『日本沈没2020』のノベライズにツッコミを入れてみた(ネタバレあり・長文)
はじめに
本書はNetflixで配信予定のアニメ『日本沈没2020』の、脚本家自身によるノベライズである。言うまでもなく小松左京『日本沈没』が原作であり、そのようにクレジットされている。
さて、いきなり話が変わるようだが、筆者はシミルボンのことを「本好きが集まって面白い本の情報を交換する場」だと個人的に認識している。だから否定的な評価の本については、これまで言及することを極力避けてきた。だが今回は、あえてその自分ルールを破ることにする。
筆者は本書を一読して予想のはるか斜め上(というか斜め下)を行く内容に呆れ返った。そのあと就寝したのだが、夜中に目が覚めて本書のことを思い出すと腹が立ってきて眠れず、とうとう夜明けを迎えてしまった。40年間小説を読んできて、悪い意味での徹夜本に出会ったのは今回が初めてだ。
しかし1日経ち2日経ち、腹立ちが収まってくると、怒っているのも何だか不毛に思えてきた。それくらいならツッコミを入れて浄化した方が精神衛生的には多少マシなのではないかと思った。自分ルールを破ったのは、そういう事情による。
という次第なので、以下は『日本沈没2020』のノベライズにツッコミを入れまくったものとなっている。あらかじめご承知置きのうえお読みいただきたい。
本書の設定
主人公の武藤歩は東京に住む中学生。短距離走の選手としてジュニアオリンピックでも好成績を収め、将来の日本代表候補として期待されている。家族は父・航一郎、フィリピン人の母・マリ、小学生の弟・剛。
2020年の東京オリンピック終了直後、日本列島を大地震が襲い、東京と茨城と沖縄は大被害を受ける(他の地域については、何も書かれていないのでわからない)。特に沖縄は、半日で沖縄本島が沈没。全員がそろった武藤家は、近所に住む古賀春生、三浦七海と共に西へ向かって避難するのであった。
なお原作と共通する登場人物は田所博士と小野寺俊夫だけで、彼らは数年前、日本列島が沈没するというトンデモ理論を唱えた人物として嘲笑の対象となっている。歩たちは避難の途中、地震のため大怪我を負った小野寺と知り合うことになる。田所博士は名前だけで本人は登場しない。
ツッコミポイントその1:小説として稚拙
まずは最初の大地震が襲ってくる場面を見てみよう。
ドーーン!
地面が沈む。
「ぎゃぁっ!」
驚愕と恐慌が入り混じった声をあげる。
(略)
立て続けにガクン! と沈むような激しい縦揺れが襲う。
グォーン! と間髪入れず横揺れが襲い、歩たちを仕留めにかかる。
「………」
歩の瞳孔はカッと開き、戦慄で半笑いになった。
巨人の振るシェイカーに入れられてしまったかように、皆がなす術なく上下左右に吹っ飛ぶ。
ガシャン! ドバン! ギャバーン!
規則正しく並んでいたロッカーやテーブルは、タガが外れたように暴れ、人間に襲いかかる。
天井に激突した衝撃で首の骨が折れた者、壁にぶつかり脳挫傷を引き起こした者、凶器と化したロッカーの直撃で心臓破裂した者……。
揺れが起こって僅か七秒で半数が絶命したようだ。
本書の「描写」とはほぼこんな感じである。余震はゴゴゴゴッ……グワーン!で、メガフロートの爆発はバゴーン!で、安っぽい擬音のオンパレード。だいたい、ギャバーンとバゴーンって何だよ。宇宙刑事とカップ焼きそばか。
ネタが古くて申し訳ない。
話を戻すと、いくら地震の揺れが大きいからといって、天井が崩落して下敷きになるのならともかく、床から天井まで飛ばされて首の骨を折るなんてあるのだろうか。こんな場面、『トムとジェリー』ぐらいでしかお目にかかった記憶がないのだが。それに7秒で半数が絶命という数字も、誰が計っていたのかわからない。
わずか十数行で、これだけツッコミどころが出てくるのである。
本書はディザスターものだから、大勢の人間が死ぬ。当然と言えば当然だろう。だが主人公まわりの登場人物は、こんなのアリ?みたいなメチャクチャな死に方をするのである。
東京から神奈川県相模原市に入った歩たちは、『山芋掘り禁止』の看板を発見する。禁止というからにはここで山芋が採れるんだろうと躊躇なく芋泥棒を始める航一郎。ところが掘っている途中でもう一枚看板が出てきて、そこには『危険! 不発弾が埋まっている可能性があります』とあった。
航一郎は勢い良くスコップを突き刺す。
刃先がカチンと何かに当たる。その感触と音で、航一郎はそれが何かを瞬時に悟ってしまった。
「嘘だろっ……!」
ボォーン!
