第三十七話 襲撃事件その後3
ギルドマスターの執務室にはリキセツ、エディン、カイン、レティアの四人が座って顔を合わせている。
リキセツに事情を聞くと、何も聞いていないらしく、ただ、衛兵から連絡がきて、ベティを捕らえたと言われただけだったらしい。
そのときは激高してしまったが、理由については、後日、領主様から説明があると聞き、落ち着きを取り戻したということだった。
カインは今回のことを、最初からリキセツに説明した。
「――まさか、そんなことが」
ギルドのサブギルドマスターが、代官と司祭、闇ギルドまで結託し、領主邸に襲撃をかけたのだ。現役のAランク冒険者もいることもあり、簡単に済むことではない。ドリントル支部長のリキセツだけの問題ではなく、王都にいるエディンまで迷惑をかけることになる。
だからこうしてエディンがドリントルの街まで来たのだと、リキセツはすぐに理解ができた。
リキセツは真相を聞くと、床に手をついて土下座をし、頭を擦り付ける。
「カイン様、エディン様、この度は本当に申し訳ございません」
ただ、今回のことについては謝って済むことではないのだ。
冒険者ギルド全体が、貴族社会に対して、ケンカを売ったことになってしまう。
「リキセツ殿、今はこれからのことを話し合わないといけない。だから僕が王都から出てきたんだ。ここにいるレティアを、ドリントル支部の監察官兼サブギルドマスターとする。そして、君は責任を持って、この街の冒険者たちをまとめてくれ。処罰については、その働き具合で決定とするよ。それまで保留とする。カインくんもそれでいいかな?」
リキセツは、エディンの決定に土下座しながら、頷いている。
「エディンさん、それでいいですよ。僕はリキセツ殿が悪い人ではないと知っていますし。少し短気なとこがありますけどね。今回の件は、代官が主犯ですから。それに巻き込まれたという形にするつもりです。もちろん国にも責任をとってもらうつもりです。今度はレティアさんがいるので、ギルドについては安心できますしね」
「そんな事言っても、何も出ませんよっ! これから帳簿関係から過去の資料を調べていかないといけないのだから。仕事は明日から始めるとして、まずは職員たちにも紹介してもらわないとね」
カインの期待にレティアは少し照れた顔をしたが、すぐに引き締め直した。
「では、まず、職員たちに紹介いたしましょう。今日はベティがいないことで、全員出勤しておりますので」
皆が頷いた。リキセツは土下座状態から立ち上がり、ホールに向かって皆を誘導する。
四人がホールに来たことで、また職員たちは色めき立つ。
リキセツは職員に向かって説明を始めた。
「皆、忙しい中すまない。少し手を休めて聞いてくれ。サブギルドマスターであったベティだが、不正行為をしたことにより、現在、衛兵の詰所で捕らえられている。まだ詳細については不明だが、今後、王都に連行され、取り調べが行われることになると思う。二度とここに戻ってくることはないと思ってくれ。それだけは確かだ」
リキセツの言葉に、職員たちが驚く。皆、ベティの不正を知らなかったのだ。しかも二度と戻らないということは、重罪か死罪を意味することとなる。職員の皆が唾を飲みこむ。
そしてリキセツは、言葉を続ける。
「この度、王都からエスフォート王国冒険者ギルド統括マスターであられる、エディン様がこの件についてお見えになられた。そして、新しくこの街のサブギルドマスターには、王都ギルドより来られたレティア殿が就任する。又、ギルド内部の監察官も兼務する。皆、よろしく頼む」
「王都ギルドから派遣されたレティアよ。仕事をするのは明日からになると思うけど、よろしくお願いしますね」
レティアは一歩前に出て、職員たちに軽く頭を下げて挨拶をした。一斉に拍手が沸き起こった。
レティアのことを知っている職員や受付嬢たちは、うれしい悲鳴を上げた。それほどまでに人気なのだそうだ。また、ホールにいた冒険者たちも、レティアの美貌に見惚れていた。誰が見てもレティアは、王都の洗練された色気がある大人の女性であった。
そして王国のギルド統括マスターのことを、直接、見ることが出来たということもあり、また騒ぎ出す。
そこに空気を読まない受付嬢のオーラが手を上げて質問する。
「あのぉ。すいません、ギルドマスター。エディン様とレティア様がいるのは、先ほどの説明で良くわかっていますが、なぜ、カイン様がそこに並んでいるのですか?」
カインについては、冒険者ギルド職員であっても、Aランクの優秀な子供の冒険者としかわかっていない。受付嬢たちの間では、優秀な冒険者は稼ぎが違うことを知っている。子供でAランクということは将来Sランクに上がる可能性もある。もし捕まえることができれば、今後の生活は安泰となる。ましては、カインの見た目はまだ十歳ながら、銀髪の美少年だ。受付嬢たちからしても、狙わないという選択肢はない。
