7月5日、神戸新聞にこんなニュースが掲載され、Yahoo!ニュースにも配信されて広まった。
(以下引用)
父親から暴力を振るわれていた兵庫県西宮市内の中学1年の女子生徒(12)の保護に尽力したとして宝塚署は4日、関西学院大2年の森田悠斗さん(19)=宝塚市=に署長感謝状を贈った。森田さんは女子生徒の気持ちをほぐして窮状を聞き出し、県警に連絡した。
6月2日夜、森田さんは阪急門戸厄神駅近くの商店の前で、雨宿りする女子生徒に気付いた。大雨で雷も鳴っていたため、持っていた傘を手渡した。そのまま帰ろうとしたが、女子中学生が追いかけてきて、涙を流しながら「家に帰れない。父親に殴られている」と打ち明けたという。
森田さんは警察に行くことを勧めたが、女子生徒が嫌がったため、大学の後輩の女性を呼び、森田さんの自宅で話をすることにした。ジュースとお菓子を出し、後輩の女性とともに約2時間話を聞いた。女子生徒は徐々に打ち解け、時折笑顔も見せるようになった。
森田さんは話を聞く中で、父親の暴力は「しつけとは違う」と感じた。顔を殴られていると話す女子生徒は、マスクを一度も取らなかった。「父親と顔を合わすと殴られる」といい、父親が起きる前に学校に行き、夜は父親が就寝してから家に帰る生活を続けていると打ち明けた。
森田さんは「助けてあげなくては」と思い、「県警なんでも相談電話(#9110)」に通報。女子生徒は児童相談所に保護され、現在、父親とは離れて暮らしているという。
(引用以上)
この内容について「久々に良い話」などとして大きく拡散されているが、特に森田さんの対応に「これが本当に子供のためになる保護のあり方」と感心する声が相次いでいる。
一方、埼玉新聞には同日夜、こんなニュースが掲載された。こちらもYahoo!ニュースに配信されている。
▼女子高生を誘拐、容疑の男逮捕 家出願望知り、住まわせる/越谷署
(以下引用)
埼玉県の越谷署は5日、未成年者誘拐の疑いで、越谷市赤山町5丁目、飲食店従業員の男(26)を逮捕した。
逮捕容疑は携帯サイトで知り合った県内の公立高校に通う10代の女子高校生が家出の願望があることを知って、「家にいたくないなら、うちにいつでも来ていいよ」などと誘惑し、5月19日から6月18日までの間、自宅に住まわせるなどして誘拐した疑い。
同署によると、女子高校生の母親から捜索願が出ており、6月18日に父親から「家に帰ってきた」と署に連絡があった。男は1人暮らしで、女子高校生にけがはなかったという。
男は「家出をしたいことを知った。女性がタイプだった。誘惑して、住まわせたことは間違いない」などと供述しているという。
(引用以上)
同日に「未成年を保護する」事案が2つ報じられたわけだが、一方は感謝状が贈られ、一方は逮捕されている。埼玉の男についてネットでは同情を寄せる声が散見された。
「これを誘拐ってするのやめないか」
「正直な話、これを誘拐と呼んでしまうのはいかがなものかと……」
「これはどう考えても誘拐ではなく人助けでしょ! この人が住まわせてあげなかったら、女子高生は繁華街で買春してたかもしれない」
しかし現実には、人助けではなく、これは刑法225条にある未成年者誘拐の罪である。兵庫の事案とどう違うか。また、家庭に問題を抱え助けを求める未成年がいたとき、我々はどうしたらよいのか? 少し考えてみたい。
不適切な行動を「人助け」とは呼ばない
まず兵庫の森田さんは、少女に助けを求められた際、自宅で話をすることにしたが、自身と少女の二人きりになることを避け「後輩の女性」を呼んだ。これは少女の気持ちをほぐす効果もあるが同時に森田さんにとっては「わいせつな目的がない」ことを示すものにもなる。
また、少女から「父親と顔をあわせると殴られる」という内容を聞き出し、少女がマスクを決して外さなかったことから、少女のいう「父親からの暴力」からどうすれば脱することができるか検討し、すみやかに「県警なんでも相談電話」に通報した。
森田さん宅に少女が滞在した時間も長くはなく、一連の行動から、誘拐目的でなかったことが明らかだった。
一方、逮捕に至った埼玉の男は、家出願望のある少女を「うちにいつでも来ていいよ」と自宅に呼び寄せ、ほぼ1カ月間、住まわせた。少女には家出を試みる理由、家庭内の事情があったはずだが、兵庫の森田さんと異なり、その現状を変えるための行為はしていない。
記事には、少女が「タイプだった」ともある。いわば少女の「家出したい」という気持ち、そう思うようになった少女側の家庭内の問題に乗じて少女を誘い出したという見方をされてしまっても致し方ない。少女の抱える問題に踏み込む覚悟があれば、森田さんと同じく、電話相談に通報することも可能だった。
「これじゃ人助けも出来ない」と嘆く前に
もう10年近く前だが、2008年に同じく埼玉で、6歳の女の子を自動車で連れ回したとして、20歳の男が未成年者誘拐の疑いで警察に逮捕される事件があった(年齢はいずれも事件当時)。
男は自宅近くの道路で泣いていた小学一年生の少女に声をかけ、少女が「おばあちゃんのところに行きたい」と言ったため自らの乗用車に乗せ、少女の言う祖母の自宅へ向かった。しかし住所がわからないため交番に立ち寄ったところ、逮捕されるに至った。
この事件が報じられたとき、男に同情し擁護する声がネット上で多かったことは忘れ難い。やはり「これじゃ人助けも出来ない」と嘆く声さえあった。
しかし徘徊している児童を連れ回したり、勝手に保護したりしようとすることは、「適切な対応」ではない。しばしば援助交際を、非行少女たちの責任と捉えたり、あまつさえ彼女たちと正当な取引をし彼女らを助ける行為だと認識する人々が目につくが、それもまた“人助け”ではまったくない。
逮捕された男たちがとったのは不適切な対応だった。そもそもこうした際の「適切な対応」がまったく知られていない、という可能性もある。その観点で見れば、森田さんの行動はやはり表彰ものだ。家出児童を発見した際、どのような対応をすれば適切なのかをわかりやすく示してくれている。
ちなみに電話相談は日本どこからでもできる。こちらに記載されているとおり「普段の生活の安全や平穏に関わる様々な悩みごとや困りごと」を請け負う『警察専門相談電話』#9110は、発信すれば地域を管轄する各都道府県の警察総合相談室などの相談窓口に直接つながる。
今回の森田さんの行動は、家庭に問題を抱える未成年に出くわした際のまさにお手本として非常に参考になるはずだ。特に異性の未成年からの相談を受けた場合は、のちに捜査機関から、わいせつな意図があったのではないかと疑念を抱かれないような対応が必要になる。
また、親からの暴力(性暴力を含む)といった家庭内の問題を抱える未成年は、なかなか身近な人間には相談しづらい。加害者の耳に「他人に相談した」事実が伝わることで、自分の身を脅かすことになりかねないからだ。自分の家庭の恥を他人に晒すことにも抵抗がある。だが『警察専門相談電話』#9110は、被害を受けている未成年本人も電話をかけることができる。この窓口が、家庭に問題を抱える未成年たちにも広まることを願う。