へと赴き、場所を指定された所にカインはアイテムボックスより魔物を出した。
すでに何回かに分けて納入を済ませており、残りは
カインは最初に
その光景にさすがのレーサン公爵も唾を飲む。Aランクの魔物がこれだけ並べられていれば壮観なものである。
そして少し横に行きカインは最後の魔物を出した。
体長は二十メートルを超え、体高も十メートル、首のない
「こ、こ、これは……」
さすがのレーサン公爵でも、これだけの大きさの魔物を見たことが無かった。
天災級ともいえるSSSランクにされている魔物を見る機会などあるほうがおかしいのだ。
「これはSSSランクに指定されている
解体担当をしている騎士も、その岩山とも言える大きさを見上げながらレーサン公爵に説明していく。
「こ、この魔物はカイン卿が……もしかして……一人で?」
「そう聞いておりますね」
レーサン公爵は近衛騎士からの説明を聞き、目を見開く。
そしてカインに視線を合わせる。カインは恥ずかしそうにしながらも頷いた。
その姿を見てレーサンは盛大に笑った。
「あっはっはっはっは! うちの
やはりレーサン公爵もティファーナと同じ戦闘狂であった。
素材置き場を後にして二人は訓練場に赴いた。
訓練場に赴いた時にはすでにレーサンは笑顔であった。その姿にエディンとティーナは首を傾げる。
二人は空けられたスペースに木剣を持ち十メートルほど離れて対面した。
「カイン卿、胸を借りるぞ。ではっ」
レーサン公爵は一瞬にして
カインも瞬時に
さすがに上級者であろうか、剣筋はティファーナよりも鋭く、木剣にまで魔力が流されており、カインも驚きの表情をした。
国内最強と言われているティファーナよりも確実に強いとカインは感じた。
「やはりカイン卿、さすがだな」
笑みを浮かべるレーサン公爵は一度距離をとり魔法を唱えた。ティファーナの時と同じく風がレーサン公爵の周りを渦巻いている。
「ここからが本番だ。行くぞ!」
先ほどまでと段違いなスピードでレーサン公爵がカインに迫る。
(やっぱりティファーナよりも強い)
目に見えるほどに魔力で全身が包まれ、剣の先まで魔力が通っているのが見て取れる。
カインも『
ステータスが測定不能なカインが本気を出したら一瞬にてかたがつく。
魔力で強化されたレーサン公爵の木剣を一瞬で切り飛ばし、喉に突き付けた。
「ここまで……ですかね」
カインの言葉に、レーサン公爵は魔法を解き、木剣から手を離し両手を上げて降参のポーズをした。
カインも喉元に突き出した木剣を仕舞い、身体に纏っている魔力を解いた。
「いやぁー参った参った。ここまでとはな。やはりわしでは手も足も出んわ。――って油断は禁物だぞっ」
レーサン公爵はいきなりカインに摑みかかろうとする。
カインは一瞬でその右手を取り、懐に入り一本背負いでレーサン公爵を投げ飛ばした。全ては体術スキルのお陰だ。
投げた瞬間に腕を引いたお陰でレーサン公爵は尻餅をついたような状態になる。
「これも駄目だったか……さすがに本当に降参だ」
笑いながら服についた土を払いながらレーサン公爵は立ち上がる。
「文句ないな。安心してティファーナを任せられる。カイン卿よろしく頼む」
レーサン公爵が深々とカインに頭を下げた。
その姿に驚いたカインは、同じように頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
頭を上げた二人は握手をし、ティーナ、エディン達が見守る場所へと戻っていった。
いつもありがとうございます。
いよいよ発売日まで残り3日となりました。本日各書店様へ発送されており、首都圏の書店様では
13日の夕方から店頭に並んでいるかもしれません。
今回、大幅修正&新エピソード追加等頑張って加筆しております。
ぜひ、手にとっていただけるとありがたいです。