コクヨデザインアワード2017 結果レポート
15回目の節目、新ジャンルへの扉を開いたグランプリ

去る1月18日、コクヨデザインアワード2017の結果が発表された。ここ数年、同アワードのテーマが「美しい暮らし」(2015年)、「HOW TO LIVE」(2016年)と、単に機能や便利さ、アイデアの切れ味だけではない、人がよりよく生きるための本質的なデザインへの問いかけが続いている。今回の「NEW STORY」ではさらにそれを深め、人々の感性に訴えかけるような、そして新たなジャンルを開拓していくような提案が求められた。

応募総数1,326点の頂点に輝いたのは、大学院生3人のグループ「にょっき」による「食べようぐ」。オフィスにおけるおやつの価値を問い直し、目的に応じて使い分ける文房具のようにとらえた作品だ。オフィスのあり方や働き方が大きく変化している昨今、よりよく働くためのツールを「食」という領域から提案するという、視点の意外性と今後の可能性が評価された。

▲グランプリ「食べようぐ」(にょっき/柿木大輔、三谷 悠、八幡佑希)
最終審査会では「コクヨとして本当に商品化できるのか」といった議論もあったが、テーマとの合致や発想の新しさにおけるポイントが高かった。

▲授賞式でプレゼンテーションするにょっきの3人。

「食べようぐ」に関する審査員たちのコメントは次のとおり;

「既存のジャンルにとらわれず、むしろミックスされていることがおもしろい」(植原亮輔/KIGI代表、アートディレクター・クリエイティブディレクター)

「ステーショナリーの基本的な考え方があったうえでのアイデアのジャンプがよかった」(川村真司/PARTY NY代表、エグゼクティブクリエイティブディレクター)

「快適に働くためのものと考えれば、食べ物だって立派なステーショナリーだと言える。タブーのようで実は王道」(佐藤オオキ/nendo代表、デザイナー)

「文房具がものを動かすツールだとしたら、この作品は人を動かすツールとしての存在感があった」(鈴木康広/アーティスト)

「商品化の際には成分や材料にこだわって、健康によいものをつくってくれたら個人的にも利用したい」(渡邉良重/KIGI、アートディレクター・デザイナー)

具象的で情緒を感じさせる作品も高く評価

例年コンセプト重視のシンプルな作品が受賞することが多いなか、今回の最終審査ではアイデアや機能以上に、人の感性に訴える詩的な作品も注目された。例えば優秀賞に選ばれた「時の舟」は置き時計であるにもかかわらず、正確な時間を読むことはできない。しかし、忙しい日々のなかで、ヨットのオブジェがゆっくりと回転し時の流れを感じさせる、というストーリーが審査員の心をとらえた。

▲優秀賞「時の舟」(T4 – 202  Chih Chiang, LIU / Yung Hsun, CHEN)
台湾から応募したふたりは、「同アワードが打ち出すビジュアルデザインの美しさに惹かれ、2009年から応募し続けてきた」という。今回海外からは、約50カ国、466点の作品が集まった。

▲優秀賞「かきゴム」(ぷらばんばん 中島奈穂子/木平崇之)
消すためのゴムではなく、描くためのゴム。ホタテの殻を混ぜるなどしてつくったプロトタイプの完成度の高さも評価された。

▲優秀賞「引き合う文具」(古舘壮真)
磁力を持った文房具。それぞれが磁力で集まることで、入れ物は不要となり、塊としてまとめることができる。まとまるだけではなく、組み合わせてコンパスのように使うという提案なども評価された。

また、ユニット「the authentic design」によるふたつのファイナリスト作品も、自身の個人的な体験に基づいた心象的なプレゼンテーションや質の高いプロトタイプが評価された。一方で、それが、歯ブラシやサインペンといったアウトプットの形の根拠や機能的価値を打ち出しきれず、受賞には至らなかった。

▲「虹をつくる歯ブラシ」(the authentic design/久保貴史、田口有佳子)
角度を変えて置くとプリズムの効果で虹が発生する。ほかにも衣類の着色汚れの上から描けるサインペン「汚れの向こう側」もファイナリストに。

評価が分かれ、審査の難しさも

「NEW STORY」というテーマの幅が広く、さまざまな側面からとらえることができるために、今回は、審査のなかで一度ふるいにかけて落ちたものの、別の視点で再評価される作品もあった。

受賞はならなかったが、ユニット「New Jersey」による「にっきのばんそうこう」もそのひとつ。日記用のシールで、辛いことや悲しいことを記した“傷”の部分に貼り付けて自分の心と向き合うためのツールだ。審査では、「テーマに対する答えになっているか」「人が使いたいと思うだろうか」といった疑問が出るなか、「心理療法的な可能性もあるのでは」という意見が議論の風向きを変える場面も見られた。

