影の騎士
再登場。
わたくしの可愛い黒猫さんはちゃんとお使いをしてきてくれました。
やはりお父様のつけてくれた護衛や使用人は優秀なのね。王城の、しかも王宮魔術師から本当に持ってきたのかしら。本当にその日のうちにこなしてきてしまったわ。
目が覚めると枕もとに魔導書が数冊置いてあった。それに手を伸ばし、ベッドに入ったまま目を通す。
魔法による契約のやり方は、大体は予想通りだった。そして、わたくしの契約させられたのも間違いなく同種のモノ。
読み込んだ魔導書を確認する。いくつか魔法紙が置いてある。契約書用のものだ。魔力を込めた指で撫でると、ジワリと色が浮き出る――感熱紙のようなものだ。この場合は感魔紙とでしょうか。
魔法で気配を探すと部屋の隅にいた。姿が見えないのは、姿を眩ませる何かを使っているからでしょうか。今まで、どちらかというとバルコニーや屋根といった屋外にいることが多かったのですが――わたくしの命令待機でしょうか。
「レイヴン」
「はい」
「いい子ね、もう少しお使いを頼んでもいい? この紙に書いてあるものを用意して欲しいの。
あと、こちらをキシュタリア、ミカエリス、ジュリアスへ渡してください。
わたくしの名を出して構わないわ。必ず、彼らに直接渡すのよ」
「御意に」
「なにも聞かないのね」
そういうと、無表情のままで怪訝そうな顔をされた。なんとなく、ですけれどね。随分身長は伸びたけれど、本質的なものは何ら変わっていない。
きょとんとした目がこちらを見ている。表情よりも言葉よりも解りにくいという人もいるかもしれませんが、そういった者は取り繕えるのです。その真っすぐな眼差しが好ましくて、わたくしはレイヴンを気に入ったのです。
ふふ、そうしているとやっぱり可愛いレイヴンのままだわ。
急変したわたくしの態度に、何も思わないのね。レイヴンは少し人の機微に疎かったというのもあるけれど。
「アルベル様の望みが、私の望みです」
どこからそんな言い回しを覚えてきたの、レイヴン。
お父様の教育が行き届き過ぎではありませんこと……
レイヴンは我欲のない子ですもの、おかしなことは考えないでしょう。こういっては何ですが、薄い夜着のままベッドの傍に呼んでも、ただ静かにわたくしの声にのみ集中している。黒い瞳は、欲望がなく相変わらず子犬のように澄んでいる。
わたくしはこの外見は魔性といいますか、傾国級だと思っていましたが……存外そうでもないのかしら。いつだったかジュリアスが人を狂わすうんぬんを言っていたけれど、そうでもないようね。下半身馬鹿はいましたけれど。
まあいいわ。わたくしの血筋が、今この国において非常にもてはやされているものだというのは事実。使わせていただきますわ。
利用できるものは、なんだって利用する。そう決めたのです。
あれもこれも欲張るから身動きが取れなくなるのです。
立ち上がって、クローゼットルームの脇の壁に触れる。大きなモザイクの絵がある。細かいタイルを張り合わせた美しい壁画だ。ここの裏には、隠し通路がある――おそらく、位置的にこの絵が一番ありうる。このすぐ後ろに、通路があるのです。非常に美しい絵なので、これをわざわざ隠したりはがしたりというのは考えないでしょう。事実、模様替えがあってもここには一切手が入らなかった。だからこそ、の触れさせないようにとの配慮。
この宮殿はリフォームが入りましたが、カーテンの取り換えや一部の壁紙の張替えや補修。調度品の入れ替えがメイン。奥の壁や柱には直接大きな変化はない。
魔石のランプで絵を観察し、目を凝らす。そして、王家の盾のモザイクタイルが少し違うことに気づきます。これは、サンディスライト?
「これね」
手を伸ばすが少し届かない。
いつの間にか後ろに来ていたレイヴンが、そっと手を伸ばして宝石部分に触れる。
「こちらですか?」
「……ええ」
「押せません」
「……まさか。いえ、もう少しよく見てみたいの。台を――」
レイヴンは無言でわたくしを抱きかかえる。ひょこひょこ背伸びをしていたので、簡単に持ち上げられてしまった。
急に高くなった視界に驚いたが、これであれば軽々とサンディスライトの部分に手が届きますし、観察もしやすいです。
サンディスライトに手が触れると、僅かにカチリという音がして滑らかにモザイクの壁が動きます。絵の部分の壁が丸々一枚回転扉のようになっており人一人通れるくらいの幅があります。ドレスの女性でも通れますわ。
隠し扉ね……わたくしに反応した? サンディスライトは宝石であり、魔石でもあります。魔力の波長には血筋が現れると聞きますし、そういった認識システムがついている?
