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「F2後継機問題 『日本主導』の開発は」(時論公論)

増田 剛  解説委員

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こんばんは。ニュース解説「時論公論」です。
航空自衛隊の戦闘機F2の後継機開発をめぐる動きが激しくなっています。防衛省は、外国との共同開発を軸に検討を進め、海外企業が売り込みに力を注いでいます。一方、自民党の国防関係議員の間では、あくまで国産を模索すべきだという声や、共同開発の場合でも、「日本主導の開発」を求める声が強まっています。今夜は、F2後継機の開発方針をめぐる議論の現状と今後の見通しについて考えます。
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解説のポイントです。
F2後継機に関して「日本主導」の開発を求める、自民党の国防関係議員の提言をみた上で、後継機の選定にあたって、外国との共同開発を念頭に、日本企業の参画を重視する防衛省の考え方をおさえます。
一方で、事実上、現時点で唯一の具体的な提案とされる、アメリカの軍需産業の案、アメリカ空軍のF22をベースにした案をみた上で、今後の議論の見通しを展望し、課題を考えます。
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F2は現在、自衛隊が運用する唯一の日米共同開発の戦闘機で、2000年に部隊配備が始まり、これまでに94機が調達されました。
ただ、配備が始まってから20年近くが経過し、2030年代の退役が見込まれています。
このF2の後継となる将来戦闘機をどうするのか。新しい戦闘機の開発は、10年以上の期間がかかるといわれることもあり、この年末、新たな防衛計画の大綱と中期防・中期防衛力整備計画が策定されるのを前に、政府・自民党内で、議論が活発になっています。
今月15日、自民党の国防議員連盟は、F2後継機について、次期中期防に速やかに開発に着手する方針を明記し、取得方法は、日本主導・国内企業主体の開発とすることを強く求めるとする決議を行いました。
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自民党の防衛大臣経験者らで作る研究会も、提言をまとめ、きのう、岩屋防衛大臣に提出しました。提言では、中国やロシアが空軍力を急速に高める中、自衛隊の戦闘機は既に量的には劣勢であり、このままでは、日本周辺の航空防衛に深刻な問題が生じるとしています。一方、将来戦闘機は、総額5兆円以上が見込まれる国家的プロジェクトであり、日本が主体的に戦闘機を開発・生産できる能力を保持することは、大きな抑止力になるとともに、技術先進国の条件だとしています。
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その上で、将来戦闘機は、国産のエンジンを活用し、戦闘に使うソフトウェアなども含め、日本が主導権を確保して開発する。国際共同開発も有力な選択肢として、遅くとも2年後の2020年度には、開発に着手すべきだとしています。
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自民党の国防族議員の間で広がる「日本主導の開発」を求める声。
背景にあるのは、このままでは、国内の戦闘機開発の技術基盤が失われるという危機感です。
これまで日本の防衛産業は、F2をアメリカと共同開発したほか、アメリカ製のF4やF15のライセンス生産を通じて、戦闘機に関する技術を蓄積してきました。しかし、現在は、F35の最終組み立て作業を担うのみです。こうした中で、F2後継機の計画が外国企業の主導になれば、日本は今後数十年間、本格的な戦闘機開発から遠ざかることになります。関連企業の撤退や技術者の減少に歯止めがかからず、国内防衛産業の衰退は避けられません。
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一方、防衛省は、この問題にどう対応しているのでしょうか。
岩屋防衛大臣は、F2後継機の開発方針について、国内開発、国際共同開発、既存機の改修ないし派生型という3つの選択肢を挙げた上で「共同開発であれ、派生型であれ、国内企業がどのくらい関与できる可能性があるかということは、よく見ていきたい」と述べました。
この発言から読み取れるのは、防衛省が、外国との共同開発を軸に、日本企業の参画が、どの程度、認められるかという観点から、検討を進めているということです。戦闘機開発には、数兆円もの巨額の予算がかかります。国産、つまり、開発費を全て日本が負担することになる国内開発という選択は、現実的でないと考えているのでしょう。
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加えて、関係者の熱意がどうであれ、戦闘機の開発実績が乏しい日本企業のみの開発は、技術面や能力面で不安が残るのも事実です。
防衛省はすでに、アメリカとイギリスの軍需企業3社から後継機に関する提案があることを明らかにしています。提案の中身は公表されていませんが、私が関係者に取材したところでは、このうち、ロッキード・マーティン社が、アメリカ空軍のF22戦闘機の機体をベースに、日本が既に導入を始めているF35の電子機器を搭載するとした、F22とF35の混合型の戦闘機を提案しています。
F22は、敵のレーダーに探知されにくいステルス性と、超音速での巡航飛行能力に優れ、専門家の間で、現在、「世界最強の戦闘機」と評価されています。