▲「にっきのばんそうこう」(New Jersey/吉澤健太、郷津竜帆、澤田幸希、菅井悠平、橋本真梨子)

授賞式および審査員によるトークイベントが行われた青山スパイラルホールでは、エントランスにファイナリスト10作品のプロトタイプが展示され、初の試みとして来場者による一般投票が行われた。その結果、「陽だまりノート」が最多票を得た。実は、最終審査で「シンプルなアイデアながら個々の物語や記憶をイメージさせる」と評価されたものの惜しくも受賞には至らなかった作品だ。この一般投票を通じて来場者自身が作品を評価する視点をもち、審査の多様さや深さを理解する機会となったことだろう。

▲「陽だまりノート」(松井峻輝、清水明彦)
各ページに雲や木の陰をプリントし、屋外でノートを使用するような体験を表現。

新たな一章への扉

ファイナリスト全体を通して、「使う人によって使い方が変わる作品が増えた印象だ」と語るのは、5回目の審査を務めた鈴木康広だ。「4年前のアワードではそういった作品が受賞することはなかった。デザインの方法やプロセスが変化しつつあるという機運を感じる」。植原亮輔も、「ユーザーの想像に委ねる余白におもしろさを感じる作品があった」と振り返る。一方で、「そうしたあいまいさを伴う感性の提案に対して、審査する側もより深く的確に読み解くことが求められるだろう」と語った。

一方、コクヨデザインアワードはアート作品のコンペではないため、商品化する対象としてのバランスも大切だ。そして、そのバランスにおいて最も優れていたのが「食べようぐ」だったというわけである。「食品はタブーではないかと心配だった」と打ち明ける応募者にとって「イチかバチか」の賭けだったが、「受賞作は商品化する」ことをモットーとするコクヨにとっても相当な覚悟で選んだに違いない。「15回の節目を迎えて、コクヨ自身も変わりたい」(黒田英邦社長)と宣言した同社にとって、今回のテーマ「NEW STORY」は自身に課したものでもあったのかもしれない。新たな一章への扉を開くような、商品化の実現に期待したい。End

▲テーマ「NEW STORY」に合わせてデザインされたトロフィー。新しい世界へと通じる扉に鍵を差し込む瞬間をアクリルで造形した。

コクヨデザインアワード2017の最終審査レポートなど詳細はこちらをご覧ください。

2017年度 東京ビジネスデザインアワード 結果発表
レベルの高いビジネス提案が集う

最優秀賞は、実現性と将来性のバランスを評価

2月上旬、東京ビジネスデザインアワード(TBDA)の最終審査および結果発表が東京ミッドタウンで行われた。TBDAの目的は、都内のものづくり企業とデザイナーの協働による新ビジネスの創出。まず企業から「お題」となる技術や素材を集め、それらに対する提案をデザイナーから募集する。6回目となる今回は148件の応募があり、そのうち企業とデザイナーのマッチングが成立しテーマ賞を受賞した8チームが最終審査に進んだ。

▲最終審査会では、8チームによるプレゼンテーションとプロトタイプの展示が行われた。

最優秀賞を受賞した「ユーザーが生地をカスタマイズできるパターンシート」は、アイロンを使わない転写シールの技術を応用し、さまざまな絵柄を組み合わせて生地を自由にカスタマイズできるシートだ。利用シーンの想定だけでなく、ワークショップでユーザーの反応を見たり、販売の仕方までシミュレーションするなど、実現性の高いビジネス提案になっている点が高く評価された。廣田尚子審査委員長は、「TDBAの目標である商品開発には、よい技術、よいデザイン(モノ)、よいビジネスの三つ巴が不可欠。最優秀賞にはそれがきちんと揃っていた」と講評した。

▲最優秀賞「ユーザーが生地をカスタマイズできるパターンシート」
榊原美歩(GoodTheWhat) ☓ 株式会社扶桑

デザイナーの榊原美歩氏は、「提案二次審査の時に、審査員から次はこれをどうビジネス化していくかがポイントだと言われました」と振り返る。「最初はモノとしての面白さを追求していたが、生地をカスタマイズするという今までにない用途や文化をいかに知ってもらうかを考えた。小売店や量販店などの売り場を調査し、伝え方・広め方のデザインに力を注ぎました」。

