ギャルゲーにTS転生したけど悪友ポジのサブヒロインだから安心してたら主人公に告白された。
「あー、もう。何やってんのさ」
テレビに映る二人のキャラの内、片方の体力が
僕は仕方がないなと思いつつ、もう一人の救援に行く。
このゲームは二人プレイの場合、片方が倒れてももう片方のキャラが暫くの間近くにいれば復活できるのだ。
「あー……すまん」
「全くだよ」
道中の雑魚達を文字通り蹴散らしつつ答える。
というか、こっちはこのゲームを持ってないのにどうしてそっちの方が下手なのか。
大方、何か考え事でもしていたのだろうけど……ま、悩むのは主人公の特権だ。大いに悩みたまへ。
「……なぁ、
そんなことを考えていたら矛先がこちらに向いてきた。
つい先ほどは悩め悩めと考えていた僕だけど、親友としては案外相談してくれるのは嬉しかったりする。
なんかこう、頼られてる感じ?
「んー? 何?」
相談事と言うのは得てして、斜に構えて受けるぐらいが丁度良い。
真剣に受け取るのも結構だけど、『そんな問題なんて深く考えることない』って笑い飛ばして背中を押してやるのも親友の役目なのだ。
「薫はさぁ……好きな奴とか、いるか?」
「えっ!? 好きな人が出来たの!?」
反射的に振り返った時の感情は、驚きよりも喜びの方が強かった。
彼のこの言葉は全ルート共通の台詞だ。自らの心に住まうヒロインに対してどうアプローチすればいいのかわからない少年が親友に相談するという、そういうシーンなのだ。
ヒロイン全員が好きな僕としては、誰と結ばれるのか非常に気にならざるを得ない!
「だれ誰!?
「ちょっ……近い、近い! っていうか俺は好きな奴ができたなんて一言も言ってないぞ!?」
その言葉に対して僕は呆れて小さく溜息を吐く。
「あのね。君は恋愛になんか一切興味がないってスタンスだったじゃない。それなのにいきなり他人の恋愛が気になるなんて、自分に好きな人が出来たって言っているようなものだよ」
そう言うと彼は愕然としたような表情を浮かべた。
そんなことぐらい、裏側を知っている僕じゃなくたってわかるだろうに。
しかし、遂にかぁ……長かったなぁ。実際に会ったのは園児の頃だったけれど、それこそ生まれる前から存在を知っている身としてはとても感慨深い。
「マジかよ……って、早くしないと死ぬぞ!?」
「え……うわっ、本当だ!」
言われてテレビをみると、放置していたキャラクターの体力は半分を切っていた。
慌ててコントローラーを手に取り、必殺技を放って敵を一掃する。
「ふぅ……それで誰なのさ、相談ぐらいは乗るよ? 流石にハーレムとか言ったらぶっ飛ばすけど」
「いっ、いやいや! ちゃんと一人だけだから!」
「ふーん?」
どうだかねぇ、と続けつつもあまりその心配はしていない。ハーレムルートはなかったはずだし。
「ま、それなら大丈夫じゃない? 誰に告白するにしても付き合えると思うよ」
「……いや、俺は結構真面目に相談してるんだが……」
「こっちも真面目だよ。僕から見ても君は結構格好良い方だと思うし、あとはシチュエーションとかしっかりすれば大体落ちるんじゃないかなぁ」
適当に言ってるわけじゃなく、事実だし。
あっ、あとこれも言っておかなきゃ。
「もし仮に断られたりしても、何回か迫ればいけると思うけど」
「え……それ大丈夫か? ストーカーとかに思われたりは……」
「大して知らない相手ならともかく、多少のアプローチは許容範囲。ああ勿論、影から様子を窺うとかはアウトだよ? 正々堂々真正面から。あとは振られても何もなかったかのような振りをするとかだけど、この辺りの駆け引きは顔に出やすい君には向いてないかも」
ちなみに、告白されて最初は断るというのはさっき言ったヒロインの一人、シャロンさんのことだ。
彼女は今僕が言った通り、親しい仲であった主人公からの告白に驚いて最初は断るのだが徐々に気になり始めるタイプのヒロインだった。
「そっ、それじゃあ。さっき言ってた、シチュエーションとかはどうなんだ? というか薫はどういう風に告白されたい?」
「えー、僕?」
そんなこと言われてもなぁ。
両親には悪いけど一生独り身の予定だし……特に参考にできることはないね。
隠しても仕方がないし、正直に言ってしまおう。
「んー……特にないけど、一般論でいいなら教えるよ?」
「……そうか。それじゃあ頼んでもいいか?」
「そうさねー……まずは屋上とか、校舎裏とかー……とにかく二人きりが基本。別に人前でもいいけど好奇の目に晒されないところがいいね。タイミングは相手にもよるけど、デートの終わりとか、学校帰りの寄り道とか、後はその人との思い出深い場所とかが定番かな」
順番に後輩ちゃん、友里、椎名さん。椎名さんの思い出深い場所は図書館だ。
シャロンさんは確か、会話の中でつい口を滑らせちゃったんだっけ?
