大ベストセラー『教科書が教えない歴史』シリーズを生み出し、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)設立の土台となった自由主義史観研究会

自由主義史観研究会は2015年1月に「授業づくりJAPAN」と改称しましたが、「つくる会」との連携はまだ続いています

その「授業づくりJAPAN」が、最近元気をなくしているようです

ブログでは、こんな嘆き節も……

"30年がんばってきたが、これが今の日本です"

※自由主義史観研究会の設立自体は1995年1月です


「一発不合格」の衝撃


なぜ授業づくりJAPANがこんなにヤサグレているのかというと、「つくる会」の教科書(発行:自由社)が検定不合格になったからです

それは交渉の余地のない「一発不合格」でした

「一発不合格」は、文科省の教科書調査官が指摘する欠陥箇所が一定の基準をこえてしまうと、即座に検定不合格となってしまう制度のことです。2016年3月に定められた新ルールですね

「一発不合格」になると、その年の教科書採択に参加できないこともさることながら、いわば「ダメな記述が多過ぎ!教科書失格!」と烙印を押されたも同然であり、たいへん屈辱的な扱いなのです


自由主義史観研究会の創設者であり「つくる会」の副会長である藤岡信勝さんは、「文科省が問題ない箇所にまで難癖をつけて不合格にした」と主張しています

「一発不合格」をうけて書かれた『教科書抹殺 文科省は「つくる会」をこうして狙い撃ちした』(飛鳥新社)を読めば、たしかに無理矢理に欠陥箇所に仕立て上げられたような灰色の判定が多いですね

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そもそも欠陥箇所とされた405箇所のうち、実に7割近くが「生徒が誤解するおそれがある」「理解し難い」という、教科書調査官の主観が反映されやすいものなことがおかしいのです

(そもそも論としては、日本式の検定制度はおかしいと僕は思いますが、それはまた別の話)

このため、文科省は欠陥箇所を水増ししてまで「つくる会」の歴史教科書を「一発不合格」の基準まで持っていきたかったーーという推理が成り立つわけですね

そこで「つくる会」や授業づくりJAPANは「文科省「不正検定」を正す会」(代表:加瀬英明。所在地:「つくる会」)をつくり、反文科省の一大キャンペーンを展開します

「文科省「不正検定」を正す会」ホームページ

しかし、キャンペーンにのっかってくれるウヨさんは、けっして多くはありませんでした

そこで前述した"30年がんばってきたが~"に繋がってくるわけです

"いわゆる「保守」言論人もそうだ。彼らはみな自由社不合格問題に発言しない。櫻井よしこも事実を知りながら無視したしその他大勢も同じだ。彼らはフジサンケイグループの育鵬社の教科書があればそれでいいし、つくる会はつぶれればいいと考えているのだろう"
"昔の名前で出ている「保守」言論人は全員無視だった。みなさん!要するにこれは日本の貧しい保守業界の、生き残るにはどうするかというあーだこーだなんです。情けないですね"
"30年がんばってきたが、これが今の日本です"


正論「「つくる会」、あなた疲れてるのよ」


なんとも凄まじい嘆きっぷりですが、ウヨ連中から無視されただけなら、授業づくりJAPANもここまで嘆きません

実は、右派勢力から「つくる会」の自由社教科書を、積極的に批判する声があがっていたのです

"結論をいえば、文科省の検定意見には、杓子定規に過ぎる箇所はあった。(中略)しかし、それが自由社の教科書を狙い打ちにして葬り去るような恣意的な検定だったか、といえば、そうした悪意を裏付ける証言や客観的な証拠は示されていない。(中略)校正をはじめ、教科書編集がきちんと機能していれば、こんなことにはならなかったのではないか"
『正論』2020年6月号より

まるで「モルダー、あなた疲れてるのよ」と言わんばかりに、文科省の悪意を主張する「つくる会」をバッサリ斬っています

重要なのは、この論考を載せたのがフジ産経グループの雑誌『正論』であり、執筆を担当したのが"本誌編集部"ーー正論編集部ーーということです
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掲載された論考は『正論』が雑誌として打ち出した公式見解ということなんですね

正論編集部は上記以外にも、「つくる会」に厳しい文章を書いています

"文科省の主張を聞き入れずに「指摘はおかしい」と反発するやり方が果たして妥当だったのだろうか"

"「つくる会」の反論にも「頑ななのではないか」と思える部分も少なくなかった"

