026
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「おい! 看守!」
レベルアップもして、ジントに会う準備は整った。
もちろん、また黙りこむようであればなす術はない。
同じ牢獄の同僚となった今。
何とか彼の望みや弱点を突き止めて攻略してやるという気持ちで看守を呼んだ。
間もなく陥落するリノン城を奪還するという目標において彼が重要な存在となるのは確かだ。
もちろん、彼を説得できなければ俺ひとりで作戦を遂行する。
そして、作戦が失敗したら逃げる。
いくつかプランはあった。
その中で一番いいプランはジントを説得すること。
「看守!」
一度呼んだだけでは来ないため何度も叫んだ。ようやくひとりの兵士が面倒くさそうにのそのそと現れた。
「はぁ……。何ですか」
「参謀に伝えてほしいことがある。中に入れ」
「それはなりません」
「何だと? 俺は一生をここで過ごすつもりはない。大貴族である伯爵を何だと思っている。君が参謀にうまく話して俺がここから出られることになれば君への謝礼は弾むんだが……。一生かけても使いきれないほどの大金だ」
扉の外の看守をお金で誘惑してみた。
「それは本当ですか!」
俺は伯爵だ。伯爵ほどの貴族になると死刑自体が難しい。
反逆罪でもなければの話だ。
身分の高い貴族は抗命罪くらいで大きな罰を受けることはない。
せいぜい地位の剥奪。領地に戻ることになるだけ。
ルナン王国においてそんなのはよくあることだ。それが身分制というもの。
その点は看守もよくわかっているはず。
「もちろんだ。ただ、重要な情報だから外に漏れてはならない。中へ入るんだ。脱獄などするつもりはないから心配するな。直に解放されるのに脱獄などするものか」
「そ、それもそうですが」
計算を終えたのか、謝礼の一言に惑わされた兵士はあたふたと牢獄の扉を開けて入ってきた。
「お話とは……?」
話なんかあるかよ。
すぐに[攻撃]コマンドを実行。拳で兵士を殴り倒した。武力25の兵士だ。
気絶させるのは至って簡単。
兵士の腰のあたりから鍵束をむしりとった後、ジントが監禁されている牢獄へ移動した。
ドゴッ !
バコッ、ドスッ !
中からは誰かが殴られている音が聞こえてきた。
「さっさと情報を吐け! てめぇ、いつまで黙りこくってるつもりだ!」
ジントに関連する戦闘は終わったにもかかわらず情報を吐かせるという名目の下に続く暴行。ストレス解消かよ。
そんな中、ジントを暴行していた他の兵士が同僚に向かって言った。
「おい、来てみろよ。首に指輪を下げてやがる。それも、高そうだ」
「へぇ~、指輪ね」
手足を鎖で縛られた状態にあるジントは何の反抗もできない。いくら武力が高くとも、手足が縛られているのだから力の使いようがない。
ただ、驚くことに、その指輪を奪われると一言も話さなかった彼が初めて声を発したのである。
「そ、それはだめだ!」
よほど大切な物なのだろう。そうでなければ、叫んでまであの長い沈黙を破るはずがない!
