第十三話 ドリントルの代官
王都の屋敷で手紙の返事を書くのを早々に諦め、カインはドリントルの屋敷に転移していた。
兄であるアレクにも報告するためだ。
「えぇ!? 伯爵に陞爵だって!?」
執務室ではアレクの驚いた声が響き渡った。ダルメシアは上機嫌な顔をし後ろで控えている。
さすがに子爵に陞爵出来ただけでも想定外だったのが、一気に上級貴族である伯爵まで陞爵されたのだ。
そして今回失態を起こした罰として国への納税を行う事をアレクに伝えた。
申し訳なさそうなカインにアレクは微笑んだ。
「全然問題ないよ。人口増加で職業の斡旋も行なっているからすぐに徴税されても問題ない位の資産はある。逆にこれだけ健全な領地で免除されているほうがおかしいくらいだよ。しかも基本徴税でしょ? このドリントルだったら問題ないよ。倍納しても余裕はある」
アレクの言葉にカインはほっと胸を撫で下ろした。ルーラとローラの二人からもお祝いの言葉を送られ、カインは照れ臭そうに頭を掻く。
そして、あと一つアレクに伝えることがあった。
「それで……アレク兄様、来週、僕と一緒に王都に行ってもらいたいんです」
「うん……? さっき話していたお披露目会の準備の件じゃなくて?」
カインは一呼吸置いてから口を開く。
「実は……アレク兄様が――男爵に叙爵される事になりました」
カインの言葉にアレクは目を見開き、口をパクパクとさせている。
余りの驚きで声にならないようだ。
「な、なんで……急にそうなる!?」
さすがに優秀なアレクでさえ驚きを隠せない。
「実はですね――」
時は少し遡る。
謁見が終わり、応接室で国王達と今後の事について話し合っていた。
「陛下、お願いがあるのですが……」
「なんだ? カイン、そんな改まって……お前らしくない」
「実は、こうして伯爵に陞爵されると、ますます王都にいないといけませんよね……」
「年の半分は王都にいてもらわないと困るな。お主が領地の篭っておったら何を仕出かすか想像もつかんから余計だな」
カインは一呼吸置き口を開く。
「ドリントルも発展してすでに人口は一万を超えております。これから更に発展していくでしょう。私が王都にいるのが長くなると代官をしている兄のアレクに負担をかける事になります。ドリントルの近くには魔物の森や、その中にはダンジョンもあります。何かあった時に代官が平民では――」
「カイン、そこまでで良い。お主の言いたい事はわかっておる。お主も上級貴族の仲間入りだ。代官は貴族の方が良いであろう。対外的にもな……男爵に叙爵してやるぞ」
国王がマグナ宰相に視線を送ると、何も言わずに頷いた。
カインの突発的なお願いにはガルムも驚いたが、長男のジンはガルムの跡を継ぎ辺境伯となる予定だ。こうしてカインが伯爵になり、次男であるアレクだけが準爵という扱いになることに気づくと笑顔を浮かべた。
「陛下、私からも礼を言わせてください。ありがとうございます」
テーブルに手をつき頭を下げるガルムに合わせてカインも頭を下げた。
「もう良い、二人とも頭を上げてくれ。ドリントルの開発を主導しているのはその兄の手腕もあろう。叙爵しても特に問題にならん。すでに成人もしておるしな」
笑う国王に二人は頭を上げた。
その後、部屋を退出してガルムと二人で少しだけ話をした。
「カイン、ありがとう。アレクに対してもそこまで気を使ってくれるとはな。これで父として安心が出来る」
「いえ、アレク兄様は本当に優秀ですからね。街の発展には必要な存在ですから」
「叙爵をしたら来週はお祝いだな」
「そうですね」
二人は笑いあった。
「――って事で決定しました」
カインの説明でアレクの目は真っ赤になっていた。両手で顔を隠し無言の時間が少しの間過ぎ去った。
「カイン……本当にありがとう。本当に優秀な弟を持って僕は幸せだよ」
嬉し涙を浮かべたアレクの言葉にカインは首を横に振った。
「アレク兄様が優秀だからこそ、陛下がお認めになったのです」
二人の会話にルーラとローラは貰い泣きし、ダルメシアは微笑んでいる。
カインとアレクは手を取り合った。
「このドリントルの街を何処よりも立派な街にしてみせる。任せておいてくれ」
笑顔でアレクは答え、それにカインは頷いた。
「宜しくお願いしますね、アレク兄様」
「もちろん――カインの魔力をフル活用させてもらうけどね」
アレクの言葉にカイン含め全員が笑った。
そして数日が経った。