このF22に、最新のF35の情報ネットワーク・戦闘システムを搭載し、敵機の探知能力や味方との交信能力を高めるというものです。
日本企業に開発・生産の分担比率を50%以上認めるとしており、日本製のレーダーの採用や、将来的には、エンジンの生産を日本企業に移すことも視野に入れているといいます。
日米同盟の強化につながり、「日本主導の開発」にも見合う案ではないかと、評価する意見もありますが、その一方で、自民党などからは、「日本企業の参画が認められても、中核はアメリカ企業が担い、結局、アメリカ主導になるのではないか」と、懸念する声が出ています。
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また、コスト面の問題もあります。構想段階の試算ではありますが、1機当たりの価格は、全体で70機の生産なら240億円。140機の生産なら210億円といわれ、現在、日本が導入しているF35の153億円を大きく上回ります。
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一方、予算の鍵を握る財務省は、開発費の高騰を警戒しています。
戦闘機開発は、国産であれ、共同開発であれ、数兆円の予算が必要とされる上、開発の過程で、当初見積もっていた費用が膨らむことも、ままあるからです。
財務省の一部からは、「既存のF35を買い増して改良する方が現実的ではないか」という意見まで出ています。防衛費の膨張を抑えるためには、開発そのものを見送るべきだという考え方です。
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F2後継機をめぐっては、政界・官界・産業界、それに海外企業の狙いや思惑が入り乱れ、現時点で、明確な方向性は定まっていません。しかし、これまで自衛隊がアメリカ製戦闘機を導入してきた歴史や、アメリカ軍との相互運用性を重視する現場の意向、さらに、アメリカ製装備の購入圧力を強めるトランプ政権の姿勢を考え合わせれば、F2後継機は、アメリカとの共同開発を軸にする中で、日本企業の参画の幅をいかに大きくするかという方向で、議論が収斂されていくと思います。
ただ、ここで私たちが忘れてならないのは、主権者・納税者としての視点です。戦闘機開発は、巨額の費用がかかるわりに、実態が見えにくいものです。政界や産業界で、将来戦闘機への期待が先行しているようにみえる中で、私たちは、日本の安全保障環境に真に適合した能力とは何かを、費用対効果や、専守防衛の理念との整合性も含めて、冷静に考え、議論を深めていく必要があります。

(増田 剛 解説委員)

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「ゲノム編集 双子誕生の衝撃」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

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中国の大学の研究者が、2018年11月、「ゲノム編集」という技術を使ってヒトの受精卵の遺伝情報を書き換えて、その受精卵から双子が生まれたと発表しました。このことが伝えられると、研究者の間に大きな衝撃が走り、世界中から非難の声が上がりました。ゲノム編集は、生物の設計図である遺伝情報を思ったように書きかえられるとして、注目が集まっています。しかし、赤ちゃんを誕生させた今回のゲノム編集には重大な問題があります。
中国の研究者が行ったとするゲノム編集が、なぜ、これほどの衝撃だったのか、考えます。

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解説のポイントです。

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▽ゲノム編集は、どのような技術なのか
▽中国の研究者の行為の何が問題なのか
▽今後、研究を適切に進めるため、研究者や社会に求められることは何か、
をみていきます。

まず、ゲノム編集についてみます。
細胞には「体の設計図」ともいわれる遺伝情報=ゲノムがおさめられています。

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ゲノム編集は、このゲノムの狙ったところを切断します。

切断するとどうなるのか。

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設計図の切断された部分が壊れて、「機能が停止」します。また、特殊な操作を加えると切断した部分が別の情報に「変更」されます。切断したところに遺伝情報を差し入れて、「付け加える」こともできます。
パソコンで文章を編集するときのような、削除、置換、挿入ができるわけです。

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こうすることで、遺伝情報つまり設計図を思ったように書き換えられ、技術的にも比較的簡単であるとされています。これを病気の患者に使えば、たとえば体がいらない物質を作っていれば、その物質を「作らない」ようにしたり、作る物質を必要なものに「変更」したりできます。「新たに」必要な物質を作らせることもでき、治療に結びつけられると考えられています。
先天性の病気など、治すのが難しかった病気の治療が可能になるとして、注目されています。

中国の南方科技大学の賀建奎准教授は、エイズウイルスに感染していた父親と感染していない母親の受精卵にゲノム編集を行ったということです。

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受精卵がエイズウイルスに感染しないように遺伝情報を書き換えたとしていて、その受精卵から双子の赤ちゃんが生まれたと話しています。

ゲノム編集はどのように作用したのか。

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エイズウイルスは細胞にある窓のような部分から入り込んで感染します。この窓を作る遺伝情報をゲノム編集で壊すと窓がなくなり、エイズウイルスに感染しにくくなると考えられていて、こうした遺伝情報の書き換えをしたと見られています。

