第三十三話 襲撃事件2
「やぁ。こんな時間に来客かい? ずいぶん物騒な恰好しているね。僕は呼んだつもりはないけど」
カインはニッコリと黒い笑みを浮かべて挨拶をした。
その瞬間に、ホールにいた襲撃者の一団の視線は一気にカインに集まった。
「「「「「「……」」」」」」
お互いが無言で見つめあう。
寝ていると思われていたターゲットが、武装した格好で出てきたのだ。
そして、カイン一人に視線が向く中、その横から想像もしてなかったモノが出てきた。
もちろんハクとギンである。吹き抜けのホールだったこともあり、ギンは少し体長が大きくなっていた。それでも二メートルほどの体長だが。
ターゲットとなっている子供の両脇には、白い狼と銀色のドラゴンがいる。
「えっ」
「なんだあれはっ!?」
「ドラゴン!? 聞いてねえぞ!!」
「あの狼のでかさはなんだっ!?」
誰が見ても驚くしかない。誰もそんな話は聞いていなかった。
「ハク! ギン! 殺さないようにね! いけっ」
「ワウゥ」「キュイ」
その言葉を聞いた途端に、白い狼と銀色のドラゴンは、喜びの声を上げて、集団に向かって階段から飛び降り、突っ込んでいく。ハクの走りに、目の前にいた襲撃者たちは、撥ねられ空を舞っていく。
ギンはホール内を飛び回りながら、爪と尻尾で襲撃者たちを次々に弾き飛ばしていく。
実行部隊の闇ギルドマスターでもあるリックは、その様子を茫然と見守っていた。
「な、な、なんなんだこれは……ありえない……」
この街の領主一人を暗殺するだけの仕事のはずなのに、逆に白狼と銀色のドラゴンに襲われている。
ここまで大きい狼の話も聞いたこともないし、ましてやドラゴンなんて、いくら小さくても災厄としか思えない。
「お前ら、逃げろっ!」
リックは思わず叫んだ。そう言うしかなかった。
その瞬間だった。
後ろからいきなり声が掛かる。
「全員逃がすつもりはないよ」
リックは思わず振り向いた。
後ろにいたのは、先ほどまで階段の上から、この惨状を見ていただけのカインだった。
「そ、そんな……」
その瞬間にリックの意識は、カインによって刈り取られていた。
カインが最後まで二階から眺めていたのは、襲撃者のリーダーを見分けるためだった。
ホールにいた五十名近くの襲撃者たちは、すでにハクとギンによって討伐され、意識のあるものは誰もいなかった。襲撃者のうなり声だけがホールに響いていた。
カインは誰一人立ち上がれない状態を確認した後、視界に映っている赤く表示をしている箇所に目を向けた。
「あとは、外の連中か、ハク、ギン、少しここで待っててね。この倒れている連中を見てて」
ハクとギンに指示をして、カインは正面の扉を開けて出て行った。
そして正門に向かって歩いていく。
眠そうに立っていた二人の衛兵にカインは声を掛ける。
「遅くにごめんね。裏口から襲撃があった。もう撃退してあるから、衛兵詰所に行って、衛兵を出来るだけ多く呼んできてもらえるかな」
いきなり現れた領主であるカインに驚いた衛兵たちは、話を聞いたあと、一人は領主邸に、一人は詰所に走っていった。
もちろん、領主邸に向かった衛兵には、カインの召喚獣がいることを説明した。
いきなり目の前に白狼と銀色のドラゴンが現れたら驚くからだ。
カインは誰もいなくなった正門に立ち、赤いマークが集まって隠れているほうへ話しかけた。
「そこに隠れているのは、わかっているよ。無理矢理出されたい? それとも自分から出てくる?」
沈黙が少しの間続き、影から出てきたのは、想像もしていなかった連中だった。
襲撃者の仲間と思われる数人と、その後ろから司祭であるスタッグ、サブギルドマスターのベティ、そして一番最後に――エライブが出てきた。
「まさか、みんな結託していたとはね……。これじゃぁ査察が直接入らなければ、わからないはずだよね」
カインは集まっている面子を見て、大きく溜息をついた。
「うるさいっ! お前がこの街に来なければ、今まで通りだったのだ!」
激高したスタッグが叫んでいる。
「まさか、ここまで強いとはね、でもこのメンバーはどうかしら、ここにいるのは全てAランクよ」
ベティがそう言いながら前に出てきた。
エライブ達以外にここにいる五人の襲撃者は、現役の冒険者みたいだ。
その五人が、カインを囲むように広がっていく。
「悪く思うなよ。これも依頼でね。いい金貰えるんだ」
冒険者たちのリーダーらしき男が話しかけてくる。
そして、一番最後にエライブが出てきた。
「この街は、私たちが育ててきたのだ。あとから来たガキの領主なんかに、好きにさせてたまるか。あと、武器を捨ててもらえるかな」
エライブのその言葉に、カインは首を傾げる。
エライブが後ろに声を掛けると、さらに影から、一人の男が出てきた。右手で何かを引きずりながら。
それを見た瞬間にカインは目を見開いた。
引きずられてきたのは、――猫耳の少女だった。
そう、エナクである。
エナクは顔から血を流しながら意識を失っていた。
「念のために用意していたが、よかったよ」
エライブが笑いながらこちらに顔を向ける。
カインは無言で剣を投げ捨てた。
全員が、それを見て安堵した。周りを囲んでいる冒険者たちもだ。
その瞬間にカインが消えた。
「「「「「えっ」」」」」
パァ――――ン!!