"文章の技術的な問題として解決できそうな指摘まで、自ら修正を放棄してしまっている"

"少なくとも今までの「つくる会」にはそうした現実的な解決策を模索する柔軟さがあった"

"前回検定の教訓を引き出していれば欠陥になることを回避する術はあった"

"文科省にすれば、事前に入念な点検と準備をしておけば(指摘を)防ぐことが可能と映るはずである"

"これに「理解し難いとは言えない」「一般的記述だ」と(文科省に)反発する姿勢もまた理解し難い"

"初歩的ミスが相次いで指摘された"

"教科書づくりの実務に通じた経験者に乏しい"

"世論に訴え自分たちの要求を突きつけ、検定結果を覆していくやり方は、自分たちの基盤である、これまでの主張とは本来相容れない行為のはずだ"

つまり『正論』はこう言いたいのですね

正論「「つくる会」は自分たちの教科書のために文科省を批判するな!批判するのはブーメラン!!そもそも文科省と話し合って柔軟に修正していればすむ話!!!」

これでもかとばかり「つくる会」の欠点をあげつらっている『正論』ですが……

……しかし、そもそもの論拠として述べた「文科省と話し合って柔軟に修正していればすむ話」という話、これ、完全に間違ってるんです


藤岡信勝の反論、を右から左に受け流す『正論』


話し合いも修正もできないから「一発不合格」です

たしかに藤岡信勝さんは文科省の教科書調査官と数度に渡り面会をしたようですが、それは通常の検定で行われるような【修正後の合格を前提とした話し合い】とはまるで別物です

「修正するから欠陥のレッテルを剥がしてよー」が通用しないのが「一発不合格」なのです。……というか、それができたら従来の教科書検定と変わらないですね

翌月の『正論』2020年7月号で反論の機会を与えられた藤岡信勝さんも、同様のことを指摘しています

"正論編集部論文の第一の問題点は、今回のテーマにおいて最も重要な「一発不合格」制度の本質への理解を欠き、この恐るべき制度についての事実誤認を前提に議論が組み立てられていることである"

"そもそも「一発不合格」となった教科書には、検定意見が交付されないのだから、修正の機会そのものが剥奪されているのである。(中略)これがこの論文の最大の、致命的欠陥である"

これは藤岡信勝さんの正論ですね。歴史認識や人権問題が絡まないと、こうまでマトモになるのか……というくらい今回の「一発不合格」の件ではわりとマトモです、この人
(山川「従軍慰安婦」記述や「学び舎」教科書について述べるときはやっぱりアレですが)

軍事についてだけ時々正気に戻る田母神俊雄さんみたいなものですね。逆説的に言えば、個々の議論の良し悪しでその人を評価してはならないということになります

ま、それはともかくとして、藤岡信勝さんの反論に、『正論』がどのような反応を示したかが気になるところですね

反論の掲載された『正論』2020年7月号には、併せて『正論』編集長・田北真樹子さんによる説明が付されています

タイトルは「自由社歴史教科書に関する正論編集部の考え」

"そもそも私たちは論争を挑んだわけではないので、(藤岡信勝さんの反論に対して)反論はしません。読者の皆様に両方の論文を読んで考えていただけたらと思います"
"私たちは、「つくる会」や「つくる会」メンバーが執筆した自由社版中学校歴史教科書を批判する意図は一切ありません。合格本を作ってもらいたいとの思いから、論文を掲載しました"

……といった具合に、藤岡信勝さんの反論を『正論』は右から左に受け流しただけでした

いやいや、論争もへったくれもない、明白な間違いを指摘されたんだから、まずは謝罪と撤回をしろよ、って話ですわ

ここでの田北真樹子さんの語り口は、歴史修正主義者がよく使うトリックそのままです

それは間違いの指摘に対して「私はAと意見を述べました、あちらの方はBと意見を述べました。真実はどっちか貴方が判断してください」という語り口です

こうすることで、AとBが【対等】な意見のように、事情に詳しくない第三者には見えるわけですね

ウヨたちはこのトリックをつかって「南京大虐殺はなかった」「「慰安婦」はいなかった」「在日特権」等の明らかにおかしな与太話を、【数あるなかの意見のひとつ】のようにデッチ上げてきたのです

