ヘルメットみたいなまったく新しいかたちの脳スキャナが開発され、脳科学の幅を飛躍的に広げそうだ。
イギリスのノッティンガム大学とユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)が共同で開発したこの新型脳磁図(Magnetoencephalography, MEG)は、量子センサーを導入することで小型化・軽量化しただけでなく、従来のMEGの4倍の感度を実現。かぶったままリアルタイムでの測定が可能となり、じっとしていられない性分の子どもにも、パーキンソン病などの症状によりいままで脳磁図の測定が不可能だった患者にも適用が期待されている。
不自然な測定方法
そもそも脳のはたらきは複雑で、そのプロセスを可視化するのは容易ではない。人の脳は数100億個もの神経細胞(ニューロン)からできていて、その細胞同士が微弱な電気信号を発してお互い情報をやりとりしている。ニューロンが発する電気信号は微弱な磁場も作り出しており、この磁場は頭皮の外からでも感知できるものだ。
MEGはこの磁場を読み取ることで脳のどの部分が活性化されているかをリアルタイムに可視化する。MEGの活用法は多岐に渡り、例えばZME Scienceによれば、脳腫瘍の摘出手術を受ける前にあらかじめMEGで脳内をマッピングしておけば、術後の脳と比較できて摘出がどのように脳のはたらきに作用したかを調べることができる。また脳科学の研究においては、脳のはたらきや成長に伴う変化を調べるだけでなく、神経学的、およびに精神医学的な疾患を研究するためにもMEGは不可欠だ。
ところが、従来のMEGは非常に大きくて重たいうえに使い勝手が悪く、使用できる患者を選んでしまっていた。
画像のようなMEGは超伝導量子干渉計(SQUID)と呼ばれる磁気センサーを用いているが、常に-269°Cに保たなければ作動しないため、とてつもなく大きな装置にならざるを得ない。脳磁図を図る際、患者はこの巨大な機械の穴に頭をつっこんだ状態でガッチリと固定されてしまうため、身動きひとつできないばかりか普段どおりの会話や思考はやや制限されてしまう。
この不自然極まりない姿勢で測定できるのは脳のほんの一側面であり、本来人間が表すゆたかな感情や運動神経などは測定できない。さらに、パーキンソン病で体の震えが止まらない患者や、てんかんの症状を持っておりじっとできない子どもの脳磁図を測定するのは不可能に近かったのだ。
感度が良すぎる?量子センサー
そこでノッティンガム大学とUCLの研究者らは新しいセンサーに注目した。ノッティンガム大学のブルックス主任研究員によれば、今回使われた量子センサーは室温でも稼働するため、巨大な冷却装置はいらないばかりか直接頭皮にあてがうことが可能となった。さらに、センサーとニューロンの距離を縮めることで、センサーの感度を4倍程度高める効果も認められたそうだ。
ところが感度が高くなったせいで新たな問題が浮上した。 地球の磁場の影響を受けて精度が狂ってしまうのだ。
ならばと、ブルックス研究員らはMEGヘルメットを装着するエリアを二枚の壁で囲い、壁に電磁石コイルをはりめぐらすことで地球の磁場を5万倍弱めることに成功したそうだ。壁が前後ではなく左右に配置されているのは、患者に閉塞感を感じさせないため。この壁に守られた空間内でMEGヘルメットを装着していれば、お茶を飲んでいても、人と会話していても、ピンポン玉のリフティングをしても――つまり、ふだん通りに動いても、リアルタイムに脳磁図を測定できてしまうのだ。
外見も最強?
今回発表されたプロトタイプとなる第一号は3Dプリンターで作成された。なるべく量子センサーを頭皮に近づけるため、上部にはたくさんの装置が針のように突き刺さったようなかたちとなったのだが…。真っ白なうえに中途半端に顔を隠してしまうせいか、ちょっとホラーな仕上がりとなってしまっているのは残念。
ブルックス研究員いわく、恐ろしげなヘルメットの外見をもうちょっとやわらかくすることは今後の重要な課題だそう。文字通りもっとやわらかい素材で作ることも検討しているほか、ラグビーで使うヘルメット感に近づけたいとZME Scienceのインタビューに答えている。たしかに、子どもに安心して着用してもらうにはまだまだ改善の余地がありそうだ。 「こわい!」という感情ばかりが電磁図に読み取られてしまわないよう、さらなる開発のゆくえが気になる。
より自然体なヒトの脳をとらえる
感度の調整や外見の改良など課題は残されているものの、この新しいMEGはすでに様々な活用法が期待されている。
従来型の機械では測定できなかった神経系の疾患を伴う患者の脳磁図から、新たな治療法が見えてくるかもしれない。また、幼児や乳児の脳磁図を調べることで、人の脳が成長とともにどのように変化していくのかを克明に記録することも可能だ。同時に数台のMEGを使い、人と人との社会的なかかわりの中で脳がどのように反応しているのかを調べることもできるだろう。 将来は、もっと気軽に自分の脳内を覗けるようになっているかもしれない。
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