【復刻】新作ゲーム『アビスコーリング・RPG』リリースのお知らせ(2020/08/10まで)
「ああ、よくぞ来てくださりました。貴方こそ我らの待ち望んだ魔王様です」
「ちょっと待って」
「陛下、偉大なる御身のお名前を教えて頂けますか?」
露出多目の衣装に身を包んだ少女が感動したように僕に名前を問いかけてくる。会うのは初めてだったが、僕はその少女の名前を知っていた。
『案内人 リムリリス』。
そこかしこにスリットの入ったボンテージのような黒の衣装に、腰に携えた銀色の鞭。白い肌と衣装のコントラストが艶めかしい、イラスト的な人気とは裏腹にクソみたいな性能をした初期ユニットである。
視界で真っ先に目につくのは、骸骨を模した趣味の悪い玉座だった。
後ろには闇色のカーテン。敷かれた絨毯も黒く、全体的に暗色でまとめられていて、如何にもおどろおどろしい雰囲気がある。
リムリリスが目を瞬かせ、困ったような表情で同じ言葉を吐く。
「陛下、偉大なる御身のお名前を教えて頂けますか?」
「おかしいな……アビコルにログインしたはずだったのに……これ、アビス・コーリングRPGじゃん……」
いつの間にか着ていた黒のマントを摘み、僕は眉を顰めた。
似たような事を既に経験しているのでまだ冷静だが、一体何がどうなったらこうなるのだろうか。
アビス・コーリングRPGとは、その名の通り大人気クソゲー、アビス・コーリングを下地にして生み出されたRPGである。
プレイにハイエンドに近いスペックのゲーミングPCが必要だった何かとハードルが高いゲームで、アビコルとは出てくるキャラだけ一緒で何もかも違う(ゲームのジャンルすら違う)が、アビコル開発陣の趣味がとことん盛り込まれており、やりこみ要素だけはめちゃくちゃあったゲームだ。
特定の条件をクリアすることで得られる実績トロフィーが六百六十六個もあるあたり、相当金が掛けられている事がわかるだろう。誰が集められるんだよ。
僕はメインのアビコルの方で手一杯だったのでそこまでやり込んでいないが、巷では課金がない分だけアビコルの上位互換とか囁かれていたりもした。
ソシャゲーじゃなかったので本命のアビコルがサービス終了した後も残っており、今でも熱狂的なファンがいる。が、正直、困ったな……。
僕は……アビコルRPGじゃなくてアビコルをやりたいのだが。
「あの……お名前を……」
「……僕はどうしたらいい?」
どうやったら電源を落とせるのだろうか。
単刀直入な問いに、リムリリスは目に涙を浮かべ、両手を組み合わせ、あざとい仕草で僕に言った。
「陛下のお力を貸してください。今の私達は、滅亡寸前なのです。既に兵糧はつき、かつては金銀財宝で溢れた宝物庫も空。臣下は逃げ出し、唯一の希望が古より伝わる召喚魔法陣で召喚した陛下なのです」
「そういうのいいから」
そもそも、なんでそんな状態になるまで動かなかったのか。そして、動いたとしてもどうして他人だよりなのか、謎である。リムリリスは迫真の演技で叫んだ。
「どうか、一刻も早く、我々に救済を――」
ふむふむ、なるほど。僕は納得した。
アビス・コーリングRPGのストーリーは大まかにいうと、滅びかけた国に召喚されたプレイヤーが魔王となり、国を復興させるというものだ。
ちなみにジャンルはタイトルの通り単純なRPGではなく、ローグライク・RPGストラテジーである。頭おかしい。
マルチエンディング方式が採用されており、最低限のエンディングを見るだけでも普通にやったら軽く百時間はかかる大ボリュームのゲームだった。
僕は必死な口調でオープニングをやってるリムリリスに言った。
「一刻も早く……つまり、RTAか」
「…………へ?」
リムリリスが目を丸くする。
RTAとはRealTimeAttack――ゲーム開始からクリアまで最速を目指すプレイスタイルの事だ。
参ったな。
僕は深々とため息をつく。
RTAは苦手なんだが……さっさとクリアしてアビコルの世界に戻らなくては。
やれと言われたからには、やらざるを得ない。僕は早速、先人に習った。
「リセットポイントが多すぎて逆に誰もリセットしなくなったクソゲーRTAはーじまるよー! スタートボタンを押したところからタイマースタートだッ!」
「あの…………お名前を……」
「名前は、入力しやすさを考慮して、ほ…………ブロガーだ。オープニングムービーはスキップして、いざ鎌倉!」
「!?」
§
「まずは走りながら今回のゲームについて確認していきます。まず前提としてアビコルRPGはローグライクとストラテジーとRPGがミックスされた一種のキメラゲーです。RPG式の戦闘システムとローグライク式のアイテム入手、シナリオは大体ストラテジーです。一本で三つのゲームシステムが楽しめるなんて最高だなッ!(皮肉)」
「何を、陛下、何を言っているのですか!?」
全力で城内を走る僕を、初期ユニットのリムリリスが追いかけながら話しかけてくる。
解説してんだよ! チャートにない事をするんじゃない!
