第八話 晩餐会
教会での礼拝を終わらせた二人は、ゆっくりと進む馬車から街中を眺めていた。
エスフォート王国は他国と比べ平民の生活水準が高く安定しており、街中を見ればそれが理解できる。商店が建ち並び、通りでは元気よく呼び込みを行う者や、買い物をするために行き交う人々が皆笑顔なのだ。
その中を馬車は進んでいき、貴族街を抜け王城に到着した。
ヒナタは主賓として、王城に泊まっているが、カインは自分の屋敷に戻る必要がある。
カインは先に馬車から降り、ヒナタの手を取って降りるのを手伝った。
その様子を殺気のこもった目で一人が見ていた。カインはその殺気に気づいたが知らない振りを通す。
「それではまた夜に」
「はい、カイン様、今日はありがとうございました」
夕刻より歓迎の晩餐会が開かれることになっていたので、カインは早々に屋敷に戻り着替えをした。そのまま執務室に入り、コランが用意してある書類に目を通していく。山が二つほど出来ており、一つはお見合いの申し出の手紙であった。
「これ……そのまま捨てる訳にはいかないよね?」
「はい……最低でも返事をしませんと。伯爵以上の上級貴族からもきております」
申し訳なさそうなコランを見てカインも苦笑する。
今回、婚約発表がされることになれば、新たに来ることがないと思っているが、現時点でこれだけのアプローチが着ていることに戸惑いを隠せない。
「今回、婚約が発表されることになる。それから返事を返そう! それなら納得してくれるはず……」
「――そのほうが宜しいかもしれませんね」
二人は頷き合い、後日返事を送付することが決まった。
夕刻前となり、カインは晩餐会のため王城へと向かった。
まだ晩餐会定刻までは随分と時間があるが、子爵は下級貴族の扱いになり、早めに行く必要があった。
上級貴族よりも遅れての参加は、新興貴族のカインにとって許されることではない。
王城に到着し、メイドの案内でホールにつき周りを見渡すが、まだ上級貴族が来ておらずカインは安堵の吐息を漏らす。
ホールにいるのは男爵や子爵の下級貴族のみであった。それでも貴族当主ともなれば、それなりの年齢となっており、カインは大人の中で一人だけ子供という異質な存在でもあった。
そんなカインが目立たないはずはなく、お見合いの申し出をしていた貴族たちがカインに群がっていく。
「シルフォード卿、手紙を読んでいただけましたか? 私の娘はシルフォード卿より一つ年下になります。気立てもよく可愛らしく育っておりますので是非一度だけでも会って――」
「抜けがけは許さぬぞっ! 私の娘のほうはこの間のお披露目で紹介した通りでございます。是非に」
数人の貴族たちに囲まれてカインは困惑しながらも返事を返していく。
「その件にいたしましては、もう少しお待ちください。父にも相談しないといけませんので……」
カインは、自分だけでは断りきれないと思い、ガルムの名前を出すことにした。
「ガルム辺境伯ですか……。それは仕方ありません。ぜひ良い返事をお待ちしております」
さすがに上級貴族であるガルムの名前を出されれば、下級貴族は引き下がるしかなかった。
次第にカインを囲む輪は減っていき、安心してホールの隅のほうでカインは時間を潰していく。
そして少し時間が経つと、上級貴族である伯爵以上が次々と入場してきた。
「あ、シルフォード卿。こんな隅にいたとは。この前の――」
伯爵や侯爵家も年頃の娘を持つ当主は、カインを見つけるとまた同じような状態になった。
辺境伯の子息で、武勇でも名を馳せ、ドリントルの発展でもすでに情報は広がっていた。
住民と冒険者達を合わせて四千人ほどの小さな街であったドリントルは、スラム街の建て直し、職業の斡旋等をしており、著しい人口増加に追われており、もう少しで一万人を超える規模になっていた。
街並みは美しく順次整備され、大通りは道を広げられ、馬車の行き交うところと歩道を分けたことで住民にも好評となっていた。適度に公園を設置し、子供達が和気あいあいと遊んでいる。
全てはルーラが描いた街の計画図から、カインの膨大な魔力による力技のおかげだ。
「カイン様、あれもお願いします。次は――」
街づくりになると遠慮しないルーラに付き合わされていたことで、区画の整備が進んでいた。もちろん職業の斡旋のために一般的に出来ることは住民にやってもらっていた。
そんなことを思い出しながら、上級貴族に対して無下にも出来ず当たり障りない言葉で返していく。
「ゴホンッ」
上級貴族が囲んでいる後ろからわざとらしい咳がひとつされた。
貴族達もその咳に気づき振り返ると、そこにいたのはエリック公爵だった。
「あまりカイン子爵を囲むのもどうかと思うよ? 少しカイン子爵と話すことがあるから借りてもいいかい?」
「……これはエリック公爵。どうぞ」
最上級とも言える公爵家がきたことで、上級貴族たちは道をあける。
人波が分かれていき、エリック公爵へのそばへカインはたどり着けた。
少し離れたところに移動すると、エリック公爵は笑いを堪えた顔をする。
「カインくん、それにしても大人気だね? どうするの、あと数人嫁にもらう? シルクをもらってもらうなら多少増えても目を瞑るよ?」