「それは、僕はただの知り合いの冒険者だ――」
「カイン様は、この街の領主様である! カイン・フォン・シルフォード・ドリントル子爵様だ!」
カインは、知り合いで通そうと思ったところで、リキセツが思い切りバラしてしまった。
「「「「「「「「えぇえええええええ!!!!」」」」」」」
ホールの中が、今日一番の騒ぎになった。
ギルド職員たちだけではない。
先ほどまで『
冒険者たちは「あの凶悪なのが、今度の領主かよ……」などと囁いてる。
カインが訓練場を破壊したことについては、観客席にいた冒険者達は、酒のツマミとして口々にしていた。『子供に見える銀髪の悪魔には気をつけろ』と。
その少年が実は貴族であり、領主であることに、冒険者たちはさらに驚いた。
隠していたことを、まったく気づいていないリキセツは、何があったのかわかっておらず、皆が騒いでいたことに驚いていた。
「すいません、カイン・フォン・シルフォード・ドリントルです。先日、この街の領主になりました。まだ新人領主になりますので、皆さんよろしくお願いしますね」
自己紹介を終わり、カインは一礼した。
「玉の輿かと思ったら、領主様だったじゃない……」
「あの年で、領主様でAランクなんて……ジュル」
「ますます頑張らないといけないわね……年上平気かしら」
「もしお手つきにでもなれたら……」
受付嬢たちは、肉食獣の目をしながら、カインに向かって熱い視線を送っている。
すでにバラ色の妄想をしている受付嬢すらいた。
そんな受付嬢たちの様子に気づいたエディンは釘を刺す。
「カイン子爵は、僕の妹で近衛騎士団長でもあるティファーナと婚約予定だから、空きはないからね」
エディンは悪びれもなく、婚約者のことをバラした。たしかに内密にしているのは、テレスティアとシルクについてだけだ。これは政治上で問題があるからであり、ティファーナについては、すでに実家の了承も出ており、何も問題はない。
近衛騎士団長は公爵家令嬢だということは知られている。エルフで美しい令嬢でありながら、武力に関しても抜きにでていることもあり、国内では有名であり国民のほとんどが知っている。
ギルド職員ならば、もちろん知っているはずである。さすがに公爵令嬢には勝てないと、受付嬢たちはガックリと肩を落としたのだった。
バラしたあとに、エディンはカインに向かってウインクをする。
「これで悪い虫はつかないよ」
そう小声で囁いた。
悪い虫はつかないけど、誰も近くに寄れないよとカインは思った。
紹介が終わったあと、リキセツに挨拶をしてからギルドを出て、領主邸に向かうこととなった。
宿も予約していない状態であり、まだ客室が空いている領主邸を勧めたのだ。
レティアについても、急に決まったこともあり、まだ寮に入ることができずにいたので、当面の間、領主邸からギルドに通うことを許可した。
「今までの寮生活がウソみたいっ! 少しの間だけでも、この生活を楽しむわっ」
案内された部屋を見て、喜んでいるレティアを見ながら、エディンはため息をつく。
「ごめんね、カインくん。少しの間だが、面倒をよろしく頼むよ」
レティアを案内したあとに、エディンと応接室で打ち合わせをした。
カインの後ろには、執事服姿のダルメシアが立っている。
「ダルメシア、問題はなかったかい?」
カインの答えに、ダルメシアは一礼をしてから答える。
「はい、特に問題はありませんでした。建物周囲についても監視をしておりますが、怪しい者はおりませんでした。ダッシュ親子についても、身体の調子も大丈夫と思われます」
エディンはダルメシアの事を一瞬見上げ、視線をカインに戻すと口元が緩ませる。
「カインくんの屋敷は、ずいぶん凶悪な執事がいるんだね」
エディンの言葉に、カインは冷や汗をかいた。まさか気づくとは思わなかった。
「これはこれは、エディン様、私はもう現役を引退した身、ただの執事でございます。そのような事を言われても困りますな」
エディンの言葉を流すように、ダルメシアは軽く笑う。
「うーーん。そういう事にしておこうか、まぁこれならカインくんがいなくても、この屋敷は安心だね」
「明日の朝一番で、王都に送ればいいのですよね? 僕も明日は学園があるので、早めに出る予定です」
「まだ学生なんだよね。もう卒業しちゃって領主に専念したほうがいいのでは? 領主と一緒に冒険者をしてくれると、指名依頼出せるから僕は助かるのだけどな」
「さすがにそれはできませんよ、まだ一年生ですから」
「たしかにそうだな」
二人は笑いながら雑談を続けているうちに、夜は次第に更けていった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今週は忘年会4連チャンとなり、執筆が進んでおりません(6,7,8,9日)
来週より、アルファポリス様と同時投稿の予定となっております。
よろしくお願いいたします。