駒選び2
サブタイつけるのが苦手……
一礼をしてアンナは下がっていった。代わりにベラが私の部屋までついてくれます。
肘掛椅子に身を委ねていると、ベラが「お手紙が来ています」と持ってきてくれた――あの馬鹿息子の親からですわ。
顔を歪むのをこらえきれず、ベラに「ありがとう、下がって頂戴」と不機嫌に言ってしまいました……使用人のベラは悪くないのに。ベラは特に何かを言うまでもなく下がってくれました。
「姫様、飲み物をお持ちいたしました」
「ありがとう」
持ってきてくれたのはホットチョコレートでした。
芳醇な独特な香り。舌の上に甘さと温かさが広がると、強張っていた力が抜ける。
こういうとき、わたくしに必要なものをもってきてくれるアンナって本当に凄い。アンナがわたくしの侍女でよかった。
「アンナ」
「はい」
「わたくし、詳しくは言えないけれどあの男の家に懇意にならなければならないかもしれないの」
「はい」
「でもわたくし、あの男もあの男の親も嫌いよ。だから、抵抗するし、やり返すつもりよ」
「はい」
「そのためには、人の道に悖ることだってするわ。許せないの。憎んでいるの」
「アルベル様」
契約の詳細――お父様の首をマクシミリアン侯爵にとられていることはいうことができない。違反したら、お父様が無傷で帰ってこないかもしれないのだ。
でも魔法の契約書には穴がある。明記したこと以外はやって大丈夫なのだ。
その境界線の見極めがみそだが、おそらくオーエンはど素人の部類。確かに許しがたい約束をさせられたが、まだ手の打ちようがある。ならば、できうる限りの復讐をしてやる。
「私は、アンナはアルベルティーナ様の僕です。ご命令を。私にアルベル様からの言葉をください。あの男たちを殺してきます」
「それはダメ……まだダメよ。アンナ、危ないことをしないで。貴女は女性だし、替えはいないのよ。
わたくし、貴女以外のメイドにだって寝顔や肌を見られるのは嫌ですわ」
「……その言い方は狡いです、アルベル様」
事実ですわ。アンナ以外に手伝われるくらいなら、すべて一人でやった方がましです!
着替えもお風呂も一人ではできないですが、アンナ以外に頼るなら誰もいない方がましです。
ヴァユの離宮にいる使用人は、比較的信用できる。だけど、アンナの足元に及ばないのです。元々露出は好きではないのです。それに……背中の傷は、特に見られたくない。
「アンナほど信用できるものはいないのよ。貴女はわたくしの右腕よ。だから、貴女には話しておくべきだと思ったの――おいでなさいな、レイヴン」
音もなくバルコニーの方からやってきたのは真っ黒な衣装を着た長身の人影。
夜中は目立たなかったけど、真っ昼間ですと異様ですわね。
「……レイヴン?」
「ええ、ずっと守ってくれていたのよ。日中や、目立つところでは出てこないようにしてもらっているわ。
フォルトゥナ家も知らないだろうから、本当に最後の砦のような護衛よ」
ぺこり、とアンナに頭を下げるレイヴン。アンナは何とも言い難い顔です。
意外と驚いていないというか、寧ろ納得したような複雑な顔をしています。
「……やけに素直にパシリになると思ったら、レイヴンでしたか……」
レイヴン、知らないところでアンナに使われていたのですね。
周囲に影がいたのは知っていたのですね。この様子だと、その影であり護衛がレイヴンであると知らずに使っていたのですね。
「わたくし、マクシミリアン侯爵家を潰したいの。完膚なきまでに、徹底的に。
今まで、わたくしは温厚な人間だと思っていたけど違うようね。あれほどに人を憎んで、殺してしまいたいと思ったのは初めてでした」
アンナが目を見張る。茶色い瞳がまん丸く見開かれるのが良く見えます。
その瞳に映るわたくしは、きっといつものように微笑んでいる。人を呪う言葉を吐き散らしながら、花のように、淑女のように、少女のように――愛されるために、望まれるために微笑み続けた笑みを浮かべている。
「許せない、だから殺したい。わたくしの手で、できるだけ残酷な死を与えてやりたいの……それでも、わたくしについてきてくれる?」
「勿論です。この命、アルベル様と共に」
一切迷わず、アンナは言い切った。
引くどころか使命感に燃えている程、昂然と顔を上げるアンナ。まっすぐ見つめてくる眼差しに嘘は感じない。そのことに酷く安堵する……
この作戦には、アンナは必要不可欠な協力者です。
王太女になった後でも、アンナはわたくしの一番の侍女。男性を怖がる傾向のわたくしの影響で使用人にメイドは多い。男性の従僕を補う意味でもあります。数いる中でも、アンナは特にわたくしに近い存在です。
お金や地位をちらつかせて巻き込んだ人間は、より大きい利益の前に尻尾を振ります。また、事が終わった後にさらにわたくしに色々な事を要求するかもしれません。危機的状況になれば、あっさり裏切る可能性だって高い。リスクが高すぎる。
それに、信用して信頼しているアンナが離れてしまうのはとても辛い。
「ちょっとくらい、幻滅してもいいのよ?」
「あんな男、今すぐ油をかけて火を放つくらいがちょうどいいです」
アンナ、思った以上に過激だったでござる。真顔のアンナには一切冗談の気配がないのですわ……レイヴンも頷いている。
思わず宇宙を感じた猫ちゃんになってしまいそうですわ……
レイヴンがアンナは否定や拒絶をするどころか、すごく乗り気で協力してくれると思うとはいっていましたが……こんなに上手く行っていいのでしょうか。
アンナもレイヴンも、お父様の件は知らないはずなのに。有難いのですけれど、少し釈然としませんわ。
あと必要な、主要協力者は三人。こちらが本番ですわ。
一番わたくしが酷い要求をし、過酷な立場を願い出なければなりません。
でも、躊躇ってはいられない――そうすれば、こちらが不利になるだけなのです。時間との勝負。一年という絶対的な期限がある以上、なるべく早く手立てを打たねば。
ちらりと手元の手紙を見る。マクシミリアン侯爵家からの手紙。
ペーパーナイフで封を切り、中を確認すれば挨拶もそこそこに今回の要求内容が書いてあります。
次のお父様の月命日に贈る青百合を、マクシミリアン侯爵家宛に用意しろとあった。
前回は、キシュタリアにお願いをした。その役目を奪い、わたくしの名代であると振舞いたいのでしょう。
お父様の瞳に合わせたあの独特の透明感のある青百合は非常に希少かつ高価です。そもそもあの侯爵家は花を入手する手立てすらないのかしら? 仮にも侯爵家が? もしかしてあまり資金繰りに余裕がないと考えてしまうのは考えすぎ?
キシュタリアはかなり財政がきついとは言っておりましたが、花くらい……確かに、少しお高いお花だとは思いますが。
「とにかく、アルベル様はお休みください――酷い顔色です。朝からよくありませんでしたが、真っ青です」
「でも……」
「レイヴン、アルベル様がちゃんと寝るまで見ていてください。夜中はと・く・に! 最近コソコソしているのは知っていますよ!」
「やーんっ」
流石アンナ……長年わたくしの専属侍女としていただけあります。お見通しでしたのね。
ですがやることがいっぱいあるのです。わたくしにはやらねばならぬことが……時間はいくらでも欲しい。
嫌々と首を振りますが、アンナは頑として許してくれません。
「ダメです!」
無情です。
……でも、このやり取りに安心してしまうのです。やっぱり、アンナが味方でよかった。
読んでいただきありがとうございました!
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