「アレク・フォン・シルフォードを男爵と叙する。これからもドリントルの代官として務めよ」
「ははっ、ありがたく受けさせて頂きます。エスフォート王国の発展の為に誠心誠意務めさせていただきます」
謁見での叙爵が終わり、無事アレクは男爵となることができた。
そしてガルムの屋敷で内輪のお祝い開かれる事になった。
アレクの叙爵が決定した時に、王都から早馬を使い、領地で代官をしているジンと母のマリアも王都に呼び寄せたのだ。カインが転移魔法で迎えにいくと進言したが、ガルムから断られた。
「この王都まで来る旅も領主になるための訓練なのだ。顔を売りその街の状況を確認する。それも貴族の役目だからな……しかも毎回カインを頼るわけにもいかないだろう」
ガルムの言葉に頷くことしか出来なかった。
早馬を使って連絡をしたため、叙爵前日にジンとマリアは王都に着くことができた。
ガルムから説明を受けたマリアは涙を流し喜び、カインを見つけると思い切り抱き締めた。
「カイン、本当にありがとう。貴方のお陰でアレクも貴族当主として独り立ちできたわ。本当にありがとう」
マリアも三十代後半だが歳を感じさせない美しさを持っており、抱き締められて弾力のある胸に挟まれたカインの顔は真っ赤になっていたのは言うまでもない。
シルフォード家がガルム邸で勢揃いして、内輪でお祝いがされた。
全員がグラスを掲げ、シルフォード家当主であるガルムが挨拶をする。
「三男であるカインが伯爵に陞爵され、そして婚約も発表された。そしてアレクが男爵へと新たに叙爵される事になった。これで男子全員が貴族当主として自立出来たと言う事だ。こんなに嬉しい日はない。二人ともおめでとう! 乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
レイネとカインの二人だけは未成年のためジュースとなっている。二人以外がワインに酔い笑顔を浮かべ、ガルムも本当にご機嫌なようだ。
楽しい会話は時間を過ぎるのを忘れ遅くまで続いたのだった。
カインは王都の屋敷で机に向き合って満面の笑みを浮かべている。しかも鼻歌付きでだ。
「カイン様、凄いご機嫌ですね。何か良い事でもありましたか?」
執務室の入り口で控えているコランが笑みを浮かべるカインに質問をした。
「それはもう……ね?」
カインはそっと視線をテーブルの片隅に向けた。それで気付いたコランは成る程と頷く。
「もう少ししたらドリントルに行ってくるよ」
「そうですね……ただ、まだまだ増えそうですよ?」
「やっぱりそう思うかな。もう少し待とうかな」
カインとコランの二人は部屋の片隅を見て笑みを浮かべた。
数日が経ちカインは時間を作りドリントルの街に来ていた。その顔は満面の笑みを浮かべている。
「アレク卿、どうですか?」
カインに「卿」を付けて呼ばれた事に、アレクは照れ臭そうにしながら頬を掻く。
「何とかね……特に何も変わったことはないし……それにしてもカイン、今日はどうしたの? その笑顔怖いよ?」
カインは何も言われても笑顔は崩さない。
「実はアレク兄様に持って来た物があってですね……」
満面の笑みを浮かべながらカインはアイテムボックスの中からテーブルに山になるほどの『物』を取り出した。
いきなり大量の資料を取り出したカインにアレクは驚きの声をあげる。
「これは……」
驚くアレクにカインは笑顔で告げた。
「これはですね……アレク兄様のために届けられた――お見合いの手紙です」
カインは自分が受けていたお見合いの手紙に対して、王家、公爵家と婚約を発表したことで断りの返事を必死で書いたのだ。
返事をもらった貴族たちも、王家と公爵家の名前を出されては仕方がなかった。ただ、今回、カインの兄であるアレクが叙爵されたことにより注目が全てアレクに移ったのだ。
長男のジンは辺境伯を引き継ぎ、三男のカインは幼いながらも新たに叙爵され、伯爵まで陞爵された。次男のアレクが優秀であるのは誰が見ても明白であろう。
カインは貴族から届けられた手紙を笑顔で受け取っていた。
同じ仕打ちを味わって貰うために……。
そして顔を引きつらせたアレクはその対応に追われるのであった。
いつもありがとうございます。少しの間更新頑張っていく予定です。
よろしくお願いいたします。
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