「まりあちゃ~ん、お着替えは終わった~?」
「うん!」
平日のお昼前、とある民家にて、その家に住んでいるある一組の母と子の会話が軽く響き渡る。
「まぁ、ちゃんと1人で全部お着替えできたのね、偉いわ」
愛おしい我が子と同じ目線の高さまで屈み込み、彼女の姿を一通り確認した母親は、にこりと微笑むと、そう言いながら彼女の頭を撫でる。
「まりあもう子供じゃないもん! これくらいもうできるよ!」
まりあと呼ばれた女の子は、ある意味お決まりな言葉を口にしながら、頬をぷうっと軽く膨らませる。
しかし、その表情には明らかに大好きな母に褒めてもらえたことに対する嬉しさが溢れ出ていた。
そんなまりあの様子を見ながら母親はさらに微笑えむと「そうね」と言って頷いた。
――今日は記念すべきまりあの私立小学校入学式の日である。
そのため、現在まりあも母親も、普段外へお出かけする時以上におめかしされている。
まりあにとっては自らの、母親にとっては愛する我が子の一生に一度の晴れ舞台なのだから、当然といえば当然だ。
母親は白のブラウスの上に灰色の上着、膝下まで伸ばされた黒いスカートという服装に、肩まで伸ばされた髪は軽くパーマがかけられ、俗にいう『ゆるふわ系』に仕上げられていた。
そんな外見に、彼女の少々天然気味な性格と童顔であることが加わって、その姿は実年齢よりも5、6歳以上若く見える。
下手をすれば20代前半――社会人になったばかりの若者にも見えなくはなかった。
そして、本日の主役であるまりあの装いは、そんな母親と並んでいても違和感がない――いわば母の装いに合わさったものとなっている。
(厳密にはまりあの服装に母親のほうが合わせたのだが、どちらの服も母親が選んだものなので、この表現はあながち間違ってはいない)
白いブラウスの上に灰色の上着、膝下まで伸ばされた黒いスカートという服装は、母親とほぼ同じだ。
しかし、違いとしてまりあの襟元には黒いリボンがあり、足には薄い黒のタイツを履いていた。
また、彼女の髪の毛にはパーマがかけられておらず、頭にはカチューシャがつけられ、それが幼いまりあの可愛さをより再立たせている。
母親が時計にチラリと目を向けて現在の時刻を確認すると、長短2本の針はまもなく正午を示そうとしていた。
入学式が始まるのは午後2時からだ。小学校までは母親が運転する自家用車で向かうため、時間には十分余裕がある。
(でも、途中道が渋滞している所があるかもしれないし、小学校近くの駐車場に空きがない可能性も十分あるわよね……)
そう考えた母親は、すでに支度は全て整っていることを確認すると、すぐに出発することに決めた。
――ピンポーン。
「あら……?」
母親がまりあに出発を告げようとしたところで、ちょうどいいタイミングでインターホンのチャイムが鳴った。
「もう……こんな時に……」
そう呟きながら母親がインターホンに取り付けられたカメラを確認すると、そこには20代前半か半ばと思われるスーツ姿の女性の姿が映っていた。
さすがに全体像までは映っていないが、きれいに切りそろえられた黒い髪が印象的だ。
――おそらくセールスか変な宗教の類いだろうと考えた母親であったが、さすがに今は時間が惜しいので居留守を使うわけにはいかなかったため、玄関の外に出ることにした。
「まりあちゃんゴメンね、ちょっと待っててね?」
「うん!」
笑顔で元気よく頷いた我が子に思わず顔を綻ばせながら、母親は玄関へと歩いていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふぅ……お待たせ」
数分後、母親は特に何事もなかった様子でまりあのいた居間に戻ってきた。
「おかえり! なんだったの?」
「う~ん……まりちゃんにはまだ説明しても難しいからわからないことね」
そう言いながら、母親はほんの一瞬だけ苦笑いを浮かべると、すぐさま目線をまりあに合わせて笑顔で次の言葉を口にする。
「さて……それじゃあ、学校に行こっか?」
母のその言葉を聞いたまりあはさきほどよりもぱっと明るい笑顔を見せて「うん!」と力強く頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まりあと母親は玄関から家の外に出ると、2人にとってすっかりお馴染みとなっている自家用車の側へとやって来た。
普段も母と2人でお出かけする時に自家用車に乗る際、ウキウキとした気分になるまりあだが、今日は今まで以上にそのテンションは弾んでいるのがわかる。
まりあは、ジュニアシートが取り付けられた自らの『特等席』である助手席から見る景色が大好きだった。
今日はいったいどんな景色が自分の目に映るのだろう――そのようなことを思いながら、まりあは瞳を輝かせた。
――しかし、そんなまりあの気持ちとは裏腹に、母親は車のドアロックを解除すると、助手席ではなく後部座席の扉を開けた。
「さっ、まりちゃん乗って」
「えっ……?」
笑顔で自分に後部座席に座るように促した母親を前に、まりあはそれまで浮かべていた笑顔を一瞬でポカンと呆けたかのような表情へと変えた。
