第6話:最強賢者は旅立つ
「やっぱり、僕は兄さんには敵わないよ。昨日戦ってみてそれがわかった。……この家は兄さんが継ぐべきだ」
グレンは攻撃を受けたものの、致命傷には至らなかった。翌日にはすぐに元気になり、普通に話せている。
今は家族会議中で、グレンと俺の他に、父のレイジス、母のサーシャ、姉のセリカが集まって一緒に話を聞いている。
「俺の誕生日はもうすぐだな」
「うん。だから成人したら正式に儀式を」
「そのことで、俺からも話したいことがあるんだ」
「兄さんが?」
驚いているのはグレンだけじゃなかった。全員の視線が俺に集まる。
「実を言うと……俺は、この家をグレンに継いでほしいと思ってるんだ」
「……え? 僕が?」
グレンは動揺している。……いや、この場の全員が次の言葉を待っているように感じた。
「今まで話したことがなかったんだけど、俺はもっとこの世界のことを知りたいんだ。……もちろん、この町で家を守っていくのも素敵なことだと思う。……けど、どうしても両立はできない」
「でも……兄さんがいなくなったら……」
「その時は父さんがいるし、……それに、グレンは弱くないよ」
グレンがえ? と驚いたような顔になる。
「グレンは昨日のこと、無謀なことをしたんだと思っているんじゃないか?」
「それは……うん。ごめんなさい……」
「責めているんじゃない。確かに無謀だったけど、俺にはできないことなんだ。俺は勝てる戦いだと思ってなければ逃げてたと思う。……そんな奴に貴族の跡取りは務まらないよ」
貴族は負け戦になったとしても逃げだしてはいけない。最後まで領民を守る義務がある。……これが上級貴族ともなれば話は別だが、下級貴族の使命とはそういうものだ。
「でも、僕よりずっと強いのに……」
「魔物を退治するくらいの力はグレンでもすぐに身に着けられる。……そうだな、父さんの稽古を真面目に受けることから始めてみたらどうだ?」
グレンは俺への敵対心からか、五歳の頃から始めていた剣術の稽古をサボるようになっていた。『賢者』の俺はともかく、『狂戦士』にとって剣術はとても大切なものだ。
「兄さん……わかった。……これからは真面目に稽古に励むよ……」
「ああ、そうしてくれ」
今度は父さんと母さんの説得だな。
「今まで言い出せなくてごめん。……俺、めちゃくちゃ期待されてて、裏切るみたいでずっと言えなかったんだ」
俺は頭を下げた。
「……ユーヤ、お前何言ってるんだ?」
「トホホ……呆れた子ですね」
レイジスとサーシャは本気で呆れた顔をしていた。
「職業に恵まれなかったとはいえ、この歳で町一番の実力者なんだぞ? 一生ここに囲っておこうなんて罪深いことできるわけがないだろう」
「え?」
「跡継ぎみたいに一人しかなれないわけじゃないものですねぇ」
「いや……それはそうだけど、もしまた魔物が来たら」
「その時は俺とグレンでなんとかすればいい。ユーヤも言ってたことだろ?」
予想外だった。
引き止められるかと思っていた。
まさか応援してくれるなんて。思いもしなかった。
「まあそれに、外の世界に絶望してとっとと帰ってくるかもってこともあるかもしれねえしな! 後悔するより行動しろ。そういうことだ」
「父さん……母さん。ありがとう」
☆
そして一か月後。俺が成人した翌日のことである。
今日は雲一つない気持ちの良い晴れの日だった。
「じゃあ、行ってくるよ」
俺は家族全員に見送られていた。
世界を知るため、家を出ることになったのだ。俺が望みは現実となったのだ。
「行くアテはあるのか?」
レイジスが優しく聞いてくる。
「いや、まだ決めてないかな。それも含めて旅をしながら調べようかと思っているよ」
「まだ決めてないなら、王都にある魔法学院に入ってみるってのがいいかもしれんぞ。ちょうどそろそろ試験のはずだ。うっかり手続きをしてしまっていてな。ほら、一応受験票を渡しておくぞ」
「父さん……ありがとう」
レイジスの年齢はまだ四十代だ。間違って受験申込みしてしまうほどボケていないはずだ。俺のために色々調べてくれたのだろう。目頭が熱くなってしまう。
「兄さん、僕絶対この家を守るから! 父さんよりも強くなって、いつでも兄さんが帰ってこられるように待ってるから!」
「おう、期待してるぞ。自慢の弟」
今年で13歳になる弟の頭をなでてやる。
「まさか家を出ていくとは思わなかったけど……体調管理には気を付けて。変な女にも気を付けること。私からはそれだけ!」
「うん、いろいろ気を付けるよ、姉さん」
姉さんも色々と大きくなったなあと思う。
最後に声をかけてきたのは母のサーシャだった。
「ユーヤ、あなたの職業は『賢者』。……色々と言われることもあるかもしれないけれど、実力は本物よ。自分に自信をもって生きること。……それと、死なないで」
最後の『死なないで』は心に染みた。
世界のことを広く知るためには旅をしなければならない。けれど旅には危険がつきものなのだ。
一人の母親としての本心が吐露したのだろう。
「必ずまたここに戻ってくるよ。それじゃあ、いってきます」
俺は町に一つしかない門を通り抜け、まずは王都へと旅をすることになる。
ここから王都までの距離はそれほど長くない。
そういえば魔法学院の試験はいつなんだろう?
今なら引き返せるけど……なんか今戻ると気恥ずかしい。急いで向かえば間に合うだろう。そんなことを思いながら俺は歩みを進めた。