こうしてみると僕がアドバイスするというのは同じなのに、告白の仕方はやっぱり変わるんだなぁと思う。
「他には、タイミングも含むけど相手をときめかせる努力かな。俗にいう吊り橋効果ってやつだね」
「確かそれって、別れやすいんじゃ?」
「そりゃあ一時の錯覚だし。でも逆に、ずっとやり続ければ嘘も本当になるかもよ?」
実際に吊り橋の上で告白するのはあれだけど、奇襲するように相手の意識をこっちに向けさせるのは有用な方法だと思う。
思い込みの力っていうのは凄いからねー
「例えば、そうだね。こう……あすなろ抱きって知ってる?」
「……いや、知らない」
「後ろから手を回して抱きしめる抱き方だよ。力強くやるんじゃなくて、本気の抵抗にはすぐに振り解けるようにする感じかな」
実演してもいいけど今の僕の手はコントローラーで塞がっている為出来ない。あー残念残念。
「他には、君には似合わないと思うけど壁ドンとか……っと、やっと着いた。早く生き返ってボス倒しちゃおう……お?」
そっ、と僕の首あたりから腕が生えてくる。この部屋には二人しかいないし、僕の手は四本もないからこの腕は彼の腕だ。
成る程、本番をする前に僕で試してみようということか。だが残念、その技は僕には効かない。
「もー、そんなことしても僕のルートはないよ? それとも告白する前から他の人に手を出すつもりなのかな? 全く最低だな君はー」
「……冗談だと思うか?」
真面目な声色で僕の耳に囁ささやかれる。おぉ、割と真に迫ってるね。
これで僕が本気にしたらどういうつもりなのかな。いや、ルートないけどさ。
親友としてこれは乗った方がいいのかな?
「……本気?」
「ああ」
「それじゃあ……証拠見せてよ」
スタートボタンを押してゲームの画面を止める。
僕の胸あたりに回された腕を外して、真正面を向いて見せた。
そして無防備に顔を若干突き出してみせる。
見ると、彼の顔はとても真っ赤になっている。練習でこれなんだから、本番は緊張のしすぎで何も喋られなくなるんじゃない? 僕相手でも根を上げるのは目前だろう。
とりあえずもう一押し。
「ほら、早くしてよ」
「……するぞ?」
「うん」
「いっ……良いんだなっ?」
「……しつこい。するなら早くやらないと勝てる戦も勝てなくなるよ?」
そういう雰囲気になったとき、一々確認されるのはうざいと聞いたことがある。クラスの人もそんなことを言ったりしていた。
これは練習だし、僕もそんなことを言われるのは初めてだけど実際その場で何度も確認されると
僕からすることがあれば気をつけないと……少なくとも僕が僕であるうちはないだろうし、三度目があるのかはわからないけど。
ま、顔真っ赤だし、この辺で終わりにしておきますか。
「はいしゅーりょー、本番の時はもっと上手く「薫!」うん?」
言うが早いか、僕の顔が掴まれて無理矢理に引き寄せられた。
そして目の前には我が親友の顔がいっぱいに広がっていて、とある一部分は至近距離なんて目じゃない、ゼロ距離で触れている。
というか、キスだった。
「んぶっ!?」
え、なにこれ。こんなシーンあったっけ?
いや、僕はルートすらないサブヒロインだからこんなCGが表示されそうなシーンはなかったはず……
つか何やってんのこいつ!? まじで浮気じゃん! いや、まだ誰とも付き合ってないけど!
「んー! んー!!」
強めに奴の胸を叩くがキスを止める気配はない。
それどころか自分の舌を僕の中に
「んむー!?」
むり! それだけは本気で無理!
けれど僕の抵抗は無意味。
ならば、かくなる上は肉を切らせて骨を断つ!