「どうして……? いつもは前の席だよ?」
「今日は色々と荷物もあるから、まりちゃんには広い後ろの席に座ってほしいの」
「でも、いつも2人でお出かけする時、ママとおかいものして荷物がいっぱいになった時もまりあ前の席に座ってた」
「それでも今日は……ううん。今だけは後ろの席にしてほしいのよ。お願いまりちゃん」
「…………」
――なにか変だ。
母親とそのような問答をしているうちに、まりあの中でそのような違和感が生まれていった。
「なにが変なの?」とまりあは自らに問いかける。
そして、その問いにまりあはすぐさま答えた。「ママがなんか変」だと――
――そうだ。
考えてみれば、今眼の前にいる自分の母親はこれまでの――自分の知っている母親と決定的に違うところがあるじゃないか。
まりあは気がついた。
彼女が今目の前にいる母親から抱いた違和感の正体、それは服装とか外見とか、雰囲気とかから生まれたものではない。
それは――
「ねぇ、ママ……」
「なぁに、まりちゃん?」
「どうして……今はまりあのことを“まりちゃん”ってよぶの?」
「――!」
「普段は……さっきまではママ、まりあのことは“まりあちゃん”って呼んでくれていたのに……」
「…………」
「…………」
――数秒ほどの沈黙。
やがて、母親は苦笑いを浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「う~ん……まりちゃんは意外と鋭いなぁ……こうもあっさりバレちゃうなんて……」
「バレちゃう?」
――どういうこと?
まりあがそう口にするよりも先に、目の前の母親は動いていた。
「――最初からこうすればよかったんだわ」
「!?」
母親はまりあを突然抱きかかえると、そのまま2人揃って開かれた後部座席のドアから車内へと飛び込んだ。
車内に入ると、母親はすぐさま後部座席のドアを閉め、まりあを後部座席に押し倒した。
押し倒されたまりあは、そのまま後部座席にうつ伏せに押し付けられてしまう。
「やっ……!」
突然の母親の行動に、まりあは「やめて!」と声をあげようとする。
――だが、それは叶わなかった。
「んんっ!?」
開かれたまりあの口の中に、母親がいきなりピンポン玉より一回りほど大きいサイズに丸めた白い布を詰め込んだからだ。
「んんーっ!」
まりあはすぐにそれを吐き出そうとするが、それよりも先に母の次なる一手がまりあを襲う。
ビーッ!
ビリビリッ!
――どこからか取り出した茶色い布製のガムテープをある程度の長さまで伸ばして手で切ると、それをまりあの可愛らしい口元にペタリと貼り付けたのである。
「んっ!?」
これでは口の中に詰め込まれた布を吐き出すことができない――
そう判断したまりあは、ガムテープを剥がそうと手を動かす。
――しかし、幼い彼女の思考および身体のスピードでは、母親のさらなる追撃よりも先にそれをを実行することができなかった。
「んん!?」
両腕を掴まれたまりあは、そのまま力ずくでその両腕を自らの背中の後ろに回され、母親の右手ひとつでがっしりと固定されててしまう。
ビビビーーーーッ!
そして、母親は残された左手と自らの歯で伸ばしたガムテープを用いて、強引にまりあの両腕を指先から肘のあたりまでぐるぐる巻きにしてしまった。
「んんんーーっ!?」
これによって、まりあは口に貼られたガムテープを剥がすことはおろか、母親に抵抗することすらできなくなってしまった。
『足を使って後部座席のドアを開けて車の外へ逃げる』という手段を思い浮かべたが、すぐに『この車にはチャイルドロックがされている』という事実を思い出したため、この選択肢は一瞬で消滅する。
――そんなことを思考している間にも、母親は休む間もなくガムテープによる拘束をまりあに続けていった。
まず、上半身の胸から下を、直前に拘束した両腕もろともぐるぐる巻きにされ、完全に上半身の自由を奪われた。
次に、両足を強引に揃えさせ、下から順に足首、膝下、そして腿の3箇所にそれぞれガムテープを巻いて、足の自由すら奪い去る。
――これによって、まりあは抵抗するための手段を完全に失ってしまった。

「んん……ん……」
――怖い。
ここにきてやっと、まりあの中で恐怖という感情が生まれ始めた。
それと同時に、開かれた両目にはうっすらと涙が浮かび、体中がガタガタと震え始める。
「ごめんね、まりちゃん。本当は私もこんなことはしたくないんだけど……」
そんなまりあの様子をじっと見つめながら、母親はうっすらと笑みを浮かべながら話を続ける。
――その笑顔は、まりあもよく知る母親の優しいそれであったが、今ではまりあの中に恐怖心を生み出す恐ろしいものでしかなかった。
「これも『お仕事』だから……許してね?」
「んん……?」
――『お仕事』。
目の前にいる母親が口にしたその言葉に、まりあの中で再び疑問が生まれる。
まりあが知る限り、彼女の母親は仕事はしていない――専業主婦だ。
それなのに、今目の前にいる母親は自分が何か仕事に就いているかのような口ぶりであった。
いったいどういうことだろうか?
