第5話:最強賢者はレイドボスを葬る
――僕が魔物を倒せばきっと父さんも納得してくれる。僕の方が強いってわかってくれる。
ユーヤの弟、グレンはレイジスと衛兵のやり取りから魔物の位置を突き止めるとすぐに剣と防具を備えて駆けだしていた。
途中、ユーヤに見つかりそうになったが、すぐに隠れたおかげでなんとかなったようだ。ただ、グレンがいないことが家族にバレるのは時間の問題である。
――早く門にたどり着いてサクッと魔物を倒さないと!
グレンは速度を上げ、道路を突っ走った。
それから程なくしてグレンの視界いっぱいにブラックベアーが映り込む。
普通のクマより何倍も大きい漆黒色をした怪物。
見ただけで圧倒される巨体に恐怖がこみ上げ、足が竦む。
「ぐあっ!」
銀色の装備で身を包んだ衛兵も次々と倒れていく。
グレンは『剣士』である父から剣術を教わってきた。その稽古は五歳から始めたからもう七年になる。最近は少しサボりがちであったが、グレンは七年間続けた稽古は自身の血肉になっていると信じている。
なのに、魔物を目の前にして一歩も動けない。
情けなかった。やっぱり、兄のユーヤを超えることはできないのか。優れた職業を持つはずなのに、力を持て余している。
――そんなの嫌だ。
グレンは、練習ではまだ使ったことのない真剣を強く握り、ブラックベアーに斬りかかる。
ちょうど衛兵が全員蹴散らされていた。
「うおおおおおおおおおお!」
鳥のように軽い身のこなしでブラックベアーの爪を交わし、背中に回り込む。理想的なラインに剣が届く。
――いける、と思った。
そのまま八の字を描くようにブラックベアーの背中を切り刻んでいく。
――なんだ、見た目だけじゃないか。
滅多刺しにしたことでそろそろトドメを刺そうと思った、その時。
「グオォォォォォォォッォ!」
ブラックベアーの右手が伸び、グレンの身体を叩きつける。そのまま吹っ飛び、門に柱に直撃。
痛みで意識が途切れそうになる。打ちどころによっては即死だったに違いない。運が良かった。
しかし、叩きつけられた際に剣も一緒に落としてしまった。
「しまっ……!」
目の前には、グレンより何倍も大きい凶暴な魔物。そんな敵を相手にして武器がない。それに、武器があったとしても大したダメージを与えられていなかった。
グレンが果敢に挑みつけたブラックベアーの傷は浅かったらしく、既に再生していたのだ。
――殺される……!
☆
大急ぎで家を飛び出した俺とレイジスは、もうすぐ門につく。
グレンより幾分か足が速いので、徐々に追いついてはいるはずなのだが、いまだに背中は見えない。
この距離で姿が見えないということは、既に戦闘に入っている可能性もある。
「父さん、ついたらすぐに戦えるように魔法をかけておく」
「魔法? 戦う前に魔法をかける必要があるのか?」
「うん、と言ってもまだ基本的なのしかないけど」
『賢者』が強いと言われる理由の一つが強化魔法にある。
強力な自己強化魔法に加え、基本的なものは他者にも付与することができる。
俺はレベルが上がったことで、【攻撃力強化】【防御力強化】【攻撃速度上昇】の強化魔法を他人に付与することができるようになっている。
レイジスに三つの強化魔法を付与すると、淡い光が彼の周りで煌めいた。
「おお! 力がみなぎる!」
もう少しレベルが上がれば【移動速度上昇】も使えるようになっていたのが悔やまれる。
それはさておき、俺も三種の魔法を自分に付与する。
さらに、自己強化魔法【ダメージ反射】をかけておく。これは自分にしか付与できない。
自分の受けたダメージの何割かを敵にもお返しする魔法だ。割合はランダムである。
そうこうしているうちに門の前に辿り着いた。
巨大な黒いクマの姿をした魔物が咆哮を上げている。
そして、そのすぐそばには、
「グレン!」
怯えた様子でブラックベアーを見上げるグレンがいた。
意識ははっきりしているようだ。大したけがはなさそうでよかった。
「父さん、俺が奴の気を引く。その間にグレンを連れて安全なところに避難させてくれ!」
「わかった……! だが、それまで一人で大丈夫か?」
「危なくなったらさすがに逃げるよ」
ニコっと笑って見せる。
「……わかった。任せる」
レイジスがブラックベアーの視界に侵入し、最短距離でグレンの救出に向かう。
ブラックベアーの腕が伸び、レイジスに攻撃しようとする。
邪魔はさせない。
「お前の相手は……俺だろ!」
俺はブラックベアーの背後に回り込み、攻撃魔法をお見舞いしてやる。
【
矢の形をした氷がブラックベアーの背中を貫く。
「グオオオオオオオ……!」
不意打ちというのもあってかなりのダメージを与えられたようだ。
しかし、すぐに再生する。LLOではレイドボスだった相手。いくら『賢者』でも易々とは倒させてくれないらしい。
それでいい。
今の攻撃はダメージを与えることにも成功したが、狙いは別にある。敵のヘイトを俺に集めることだ。
そうこうしている間にレイジスはグレンの救出に成功し、避難させている。まだ動ける衛兵に任せ、戻ってきた。――狙い通りの流れだ。
「ユーヤ! 戻ったぞ!」
「ありがとう、父さん! 作戦はプランBでいこう!」
「了解した!」
俺たち貴族は幼少から戦闘訓練を受けている。有事の際には領民を助けるという役割があるからだ。
そして、事前に作戦などは共有している。プランBというのもその一つだ。
俺はブラックベアーの正面に、レイジスが背中に移動する。
レイジスが剣で背中を攻撃すると、ブラックベアーのヘイトがレイジスに移る。その後にヘイトの外れた俺が攻撃する。
今のようにすることで単独の魔物相手ならば有利に戦いを進めることができるのだ。
さすがに、レイドボスを相手にレベルの上がり切っていない『賢者』一人ではどうにもならない。レベルが上がり切ればまた話は別なのだが。
【
「スイッチ!」
「おう!」
レイジスが得意の剣技をお見舞いする。
「スイッチ!」
「オーケー!」
また俺が攻撃する。
『スイッチ』を合図に代わる代わる攻撃することで、俺たちはたった二人で強敵であるブラックベアーの討伐に成功した。