あり得ますわ。セシル女史も、魔導遺跡や古代王朝の霊廟などその手の術式をシステムとして導入して選別し、侵入者を防いでいたと聞きます。
「レイヴン、下ろして頂戴。必要なものができましたわ」
レイヴンはコックリと頷くとわたくしを降ろす。
鍵付きの引き出しに隠していた、ラウゼス陛下からいただいたサンディスライトを取り出す。
わたくしの魔力と相性がいいのは、サンディスライト。丁度良かった……これで別の魔石だったら使えなかったわ。手の平に簡単に転がるサイズですが、品質は一級品。この宝石であり、魔石である石に魔力を込める。
サンディスライトが熱を帯びるほど魔力を込めます。手を開けばサンディスライトは、それ自体がうっすらと内側から輝いていました。
良かった。成功したわ。大切なモノだけれど……うん、必要だったからしょうがないわ。わたくしが宝石でもあるサンディス王国とも所縁が深いサンディスライトをわざわざ別で取り寄せたら目立つに違いない。
……後先考えずにやってしまったのは、反省ね。
「アルベル様、お体が冷えます」
レイヴンにかけられたのはお気に入りのカーディガン。柔らかくて、軽くて、温かい。冷えた夜の空気に、すっかり体が冷えているのに今更気づきます。
「ありがとう。レイヴン、これをもってあの絵の前に」
「はい」
レイヴンは頷いてサンディスライトを受け取ります。
そして再びあの壁の前に立ちます。わたくしが離れたことにより自動で閉じたのか、最初と同じようになっている壁。レイヴンがサンディスライトを絵に近づけると、再び小さく音がして隠し通路への道が開きます。
「行くわよ」
「アルベル様、危険です。先にいって私が調べます。安全の確認が取れた後に……」
「いえ、わたくしもこの通路をいつ使うことになるか分からないわ」
「……解りました。私が先行しても? これだけは譲れません。お許しを」
「ええ、お願い」
通路は魔石のランプだけしか光源がないと思ったら、しばらく歩いたらぽつぽつと壁にはめ込まれているらしい魔石が輝きだす。
時折僅かな物音に反応し、レイヴンが歩を止めます。そして、確認してから進みます。レイヴンのほとんどしない足音と、わたくしの部屋用の布製の靴のぺたぺたとした足音が響きます。靴裏の部分は滑り止めのついた鞣革なのです。
時々どちらに行こうと迷うところもありますが、わたくしに確認します。
何度もこの宮殿周囲を魔法で下調べしていた成果が現れます。わたくしには分かりますので答えます。
どれくらい歩いたか分からないほど歩くと、何やら拓けた場所に出ます。
扉が複数あります。そいて、そこの大陸の公用語と何やら古めかしい文字が刻まれています。
「宝物の間と……自由の間?」
古めかしい文字を見ると『倉庫』『玄関』と書いてあります。
つまり、何か物を保管した場所と外に繋がる扉ですね。
……何故読めるのでしょうか。この文字、凄く懐かしい感じがしますわ。
「日本語?」
「にほぅご? これはニホーゴというのですか?