一旦口を開くと迷わずに僕の中に奴の舌が潜り込んでくる。
少しばかり互いの舌が触れて、一瞬だけその動きが止まった。
ここだ!
「!?」
がりっ、という鈍い感触。
それ以外は何を確認する間も無く(そもそもそんなことをするつもりもないけど)、僕の口から侵略者は逃げ去っていった。
僕の顔を掴んでいた手を離して自分の口を押さえて床を転がる奴を尻目に僕は立ち上がり、彼を見下ろす。
本当にやりやがってからに、何か文句を言ってやらなきゃ気が済まない。
「いきなり何すんの「いってぇっ!? 何すんだよ薫!」
いやいやいや!
キレる権利があるのは僕であって君じゃないんだけど!
僕はそう思い口を開こうとするが、機先を制したのは僕ではなく彼の方だった。
「お前が証拠見せろって言ったんだぞ!? 俺も、本気だって言ったよな!」
「はぁ!? 何言って……」
……本気?
いや、確かに言ったけど。あれはフリでしょ? だから本当にしたことに僕が怒ったんだから。
でも彼は、本気だからしたのだという。いや、これがおかしい。
だって僕はサブヒロインだ、ルートなんて存在しないただの都合のいい悪友だ。
だから、いやそもそもラッキースケベクラスの事故でもない限りあんなことは絶対に起こらないわけで。
つまり、それを望んでしたってことは……いやいや、だから僕のルートはないんだって! あったら態々関わったりしないし!
「か、薫? 大丈夫か? 頭から煙が出てるが……」
はぁ? 誰のせいだと思ってんの!?
君が僕にあんなことなんてしなきゃ、こんなわけわかんなくなってないんだから!
とにかく、とにかく何か反論しなくちゃ。反論、反論、反論……
「ば……」
「ば?」
「ばっ、ばーかばーか! 早漏! 包茎! 短小! しんじゃえ童貞!」
僕はパッと思いつく限りの罵倒を彼に浴びせ、自分の鞄を掴みその場から逃げ出したのだった。
***
『あの水平線の向こうへ』。
レーティングはC、つまり15歳以上対象ゲーム、ギャルゲーだ。ジャンルは……確か、閉ざされた世界で
近未来、天変地異が起きた世界。外部との関わりが一切ない、一面海の世界に浮かぶ都合六つの島からなる人工島が舞台。
いつか島を出て、存在するかもわからない世界を見てみたいと願う少年少女の物語。
アニメ化も一応していたし、それなりに人気を博していたゲームだった。
さて。ところで、男性向け恋愛シミュレーションゲームといっても主人公以外の登場人物が全員美少女キャラで、攻略対象というわけではないのはご存知のことだろう。
最たるのが俗にいう悪友、親友キャラというやつだ。男キャラか女キャラか、或いはその両方かはわからないが物語の始まりから主人公の隣で盛り上げ役を担っているキャラだ。
ゲームによっては一番好感度の低いヒロインと付き合うなんてのもあったりするけれど、そんなのはごく一部の話。基本的にルートはなく、強いていうなら誰とも結ばれなかった時の友情エンドしかない不憫な立ち位置のキャラである。
当然、『あの水平線の向こうへ』もその例に漏れない。女キャラであるが故にサブヒロインとは言えるが、個別のCGは一枚もないし、唯一写っているCGもヒロイン勢に入り混じって着替えを覗かれるというラッキースケベなシーン(それももう終わった)だけだった。
そのくせ人気投票ではそれなりの人気を博していたりもする。具体的に言うならヒロインが四人いる中、第三位に食い込むぐらいには。ネット上では『なんでこいつのルートがないの? 製作馬鹿なの?』なんて言われたりもしていたレベル。かくいう僕もそう思っていた人間の一人だった。
だった、というのは今はもう違うからだ。寧ろルートがないということに感謝をしている唯一の人間だろう。
何故か、と問われればその答えはそう難しいものじゃない。
プレイ当時は男(ここ、重要)だった僕がその悪友兼サブヒロイン、『
僕がそのことに気がついたのは随分と昔のこと。
物心ついた時に自分が女であることに愕然としたし、世界が六つの人工島で完結しているというのにも呆然とした。この頃はまだゲームの中なんて思ってもいなかった筈だ。
苗字など特に気にしていなかった自分がそうであると気がついたのはそれから少ししてから。前世で言う幼稚園や保育園に相当する『
