最初に立てたコンセプトは『釣り雑誌の本文で使える高級感のある書体』ということを掲げました。

自分が子供の頃に読んでいた釣り雑誌の『新商品の高級感を訴求し、釣りのプロによるドキュメンタリーを通じて、読んでいくとワクワクさせられる、そういった雑誌に使える明朝体の仮名を作りたい』と考えたことに、制作の動機がありました。

しかし、コンセプト通りに進むことはありませんでした。

この書体『ふくらぎ』の紹介を通して、なぜこの形に至ったか、そして、この書体を通して味わった、自分の心境の変化、書体作りと文字塾の奥深さについてご紹介したいと思います。

このコンセプトの発表は、3回目の授業で行いました。動機、昔に自分が買っていた釣り雑誌を中古で取り寄せて調べた当時の書体の使い方、現代の釣り雑誌や他の様々な雑誌の本文書体の現状の整理を行い、書体が持つ軸についてマトリクスを作り、これから作る書体がねらう『マト』について、プレゼンを行ったと記憶しています。
このコンセプトは塾長の目から私の力量ではその書体を作ることは難しいと判断され、このコンセプトは無くなりました。

何とかして今回作る書体の骨子を考えなくてはと思っていたところに、ひとつの課題をきっかけに、モダンゴシック体をベースにした明朝体を作るという『テーマ』が見えてきました。
その時、2つのウェイトをシャープペンシルで書いたものが上の図です。『太いものがかわいくて良い。これを進めると良い』とのコメントをもらい、今回の方向性が決まりました。

12月の授業で、なんとか『トレースに持っていってもよい』という言葉をいただき、正月はひたすらにトレース作業を行いました。

トレースし問題の大きい寄り引きや大きさを直したもの、そこから好きな形状に変更したものを出しました。
好きな形状に変更したデザインは、自分の中では納得のいかない結果でした。
この1月の授業では、2つの大きな気づきを得る事ができました。

1つめは、思うままに変えた、しかし上手くいかなかった、と思っていた形状は、塾長の意見も一致して良くない形状と判断されたことです。
2つめは、塾長からの言葉でした。それは『この書体は、線の流れが、単純で、スムーズであればいい。変に抑揚をつけず、簡単な事をねちっこくやる。単純にする、それがカッコいいんだよ。』というものです。

この2つが、書体の方向性が自分の中で明確になった、一番のきっかけになりました。

単純でスムーズな形を目指し、線幅に変化をなるべく持たせない。その観点で見て、違和感があるところを直す。
それを意識して、見ては直し、直しては見て、をひたすら繰り返していくことで、これまでモヤモヤした中で作っていた取り組み方とは大きく変わり、どんどんと良いと思える形に向かいました。

2月に指摘された箇所は、書体の方向性を持ったことでどれも理解しやすく、自分の中にスッと入っていく指摘ばかりでした。
この時は特に『線が交差したところがつながって見えない』という指摘でした。
私のアウトラインのとリ方は、筆の運筆のままにトレースした作り方を試してみたいと思ったので、力が入るところと抜けるところを意識してポイントを置く方式を試していましたが、実際に出来たカタチを見ると良いものに見えませんでした。それは『線幅を構成する対となる2つのポイント』の関係性がアウトライン上で分かりづらためではないかと考えました。
『線が交差したところがつながって見えない』という指摘については『錯視調整』を行っていくと線がつながって一体となって見えるようになったため、これが原因であると気づくこともできました。

そうしてできあがったふくらぎですが、さらに組みテストを重ねる内に、その特徴も見えてきました。
分類としては筆書系でありながら、字面が大きいこと。そして、フトコロは広く、エレメントは単純であること。これらの効果により、明るく元気な印象があることが見えてきました。

子供に絵本を読みきかせるとき、寝る前は疲れ目で細い文字が読みにくいとよく感じます。また、寝る前なので暗くして読むことが多く、抑揚が多い文字は読みづらい場合があります。そのような環境で色々な絵本を読んで気づいたのは、ゴシック体は比較的見やすい、ということに気づきました。この『ふくらぎ』も、筆書系書体でありながらゴシック体のような広いフトコロと抑揚の少なさ、そして明るく元気な印象から、児童向けの絵本の本文に向いていると思います。
動画メディアでも動いている中でハッキリと文字を見せるために、テロップにはゴシック体が多く使われています。そのようなときに筆書系書体を用いたい場面でも、大きな字面やハッキリとした骨格により、動画上でも、さらに横組でも比較的見やすい仮名書体になっていると思います。
こういった気づきから、「絵本や動画に使える明るくシンプルな筆書系書体」というコンセプトが自分の中に芽生え、それによってこの書体に居場所ができたような気持ちになり、2月ごろにはこの書体に愛着が持てるようになってきました。
出口が見えない中でも文字塾のメンバーや塾長に支えられることで続けることができ、そして実際にある瞬間に視界が晴れて視野も広がり、皆さんにお披露目できたことは、自分にとって今まで味わったことのない素晴らしい経験です。
自分で使ってみることで、この書体の居場所をさらに見つけて、また今後の書体制作にも活かしたいと思っています。

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