「プレイヤーは滅亡しかけた国の王として召喚されます。かつて大陸でも最盛を誇ったリヤン国ですが、今では部下もクソ雑魚補助系のリムリリスしかいません。残ってんのが一人とか、もう滅んでんだろ、これッ!」
「!? な、なんてことを――」
「ゲームの特徴として、プレイヤーの行動にはそれぞれコストとして時間が設定されています。簡単に言うと、時間をじっくり掛けて地盤を固めていると周辺の国が攻めてきてどうにもならなくなります。クソ雑魚眷属が引けても最終的にはなんとでもなる本家とは雲泥の差ですね。しかも、周辺諸国の動きはランダムで、クズ運だと普通にやってても二ターン目くらいで滅ぼされたりします。RTA泣かせと呼ばれる所以です」
「そ、そうだ。魔王様、私達には他に仲間がいません。まずは廃鉱山に向かい採掘して魔導石を入手、それを使って仲間を増やすといいと愚考します」
「ですが、発売からもう何年も経っているアビコルRPGには序盤鉄板の動きというものが存在します。既に他のRTA動画を見てご存知の方もいるかと思いますが……召喚はしません。レア眷属を引ければぐっとこの後が楽になりますが、僕はクズ運ですし、魔導石の採掘はランダムで時間がかかりすぎますし、対象が多すぎて全く安定しないので! こっちは課金なんてないのに、そんなところまで本家を踏襲しなくていいからッ!」
てか、よく考えたら解説しても聞く人いなくね?
収録していないし、叫びながらやらなくても何なら後でアテレコすればいいだろう。
城を出て、荒れ果て誰もいない城下町を走る。
「陛下、こんな事をやっている場合では――早くしないと、我々は風前の灯火です。あの憎きエレナ帝国がリヤンを滅ぼすタイミングを虎視眈々と狙っているのですッ!」
「うるさいな。大丈夫だよ、チャートはちゃーんと確認してるから」
飛び込んだのは城下町で唯一、初期時点から開いているショップだった。街は復興度合いによって成長するが、最初にあるのはここと酒場だけだ。
全身をターバンでぐるぐる巻きにした怪しい老婆が僕を見てニヤニヤする。
「ひっひっひ、いらっしゃい。何の用だね? 魔王様」
「はぁ、はぁ、はぁ……魔王様、私達にはお金がありません。もちろん、売るものも。下級ポーションくらいならありますが」
「下級ポーションは売らないよ」
RTAする上で回復アイテムは重要だ。アビコルRPGはあまりにもシナリオが乱数で進むせいで一回全滅したくらいではリセットしたりはしないが、ロスは少なければ少ない程いい。
「売るのはリムリリスの初期装備です」
「ッ!?」
リムリリスの初期装備は序盤にしては破格の性能だ。鞭も鎧も専用装備で、クソ雑魚基礎能力のリムリリスがまあまあ使えるレベルになるくらい補正が高い。
つまり――高く売れる。
リムリリスは目を丸くしていたが、僕が何を言っているのか理解したのか、顔を真っ赤にして震える声で言った。
「魔王様、ご命令ですが、これは――私の装備は、リリス家の家宝なのです。一度手放したら二度と手に入らない、かもしれません」
「売っても大丈夫か確認が来るので、イエスを連打します。いえすいえすいえす……」
「!?」
嫌がるリムリリスから鎧と鞭を没収し、合計四万ギリー(鎧二万三千、鞭一万七千)で売却する。初期のお金が五十ギリーである事を考えればその値段がどれほどの破格なのかがわかる。
それもそのはず、リムリリスの初期装備はシナリオで強化され、最終的には彼女の最強装備になるのだ。RTAでは不要である。
てか、魔王様が装備ないのに自分だけそんな装備つけてるって酷くね?
