救われなかった私へ

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2020-07-17 18:16:03

小さい頃から本を読むのが好きだった。たいした娯楽がなかった小学校低学年の頃は天童荒太の本を親の本棚から拝借してこそこそ読んでいた。
小学校の時間なんてあっという間、気がつけば小学五年生になっていた。その頃は学校と本の世界が全てだった。だが、クラス内ではスクールカーストの様なものが出来上がっていた。

私はクラスの輪には入れなかった。カースト上位の子からは行動する度に嫌な顔をされた。
正義のヒーローなんていなかった。願いを叶えてくれる猫型ロボットはいなかった。勧善懲悪の物語なんて存在しなかった。勇者も登場しなかった。みんないない。私が全てだと思ってた世界は全てなかった。




noteというサイトがある。そのサイトには、テキストといってブログのような自由に文章を投稿出来る機能がある。投稿する内容は、歌の歌詞についての考察や世相を斬ったりと幅広いジャンルの文章が投稿されていた。そこで私はとある記事を見た。
それはついこの間登場したゲームの新キャラクターだった。名前は夢見りあむというらしい。そのゲームには1年に1度キャラクター総選挙が開催あり、上位に輝いたキャラはゲーム内で優遇される。
そのゲームのプレイヤー達はポッと出の夢見りあむをおもちゃにした。新キャラの彼女は登場して数日で200人以上のキャラの内の3位になった。その記事の筆者はそのことに本気で怒っていた。1万字を越える文章で書かれたその記事は、自分の好きなキャラと夢見りあむを比較していかに夢見りあむが劣っているかを書いた。他の記事は夢見りあむの可食部について考察していた。意味がまるで分からない。いつしか私は夢見りあむの記事をひたすら漁るようになっていた。

あるユーザーは夢見りあむを守りたいと書き多くの共感を得た。また、とあるユーザーは、自分と夢見りあむを重ねてキャラに想いを馳せた。


とあるSNSに夢見りあむの記事を採点しているアカウントがあった。夢見りあむや記事の筆者についてどちらの味方もせず黙々と自分の感想だけを書いて100点満点中で点を付けていた。どちらにも加担していないので客観的な観点から見れたし、あらすじを付けていてくれたので見やすかった。
3万5000字で彼女の良さを書いた記事は50点だった。夢見りあむを取り巻く環境が死ぬ程嫌いと書いた記事は90点を取っていた。好きなキャラが上位を取れないからどうでもいいと嘆いていた記事は55点にされていた。そのアカウントは記事が消されてもアーカイブを貼るほど律儀に活動していた。活動というよりは記録なのかもしれない。自分の事は口に出していなかったが、心の中で消えていく感情を形にして記録したいとあった。
自分が心から愛したり嫌ったり、絵と文章だけで存在が成り立っているキャラに本気で一喜一憂してる姿に私は寂寥を見た。夢見りあむ然り、インターネットで活動、生きているコンテンツや人にとっては存在が消える事が死である。大好きだった配信者は放送履歴も全部消えて死んでしまった。インターネットの屍を幾度となく踏み越えてきたユーザーが、1つのアカウントがキャラに対して、記事を書いたユーザーに対して観測している寂寥が私はとても愛おしかった。インターネットという場所で1つのコンテンツが誕生して死んでいくのをリアルタイムで見ると、死んだ時の感情は飼っていた金魚が死んだ時のような思わず感傷的な気持ちになってしまう。そんな感情を求めていた私にとって、他のユーザーにとって前代未聞の現象を起こした夢見りあむは良い意味でも悪い意味でも格好の的となった。実際インターネット上では大騒ぎとなった。これは運営が意図していたかは分からないが一連の同人サイクルは出来た。インターネットってすげえ。

現実の世界に勇者はいなかったが、ネットの世界には存在していた。武器を使うのではなく、文字で戦う者がいた。
自分の正義を進むヒーローは仮想現実で活躍していた。

小学五年生の私に本の世界は本当にあったと伝えたい。救われなかった私へ。



@Salvation_oO
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