扶桑の富田成昭氏は、榊原氏の提案について、「寄せられた案のなかで最も現実的につくり込まれていた」と話す。また、「会社として受け身体質からの脱却もテーマだったので、当社の転写技術を広く認知してもらうというコンセプトが好印象でした」。社内でも「シートを重ね貼りする発想はなかった」「おもしろそうだ」といった声が出て、活性化につながっている。今後はワークショップや展示会を通じて改善点を拾い、商品化に向けてさらにブラッシュアップしていくという。

既存の価値を見直し、転換する提案

TBDAでは、ものづくり企業がもっている素材や技術を再評価し、新たな領域に応用したり、素材や技術そのものを広く認知させていくような提案が多い。

例えば、優秀賞「新しい機能性を持たせた『光る発泡スチロール』」は、木製樽の製造・販売業からはじまり創業100周年の石山が誇る発泡スチロールの成型技術を生かす。軽量、断熱性、緩衝性、耐水性などの性質をもつこの素材に蓄光性顔料を加えることで、防災という新たな可能性を見出した。40センチ角の多機能パネルは避難所での間仕切りやマット、サインなどとして使うことができる。また簡易トイレなど他の防災製品と組み合わせることで暗い場所での使用をサポートする。既に素材の開発と蓄光性能の実験を進めており、チームは「発泡スチロールの新しいスタンダードを目指す」と意気込みを見せた。

▲優秀賞「新しい機能性を持たせた『光る発泡スチロール』」
榎本大輔、横山織恵(hitoe) ☓ 株式会社石山

「薄い、曲がる無機ELシートを応用した照明器具」は、鉄道や船舶の計器類や時計のバックライトとして使われてきた無機ELの薄さ、軽さ、しなりという性質を生かした提案だ。これまで工業用部品として裏方のような存在だった無機ELをコンシューマ向けにアピールしたいと、材料そのままのシンプルなかたちにまとめた。デザイナーの米田浩介氏は、「色、しなり、明るさなどを調整することができます。ただの置型の照明としてだけでなく、素材に触れる楽しさを提案したい」と説明した。

▲テーマ賞「薄い、曲がる無機ELシートを応用した照明器具」
米田浩介 ☓ 株式会社海光社

時代を反映したプラットフォームの提案も

審査員の服部滋樹氏が、「デザインやクリエイティブの役割が変化するなかで、今回は仕組みをつくる話や、ジャンルを超えるような提案が印象に残った」と語るように、モノだけでなくそれが流通したりサービスを提供するためのプラットフォームまで考案したチームもある。

優秀賞を受賞した「プログラミング思考 ☓ パズル。未来を広げる知育玩具。」は、2020年から小学校ではじまるプログラミング教育に着目した提案だ。ICチップを組み込んだパズルとアプリを連動させ、親子の読み聞かせを通じてプログラミングの基本的な考え方を直感的に伝える玩具は、将来的にさまざまなターゲットに向けたコンテンツの展開も考えられる。やのまんの専務取締役 矢野宙司氏は、「既存の技術にこだわるよりは、パズルという遊びの要素をいかに盛り込むか考え、新しい領域を見つけていきたい」と語る。

▲優秀賞「プログラミング思考 ☓ パズル。未来を広げる知育玩具。」
松岡湧紀、青井正仁、榛葉幸哉、西畠勇氣(電通アイソバー) ☓ 株式会社やのまん

「“バナナペーパー”製品を通じて、生産者と消費者を幸せの連鎖で繋ぐプラットフォーム」は、途上国の生産者の生活改善を目的とするフェアトレードと、婚姻証明というサービスを結びつける仕組みの提案だ。ブロックチェーン(分散型台帳)や仮想通貨を活用することで、今までできなかった個人取引や証明が可能になる。また婚姻だけでなく、LGBTのパートナー証明や出生証明、卒業証明といった横展開が考えられ、時代を反映した提案として審査員の関心を集めていた。

▲テーマ賞「“バナナペーパー”製品を通じて、生産者と消費者を幸せの連鎖で繋ぐプラットフォーム」
河井健之介、小長谷久子 ☓ 寿堂紙製品工業株式会社

このように、TBDAは単にものづくりのクオリティや発想の新しさのみを競うアワードではない。「メーカーは製品をつくるだけ」「デザイナーは絵を描くだけ」というマインドの境界を超え、両者がともに「ビジネスをデザインする覚悟があるかどうか」を見極めるアワードでもある。今回を振り返り、審査員たちは口々に「全体的にレベルが高い」「ビジネスの仕組みがよく考えられている」「企業とデザイナーの関係が良好」など成果を称えた。6回目を迎え、アワードの主旨やねらいが参加する企業やデザイナーにも浸透してきたということなのかもしれない。

▲テーマ賞受賞全8チーム、審査員とともに。

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