当然だけれど親から名前でしか呼ばれていなかった僕は、ここでようやく自分が主人公の親友枠である『佐々木薫』であると認識し、『あの水平線の向こうへ』の世界であると知ることが出来た。
その事実を知った時には自分が女だとわかった時よりも驚いたが、正直ほっとしたのを覚えている。それもそうだ、もし自分がサブヒロインではなくメインヒロインの一人だったなら或いは主人公に攻略されていた可能性も否定出来ないのだから。身体は女でも心は男、男と恋愛をするなんて真っ平御免だ。
ちなみにゲーム内の僕こと『佐々木薫』の一人称は『私』で顔はそれなりに広く、いろいろな人に気安く話しかける感じだったが僕の一人称は『僕』にしたし、口調も女の子っぽくないものにしたのはそのための布石(そもそも、何故か外見が結構異なるのだけど……)でもある。確かに主人公の攻略対象ではないかもしれないが、画面外、或いはシナリオ終了後に他の男にーなんてこともあるかもしれないのだから。
両親には悪いけど、僕は一生独り身の予定だ。どれだけ金を詰まれたとしても誰かと付き合ったり結婚したりなんてことはありえないだろう。いや、もしかしたら偽装結婚とかはあるかもだけど。
そんなわけで、製作者様に感謝感激の
「薫! 好きだ、付き合ってくれ!」
「え? なに?」
だからこうして、二人で並んで弁当を食べていても安心なのだ。
いやぁ、フラグが立たないってわかっているとこうも清々しく男女間の友情が成立する。まぁ僕の心は男なわけだけど、健全なのはいいことだ。
「……愛してる!」
「んー、聞こえない。あ、卵巻きもらうよ?」
天涯孤独の恵介の弁当は、幼馴染兼ヒロインの一人である友里が心を込めて作っている。
特に唐揚げと卵巻きは絶品。卵巻きには砂糖入れない派の僕でさえいくらでも食べてしまえるほどに卵巻きは他のどんなものをも凌駕している。
やっぱり、お嫁さんにするならご飯が美味しい人がいいな。
「……! 毎朝、俺に味噌汁を作ってくれ!」
「だああ、うるさいっ! 誰が告白の文句を変えろって言ったのさ!? 受ける気がないから聞かなかったことにしてるのがわからないのかなっ!?」
思いついた! とでも言いたげな程にドヤ顔をしてそんな言葉を言った
……そう、今となっては僕の安寧は過去のもの。あの日、ヒロインの個別ルートが確定すると思われた日の後。恵介は事ある毎に僕と二人きりになろうとしてきたり、さりげないボディータッチをしようとしてきていた。
最初は、そもそもあの事実上の告白そのものが勘違いとばかり思っていた。だって気がついたら朝だったし、何度もいうが僕のルートは存在しないのだから。
だからいつもと変わらない態度で、しかしあくまで友達や幼馴染だということを強調していたら段々アプローチが強くなってきた気がする。具体的に言えば、手口が計画的になってきたというか。
そして今日、天気がいいから屋上で食べようと友里に誘われてほいほいついてきたらそこには恵介が待ち構えていたのだ。
誘ってきた本人は先生に呼ばれただとかでフェードアウトし、屋上には都合良く(僕にとっては都合悪く)僕らの他には誰もいないという絶好のシチュエーション。多分人払いでもしたのだろうけれど。
それで、コレだ。
「こういう風にならないように二人きりは避けてたっていうのに、態々友里にまで根回しして! いくらこんなことをしても僕とのフラグは立たないの! わかる!?」
僕が切れるのもしかたがないと思う。あんなに自分を好いてくれてるヒロインを蔑ろにして他の子と付き合うのを手伝ってもらうとか酷すぎだろう。僕だったら起訴も辞さない。
「ゆっ、友里は、自分から手伝うって言ってきたんだよ……なんかいつの間にかバレてるし……」
友里の名前を出すと一瞬怯んだような素振りを見せるが、しかしすぐに恵介は頭を振って言葉を紡ぐ。
「それに、お前だって多少のアプローチは良いって言ってただろ!? 正々堂々と真正面から、それに告白は人目につかないところ! ちゃんとお前の言ってる通りにしてるじゃんか!」
「それは僕が相手だと思わなかっただけだよ! 僕だったら
だって、共通ルートでもあったじゃん!