「ふふ……その様子だと、私の『お仕事』のことが気になるみたいね?」
優しく微笑みながら――まりあは不思議とこの時は恐怖を感じなかった――自らにそう尋ねてきた母親に、まりあは思わずコクコクと頷いてしまった。
そんなまりあの様子が可笑しかったのか、母親は一瞬プッと軽く吹き出した後、再び口を開く。
「――そうね。口で言っても上手く伝わらないかもしれないから、実際に見てもらっほうが早いわね」
そう言いながら、母親は右手を自分の顔に、左手を首元へと運んだ。
そして、次の瞬間――
ずるるるるっ……
パサッ……
「ふぅっ……」
「っ!?」
――右手と左手でそれぞれ顔と首元を掴み、ぐいっと上に向かって一気に引っ張った。
するとどうだろう。母親の首から上の皮と髪の毛がきれいに脱げて、その下から見知らぬ女性の顔が現れた。
肩の辺りまで伸ばされ、きれいに切りそろえられた黒い髪が美しい女性だ。
その顔にはまだ少女特有の幼さも残っており、まりあは自分の母親よりも若いかもしれないと思った。
――しかし、この女性はいったい何者なのだろうか?
この女性が始めから自分の母親だったのか?
いやいや、そんなことはない。
では、自分の本当の母親はどこにいってしまったのか――
突然目の前で起きた衝撃の展開に、まりあは少しばかり混乱した。
――実は、この女性こそ先ほどまりあたちの家のインターホンを鳴らした張本人なのであるが、今のまりあにはそれを知る由もない。
「どう、びっくりした? ご覧のとおり、私はまりちゃんのママじゃなかったの」
「んん……」
「ふふっ……どうやら本当に驚いてくれたみたいね。お姉さん嬉しいわ」
先ほどまでとはぜんぜん違う、見知らぬ笑顔を浮かべ、聞き覚えのない声を口にしながら、目の前の女性は話を続ける。
「――でも、これでまりちゃん少し気になることができちゃったね?
まりちゃんのママがどこにいっちゃったのか、気になるでしょ?」
「!」
女性のその言葉に一瞬ハッとしたまりあは、首をやや激しく縦にブンブンと振った。
「ふふ……それじゃあ、ママに会わせてあげる」
まりあのリアクションに満足するかのように女性は笑みを少しばかり深めると、両手をすっとまりあの身体に回し、やがて彼女を優しくお姫様だっこした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まりあをお姫様だっこした女性は、そのまま一度後部座席のドアを開けて外へ出ると、車の後部――トランクの前へと移動した。
「ママはここよ」
そう言って、女性はまりあを抱えながら、ゆっくりと右手でトランクを開いた。
「んんっ!?」
トランクの中に目を向けたまりあは、驚きに目を見開きながら、思わずトランクの中身の名前を口にしようとした。
だが、口に貼られたガムテープと口の中に入れられた詰め物のせいで、その名前を口にすることはできなかった。
――トランクの中には、女性の言うとおり、まりあの母親の姿があった。
その装いは、先ほどまでまりあと一緒にいた母親のそれとまったく変わっていない。
(ついでに言うと、今まりあを抱きかかえている女性も、そんなまりあの母親とまったく同じ服装をしている。外見上違うのは首から上だけだ)
しかも、母親も現在のまりあ同様、ガムテープによって身体中のいたるところを拘束されていた。
後ろ手に回され、ガムテープで指先から肘のあたりまでぐるぐる巻きにされた両腕。
そんな両腕をさらに固定するために、上半身の胸から下にもガムテープが巻かれ、おまけにまりあとは違い、胸から上の肩のあたりにもぐるりとガムテープが巻かれていた。
足もまりあ同様、3箇所にガムテープが巻かれており、完全に自由を奪われている。
そして、童顔で可愛らしさが残る顔の口元には、やはりまりあのようにガムテープがぺったりと貼られてテープギャグが施されていた。
――そんな母親が、トランクの中で身体をややくの字に曲げて寝っ転がっており、その目は両目とも閉じられ、どこかぐったりした様子だった。
「見てのとおり、まりちゃんのママにはちょっとだけおねんねしてもらったの。
トランクの中で暴れられちゃったら困るからね」
女性が「てへっ♪」と言わんばかりにまりあに対して悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そして、言い終わると、抱えていたまりあもトランクの中へと運び、母親の隣に寝かせた。
「んんんーーっ! んんーーっ!」
母親に目を覚ましてもらおうと、彼女の方に顔を向けながら必死に呻き声をあげるまりあであったが、残念なことに目を覚ます様子はぜんぜん見られない。