こんなウヨ業界十八番のトリックをつかってまで「つくる会」を非難したのですから、そりゃ授業づくりJAPANも"月刊「正論」よ!正気か!!"と叫びますわ

で、こうなってくるとなぜ田北真樹子さん及び『正論』は、ここまで「つくる会」を貶めたのか、という疑問がでてきますよね


「つくる会」と育鵬社


『正論』編集部は、なぜ「つくる会」を批判しなければならなかったのか

また、なぜ多くのウヨ論客たちは、この件をスルーしたのか

その答えは、「つくる会」の自由社と双璧をなすウヨ教科書会社・育鵬社の教科書にあると思います

以前僕がつくった図ですが、まずはこちらをご覧ください
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細かい説明は「「つくる会」の教科書検定不合格を素直に喜べない理由(中編)」でしているので割愛しますが、図から以下の点を読み取って頂けると有り難いです

・「つくる会」と育鵬社は対立している
・安倍政権と近しいのは育鵬社
・育鵬社ルートが主流派で、「つくる会」ルートは傍流
・日本会議は主流派
・扶桑社や『正論』などのフジ産経グループは主流派

「つくる会」教科書が「一発不合格」をくらった件について、「右派の教科書だから反日左翼にやられてしまったんだ」と言うウヨがいます。ウヨのなかには「安倍政権に対する反日文科省のクーデターだ!」と陰謀論を振りかざす者もいます

ですが、もし、一部のウヨが言い募るとおりだとするなら、なぜ育鵬社は標的にされなかったのでしょうか?

そちらの方がずっと効果的ですし、「つくる会」教科書相手にやったやり口なら、どの教科書だって「一発不合格」にできたはずです

……この件に関してだけは、僕と授業づくりJAPANの見解は一致しています

"今回の「一発不合格」は左翼の謀略ではありませんでした"
"たかが教科調査官ふぜいが、どうしてあれほど自信を持って、ひるむことなく、あそこまでデタラメなことができるのか!???"
"文科省の官僚の背後に強い力が働いているからです。 ぼくはいま安倍政権そのものだと確信しています"

「一発不合格」にまつわる今回の『正論』騒動について、僕の見解をまとめると以下のようになります

・育鵬社を応援する安倍政権の意向があったために、「つくる会」教科書は「一発不合格」の憂き目にあった

・育鵬社を応援する安倍政権の意向を忖度したため、多くのウヨは「つくる会」擁護の声を上げなかった

・育鵬社を応援する安倍政権の意向を忖度したため、『正論』は「つくる会」を攻撃した

多分に想像は入っていますが、だいたいはこんなところだったのではないかと思います

では、なぜ安倍政権は「つくる会」を標的にしたのか?


簡単に言うと、各教科書会社に「一発不合格」への恐怖を与えることで、忖度を引き出そうとしているのではないか、というのが僕の推測ですね

ウヨい歴史教科書を育鵬社に一本化して勢力の拡大をはかりつつ、忖度によって各教科書会社の「育鵬社化」を促す……というのが目的なのではないかと

実際にそれが安倍政権の狙いだったかはともかくとして、今回の「一発不合格」がそのように機能する可能性が十分にあることはたしかです

各教科書会社は、矜持をもって忖度を強制する空気を跳ね退けてもらいたいと思います


「文科省「不正検定!」糾弾集会」で愚痴る授業づくりJAPAN


2020年6月25日、「文科省「不正検定!」糾弾集会」が開かれました

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そこでは、授業づくりJAPANさいたま代表の斎藤武夫さんがこんな風に愚痴っています


2:50~
"(愛国教育が)なぜできるか。安倍総理大臣が改正した教育基本法に「日本の教育は国を愛する態度を育てるためにある」と書いてあるからです。まあ、本人(=安倍晋三)が今回教科書を抹殺した最高責任者なわけで、これ世の中どうなってんだか……"

3:51~
"皆さんは日教組に私がイジメられると思ったかもしれませんが、私は教育委員会や文科省にイジメられるわけなんですよ。日本はそういう国です"

6:40~
"見渡してみると、正論の編集長もどうやら文科省に賛成だと。我々がいかに少数派で、今後も負け続けるであろうことは予想されるわけですね"

斎藤武夫さんの言葉を聞いていると、可哀想になるやら情けなくなるやら

歴史を捏造し、人権を蹂躙してきた報いだとは思いつつ、やっぱりちょっと哀れですね

これが30年間、愛国を続けてきた者の末路です



おまけ


……授業づくりJAPANよ、それはいけない(真顔)

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