第十話 使徒の力
「――カイン殿……その毒は私では解毒できない。教皇様か聖女様以外解毒するのは不可能であろう……」
真っ青な顔をした司教から出てきた言葉は諦めの言葉だった。
その言葉にカインはヒナタの命を救うために、まだ人前で唱えたことのない魔法を唱えることにした。
『パーフェクーー』
その時、急に扉が開かれた。
勢いよく部屋に入ってきたのは護衛隊長であった。
急いでいたため、置き去りにしたお陰で顔を真っ赤にして怒り狂っている
「カイン殿、私たち護衛を置いて聖女様を連れていくとは何事だ! しかもこのような事になって王国はどのように責任を取るのだ」
息巻く護衛隊長に回復魔法を止められたカインは苛立ちを覚える。たしかに護衛の立場でありながら対象から離れることは問題である。いくら護衛隊長の言葉であったとしてもだ。
「護衛隊長、私が外している間に襲われたんですよ? 貴方は聖女が襲撃された時に何をしていたのですか……」
その言葉に護衛隊長は苦々しい顔をする。
「今から回復魔法を掛けます。貴方は出て行ってください」
カインの言葉に、護衛隊長は拒否の姿勢を示す。
「なぜ、聖女様の護衛である私たちが席を外す必要があるのだ? 席を外さないといけないのはカイン殿であろう」
このままでは間に合わなくなると思ったカインは護衛隊長にだけ向けて殺気を放つ。
すでに亜神の称号を持っているカインの殺気をまともに受けて、普通の人が意識を保てるわけがなかった。
一瞬にして護衛隊長は白目を剥いて倒れた。
倒れていく身体をそっと支えて床に寝かせるとカインはヒナタに向き直る。
その姿を見て司教は目を見開いて驚いた。
「司教様、これから魔法を使います。この魔法は口外できるものではないです。席を外すか口外しないかを選んでください」
カインの真剣な表情に司教は数秒の間考え――頷いた。
「口外はしない。見届けさせてくれ」
カインは頷くと魔力を練り魔法を放つ。
『パーフェクトヒール』
神々しい金色の光がカインから放たれ、ヒナタの全身を包み込んでいく。そしてその光が消えるとヒナタの表情は赤みがさしてきた。
カインはヒナタの表情を見て鑑定を行い解毒できたことを確認すると納得し頷いた。
「そ、その魔法は……」
後ろでカインの魔法を目の当たりにした司教は、全身が震えている。――そして両膝をついて頭を下げた。
「使徒様ですか……カイン様は……」
その姿を見たカインは冷や汗をかく。
「いえ……そんなことは……」
カインは否定をするが、司教は首を横に振る。
「いえ、間違いありません。教典にも記載されています。金色のオーラを身に纏い魔法を唱えるのは神の使徒様であると」
そんな教典はあると知らないカインはどのように否定するか悩んでいると、ヒナタが意識を取り戻した。
「ん……」
眠りから覚めたヒナタはベッドから身体を起こし、何故教会にいるのか疑問に思い口を開いた。
「何故私はここに……? 炊き出しをしていたはずでは……あ、カイン様、司教様、どうしてここに?」
意識を取り戻したことに二人は安心した表情をする。
「よかった……襲われて毒に侵されていたんだ。なんとか回復できたけど。詳しいことは王城に戻ってから話すよ。身体の具合はどう?」
身体を動かしてみて特に問題なさそうにヒナタは頷いた。
「大丈夫です。何故か逆に身体の調子がいいです」
「それなら良かった。それにしても本当にごめん。守ってあげられなくて……」
カインは申し訳なさそうに頭を下げた。
「大丈夫です。こうして元気になりましたし。それにしても司教様、何でそこに座っているのですか……」
両膝をついた状態でいる司教にヒナタは不思議に思った。
「聖女様……カイン様は使徒様なのでしょうか……聖女様を救った魔法は金色に輝く魔法でした。教典に示されているように……」
恐る恐る質問した司教に、微笑みを浮かべて何も言わずにヒナタは頷いた。
「やはり……」
「ちょっと!!!」
認めてしまったヒナタにカインは驚きを表す。
「司教様は問題ありません。教国を含めて信用のできるお方ですから」
「もしかして……聖女様は知っていた……?」
驚く司教にヒナタは再び頷き言葉を続けた。
「ええ。神からの神託がありましたから……」
ヒナタが決定的なことを言ってしまったので、弁解する余地がなかった。
情況を説明するために、司教にも馬車に同乗してもらい王城に向かうことになった。
護衛隊長は意識を戻さなかったことで、教会のシスターに後を頼んだ。
王城には衛兵からすでに連絡がいっており、慌ただしい状態になっていた。
カイン達三人はすぐに応接室に通されることになった。
そして慌ただしく扉が開かれ、国王を含めマグナ宰相やエリック公爵、ダイム副騎士団長が現れた。