では、このゲノム編集の何が問題なのでしょうか。
1つは技術的な問題です。

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ゲノム編集は、狙ったところを書き換えるといっても、間違って別のところを書き換えてしまうことがあります。仮に、そこが設計図の重要な部分だった場合、将来、がんなどの病気の原因になる危険があります。ゲノム編集したことで、かえって病気のリスクを赤ちゃんに負わせてしまっています。

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ゲノム編集が必要だったのかも指摘されています。父親がエイズウイルスに感染していても、薬などを使ってウイルスを極力取り除いて、受精卵への感染を抑えることができるからです。多くの専門家は、ゲノム編集する必要性はなかったとしています。
透明性の面でも、夫婦に対して、正確な情報がどこまで説明されたのか、医療施設のチェックをどのようにパスしたのかなど、不明確な点が多いと批判されています。

さらに、人類の問題としてとらえなければいけない大切なものが、倫理的問題です。

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ゲノム編集をたとえば大人に行う場合、遺伝情報が書き換わるのは体の一部の細胞だけです。編集された遺伝情報が次の世代に影響しないようにすることができます。

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これに対して、受精卵にゲノム編集をした場合、赤ちゃんのすべての細胞で遺伝情報が書き換わります。このため、次の世代、その次の世代へと編集した遺伝情報は受け継がれます。
賀准教授によると、双子の赤ちゃんは順調に育っているということですが、この赤ちゃんの将来、次の世代、その次の世代に、何が起きるのか、起きないのか。今の科学では予想することはできません。「安全性がわからないまま書き換えられた遺伝情報が、人類の間に広がる」という、その責任を取ることができるのでしょうか。
賀准教授は「技術を必要とする人がいるなら助けるべきだ」と自らの行為を正当化しています。しかし、ひとつの家族、1人の研究者の問題ではないことは明らかで、その主張はあたりません。とても責任の取れない、取り返しのつかない問題なのです。

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賀准教授が、こうしたことをわからずにいたのであれば、大きな問題ですが、逆にわかって行ったのであれば、研究者の資格はないというほかありません。

さらに、こうした倫理的な面が無視されてくると、懸念されるひとつの問題が浮かび上がってきます。それが、病気の治療や研究を越えて、子どもの遺伝情報を親の好みに書き換える、いわゆる「デザイナー・ベビー」につながる点です。

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ゲノムの研究が進み、目の色や身長、筋肉の持久力など、様々な体の特徴が遺伝情報のどこに書かれているのかが、わかってきています。こうした部分をゲノム編集で書き換えることで、親の好みの特徴を持った子どもを意図して作り上げることができます。
研究者が、ゲノム編集をどこまで行うのか慎重に考えているのは、こうした様々な課題があるためで、だからこそ、今回、世界中から非難の声が上がったのです。

問題を繰り返さないために、どうしたらいいのでしょうか。

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ヒトの受精卵のゲノム編集について各国の規制をみてみますと、ドイツやフランスなどでは、法律で禁止されています。中国では指針で、ゲノム編集した受精卵で子どもを誕生させることは禁止しています。
日本では、これまで基礎的研究について法律も指針もありませんでした。国の専門家会議で、2018年11月28日、指針が了承されました。指針では、受精卵へのゲノム編集は基礎的な研究に限り認め、受精卵を母体に戻すことは禁止されています。2019年4月にも運用を始めるとしています。法律ではないので、罰則はありません。
科学者で作る日本学術会議は2017年、「法律による規制について検討すべきだ」などとする声明を発表しました。
専門家の中からは、今回のケースをみても指針というレベルの規制には限界があるとする声が聞かれます。一方で、法律がなくても日本の研究者は赤ちゃんを誕生させるようなことはしないとする関係者もいます。確かにそうかもしれません。
ただ、将来については考えておく必要があると思います。ゲノム編集は、すでに簡単なキットでできます。今後、民間の医療施設が独自に患者を集めてゲノム編集を実施するような時代がくるかもしれません。急速に変化する技術の進展を見据えて、法律による整備をどう考えるのか、議論を始めておく必要があると考えます。

賀准教授の発表は、根拠が示されていない部分が多く、いまもってどこまで真実が語られているのか、はっきりしないところがあります。しかし、受精卵をゲノム編集した赤ちゃんの誕生という日が、いつかは来ると考えていた研究者は、少なくなかったと思います。
長い進化の過程を経てきた遺伝情報は、人類共通の財産です。
一部の科学者の勝手な判断で、その財産をゆがめられることのないよう、守っていかなければなりません。国ごとの規制だけでなく、国境を越えた大きな議論にしていかなければならないと思います。

(中村 幸司 解説委員)

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