「いえ、その……レイヴン、内密に。まだ確証ではないのよ。取りあえず、外に出ましょう」
「外に繋がっているのですか?」
「恐らく、そうだと思うの」
レイヴンはコクリと頷くとまた静かに歩いていきます。
その足取りは初めてのはずなのに、全く気負いなく頼もしいです。だけれど、わたくしも苦労なくついていけるので……だいぶ気を使ってペースを落としているのよね。
ヴァンで思ったけれど、男の人って足の歩幅が大きくて速いのよ。
……本当、わたくしって本当に生粋の紳士ばかりしか相手をしたことがなかったのね。歩調やペース、言葉や話題、笑顔や仕草一つでも洗練された方ばかりだったと痛感しましたわ。あの男はわたくしの話は聞かないし、乱暴で本当に不愉快でした。人とは対面して、あれほど不快になったのも珍しい。いえ、それどころか初めてかもしれません。あのような初体験要りませんわ。
お風呂の入る手伝いをしてくれたアンナが、わたくしの二の腕や手首に残る痣に憤慨しておりましたもの。
「アルベル様」
声を掛けられて顔を上げると、月明かりを背負ったレイヴンが立っていた。
外には草原が広がって、人の手の入っていない岩肌が見える。見たことのない植物は、自然のものだから。青さを含んだ少し冷たい風が頬を撫でる。
「外……」
「はい、外です」
「ここは?」
「恐らく城外の打ち捨てられた教会です」
岩だと思ったのは壊れた石像でした。
建物らしきものはあまり見当たらないのですが、本当に教会なのでしょうか?
かなり前に打ち捨てられたのか、草原と見間違えて程広い敷地にもかかわらず余り建物形跡は見られません。そのおかげで、隠し扉の周囲に鬱蒼と茂った背の高い雑草、灌木や蔦が出入り口を巧妙に隠すようになっています。
「曰く付きの教会で、百年以上放置されています。取り壊しや再開発をしようにも、行方不明者や事故が後を絶たず……
過去に王位継承争いに負けた王子や王女が数多く幽閉された場所。
いくつか併設された修道院があったと聞きます。還俗を許さず、しかし王城の見える場所で悔い改めろと収容されたと聞きます」
「な……!?」
これを作ろうとした方はかなり意地悪な方ですわね。
ですが、その手の建物は時の権力者たちは大なり小なり利用していたのでしょう。そうでなければ、王城からほど近い一等地をこれほどの広さのまま放置するわけがない。利用価値があったから残されていたし、それ以上に隠してコソコソやりたかったといえば納得できる。
よくよく目を凝らして見れば、まだ建物の名残はいくつか残っています。
「石碑は建てられているそうですが、忌場としても有名ですのでこの近隣には貴族どころか平民すら寄り付かない……ですが、この通路を考えるとどこまでが本当なのでしょうか」
その通りですわ。
恐らく、隠蔽や密会が行われていたことは容易に想像がつきます。王家の血筋――王家の魔力がそろっていれば、通れるのですから。
この通路を知った王族は、他に知られないために口封じをするのは容易に想像がつきますし、子供やきょうだいとはいえ王位簒奪をされないために本当に必要な場合ですら、渋る者達もいるはずです。
「レイヴン、内密にしたいの。あの三人に会うのは、わたくしが本当に信用している人に、必要な人にしか言わない。いいわね?」
「はい……この道をご案内するということですね」
「ええ、他に気取れられてはいけないの。わかるわね?」
頷くレイヴンだが、わたくしが小さくくしゃみをするとひょいと抱き上げた。
変わらないのね。小さな虫でも、少し大きな小石でも、気づいたら遠ざけようとしているのがわかります。もっと、危ないことをしようとしているのに。
レイヴンは淀みない足取りで、サクサクともと来た道を歩いていきあっさりとわたくしのクローゼットにたどり着きます。
……早い。わたくしが後ろを歩いていた行きの三倍、いえ、それ以上かもしれません。
調べながら、確認しながらとはいえレイヴン一人のほうが早く済んだかもしれません。人を抱き上げたレイヴンの足取りは規則的で、迷いがないです。覚えたのですね。
わたくしをベッドに入れると、しっかりと布団をかぶせて首の上の方まで温かくさせられました。
「眠れないのですか? 湯たんぽを御持ちしますか? それとも風呂を沸かしますか?」
「いえ、大丈夫よ。その、できればもう少し起きてもう一つの部屋を調べたかったのですが」
びたりと不自然に体を硬直させたレイヴンが、きゅっと眉根を少し寄せてフルフルと首を振ります。
「お嬢様、体が冷えすぎているうえ睡眠時間を削れば、間違いなく熱が出ます。
そうすれば、自由に動ける時間が減ります」
「……解りましたわ。おやすみなさい、レイヴン」
「おやすみなさいませ」
「……ありがとう」
目を少し丸くして、首を傾げるレイヴン。
その姿は、どんなに背が高くなっていてもあの時のレイヴンと変わりがなくて、少し安心してしまいました。
読んでいただきありがとうございましたー!
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