強烈な爆音と爆風を巻き起こし、地中に埋まっていた不発弾が爆発した。
長さ一メートル、直径四十センチほどのアメリカ製の爆弾だった。地中で密閉され綺麗な状態のまま起爆装置にあたる信管が残っていたのだ。
爆弾の威力は凄まじく、航一郎は木っ端微塵になった。
おいおいおい、そんな物騒なものを看板一枚で放置しておくなよ相模原の皆さん! 見つけた時点で自衛隊に連絡して処理してもらいなさいよ!【※】
このあと七海は富士山麓で、用を足そうと窪地に降りたところ有毒ガスが溜まっていて即死。さらに弓で武装した自警団に襲われ、剛の胸に矢が突き刺さって倒れる。
こいつも死んだのかと思いきや、たまたま身につけていたゲーム機が盾になって無傷という今どきギャグでもやらない理由で助かってしまう。とにかく生きるにしても死ぬにしてもその様子が激安なのだ。
一事が万事、この調子である。
意味ありげに登場した人物が、何の役割も果たさず消えるのは日常茶飯。新興宗教みたいなコミューンがあって日本が沈没しかかっているというのにお祭りの屋台でタコ焼きを売るわ渋谷のクラブみたいな施設でみんな踊るわ、歩たちが海上を漂流して飢えと渇きに苦しんでいると未開封のペットボトルや缶詰が都合よく流れてくるわ(筆者は洗面器に水を張って実験してみました。ペットボトルは浮きますが缶詰は沈みます)……おかしな箇所をいちいち指摘していたら、いくら書いても足りない。
再読しながらツッコミどころに付箋を貼っていったところ、本文284頁に対し、貼った付箋は51枚という結果になった。5.6頁に1箇所ツッコミどころがある計算だ。
【※5月28日追記】この場面はほかにも、よく読むと別の意味で怪しいところが出てくる。不発弾云々の看板を見つけたのは歩で、それを航一郎に知らせようとしたが時すでに遅く、引用箇所のような惨劇が起きてしまった。つまり航一郎は看板を見ていないのである。(1)
ところが航一郎はスコップが地中の不発弾に触れると、感触と音だけでそれが何か瞬時に悟っている(普通、石コロかなとか思うよねえ?)。彼が超能力者なら話は別だが、そんな設定はないので、看板を見ずとも、地中に固いものがあったらそれは不発弾だという認識をあらかじめ持っていたとしか思えない。(2)
にもかかわらずそれが不発弾であるという現実を受け入れられず「嘘だろっ……!」と叫んでいる。(3)
以上(1)~(3)を考え合わせると、この場面は「航一郎は不発弾の出てくる危険性を重々承知しながら、自分だけは安全という根拠不明の思い込みのもと芋泥棒をしていた」としか解釈のしようがない。
しかし本稿をお読みの方にお伺いしたいが、あなただったらこんな真似しますか。
ツッコミポイントその2:組織の動きが描かれない
原作は小野寺や田所博士、それに政府首脳など、日本が沈没することを一般市民より先に知ってしまった人たちの視点から描かれている。つまり主要登場人物はインサイダーである。
それに対し公式サイトによれば、『日本沈没2020』は、そういった大状況がわからない「ごく普通の家族」の視点から日本沈没を描くことを企図しているという。
これは原作はもちろんのこと、過去の映像化作品の盲点もついた素晴らしい着想であり、上手くいけば面白いものとなるだろう。上手くいけば。
しかしこれだけの災害ともなれば、当然政府を始めとするさまざまな組織が動くはずだ。そして書き手の立場からすれば「政府などの動きを想定しながらあえて描かない」ことと「その点について何も考えていない」ことはおのずと別物である。それが本書の場合、どう見ても後者らしいのである。
具体的に見てみよう。最初の地震が起こるのが第一章、19頁目。そして自衛隊と警察が登場するのは何と第八章、204頁目になってからなのだ。
作中の時間経過がよくわからないのだが、第八章の時点で歩たちは、東京から富士山周辺を通って、あちこちに滞在しながら自衛隊のいる場所まで来ているから、1週間や2週間はとっくに過ぎていると思われる。
この間、日本列島が沈没するという描写もほとんどないので、突然無政府状態になった日本を主人公たちが右往左往している話にしか見えない。
それでやっと出てきた自衛隊が何をやっているかというと、抽選で当たった人間と将来有望な若者だけを選別して船に乗せるという酷いオペレーション。そんな方針、いつ誰が決めたんだ。抽選なんか呑気にやっている暇があったら、他にやるべきことがいくらでもありそうだが。
しかもである。第八章の冒頭で『第二陣を運ぶ船は三隻用意されており(引用者注:少なっ!)、出航する港は舞鶴、境港、下関の三ヶ所です』とアナウンスがあるものだから、いつの間にか日本海側まで移動していたのかと思うと、あとの文章で、自衛隊がいるのはどうやら富士山が直接見える港、つまり太平洋側であるらしいことがわかる。どんな待避計画なのかさっぱりわからない。