「話す。全部話すから、それだけは返してくれ!」
「馬鹿め。手遅れだ。それに、もう情報なんか必要ない。てめぇは殴られまくって死ねばいいのさ。そういえば、口の軽い同僚がいたよな? あいつはもう死んだぞ。参謀の忌諱に触れたんだ。クフッ。何も話さずに命拾いしているだけで、殴られ続ければてめぇも終わりだ! プハハ!」
その後も殴打する音がしばらく続いた。
ようやく兵士たちが外に出てくる。そこで、俺はひとまず自分の独房に戻った。
後ほど、静まり返った牢獄の通路を進んでいきジントが監禁されている牢獄に入った。
この男が感情を見せた。それが重要だ。
会話さえできればかなりの進展。
ジントはぶるぶると身を震わせていた。血塗れの手にいくら力を入れても壁につながれた鎖が解けることはなかったが。
「あの指輪がそんなに大切か? 沈黙を破るなんて」
「……」
突然入ってきて質問をする俺の声にジントは顔を上げた。
俺を見ると少し驚いた様子。
「あ、あんたの仕業か!」
さらに、俺のことを思い出したようだ。とんでもない誤解をしているようだが。
「それは誤解だ。戦場で敵に遭遇したら戦うのは当然のことで、俺はその戦いに勝っただけさ。君を捕まえた後に殴打や拷問をした覚えはない。問題があるのは君を連れていった俺の上官だ。俺もその上官に抗命罪で捕まってここにいる」
俺はそう話しながらジントの隣に座った。
「つまり、俺たちは牢獄の同僚ということだ」
会話をしようと歩み寄ってみたが、ジントは唇を噛みしめたまま顔を背けた。
また会話を拒否するのか?
「その大切な指輪、俺が取り返してやることもできるが」
どうやら奪われた指輪がポイントのようだから聞いてみた。
「あんたも捕まってるんだろ? どうやって指輪を取り戻すっていうんだ」
「いつまでもこうしてはいられない。貴族である俺が手足を縛られることはないんだ。だから、看守を殴り倒してここへ来ることができた。さっきの兵士たちを気絶させて指輪を取り返すことも、俺にとってはそう難しくない。俺は縛られていないからな」
俺の説明にジントの瞳がわずかに揺らいだ。
あの指輪は本当に大切な物のようだ。
突拍子もないことから手掛かりを得た。
感情が揺らぐ部分があるなら、説得はそこから始まるもの!
「望みは何だ? 俺には何の取り柄もない」
「大したことではない。ここでこうして命を落とすくらいなら、いっそ俺の味方にならないか。奪われたものも取り返して、君の命も助けてやる!」
「ふざけやがって……。それはできない!」
ジントが強い拒否反応を見せながら首を横に振った。
「なぜだ。指輪ひとつにそれだけ執着を見せるということは君も生きたいんだろ? 生きたい理由があるなら、嘘をついてでもここから出て自由を取り戻したいはずだが……。どうして助かろうとしないんだ?」
そう。そこが理解できなかった。
あれだけ強ければ逃げるチャンスはあったかもしれない。
補給基地からリノン城の牢獄まで移動する途中でも。
それでもこの男はおとなしくリノン城の牢獄に監禁されていた。
そして、今の会話でもそうだ。
まるで生きることを望まないというような言い方。
「それほど大切な物がありながら、なぜ君は生きようとしないんだ!」
答えは返ってこない。だが、補給部隊で捕まっている時とは明らかに様子が違う。
そこで、俺は続けて質問を投げかけた。
「もしや、あの指輪は大切な人と何か関係があるのか?」
大切な人という言葉に急に反応を見せるジント。
やはり指輪は愛の証のようだ。
そして、あの指輪が唯一この寡黙な男を動かせるキーワードであることは明らかだった。
「よし。指輪は取り戻してやる。もう少し緩い条件に変えよう。その指輪について話すんだ。俺の味方にならなくてもいい。話を聞かせてくれるなら、指輪は取り戻してやる。そしたら、少なくとも指輪を身につけたまま死ねる。君はそれを望んでいるんだろ?」
「そんなの信用できるかよ」
「俺が何のために嘘をつくと? 君の話を聞いたところで俺には何の得にもならない」
「……」
ジントは俺をじっと見つめた。動揺した目つき。
だから、ひとまず待った。
目を合わせたまま神経戦をすること数分。
先に話を切り出したのはジントだった。
「本当に指輪を胸に抱いて死ねるのか?」
「話してくれたら取り戻してやる。何があろうと約束は守る」
「一体なぜ俺の話をそんなに聞きたがるんだ」
「そんなことはどうでもいい。取り戻してやるということが重要だろ。本当に取り戻したいなら話を聞かせてくれるだけでいい。それだけのことだ」
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