「――それじゃあ、まりちゃんにもしばらくの間おねんねしていてもらおうかな?」
「!?」
女性の声が聞こえたため、慌てて視線を女性へと戻すまりあ。
目を向けた先には、相変わらず優しそうな笑みを顔に浮かべた女性が、大きなハンカチを持った右手を自分の顔へと近づける姿があった。
「んんんんーーーーっ! んんんーー!」
嫌な予感がしたまりあは首を左右に振って抵抗するが、そんな抵抗もむなしく数秒後には女性の持ったハンカチがまりあの鼻元へとぐいっと押し付けられた。
「んーーーーっ!」
ハンカチには何か液体が染み込ませてあるようで、まりあは鼻やハンカチが触れている皮膚から、湿り気を感じた。
同時に、ハンカチから少しばかりツンとした臭いがしたため、まりあは無意識に「この臭いを嗅いじゃダメだ!」と判断する。
「んん……! んっ……!」
――だが、すでに口をガムテープで塞がれているまりあには、もはや鼻以外で呼吸をする手段は残されていない。
10秒ほど我慢したところで息苦しくなり、やがて我慢できなくなって再び鼻から息を吸い、それによってまたツンとした臭いも嗅いでしまう。
「ん~……」
そんなサイクルを何度も繰り返していくうちに、まりあの身体からは徐々に力が抜けていった。
ガムテープとハンカチ越しに溢れる呻き声も、それに比例するように次第に小さくなり、弱々しいものへと変わっていく。
「んん……んんん……」
「まりちゃん、無理に我慢する必要はないわ。
まりちゃんには難しい話かもしれないけど、このハンカチに染み込ませてあるお薬は特別製でね、いくら吸い込んでも脳や身体に悪影響や後遺症が起きることはないの。
だから、遠慮しないでいっぱい息をしていいのよ?」
「んっ……んんっ……」
女性からそのような言葉を投げかけられた影響か、まりあの身体から一気に力が抜ける。
そして、それに合わせてまりあの両目もゆっくりと閉じられ始めた。
「んっ……ん……っ……」
――やがて、その両目が完全に閉じられると、まりあの身体が数回ピクンピクンと痙攣を起こしたかのように僅かばかり動いた後、まりあの身体は動かなくなる。
同時に、まりあから呻き声があがることもなくなり、トランクの中にはまりあと彼女の母親が鼻から行っている呼吸の音――寝息だけが微かに響き渡るだけとなった。
「…………」
「ふふっ……おやすみなさい、まりちゃん……」
まりあが完全に眠りに落ちたのを確認すると、女性はまりあの鼻元にハンカチを押し付けるのを止め、乱れてしまった彼女の髪を手でやさしく整えた後、その頭を撫でた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――数時間後、まりあと彼女の母親を拘束した女性は、とあるハイウェイのサービスエリアの駐車場にいた。
その服装は、先ほどまでの装い――まりあの母親と同じもの――ではなく黒のスーツとタイトスカート、濃い黒のストッキングを履いた清楚でしっかり者な雰囲気が漂うものに変わっている。
言わずもがな、まりあたちの家を尋ねた当初に着ていた服装である。そのため、『変わった』と表現するよりは『戻った』というほうが正しいかもしれない。
「――はい。母子共に問題なく身柄を確保いたしました。
どちらにも拘束は施しておりますが、目立った外傷などは与えておりません」
女性はスマートフォンを片手に、誰かと連絡を取り合っていた。
会話の相手が誰であるかはわからないが、その話の内容はまりあと彼女の母親に関わるものであることに間違いはないだろう。
「こちらは引き続き指定された場所へ定刻通りに到着できるよう移動を続けます。
予定通り、事後処理の方はそちらに――」
そう言いながら、女性は現在の時刻を確認する。
――時間はあと数分で午後3時になろうとしていた。
「――えぇ。予めこちらの方で小学校や親族、近隣の者には手を回しておきましたので、そちらの仕事も大したことはなく終わらせられるかと……
少なくとも、今回の一件がマスコミに取り上げられたり、表沙汰になることはまずありえませんわ」
女性は悪戯っぽい笑みを浮かべながらクスクスと笑ってみせる。
電話の相手には女性の顔は見えないが、その話し方から彼女が今笑っていることがわかるだろう。
「では、今回はこれにて失礼いたします。また後ほど……
――えっ? 『何か必要な物はないか』ですか?」
話を打ち切ろうとしたところで、相手から『こちらから追加で用意できるものはあるか?』という質問が投げかけられたため、女性は思わず少しばかり驚いた表情をしてみせる。
数秒ほど考えたところで、女性は閉ざしていた口を再び開いた。
「では、毛布を2人分ご用意していただけるでしょうか?
