第3話:最強賢者は感謝する
五歳になると、剣術の稽古が始まった。
俺の父さん――レイジス・ドレイクの
LLOでの『剣士』は『聖騎士』と同等の性能を持っていた。『狂戦士』などとは比較にならない。プレイヤースキル次第では『剣士』の方が強いと言われたこともあった。
『賢者』はステータスが他職業よりも劣り、魔法も有用なものが少ないとされているため、レイジスは剣を教えてくれているのだ。
俺としても魔力を消費しない攻撃方法を持っておいて損はないと考えている。また、万が一、剣士を相手に戦う時にはこの経験こそが良い武器になってくれる。
「かかってこい!」
「はい!」
剣――木刀だが――を携え、レイジスに挑む。
剣と剣がぶつかる――。
結果は全敗だった。どんな作戦を考えてもうまくいかなかった。
剣士を相手に成長しきっていない賢者が勝つにはステータスやスキルを補うほどの卓越したプレイヤースキルが要求される。しかし、それほどの技術が俺にはまだない。
「やっぱり父さんは凄いよ」
「なーに言ってんだ。そりゃあ俺だって昔はそれなりの剣士だったんだからな! 五歳の息子に負けてるんじゃ話にならねえよ」
レイジスはカカカと楽しそうに笑う。
「まーしかし、ユーヤが魔法込みで戦ったら良い勝負になるかもしれねえぞ?」
「俺は賢者だよ?」
「三歳の時に七歳の悪ガキを一方的にボコボコにしてたじゃねえか。あんなに愉快に笑うセリカを見たのは俺も初めてだったんだ。よほどすげかったんだろ」
二つ上のセリカ姉さんは普段からよく笑う少女である。
父さんもその笑顔を見慣れているからこそ、ひと際輝いていたあの日のことが忘れられないんだろうな。
「多分、魔法に関しても純粋な強さでは負けてたと思うよ。俺の方が使い方が勝ってただけで」
本心からの言葉だ。
賢者はレベルがある程度上がるまでは他の職業に比べて弱い。これは客観的な事実であって、隠すようなことでもない。俺が三歳の時にガキ共に勝てたのはステータスに依らない技術面で勝っていたからに過ぎない。
「おいおい、剣士の前でそれを言うか? 単純なパワーで負ける『狂戦士』と同等の力を認められているのは、『剣士』が持ち味を生かした作戦を考えられるからだ。同じように、パワーで負けてようが実戦で強い『賢者』の方が優秀なのは明らかなんだ。……自信を持て」
『狂戦士』と比べれば『剣士』は職業での差が大きいのだが、あえて今それを言う必要はない。
父さんは俺を慰めてくれているのだから。
「ありがとう、父さん。賢者として、頑張ろうと思う」
「おう、その意気だ!」
☆
剣術の稽古が終わった後は家族揃っての夕食である。
「このカレー美味しい! さすがママだよ!」
俺の二歳違いの弟、グレン・ドレイクは大喜びで母さん自慢のカレーにかぶりつく。
弟の職業は『狂戦士』だった。この世界では強いとされる職業だけあって、生まれた時は大変周りの住民からも喜ばれたらしい。
逆にセリカ姉さんと俺の出生時は誰もが溜息をついたらしいのだが、それはおいておこう。
考えても仕方のないことだ。
「そう? そう言ってくれると嬉しいわ!」
俺の母さんであるサーシャ・ドレイクも褒められて大変満足しているようである。確かにこのカレーはとても美味しい。日本では外食でよくカレーを食べていたのだが、サーシャのカレーは家庭的で優しい味がする。
この世界にきて家族の優しさに触れるまであまり信じていなかったのだが、愛情は一種のスパイスなのかもしれない。
「確かにめちゃくちゃ美味しい。……でも、こんなに肉入ってるけど……大丈夫なの?」
肉は大変高価なものなのだ。父さんは山に狩りに行くことはないし、店で買うしかない。店で買うと肉はとても高い。
心配になって聞いてみた。
サーシャは少し困ったような顔をした。
「ユーヤ、子どもはそんなこと気にせず腹いっぱい食べろ。これはお前たちの血肉になる。……生きる糧になるんだ。そこを渋ってどうする」
「父さん……」
「まあ、家計には打撃なのは確かだ。でも、最近ユーヤが家業を手伝ってくれるおかげでうちも儲かってる。問題ない」
五歳になって、俺は家業である畑を手伝っている。田舎の下級貴族は国から支給されるお金が少ないため、自分たちでお金を稼ぐ術を持たなければならない。
父さんは「子どもが働く必要はない」と言ってくれたが、「勉強のためだから」と説明して手伝わせてもらっている。
しかし、農地は既に限界まで使っていた。俺が役に立てたとしたら肥料の作り方くらいで……。
「今日のカレー、肉だけじゃなくて野菜も入っててすごい! ちょっと使いすぎなんじゃ……大丈夫なの?」
セリカは大量に入ったジャガイモや玉ねぎ、にんじんに気が付いたらしい。
「うむ、ユーヤが効率の良い肥料の作り方を教えてくれてな。……いやまったく目から鱗だよ。おかげで去年の収入の4倍だ。……というわけでまったく気にしなくていいんだぞ?」
三か月くらい前に肥料について教えたけれど、まさかそこまで豊作だとは知らなかった。収穫は父さんだけでやってしまったからどの程度の量か知らなかったのだ。たくさん採れたとは聞いていたが。
「でも、貯まったお金は家の修繕に使ったり、税金を払ったりで手元にあまりお金がないのも知ってるよ。……本当にありがとう、父さん。母さん」
「まいったなぁ……バレてるとは」
「本当、ユーヤは聡い子ですね」
父さんと母さんは照れ臭そうに笑った。