スキゾイドという言葉に少し救われた話

匿名希望
2020/07/08

 スキゾイドという言葉を知ったのは、このサイトの運営者であるふーと氏のツイートで、就職活動が上手くいっていない時のことだった。


 このサイトを読んでいる人、もしくは辿り着いた人には説明が不要だと思われるのでスキゾイドの特徴については割愛するが、おおよそ自分に当てはまると感じた。堂々としているかは微妙だし、つかみどころのない雰囲気に関しては、自分では分からないが。

 しかし、人間、多かれ少なかれスキゾイドの特徴に当てはまる心当たりがあるものだし、自分はスキゾイドだ、と決めつけるのを最初は避けていた。

 とは言え、興味はあったのでしばらくの間ふーと氏のツイートを見ていたところ、スキゾイドの原因として、親の過干渉が挙げられていた。

 冒頭にも書いたが、スキゾイドという言葉を知ったのは、就職活動中のことであった。

 就職活動ではどうしても過去の自分の経験を振り返らなければならない。過去の振り返りと、スキゾイドの特徴、スキゾイドの原因として挙げられていた親の過干渉という一文により、否が応でも子供の時の母親の過干渉、過保護、ヒステリーが思い起こされ、もしかしたら自分はスキゾイドなのかもしれないと思うようになった


 小学生のころ母親はよく勉強のことに口を出してきた。小学校の勉強など、しなくてもできていたものだが、勉強をさせるためなのか、勝手に何々と何々が苦手なんだ克服しろ、今勉強しないと将来どうなっても知らんぞ、などと決めつけたり、脅してきたりしたものである。仕方なく勉強をしていると、監視するためなのかわざわざ子供部屋を通ってベランダを行き来して洗濯を行うのである。

 母親の過干渉は日常的なことだけでなく、進路にも及んだ。近くの高校では大学入試で苦労する、どこどこの高校にしろ、などなど過干渉エピソードなどあげれば枚挙にいとまがないので、これ以上は書かない。

 そして最も質が悪いのが、年一回ほど起こすヒステリーである。きっかけなど覚えていないくらい些細なことであるが、家から出ていけ、帰ってくるな、などの言葉を一日中浴びせられた。酷い時はそれが何日か続く。

 当時の自分はどうしたかというと、黙って嵐が通り過ぎるのを待った。何か言おうものなら火に油を注ぐだけ、一々相手にしていたらこっちが疲れるだけだと思っていた。

 母親の過干渉やヒステリーによって、徐々に自分の意見や意思を示すことが少なくなっていった。

  

 数年前の就職活動中と、今回この記事を書くにあたり過去を思い起こしてみるとやはり子供時代が、今のスキゾイド気質に大きな影響を与えていると思える。

 ただし、病院でスキゾイドであると診断を受けたわけでも、自分でスキゾイドについて論文を読み勉強しているわけではないので、自分をスキゾイドだと断定はしないし、断定する気もない。

 しかし、スキゾイドという言葉を知り、その特徴、原因を知識として知ることができたのは幸運であった。自分はどうして人と関わるのを嫌がり、一人でいることが好きな人間なのか、どうして人と関わるのを嫌がり、一人でいることが好きな人間なってしまったのか、そして、そんな自分が今後どのような生き方をしていくか知るヒントになったからである。

 スキゾイドという特性を理解し、受け入れることで、就職活動中に感じていた、主体性に乏しく他人との関わりが薄い自分の惨めな気持ちが少し救われたのである。

 今後も自分の特性を踏まえて、何とか生きていくのだと思う。


**********本筋とは関係のない話**********

 就職活動が難航している時に母親から「やりたいこととかないのか、どうしてそんなに主体性がないんだ、育て方を間違えた」と言われた。母親によってそういう人間となってしまった自分としては堪ったものではなく、以降恨みにも似た感情を抱くようになった。

 一度自分の思いを書き出し、ネットの海に吐き出してみたかったので、スキゾイドの人たちのためのサイトの運営者であるふーと氏に感謝します(自分はあくまで疑惑、気質ではあるが)。

 そして、スキゾイド気質である自分の趣味に関して二つ程書きたいのでまた投稿しようと思います。

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匿名希望