無邪気に笑うエリック公爵にカインは冗談じゃないと拒否の姿勢を示す。
「いえいえ、勘弁して欲しいです。すでに……三人ですよ? さすがにこれ以上は……」
まだ成人してないカインにとっては、前世を含めありえない状態に苦笑するしかなかった。
「カインくんだったら、聖女様までいっちゃいそうな気がしそうだけどねー!」
冗談を言うエリック公爵だが、以前ヒナタから「子を宿してもいい」と言われたことを思い出し、首を左右に振り頭から言葉を消した。
「さすがにそれはありませんよ。聖女様ですよ……」
二人で雑談をしていると、王族が入場する前の音楽がホール内に流れ始めた。この音楽に合わせ貴族たちは所定の位置に並んでいく。
貴族当主全員が王城にいるわけでもないが、それでもホールの中は百人以上の貴族が並んでいる。そんな中、国王と聖女が入場してきた。
一斉に貴族たちが頭を下げ、カインも習って下げた。
「楽にしてくれ」
国王の一言で、貴族たちが頭を上げる。
一段高くなっている演台の国王の隣には聖女が並んでいた。
「今日は、マリンフォード教国から聖女様がこの国へお見えになった。聖女様が教国を離れることはないのが普通だが、今世の聖女様は初めての国外に、このエスフォート王国を選んでくださった。途中トラブルがありながらも問題なく到着なされた。よって今日は歓迎を兼ねたいと思う。聖女様よろしくお願いいたします」
国王の言葉に、ヒナタが軽く頷き一歩前にでた。そしてゆっくりと口を開く。
「エスフォート王国の皆様、初めまして。今世の聖女を司っております。今回、私は神託によってこの国を選ばせていただきました。ここまでの道中、また、本日王都内を案内していただきましたが、住民の皆様が笑顔でとても良い国と感じられました。神々は神の世界からいつも私たちを見ていらっしゃいます。それに恥じぬようこれまでと同様に貴族として国民を大事になさってください。私からは以上となります」
まだ幼い聖女とは思えないほど、しっかりとした挨拶だった。参列している貴族たちも一同に感心している。
そして国王がグラスを掲げ乾杯の合図をした。
「それではエスフォート王国とマリンフォード教に乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
参加している貴族たちが一同にグラスを掲げる。
それからは上級貴族たちから我先へとヒナタへと挨拶に向かい始めた。
何人もの上級貴族が並ぶ中、カインは食事が置いてあるテーブルに向かった。
カインは下級貴族が挨拶を始まるまで、その場で軽食を摘みながら時間を潰していく。
十五分程度で上級貴族たちの挨拶は終わり、その後を下級貴族たちが挨拶に向かい始めたのを確認し、カインも挨拶する列に並んだ。
次第に前の列が減っていきカインの順番となった。
ヒナタはすでに大勢の貴族たちからの挨拶に疲れた表情を浮かべていた。
「聖女様、カイン・フォン・シルフォード・ドリントルでございます。顔色が優れませんね……」
気になったカインは人差し指をヒナタに向ける。
『ヒール』『
カインは連続してヒナタに向かって魔法を放った。
ヒナタの身体が少しだけ光り、そのまま吸収されていくように消えていった。
光が消えたヒナタは先ほどまでの疲れた顔が消えていた。そして頬を赤くする。
「カイン様の魔法は暖かくて優しいのですね……もう大丈夫です」
頬を染めたヒナタが顔を上げカインと見つめ合うと、隣から声が掛かった
「カインよぉ。お主、ワシのことを忘れておらんか? 自分の仕える国王を差し置いて聖女殿に行くのか、お主は……」
隣にいた国王が目を細めてつまらなそうに口を挟んできた。
「え、いや、そんなことは……」
動揺するカインにさらに国王が口撃をする。
「まったくお主ときたら……次から次へと……早く公表しないと駄目だな……」
頬を染めたヒナタを横目で見た国王はため息をつき呟いた。
「まぁ、今日は良い。次が待っておるぞ」
国王の言葉に我に返ったカインは後ろを振り向くと、挨拶するために待つ貴族たちが並んでいる。
「では、私はこれで……」
カインは横にずれて次の人に譲った。
その後は、カインはホールの隅のほうで食事を済ませ、屋敷のお披露目に来てもらった顔見知りの貴族たちと会話を弾ませた。
話題はカインがサラカーン商会と手を組んで販売した貴族用のリバーシについてが多かった。
和やかな晩餐会は終わりを迎え、王家とヒナタが退出したことで、上級貴族たちから続々と帰路についていく。
カインはやっと終わったことに安堵の息を漏らし、何事もなく馬車に乗り自分の屋敷へと戻った。
王都のスラム街のとある一室に数人の男たちが話し合っている。
「――それでは明日、頼んだぞ」
フードを被った男が対面の男に念を押し去っていった。
「もらった対価の分は働く。これでも闇ギルドと名乗っている限りはな」
薄暗く顔はわからないが、金貨が入った袋をジャラジャラと揺らしながら中央に座る男が怪しく笑った。
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引き続き転生貴族の異世界冒険録をよろしくお願いいたします。