国王はヒナタの無事を確認し、ホッとした顔をした。
中央の席に国王が座り、その両隣にマグナ宰相とエリック公爵が座る。ダイム副騎士団長は後ろに控えている。
「それで一体どうなったのだ……」
「デルポネの毒が使われていました。それで聖女様が倒れて意識不明に……」
カインの言葉に「デルポネの毒」が出てきて国王は目を見開く。
「デルポネの毒だと……それは本当かっ!? でも聖女殿のその状態を見ると回復できたのじゃな……カインなら当然か……」
ホッとする国王が言葉を続けた。
「聖女殿、この度はこの国で起こったことに対して国を代表して謝罪させていただく。すまなかった」
国王が頭を下げるのと同時に、マグナ宰相とエリック公爵も頭を下げた。
カインは頭を下げた三人に驚いた。
「陛下、頭を上げてください。私が司教様に言ってこの度の炊き出しを行ったのです。この国に責任はございません。こうしてカイン様に回復していただき今は何ともございませんから」
国王含め顔を上げた三人はため息をつく。
「陛下、陛下もカイン様が使徒様だとご存知で……」
国王とカインのやり取りを聞き、司教は察したようだ。
「司教殿、この国では限られた者しか知らん。カインの扱いには十分に注意してくれ」
国王が司教に伝え頷くのを確認すると、カインに視線を送った。
「それにしても何故今回のことのようになった」
「それが……」
護衛中にコルジーノ侯爵から緊急とのことで呼び出しを受けたこと。断ったのだが、護衛隊長より向かうにように言われ渋々と向かったこと。戻った時にはすでにヒナタが襲われており倒れていたこと。
説明が終わると、国王は顔を顰めた。
「コルジーノか……まったく余計なことをする。それで犯人はどうなったのだ?」
後ろで控えているダイムに視線を送ると、説明を始めた。
「現地の情報では、スラム街の子供が犯人でした。衛兵が追っていましたが……残念ながら一度見失いました。その後発見しましたが――すでに死体となっておりました……」
「そうか……」
ダイムの説明に国王がため息をつく。
「このままでは真相は闇の中か……。カイン、この失態どうつける?」
国王の厳しい目がカインを差す。
その言葉にカインは席を立って頭を下げる。
「この度は申し訳ありません。必ず真犯人を捕まえてみせます……」
カインとしても子供を犯人にし、襲撃させた後に処分するなど許せるものなどなかった。
拳を強く握るカインに気づいた国王は、無言で頷いた。
「カイン、やってみろ。国王からの勅命だ。なんとしても真犯人を探し出して捕まえてこい」
国王の言葉にカインは片膝を付き、右手を左胸に当てた。
「御意」
カインは立ち上がり一礼したあと、すぐに部屋を退出した。
カインがいなくなった部屋では、国王がため息をひとつついた。
「陛下、カインに任せてよかったのでしょうか?」
マグナ宰相の助言に国王は頷く。
「衛兵だけではスラムは探し出せまい。カインの力を頼る他ない」
「カインくんにやらせたら、下手すれば王都を破壊するかもしれませんが……」
エリック公爵の言葉に、国王が目を見開いた。
「そ、そうであった……。もし大規模な魔法を放ったら……頼むから王都の破壊だけはしないでくれると助かるが……」
王都の破壊された姿を思い浮かべた三人であった。
王城を出て屋敷に戻ったカインは執務室に入る。その顔は真剣な眼差しで従者の誰もが声を掛けれる雰囲気ではなかった。
そして執務室の中で魔法を唱えた。
『召喚:ダルメシア』
執務室に中に、魔法陣が浮かび上がり、その中央にドリントルで執事をしているダルメシアが浮き上がってくる。
「カイン様、お呼びでしょうか。ドリントルに来られるわけでもなくお呼びになるとは何かあったのでしょうか……」
普段から用事があるときはドリントルまで趣いていたのが、王都に呼ばれたことでダルメシアも緊急事態だと察した。
「聖女のヒナタが襲われた。僕の魔法でなんとか助かったが、真犯人を探したい。実行犯の子供は始末された。このままでは真相は闇の中になる。ダルメシアの能力を使って王都中の情報を集めてくれ」
ダルメシアはカインの言葉に、姿勢を正して一礼した。
「今日の夜までに情報を掴みましょう。カイン様の命ともあれば私も全力を尽くしましょう」
そして、ダルメシアは手元に黒い闇を発生させた。
その闇の中からは多数が動く音が聞こえてくる。数百、数千、いや数万であろうか。主人の命を待つ下僕達が命令を待っていた。
「聖女ヒナタ様の命を狙った犯人を探し出せ。今直ぐにだ」
ダルメシアの言葉に、動く『者』たちの気配が一瞬で消えていった。
「これですぐに情報が集まると思います。わかり次第カイン様にお伝えいたします」
カインはダルメシアの言葉に、椅子に座ったまま頷いた。
いつもありがとうございます。