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俺だけレベルが上がる世界で悪徳領主になっていた 作者:わるいおとこ

第1章 悪徳領主

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 *


 戦闘システムもあのゲームと同じだった。つまり、俺は少なくとも自分の武力値以下の兵士の手で死ぬことはないということである。この戦乱の世界で命を保障してくれるのはやはり武力だ。

 もちろん、命のかかっていない戦いで上がる経験値はごくわずかだ。実戦で敵を殺して駆逐したときに経験値の上がり幅が大きいのは当然。だから、こんな対決でレベルを上げるのは不可能だ。これはまさにレベルの上がり幅を確かめる実験でしかなかった。


 もちろん、その結果、俺はベンテを手に入れた。

 ハディンは昔の部下を全員復帰させ、ベンテは手駒にしていた十人隊の兵士たちを自分が指揮する百人隊の十人隊長にそれぞれ任命した。そのように軍は再編成されたのだ。

 いくら指揮の数値が高くても急な昇進や復帰で軍を掌握するには時間が必要だ。だから、今までの部下はつけてやらないと。不満を持つ者が出てくるかもしれないが、そんなのは領主の悪名で抑圧すればいい。その都度、平和的な解決をしている時間はないから。

 もうタイムリミットだ。

 余裕がない。

 まさに、今からが戦争だ。


 俺は集合した兵士の前に立って明日の戦争に備えた戦略を細かく説明した後、指揮官に命令を下した。兵士たちの顔色が変わる。それでも、露骨に不満を漏らす者はいない。これがまさに領主の力だ。