――はい。こちらが指定された場所に到着次第手に入るように手配してください。
まだ4月の始めですからね、夜になると冷えるところは冷えます。風邪を引かせたら大変ですもの」
再び笑みを浮かべると、女性は今度こそ会話を終わらせ、電話を切った。
そして、スマートフォンを自らのスーツのポケットにしまうと、近くに停車されていた一代の車に近づいた。
――その車は、まりあたちの家の車だった。
女性は車のロックを解除すると、ゆっくりとトランクを開けた。
そして、全開にはせず、中が確認できるくらいまで開いたところで、トランクの中へと顔を向ける。
「んん……」
「んぅ……ん……」
――トランクの中には、数時間前と同様、ガムテープで拘束され、薬で眠らされたまりあと彼女の母親の姿があった。
2人とも猿轡越しに、微かな呻き声をあげている。
「あらあら、寝言なんかあげちゃって……楽しい夢でも見ているのかしら?」
女性はそう言いながらまりあの頭を撫でると、2人に施した拘束と猿轡が緩んでいないかを確認する。
まりあたちの拘束は、数時間前に女性にされたものとほぼ変わっていない。
――ただし、よく見ると先ほど施された状態から若干の変化があることがわかる。
まず、両者の身体の自由を奪うために、あちこちに巻かれたガムテープが全てきれいに貼り直されている。
同時に、まりあにも母親と同様、胸から上の肩のあたりにぐるりとガムテープが巻かれ、上半身の拘束を強化されていた。
さらに、両者の顔は、口に貼られたガムテープ――これまたきれいに貼り直されている――によるテープギャグのみならず、その上から白い布による被せ猿轡を追加で施されている。
白い布による猿轡は、鼻から上にまで及んだいわゆる『鼻上被せ猿轡』となっており、これによってまりあたちの顔は半分以上が布によって隠され、2人の現在の表情を確認することは難しくなっていた。
「ん……んんん……」
「んんぅ……んぅ……」
――よく見ると、まりあも母親も微かに眉根を寄せている。
身体中を拘束され、猿轡によって呼吸も制限されているのだから、そのような表情を浮かべるのはあたりまえかもしれない。
――だが、実は原因はもうひとつあった。
「ふふっ……布に仕込んでおいたお薬も問題なく効いているみたいね」
――そう。両者に施された鼻上被せ猿轡に用いられている白い布には、数時間前に女性が2人を眠らせる際に使ったものと同じ睡眠薬が予め染み込まされていた。
これによって、まりあと母親は鼻から呼吸をする度に睡眠薬を嗅いでしまうため、鼻上被せ猿轡が施されている間は、半永久的に眠り続けてしまうのだ。
「んんっ……ん……」
「夢の中でママと一緒に小学校の入学式に参加しているのかしら?
ごめんなさいね、せっかくの一生に一度の晴れ舞台を奪ってしまって……
――だけど、今日という日はまりちゃんたちにとって一生忘れられない思い出の一日になると思うわ。だからそれで我慢してね?」
そう言って女性はクスリと笑うと、再びまりあの頭をやさしく撫で、その後トランクをゆっくりと閉めた。
トランクを閉めた女性は、そのまま車の運転席に乗り込んでシートベルトをすると、車の全ての鍵をロックし、エンジンをかけた。
そして、パーキングブレーキを解除してギアを操作すると、ゆっくりとアクセルを踏み込んで車を走らせる。
――走りだした車は、サービスエリアにいた他の人々から一切気に留められることもなく、悠々とその場を後にした。
THE END ... ?
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