結局自衛隊が登場するのはこの場面だけで、あとは登場人物の一人が水陸両用車に乗ってくる箇所にしか自衛隊の名前は出てこない。何でもその水陸両用車は、彼が自衛隊の基地から盗んできたものだとか。いろんな意味でガバガバ過ぎるぞ自衛隊。
まあもっともこの件に関しては、政府だけを責めるのは酷かもしれない。何しろ主人公たちの情報源はもっぱらTwitterと人気YouTuberの投稿動画。政府や地方自治体の避難所に身を寄せるとか、公式に発表された情報を見るとかという発想がまるでないのだ。
最も甚だしいのは東京を脱出して西へ行くか、東へ行くか迷う場面。この重大な決断を、剛は海外のゲーム仲間に相談して決めてしまう。会ったこともない人間からそんな相談を持ち込まれて、エストニアのお友達も困ったろうに。
最大限好意的に解釈すれば、これらは災害に対して当てにならない政府と、ネットのデマに踊らされる市民を風刺したものと読めなくもないが、最終章で何の脈絡もなく日本の総理大臣が現れて胸熱になっているところを見ると……やっぱり何も考えていないのだろうなあ。
ツッコミポイントその3:そもそも日本を沈没させた意味がない
小松左京は『日本沈没』執筆にあたり、日本列島が短期間で海中に没するという大嘘にリアリティを持たせるため、地球物理学の最新の知見を取り入れ、沈没に至るまでのメカニズムを精密に組み立てた。その内容について専門家からは、修士論文レベルとの評価を受けたという。
それに対して本書は、日本が沈むメカニズムについて一言も説明がない。ないと言ったらマントル対流のマの字も出てこないのである。ここまで徹底されていると、いっそ清々しい。
さて、沖縄本島がわずか半日で沈んだことは先にも触れたが、日本列島が沈む場面は輪をかけて凄い。第八章で自衛隊が人々を船に乗せていると富士山が爆発し、歩たちはたまたまその場に居合わせた親切な漁師に助けられて(この場面に限らず主人公たちが助かるのは、大抵「たまたま」の結果である)海上へ逃れる。
夜がやってきて、波は穏やかになった。漂流している救命イカダの中で、歩と剛は手を繋いでいた。ビショビショに濡れたせいで震えが止まらない。
「お前らオールで漕いでみろ。陸だ……島みたいなもんが見える」
ジッパーを開けて外を眺めていた曽根は、前方に島影を見つけた。
歩と剛が備え付けのオールで必死に漕ぐ。影が徐々に近づいてくるが、それは高層ビルの屋上部分だった。ヘリポートがあり、航空障害灯が一つだけ点滅している。
「……日本、沈没しちゃった……」
たった1行で沈没しちゃったよ、おい。
まあいいだろう。百歩譲って(譲りたくないけど)沈んじゃったものは仕方ないと諦めることにしよう。しかしこのあと読み進めると、文字通り驚天動地の真相が読者を待ち受けているのだった。
主人公たちは小野寺からある情報の存在を示唆され、それが秘匿されている座標まで行くのだが、登場人物の言い方がこれまた凄い。
「日本が戻ってくるお得な情報らしい」
日本沈没をそんな、キャッシュカードのポイント還元キャンペーンみたいに言われても。
そして彼らがたどり着いた真相とは?
「小野寺さんと田所博士のアーカイブにあった情報とは……。日本列島は沈没するけれど、約百年の年月をかけて再び隆起するという事実でした。しかも、二年以内にどこが、五年以内にもどこが、十年後、五十年後にどこがと詳細に記されていて、そのデータの通りに日本列島の一部が隆起し始めたのです。(略)」
するってえと何ですかい。たとえば2年後に北海道あたりが隆起して、5年後には長野県あたりが隆起して、10年後には福岡県あたりが隆起するとでも言うんですかい。モグラ叩きじゃないんだからさあ。
しかも沈没直後、高山の山頂部以外は沈んでしまったはずなのに、高原地帯が残っているし(温泉つき)、8年後には東京の渋谷周辺が島状に隆起して人が住んでいたりする。こうなるともう修士論文どころではない、ちゃんと日本地図を見て書いたのかと言いたくなる。
そもそも小松が『日本沈没』を書いたのは、日本列島という国土を失ったとき、はじめて日本という国家や日本人の本質が明らかになるという思考実験のためだった。それを沈んだのに元に戻りますでは、日本を沈めた意味がないではないか。もっとも仮に沈みっぱなしだったとしても、本書にそんな大きなテーマが扱えたとは思えないのだが。
おわりに
先にも述べた通り、細かいところまでツッコみ始めたらいくらでも書けるのだが、主なポイントはほぼツッコんだのでここで終わりとする。はい、ご退屈さま。
それにしてもアニメの方は果たしてどうなるのだろう。監督は湯浅政明である。筆者はこれまで『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』『夜明け告げるルーのうた』といった湯浅作品を楽しく見てきた。今はただ、監督の技量によって、本稿で挙げたようなツッコミポイントが改善されていることを祈るばかりである。