2012年01月18日

木甲板の話し

「三笠」 の考証で素晴らしい成果を披露されているNH 「八坂」 氏のブログ 『軍艦三笠 考証の記録』 で木甲板のことが話題になりました。


 当該ブログのコメント欄では画像が使えませんので、こちらで少しお話しをしてみたいと思います。

 ここでいいます木甲板とは、もちろんその名の通り木を敷き詰めた甲板のことで、近代軍艦の初期でも上甲板のみならず中甲板などでのこの木甲板のものがあったようです。 しかしながら、旧海軍では明治中期以降は基本的には露天甲板のみとなり、かつ巡洋艦以下では木に換わりリノリュームが多用されることとなったことは皆さんよくご存じの通りです。

 何故近代軍艦で木甲板なのかといいますと、甲板下の防熱・防音のためと、鋼板による甲板の段差を無くすことはもちろんですが、艦上における足腰への負担の軽減の効果もあります。 加えて、大艦における外観の威容にも役立ちます。

 この木甲板には2つのタイプがあります。 つまり、木を敷き詰めた下は梁 (横材、ビーム) のみである場合と、中・大型艦のように鋼甲板の上に木を敷き詰める場合です。

 前者の場合には梁の上に木材を敷き詰めますが、木材の縦の接合部となるところは梁に鋼板の継ぎ手を取付け、継ぎ手とボルト締めします。

woodendeck_01_s.jpg

woodendeck_02a_s.jpg

 この木甲板固定用のボルト・ナットは次の様なものが標準として使われます。 このボルトとナットには亜鉛メッキが施されています。

woodendeck_02b_s.jpg

 後者の鋼甲板の上に敷き詰める場合にはこの鋼板に孔を明けて同じくボルト締めしますが、前者と異なり梁そのものには通しません。

woodendeck_03_s.jpg

 木甲板に使う木材は、“木板” というよりは “角材” と言った方が適当で、厚いものです。 日露戦争期頃までの戦艦ではチーク材で 9インチ幅 のものが標準で、厚さは 3~6インチ あります。

 この厚さは艦上での場所や甲板での部位で異なってきますが、基本的には重要なところほど厚いものが使われることは言うまでもありません。

 もちろん元々の木材そのものも厳密には一本一本が全部全く同じ幅と厚さではなく、製材・加工上の問題もあって、幅、厚さともに多少の差異が生じます。

 そして後でお話ししますように、木材と木材の間には必ず防水の為の詰め物をすることが必要ですので、数ミリの隙間が採られることになります。 したがって、これらの木材の太さの誤差、特に幅は詰め物の利用も含めて現場で調整することになります。

( つまり、9インチ幅ピッタリの木材が隙間無くビチッと甲板に並んでいるわけではありません。)

 この木甲板ですが、元々はチーク材ですが、日本ではなかなか入手が難しいものがありますので、大正期以降には国産のもの、特に台湾檜が多く用いられました。

 そしてその材質のこともあって、木甲板で使用されるものは幅が7インチとなり、厚さも2~3インチ、標準としては戦艦が2.5インチ、巡洋戦艦では2.25インチとなりました。


 さてこの木甲板の張り方の詳細ですが、以下は鋼甲板に木材を張る方法の場合についてご説明します。

 まず始めに、当然ながら木材を張る鋼甲板の表面に丁寧に防錆塗装を施します。 そしてその上からタップリと 「トロ」 と呼ばれるものを塗ります。

 この 「トロ」 というのは、旧海軍史料によれば次の様に説明されています。

「 光明丹 (酸化鉛) 及び唐の土 (鉛白) に糊粉を混ぜ、生亜麻仁油を以て糊状に練ったもの 」

 う~ん、私も良く判りません (^_^;  要は、鋼板表面と木材との密着用と共に防錆塗装との緩衝材としての役目と考えられます。

 そしてこのトロを塗った上に木材を並べ、予め開けてある鋼板の孔と木材の孔とを合わせてボルトを木材側から埋め込み、下の鋼材側からナットで締め付けます。

 この時、ボルトは木材の表面より少し奥まで埋め込むように孔が開けられており、その上に槙絮 (まきはだ、オークム (Oakum) ) とトロを詰めてから木栓を打ち込んで、水密を確保すると共に木甲板の表面を面一になるようにします。

( したがって 『軍艦メカニズム図鑑 日本の戦艦 上』 (グランプリ出版) などでは “あらかじめ鋼甲板に取り付けてあるボルトにナットで固着し” とされていますが、これはボルトの向きが逆で、その様なことをしたらナットを締められません。)

 このオークムというのは、本来は古くなった麻索の切れ端などを解して糸屑状にし、艦上での各種用途に使うものを言いますが、ここではこの詰め物用に新たに作成したもののことです。

 次ぎに、並べて固定した木材の間は予め数ミリ程度の隙間が空くようになっていますので、この隙間にビッシリとオークムを詰め、更にその上から 「瀝青」 (ピッチ、Pitchy) を流し込み、これによって防水の役目をします。

 「ピッチ」 とは石油を精製する時にタールと共に出てくる粘性の高い樹脂で、常温ではタールはドロッとした液体ですが、ピッチはほぼ固形に近いものです。

 したがって、木甲板を有する艦艇では毎日の清掃によって木材表面を綺麗に保つと共に、防水効果維持のためにこれらピッチの保守整備も重要な仕事になります。


(余談ですが、この槙絮 (オークム) に関する逸話はかつて連載しました 『運用漫談』 でも出てきますのでご参照下さい。)



posted by 桜と錨 at 21:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
詳しい記事を書いてくださり、ありがとうございます。
とても参考になります。
鋼板の無い場合の木甲板の張り方の図は初めて見ました。
Posted by 八坂 at 2012年01月18日 22:55
 こんな記事でも何かのお役に立てれば幸いです。

>鋼板の無い場合の木甲板の張り方の図

 船体そのものでの実例はなかなか無いですが、艦橋ウィングなどはこの種のやり方がみられますね。
Posted by 桜と錨 at 2012年01月19日 13:16
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