 俺の命令に従って、すぐに全軍が慌ただしく動き出した。


 兵士たちは全員同じことを思っているだろう。

 領主が戦争ごっこを始めたと。

 領主は普段からごっご遊びが好きだった。当然といえば当然の評価だ。

 俺はそんな兵士たちの考えを訂正する気はなかった。

 今の状況からすると、かえってその方がましかもしれない。本当に敵が攻め込んでくると信じさせたら兵士たちはむしろ逃亡するだろう。士気が20しかないのだから。

 それなら、遊びと思わせたまま落とし穴を掘らせて待ち伏せまでさせた方が逃げられるより何倍もましだ。

 とにかく命令どおり動き出したならそれでいい。


 俺が考案した作戦はこうだ。

 ナルヤ王国の主力部隊は北方に移動する。その移動を隠し立てるための囮部隊が、ルナン王国の西の国境となるこのエイントリアンに現れるのだが。

 この囮部隊の進路は目に見えていた。

 ナルヤ王国とエイントリアン領地には巨大な山脈が立ちはだかっている。

 そもそも、内戦が起きてエイントリアンを境に国が分裂した理由も、エイントリアン領地とナルヤ王国の間にあるこの山脈によるものだった。

 この山脈は険しく越えてくるのは極めて難しい。ただ、唯一山と山の間にある道には関所が設置されていた。

 だから、一番早く国境を越えられる道はまさにこの関所となるが。

 ポエニ戦争でアルプス山脈を越えたハンニバル将軍のように険しい山を越えるという選択肢もある。

 もしくは、迂回路を使って攻め込んでくるか。


 しかし、ゲーム内の歴史にそんな記録はない。ナルヤ王国軍は最も手っ取り早い関所を越えて攻め込んできた。

 囮部隊の目的は耳目を集めること。だから、わざわざ人目を避ける必要はない。それに、エルヒンの無能さはすでにナルヤ王国軍の間にも知れ渡っているはず。

 だから当然一番早く攻め込めるこの道に入ってくるだろう。歴史を知っている以上、他に考える必要もない。

 この道さえ注視すればいい。


 もちろん、普通なら関所で戦いが勃発する。

 だが、この関所は前領主時代に地震で崩壊していた。

 侍従長から聞いた話によると、王国が支援した修繕費をエルヒンが他のところに使った模様だ。


 いや、関所が無事でも、むしろ人を配置せずにこの山岳地帯を利用した方が賢い。

 兵士たちの士気と訓練度を見ると、いっそ待ち伏せをして遠くから攻撃した方が白兵戦よりもずっとましだ。

 だから、関所を越えてエイントリアンの平地まで抜けるこの山岳地帯で決着をつけるつもりだった。

 関所を過ぎてエイントリアンの平地まではかなり長い狭路が続く。絶壁の下の狭路は待ち伏せするには絶好の場所となる。

 敵がいつどこから来るのかを知っているのにそれを利用しないなんてもってのほかだ。

 狭路では待ち伏せを。

 そして、狭路から平地に抜ける入口には落とし穴を仕掛ける。

 これが今回の戦略の始まりだった。


 *


「これは一体何がしたいんでしょうか?」


 兵士たちが穴を掘りながらぼやく。


「まあ、領主のお遊びだろ。戦争ごっこがしたいようだ」

「そんな、戦争を遊びにするなんて」


 百人隊長の言葉に理解できないという顔で首を横に振る兵士。


「おいっ、聞こえるだろ! 領主の耳にでも入ったりしたら俺たちは全員終わりだ。領主は命令に逆らうやつが一番嫌いだからな。さっさと真面目に掘れ!」

「はぁ。今日は賭博運が良かったのに、こんなことをするはめになるなんて。どうなんてんだよ。くそっ!」


 兵士たちは愚痴をこぼしながらも命令に従って落とし穴を掘り進めた。もちろん、本当の戦争が起こるなんて誰ひとり想像もしていなかった。暴君領主の気まぐれなお遊びのひとつにすぎないと思っているだけ。それでもおのずと体が動くのは、いい加減にやって領主に嫌われでもしたら、その場で命がないからだった。

 逆らったら殺す。それが領主だ。

 エイントリアンの領民なら誰もが知る事実。

 兵士たちは不満を漏らしながらも、せっせと落とし穴を掘るしかなかった。


 もちろん、状況が違うところもある。

 ベンテの部隊が穴を掘っている現場は他の部隊の姿とはまったく違った。

 ベンテはとても単純な男で、そもそも領主の悪名など耳に入れてもいなかった。それどころか、むしろ自分を認めてくれて、百人隊長という大きな役割を与えてくれた領主に感謝していた。だからこそ、彼は全力で兵士たちを督励していた。

 いや、率先垂範して指揮するので忙しかった。


「穴を掘って目の大きい網状に綱を張った上から藁をかぶせる。いいな? おい、気をつけろ! 手怪我すんぞ!」


 片や領主に対する恐怖。

 片や領主に対する忠誠。

 心持ちは人それぞれだが、とにかく部隊は忙しく動き出したのだ。


 *


 待ち伏せ作戦を陣頭指揮していたハディンは信じられない光景を目の当たりにした。

 本当にナルヤ王国軍が現れたのだ!

 兵士たちも動揺を隠せずにいた。みんな領主のお遊びだと思っていたのだから、本当にナルヤ王国軍が攻め込んでくるなんて誰も予想していなかったはず。

 もちろん、領主がナルヤ王国軍の攻撃に備えるとは言っていた。ただ、それが現実に起こるなんて誰も信じていなかったが。


「本当にナルヤ王国軍の奇襲を知っていたということか?」


 誰もがお遊びだと思っていた。それはそうと領主が軍に関心を持ったのはいいことだ。だからこそ、復帰してすぐこの作戦を指揮した。遊びではなく、待ち伏せ訓練だと思った方が望ましい。とにかく訓練の重要性を主張し続けていくことで悪徳領主の考えを変えることができるなら、自分はまた監獄に連行されてもいいというのがハディンの考えだった。


 だが、本当の戦争だと?