仮にルートがあったとしても原作のヒロインとして
……少し落ち着こう。大丈夫、話せばわかってくれる。恵介がちゃんと自分の気持ちと向き合ったら、どうやってもあの四人の内の誰かと結ばれるはずなんだから。
「そもそも、僕を好きになる理由なんてないでしょ? 僕ってばほら、自分で言うのも何だけど趣味だってなんだって、女の子っぽくないし。どことは言わないけど、乙女力低いじゃない」
「……いや、俺は結構好きだぞ? その、小さいのは小さいなりに……」
「どことは言わないけど! 乙女力低いよね!」
というか要らないの! あったら困るの!
いや、男心的には自分のでもいいから触りたいとかいう気持ちは無くもないけど、あったらあったで複雑だろうからこれでいいんだよ!
こほん、と僕は咳払いを一つだけする。
「それで、君は僕のどこが好きなのかな? 全部好きとかいう馬鹿な答えだったら二度と口聞かない」
「それは……その」
ほら、言葉に詰まる。
そりゃあそうだ。外見的特徴を除けば、僕の性格は男そのもの。十数年の女の子生活で若干染まっているかもしれないけど、大体は前世の経験が元になっている。そんなやつを好きになる理由なんてどこにもないだろう。
よーく考えれば、他のヒロインが僕より数段優れているなんてのはすぐにわかる。
時間はまだあるのだ、またゆっくり考えればいい。
僕は食べ終えたお弁当を開く前と同じように包み、手を合わせた後に立ち上がる。
「まぁ、勉強でも恋愛でも僕が好き、なんて酔狂なことを言わなきゃいつでも相談には乗るよ。それじゃ、また後でね」
「そういうところがっ!」
僕を止めるように恵介も立ち上がり、僕は釣られるように彼を見る。
「薫の、そういうところが、好きなんだ!」
顔が真っ赤だ。そして、その手は自分に喝を入れるかのように真っ白になるまで握りしめられている。
こっちにまでその緊張が伝わるぐらいの気迫。確か前にキスされた時も、こんなだった。
それでもあの時と違って恵介は躊躇わず、独白を続ける。
「確かに、男っぽいところもあるかもしれない。結構大雑把な部分も多いし、女の子らしさって言う点なら友里やシャロン達の方が断然上だと思う」
でも、と続ける。
「飄々としているように見えて、いつだって居場所を作ってくれている。話をしやすい環境を作ってくれている。それで話をしていると、ふとした瞬間に見惚れるような笑顔をする時があるんだ。俺はそれがたまらなく心地よくて……それから、ずっと見ていたくなる」
恵介の話を聞いていたら、頭がふらふらする。心臓がいやなくらいに煩い。
いや違う。精神は男の僕が、男に口説かれて嬉しいはずがない。
これはそう、前世を含めてこんなな純粋な好意を真正面から受けたのは初めてだから、そういう嬉しさ余って恥ずかしさも大きくて、あと男に言い寄られる気持ち悪さも混ざってる筈!
もしかして僕が言った吊り橋効果狙ってるの!? だとしたら予想以上の効果をあげてるよ!
「薫はこれを言ったら二度と口聞かないって言ったけど……やっぱり、俺はそういうのをひっくるめて、薫の全部が「あぁああああああああああああああああああああ!! 聞こえない、聞こえない!!」
恥ずかしい! 聞くに堪えない!
もうやだこの主人公! なんでこんな恥ずかしい事言えるの!? 主人公だからだよねわかります!
「なしっ! そういうのなしっ! 正直恥ずかしいからやめて!」
「あと、それからさ」
「何さっ!? まだ何かあるの!?」
「そうやって、不意打ちで慌てる所がすごく可愛い」
その言葉を聞いて、はにかむようにそう言った恵介を見て。
頭が真っ白になった。
「ばっ……馬鹿! 何言ってんのさ! もう恵介のことなんて知らない!」
僕は、一も二もなくその場から早足で立ち去る。幸運にも、恵介は僕のことを追いかけてはこないようだ。
そうして屋上から遠ざかりつつ、多分この赤面は昼休みが終わるまでには治らないだろうな、と僕は直感で思うのだった。
***
その後。
友里からは『好きな人と好きな人が一緒になるのって、とっても幸せなことだと思うんだ』とか言われたり。
後輩ちゃんからは『負けませんから! 絶対に先輩を取り戻してみせますっ!』なんて宣誓布告されたり。
シャロンさんや椎名さんも恵介に協力し始めて僕包囲網が形成されつつある、なんてことが……なかった。
……ないったら、ない。いいね。