何故か装備を売っても全裸にならない、泣きべそをかいているリムリリスを連れ、そのまま走って寂れた酒場に向かう。
酒場には今にも死にかけの飲んだくれ達が三人程屯していた。そこかしこに割れた瓶が転がり、場末の酒場もかくやという有様である。
「酒場には新たな出会いがあったり、貴重なアイテムが手に入ったり、イベントフラグがあったりします。だが、いつ何がくるのかも完全ランダムだッ!」
クソゲーである。だが、唯一客が固定の時があり、それがゲーム開始時なのである。
僕は迷わず一番奥の客に話かけた。飲んだくれが顔をあげ、僕の姿を確認して馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「ん? レベル1のぼっちゃんが何の用だ? このリヤン国はもう終わりだよ」
「はいはいはいはいはい」
「もう俺たちにできることは何もねえ。ましてや、武器の一つも持たない丸腰で、出来る事なんて逃げることくれえだ」
「スキップできない。タイムが壊れる」
この酒場の奥の男は、レベル1且つ何も装備していない時に限って特殊なアクセサリーを売ってくれる。
一番最初を逃すと次から販売はランダムになり、余程運がよくない限りまず手に入らないので、最強装備を売ってでも買うべきだったのですね。
「そうだ、いいもんがある! 『ロイヤルチキンの手羽先』。てめえにピッタリのレアモンだよ。今ならお値段、たった三万ギリーだ」
「リムリリスの家宝よりも高い手羽先ッ! これは買いだッ!」
「!? まじかよ……」
男が何故か愕然としているが、お金を無理やり渡して一メートルくらいの大きさの手羽先を受け取る。
この手羽先がいいんだよ。
ロイヤルチキンの手羽先はパーティの平均レベルに反比例して『逃げる』コマンドの成功率を上げるアクセサリーだ。RTAには必須である。
レベル1ならば逃げる成功率はほぼ百パーセントになる。僕のガバ運でも安心して使える品だ。
僕はそれを握りしめ、頬を引きつらせこちらを見ていた隣の卓の人に話しかけた。
「こ、こんなボロい国、滅んだ方がマシだぜ……」
「はいはいはいはい」
「施設を破壊できる高性能爆薬、ぽっきり一万ギリー」
「確かに滅んだ方がいい。買いだッ!」
「はぁ!?」
「ちょ、魔王様、何を考えているんですか!?」
説明の時間が惜しい。が、この国には一度滅んでもらう。
憎きエレナ帝国はリヤン国とは比べ物にならない強国である。このゲームでは国が取られてもゲームオーバーにはならない。他の国でのし上がって国を取り返すというルートがあるのだ。
リヤン国は雑魚すぎてまともに戦うには時間がかかるし運も絡む。
かといって、リヤン国をそのまま取られると他の国が強化されてしまう。リヤン王国はクソ雑魚だが、唯一他国にない強みがあるのだ、
それが――召喚魔法陣である。
ランダムで精強な兵を召喚できるこの魔方陣は資源のある国が持てば戦力が一気に上がってしまう。
それを防ぐための手っ取り早い手段が『高性能爆薬』なのだ。本来スパイにもたせて敵国の主要施設を破壊するためのアイテムだが、対象が自国なら成功率は百パーセント。僕のガバ運でも安心して使える品だ。
どうせ召喚なんてしないんだし、敵に使われるくらいなら壊してしまった方がいい。
早速召喚の間に走る僕にリムリリスがすがりついてくる。
「おやめください、正気ですか、魔王様ッ!」
「本当に壊していいのか聞かれるのでイエスを連打します。いえすいえすいえす……」
爆薬を召喚魔法陣にセットする。他にも城には幾つかアイテムもあるが、RTAではタイム重視なのでいらない。
「もうこの城にもお別れか……世話になったね」
「うぅ……なんでこんな事に」
リムリリスが跪き、打ちひしがれている。だが、僕は魔王なのでリムリリスは基本的に裏切らない。
まぁまぁ、過去を考えても仕方ないよ。未来を考えよう。
「爆薬が起動するまで時間があるので、その間にリヤン国近郊にある『試練の洞窟』に行きます。凄い手羽先があるので先制を取られない限り確定逃げです(五敗)」
「!? 試練の洞窟に現れる魔物はレベルが70以上で、今の我々ではとても――――も、もう、好きにしてください……」
知ってるよ。とても敵わないからこそ、そこに転がっている宝箱は今のレベルからは考えられない高性能な品ばかりだ。
この自由度こそが、このゲームでRTAする上での醍醐味と言える。
ちなみに、帰りは時間が惜しいのでデスワープ(死亡時に街に戻る性質を利用した時間短縮の事)だ。
死んでもキャラが削除されないのは本家と違って良心的だと言えるだろう。お金は半分になるが50ギリーしかないので問題ない。
というか、ここまでは鉄板だ。何も変な事はやっていない。
僕は肉壁(リムリリス)を引きずり、試練の洞窟に向かって駆け出した。
そういえば、今回ナナシノがいないがどこに行ってしまったのだろうか……。
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当イベントは2020/04/01〜実施のエイプリルフールイベントの復刻です。
今ならばアビス・コーリングRPGプレイ推奨のゲーミングPCを購入すると本家アビス・コーリングのシリアルコードプレゼント!
期限は8/10 23:59までです。
アビス・コーリング〜元廃課金ゲーマーが最低最悪のソシャゲ異世界に召喚されたら〜【Web版】 槻影 @tsukikage
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