 訓練がまともに行き届いていない兵士たちは、敵がいない状況での待ち伏せこそ問題なかったが実際に敵を見るなり慌てだした。中には早まって矢を放とうとする兵士もいた。


「指揮官! これは……。敵の数が多すぎます!」


 兵士たちは小声でざわつきながら動揺する。


「全員黙らんか!」


 それを見たハディンも驚いたが、すぐに表情を変えて兵士たちを取りまとめた。騒ぎ立てたところでいいことなど何一つない。戦争経験のあるハディンは、この状況でひとまず平常心を保たなければならないと思った。

 百人隊長に復帰した自分の昔の部下にも目配せをしながら、絶壁の下にぶら下がるナルヤ王国軍を監視した。

 見れば見るほど冷や汗が流れた。


「指揮官……大丈夫ですか?」


 昔の部下で復帰後すぐに副官に就かせた百人隊長のノースティンが低い声で聞いた。


「心配ない。それはそうと、まさか……?」


 二十年前にナルヤ王国軍と戦った記憶がハディンの脳裏をかすめた。


「まさか、強槍のランドール?」


 かつて戦争で知った敵がいた。当時の彼はかなり若かったが、武将という呼称がついても申し分ないほどの武力を誇る人物だった。


「ナルヤ十武将の一人、あのランドールですか?」


 ノースティンが聞き返すと、ハディンは首を縦にうなずいた。


「そうだ。今はそんなふうにも呼ばれている。だとすればだ、こいつは困った。この戦争、我々に勝算はないぞ……」

「指揮官……!」


 ハディンは、ノースティンの叫び声に理性を取り戻した。


「領主の命令に従って狼煙が上がるまで待つ。狼煙が合図だ。それまでは絶対に動くでないぞ!」


 ハディンは冷や汗を流しながらも落ち着いて命令を下した。ここまでくると何が何だかまったくわからないが、今思えば単純に領主のお遊びだと思っていたこの待ち伏せ作戦は、唯一敵の隙を狙える方法であるようにも思えた。

 ハディンはそうして剣を握りしめる。

 敵の軍勢。そして、敵の指揮官。すべてが圧倒的だ。

 一方、我が軍の訓練度は最悪。

 さらに、バークを追従する連中は領主を前にすると何も言えないくせに裏では反発を見せている。こんな状態では待ち伏せ作戦が成功するとしても、あのランドールを阻止できそうにはなかったが、とにかく国のために少しでも敵軍にダメージを与えなければという思いで頭がいっぱいだった。敵が待ち伏せにまったく気づいていないということがせめてもの救い。

 そのように息を殺して待っていたその時、ついに狼煙が上がった。それと同時に移動していた敵軍が動きを止めた。急に止まった敵軍の行進。


「よし、今だ。放て! ひとりでも多く殺すんだ!」


 すかさずハディンがそう叫ぶ。その命令と同時に矢が放たれ、まるで崖崩れでも起きたかのように岩石が転がっていった。

 ナルヤ王国軍は矢と岩石の洗礼を受けながら右往左往し始めた。


 しかし、ハディンが憂慮していたことが起こった。前指揮官バークの下にいた何人かの百人隊長は、ナルヤ王国軍が現れるなり裏に隠れて何もできずにいたのだ。ただ、がたがた震えるだけ。

 そのせいで同時多発攻撃ができずにいた。威力が減った状態。さらに、矢の攻撃に敵が動揺すると理性を失って無鉄砲に命令を下す百人隊長もいた。


「こっ、攻撃しろ! やつらは困惑している」

「いけません! 領主が絶対に直接的な攻撃は控えろと!」


 隣にいた十人隊長が止めに入るが、理性を失った百人隊長のシャネは聞く耳を持たなかった。


「そんなのは状況によって変わるものだ! 攻撃しろ!」


 副官が傾斜の下に身を躍らせる。兵士たちは仕方なくその後に続いた。

 国境を越えて奇襲してきた我が軍の動向に敵はまったく気づいていないと確信していたナルヤ王国軍は、待ち伏せ作戦にまんまと引っかかってダメージを受け始めた。ところが、エイントリアン軍に不協和音が生じたおかげで被害は拡大せずにいた。


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