手術後の30代女性に「わいせつ」幻覚か真実か 41歳医師の釈放求めて署名4万人 捜査当局vs医療界の全面対決に

衝撃事件の核心
わいせつ事件の現場とされる東京都足立区の柳原病院(同病院を運営する医療法人財団「健和会」のホームページより)
わいせつ事件の現場とされる東京都足立区の柳原病院(同病院を運営する医療法人財団「健和会」のホームページより)

 手術後の女性患者にわいせつな行為をしたとして、準強制わいせつ罪に問われた男性医師の公判が東京地裁で開かれている。公判は無罪を主張する弁護側と、検察側が全面対決する構図が鮮明となっている。この事件をめぐっては、病院側が捜査段階から一貫して男性医師を擁護し、有志の医師らも「医療現場の萎縮につながる」と支援団体を結成。一方、警察・検察当局は有罪立証に自信を見せる。“捜査当局VS医療界”の様相をも帯びた公判の行く末に注目が集まっている。(社会部 小野田雄一)

検察側…胸なめ、自分の股間こする

 「医師のプライドにかけて無罪を主張します。妻と3人の子供がいますが、長期の勾留で失業し、貯金も底を尽きました。早く元の生活に戻してほしい」

 昨年11月30日の初公判で、乳腺外科医、関根進被告(41)は冤罪(えんざい)を主張した。一般傍聴席21席の抽選に対し170人が列をつくり、関心の高さをうかがわせた。

 検察側によると、関根被告は昨年5月10日、東京都足立区の「柳原病院」で、30代の女性患者の片胸の乳腺を摘出する手術を執刀。手術後、病室にいた女性とカーテン内で2人きりになり、胸をなめるなどした上、自分の股間をこするなどしたとされる。女性が被害を訴え、警視庁が同日夕、女性の胸から唾液の検体などを採取。8月25日に逮捕した。

 検察側は冒頭陳述で「女性から被害を訴えられた母親が、女性の胸に唾液のにおいを感じた。女性の胸からは、唾液成分と、会話による唾液の飛沫(ひまつ)などでは考えられない量の関根被告のDNA型が検出された」と主張。さらに「関根被告は通常、患者の胸だけの写真を3枚程度撮っていたが、女性については顔と胸を入れた写真を15枚ほど撮っていた。女性に性的関心があった」などと指摘した。

弁護側…診察中に唾液が胸に付着することある

 一方、弁護側は徹底抗戦の構えだ。

 初公判では、女性の被害の訴えについて「捜査段階から被害状況の説明などが変遷している。“被害”は女性が麻酔から覚醒する途中で譫妄(せんもう)に陥り、幻覚を見た可能性が高い」と指摘。唾液やDNA型についても「診察中に唾液が胸に付着することはある。採取・検出方法には不審な点が多く、決め手にならない」と反論した。

 また、犯行状況については、「カーテン内に2人でいた時間は非常に短時間で、しかもカーテンの下部は開いており外から見える状態だった。病室は4人部屋でほかの患者や家族らがいたほか、看護師らの出入りも激しかった。こうした場所での犯行は不可能だ」と指摘した。

 弁護側は初公判では写真の多さに関して反論を述べなかった。しかし関係者によると、今後の公判で「女性は水着撮影などを伴う仕事をしていた。女性から『通常よりもしっかり手術後の胸の再形成をしてほしい』との要望があり、普段以上の注意を払う必要があった。写真が多くても不自然ではない」と主張する方針だという。

守る会…早期釈放求めて医師らが支援団体

 今回の事件は単なるわいせつ事件にとどまらず、医療界を巻き込んだ問題となっている。

 柳原病院は独自に関係者らからの聞き取りや現場検証などの調査を行い、「わいせつ行為はなかった」と結論付けた上で、警視庁に抗議する文章を公表した。

 有志の医師らも支援団体「外科医師を守る会」を結成。早期釈放を求める約4万人分の署名を集め、東京地裁に提出するなどした。同会は「患者証言に基づく医師の逮捕は医療関係者に不安を与え、医療を萎縮させ、ひいては多くの患者に不利益を与える」と立件の不当性を訴えている。

 審理を担当する大川隆雄裁判官は初公判で、「双方の主張が激しく対立し、争点や証拠の整理も容易ではない」として、次回期日は当事者間の協議後に指定すると決定。公判は既に長期戦になりそうな様相だ。

 【譫妄(せんもう)】=手術への恐怖やストレス、入院による環境の変化、麻酔などの薬物投与などにより、認知能力が一時的に低下した状態。「寝ぼけ」のような状態となり、意味不明な言葉を発したり、現実感を伴う幻覚を見たりする場合などがあるとされる。