音と同時に、エナクを引きずっていた男の頭が、消し飛んでいた。
頭が消し飛んだ襲撃者は、そのまま前に倒れこむ。
「「「「「はっ!?」」」」」
誰もが唖然とした。目の前にいたはずの人がいきなり消えたのだ。
そして、後ろにいたはずの人質が消え、人質を捕まえていた男は、一瞬にして死んだ。
カインはエナクを抱いたまま元の位置に戻った。
エナクの腫れて血を流している顔を見つめた。
「ごめんね、エナク、こんな目に合わせてしまって」
『エクストラヒール』
カインが魔法を唱えた途端、エナクは神々しい光に包まれていった。
「ま、ま、まさか、そんな……上級回復魔法……」
カインが唱えた上級回復魔法を見たスタッグが驚いた。
上級回復魔法は、教会でも司教以上しか唱えられない。司教はマリンフォード教国より、各国に一人ずつ派遣され、各国の首都にある教会本部を統括をしている上級職だ。このエスフォート王国でも一人しかいない。そんな上級回復魔法を子供が使ったのだ。驚かないはずがない。
カインはエナクが回復したことを確認したあとに、アイテムボックスから毛布を出し、地面に敷いたあと、エナクをゆっくりと寝かせた。そしてエナクの頭をひと撫でしたあとに立ち上がった。
「ハク、ギン、来い」
その瞬間、屋敷の中から扉を勢いよく開け、白狼と銀色のドラゴンが飛び出してきた。
「この子を守っててくれるかい」
カインの一言で理解したのか、ハクとギンはひと鳴きしたあと、エナクを守るように囲んだ。
「は、白狼にドラゴンだと……」
中の惨状を知らない、ここにいる襲撃者たちは、ハクとギンに驚いた。
そして立ち上がったカインからは、一気に殺気が全方向に広がっていく。冒険者ギルドで見た殺気とはまるで違う本当の殺気だ。その殺気を受けた瞬間に、すぐ近くでカインの事を囲んでいた冒険者たちは泡を吹いて気絶した。
少し離れたところにいたエライブ達三人も、下半身からは洪水のように地面を濡らし、尻餅をついてガクガクと震える。
「お前ら……エナクの両親はどうした……」
カインは冷たい視線で、三人に一歩ずつ近づいていく。
「し、し、知らん……」
エライブは一言そういった。
カインが無言で手を振る。
その瞬間、右腕が吹き飛んだ。
エライブの身体から離れた腕が宙を舞っていた。
「えっ!?」
「もう一度聞く。両親はどうした……」
「ほ、本当にしらな……」
言い終わる前に今度は両足の膝から下が千切れた。
自分の状況を見てエライブは叫んだ。
「わしの腕がぁぁぁ、足がぁぁぁぁぁぁ!!」
カインは叫んでいるエライブから、ベティとスタッグに視線を向けた。
その瞬間、二人の顔が凍りついた。
「わ、わたしたちは知らないわ……。エライブがやったのよ。わ、私は関係ない」
言い終わったところで、ベティの両足が吹き飛んだ。
そして、スタッグも同じように膝から下が無くなった。
痛みで叫んでいる三人にカインは背を向けた。
「ちょっと見てくる。お前らここにいろ。ハク、ギン、こいつらを見ていてくれ」
カインは冷たく言い放ち、その場で消えた。
そして、転移したカインは、猫の和み亭の前に立っている。
扉は壊されており、宿の中は灯りはなく月明かりのみが差し込んでいる。
そのままカインは中に入っていく。
店の中はテーブルが破壊され、椅子はあちこちに散らばっている。
内装は壊れ、ここで戦闘があったことがよくわかる。
「ダッシュさん! ヒミカさん!! どこにいますか!?」
カインは二人を探しながら、店の奥へ入っていく。
そして厨房の一番奥で、倒れている二人を見つけた。
ダッシュはヒミカを守るように、被さった状態で二人とも倒れていた。
ダッシュの背中には切られたあとがあり、服が裂け、手足は変な方向に曲がっていた。
そして二人の周りには、血の海ができていた。
カインはその姿を見て呆然とした。
いつもありがとうございます。多くの方々にブクマ&評価をいただきとても感謝しております。
今回は久々に戦闘回になります。主人公は怒ると容赦ないですね。
これからもよろしくお願いいたします。