016
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領地の防御はハディンに任せた。
俺の留守中に領地で問題が発生したら?
それは最悪だ。だが、金塊さえ無事なら後事を図れる。
それに金塊は俺だけが取り出せる。金塊が封印された場所に入れるのは俺だけだから。
頼みの綱があるから俺は心置きなく北へと向かった。
行く途中の道で避難民の長蛇の列が目についた。
北の国境からリノン城まで。そして、少しでも安全だと思う首都に向かって民衆の行列が果てしなく連なっていた。戦争中だからある意味当然の光景だ。避難民と戦争は切り離せない関係だから。
その避難民の行列は今のルナン王国がどれほど危険な状態かをよく表していた。
ゲームの歴史では実際にルナン王国は滅亡する。
この世界では俺が阻止する話だが。
避難民の列に逆らって進み続けるとようやくリノン城が見えてきた。リノン城とは、狭義に解釈するとリノン領地の領主城を意味するが、広義にとらえると領主城があるリノン市全体を取り囲んだ城郭都市をいう。戦時中は広義に解釈するのが一般的だ。
都市を囲む城郭には通常、東西南北に計4つの門がある。
西門に到着した俺は身分を明かして司令部の案内を受けた。臨時司令部として使われている領主城で俺を迎えたのは王国軍の参謀だった。
[ベルヒン・ヘイナ]
[年齢:27歳]
[武力:60]
[知力:81]
[指揮:55]
知力が優れている。優秀ではあった。もちろん貴族だろう。参謀という要職に就いているから。
「あなたがエイントリアンの領主、エイントリアン伯爵ね?」
「左様でございます、参謀! お目にかかれて光栄です」
会社でいえば何段階も上にいる上司だ。礼儀を示そうと頭を下げて挨拶をしたが、彼女は冷めた表情で俺を睨みつけるだけだった。
まったく歓迎の様子はないということ。
「よくきたわ」
「国家存亡の危機ですから、私でよろしければいくらでもお力添えいたします」
その返答に眉をひそめたまま軽蔑するような目つきで俺を見るヘイナ。
いや、何も間違ったことを言ったわけでもないのにあんまりだ。
だが、それはエルヒンの悪評が彼女たちにも知れ渡っているという意味でもあった。
悪徳領主で女好きの放蕩な男。それがエイントリアン・エルヒンの評判だから。
どうやら、俺は臆病なルナン国王ひとりの判断によって召喚された模様だった。
当の王国軍では悪名高い俺は必要ないということだろう。
まあ、その印象はこれから徹底的に変えていけばいいだけ。
「戦況はいかがですか?」
だから軽蔑の目にいちいち反応する必要はない。
そんなことより、情報が必要だった。
「状況が良くないわ。マノン領地まで陥落してしまった。敵がガネン城とベルン城に進軍していて、今はガネン城で戦闘中よ。ガネン城とベルン城が崩壊すればあっという間にリノン城。そのリノン城の次はいよいよ首都のルナン市が戦場となる。だから、それだけは阻止しようと必死に抵抗してるけど、序盤で押されすぎて兵力差が広がったのが……」
ガネン領地とベルン領地だと?
それはまさに首都の目前まで敵が攻め込んできているということだった。
ルナン王国、絶体絶命の大ピンチ! まさにそんなタイトルが似合う状況。
「いや、こんな説明あなたには意味ないわね。最前線はあなたの行くところじゃないし」
ヘイナは途中で急に説明をやめてしまった。
「ですが、こんな状況で最前線でなければどこへ!」
俺はその理解できない言葉に聞き返した。俺を受け入れていないのはわかるが、王命だからやつらも俺を使わないわけにはいかないはず。一体どこに送るつもりなんだ。
「最前線部隊の指揮官の中に死亡者が出たから、急遽そこに補給部隊の指揮官を送ったの。だから、あなたには彼の後任に就いてもらうわ」
補給部隊の指揮官? え?
補給部隊は確かに最前線ではない。だが、補給部隊は最前線と同じくらい重要だ。
そんなふうに軽蔑の眼差しを向けておきながら補給部隊に送るだと?
補給は戦場で最も重要なことの一つ。
いやまあ、確かに重要な部隊だが。
逆に考えれば、決められた命令に従って動いていればいい部隊でもあった。
まったく見え透いている。
無能な指揮官は我が王国軍に必要ない。そういうことだろ?
正直ばかにしているとしか思えない。
「なるほど。補給部隊ですか」
「そういうことだから、補給基地に向かって」
「承知いたしました。ところで。公爵殿下、いや総大将はどちらでしょう? ご挨拶申し上げたいのですが」
「総大将は忙しいの。あなたは補給部隊のことだけ考えとけばいいわ!」
ああ、そうですか。
これ以上話すことはなかった。心の中で舌打ちをしながら、この冷たい風が吹き荒れるどころか凍りつきそうな歓迎を後にして、俺はリノン城から出てきた。
こうなったらチャンスが訪れるまではひとまず補給部隊を俺の軍に育てよう。
この戦争に割り込むには、俺に従順な部隊が絶対的に必要だから。