※この写真は大山祇神社様からご提供頂いております。
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- 鑑定区分
- 国宝
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- 時代
- 南北朝時代
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- 制作国
- 大和国
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- 刀工
- 長吉
愛媛県今治市にある「大山祇神社」の歴史について、ご紹介します。
大山祇神社は、大山祇の神様を祀る神社の総本社です。創建は約2,600年前。「神武天皇」が南九州から東征する際に、祭神である「大山積大神」(おおやまづみのおおかみ)の子孫「小千命」(おちのみこと)が、伊予二名国(四国)に渡って瀬戸内海の治安維持を担当し、「御島」(大三島)を神地と定め、鎮祭したことが始まりです。山の神・海の神・戦いの神として歴代の朝廷や武将から崇拝された大山祇神社には、朝廷から「日本総鎮守」の号が下賜されました。
戦いの神として崇拝されていた大山祇神社。近代以降の参拝者にも、そうそうたる顔ぶれが並びます。初代内閣総理大臣「伊藤博文」や旧帝国連合艦隊司令長官「山本五十六」、海上保安庁や海上自衛隊の幹部も参拝。また、サッカー元日本代表監督の岡田武史氏がオーナーを務めるサッカーチーム「FC今治」とも繋がりがあり、エンブレムに大山祇神社の神紋「隅切折敷縮三文字」(すみきりおしきちぢみさんもんじ)が使われています。戦いを勝ち抜いていかなければならない人にとって、大山祇神社は、精神的な支えとなる存在です。
大山祇神社の宝物を集めた大山祇神社宝物館には、日本刀・甲冑(鎧兜)好きにはたまらない「お宝」が数多く収蔵・展示されています。日本刀では、「後村上天皇」が奉納したと伝えられている国宝の大太刀「銘 貞治 五年丙午千手院長吉」や、湊川の戦いで「楠木正成」を討ったとされる大森盛長(彦七)が所用し、孫の「大森直治」が奉納した国宝の大太刀が代表的です。大太刀「銘 貞治 五年丙午千手院長吉」は、南北朝時代に流行した「野太刀」(のだち:大太刀の別名。野戦用の太刀のこと)の代表作でした。
また、珍しいところでは、「武蔵坊弁慶」が奉納したと伝えられている重要文化財の「薙刀」も収蔵されています。薙刀は、武蔵坊弁慶の代名詞。大山祇神社宝物館では、教科書に載っている歴史上の有名人達が所有していた武具を実際に目にすることができます。
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