004
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銅色の肌をした男が兵士を投げ倒す。
「さあ、次! 次だ!」
その男は次々に兵士を投げ倒していく。兵士たちの表情が歪む。
「隊長、もうやめましょうよ。誰もやらない訓練を何でいつも俺たちばかり……」
「なんだと? 無駄口をたたいていないでかかってきやがれ!」
十人隊長のベンテは人差し指をクイクイッと曲げて哀訴する兵士に合図した。彼の顔は笑っているが、目をつけられた兵士は今にも泣きだしそうな顔だ。すぐにベンテが兵士の首に腕を回して絞めつける。
「うっ、ううっ……。隊長、降参……降参です……」
「その言葉は口にするなと言ったはずだ」
「みんなのんびり休んでいるのに何でいつも俺たちは……。あっちでは賭場も開かれてるっていうのに……」
「ふざけるな。俺たちだけでも訓練はする。今は訓練時間だろ? 俺が間違ってるか?」
「それはそうですが……」
ベンテが問い詰めると兵士はまた泣き面を見せた。すると、ベンテはにやりと笑う。
仕方なく兵士たちはひとりずつベンテに立ち向かって行った。そして、投げ倒される。
ベンテの部下たちはみんな多かれ少なかれ彼に恩があった。それに、普段からベンテを実の兄のように慕っていることもあり、兵士たちは愚痴をこぼしながらも訓練に臨んだ。
「俺はな、賭場だの酒盛りだのそんなものはわからねぇ。兵士だから訓練をするだけだ。 領地を守る兵士ともなろう者が、毎日街に出ては貴族の命令という名目の下に同じ民衆の金を巻き上げて、とんでもねぇ話だろ? いいか、だから俺たちは訓練で思いっきり転がり倒して、夜は一杯やって! そうやって生きて行くんだ! それが人生ってもんだろ! おい、おめぇら! 人が話してるってのにどこ見てんだ!」
兵士たちは目を大きく開き、首を横に振りながら遠くを指さす。
「あれ、ガーネ副官では?」
「てめー、殴られてぇのか? そんな嘘には騙されねぇよ」
「本当なのに……」
ようやくベンテは兵士たちが指さす方を振り向いた。そこには、直属の上官となるガーネ副官がこっちに向かって歩いていた。ベンテが訓練方針などあらゆることに不満を抱いていることから、ふたりは最悪の仲だった。
おかげで今日もベンテの眉間にはおのずとしわが寄っていた。だが、無視はできないため、ベンテはつかつかと大股で歩き勢いよく副官の元に向かった。
「いつも外には出られない方が、何のご用で?」
「集合だ。お遊びはそこまでにして、すぐ移動するように」
今日はどんな因縁をつけようかと頭を働かせていたベンテの首が傾いた。
「何ですと? 訓練時間に訓練もさせずに集合だなんて。これだから、兵士たちは力不足でまともに戦えもしないんです。この間も……」
「黙れ。前指揮官のハディン男爵が復帰されて、領地の全兵力は南門前に集合するよう命令が下った。さっさと動け!」
いつも兵舎から出てこずに白肌を誇るガーネ副官がベンテの言葉を遮ってそう叫んだ。
ベンテは兵士たちに視線を戻す。
「どういうことだ? 前指揮官? 何か知ってるやつはいるか?」
目をつけられた兵士は互いに顔を見つめ合うだけだった。
*
城郭都市の南門前。
南門は国境の方に作られた都市の正門だ。
この城郭は都市と領主城を防御する最後の防御ラインでもあった。
都市の周囲をぐるりと囲んだ城壁。
命令を下して全員集めたが、これが軍隊だとは到底信じがたいレベルだった。商人たちの会合でもあるまいし見ていられない。だが、もうこれ以上時間はない。すぐに作戦にとりかからなければ。今から準備すれば何かしら手はあるから。
暗鬱極まりないが何もせずにはいられない。
兵力は一目で把握できた。全兵力は5200人。士気は20だ。
まず最初にやるべきことは人材確認。次に戦闘システムを確かめるための模擬戦闘。そして、すぐに戦略実行だ。
敵が国境を越えて来るのは明日。残りあと約20時間。罠を仕掛ける時間も考えると、それほど余裕があるわけではない。
人材確認をするために、まずは百人隊長の情報から確認した。
もちろん、完全に期待を裏切られた。
軍の現状からすると最も重要なのは、まともに兵士を率いれる[指揮]だ。百人隊長には百人隊を率いれる指揮力が必要である。それでこそ、あの百人隊が戦場に投入された時に兵士たちがきちんと指示どおりに動くだろう。
ところが、目の前の現実はやはり惨憺たるものだった。
安心して兵士を任せられる[指揮]を持つ者はひとりもいなかった。
指揮30。40。28。
ひどい。
めちゃくちゃだ。
武力は望まない。武力に優れた兵士がこんなところに埋もれているはずがないから。武力より指揮の方が数値の高い人物が多い、それがこのゲームだ。それなのに、指揮の数値がこの調子では呆れてものも言えない。
せめてもの救いは、ハディンの昔の部下たちがバークの下にいた百人隊長よりもはるかに優秀な人材であること。そこで、すぐにハディンの昔の部下たちも復帰させた。
彼らを除いては、まったくそうした人材はいなかった。
正直、もっと人材が必要だ。
今回の作戦をもっと信じて任せるために。
そうはいっても、5200人もの兵力をすべて確かめるのは非効率的だった。
だから、ひとまず作戦投入に先立って兵士たちに模擬戦闘を実施させるつもりだった。もしかしたら、本当にもしかしたら、良い人材がいるかもしれないから。使えそうな兵士がいれば登用するつもりだ。
それに、この模擬戦闘には戦闘練習の目的もあった。
「今から百人隊別に模擬戦闘を実施する!」
不満を持ったところで死ぬという意識なのか不満をたれる者はいなかった。正直なところ面倒に感じているだろうが、それを口に出すことはできないはず。
わざと賞金をかけることはしなかった。意味のない模擬戦闘に必死に取り組む兵士。それこそが俺の望む人材だから。
すぐに組み分けを終えて対決が始まった。あの中から5人が選ばれるまでは黙って見ているつもりだった。
見たところ、さすが揃いも揃って酷いありさまだ。意志力がない。実力を見せつけようという思いのある兵士はいないようだった。
そして約2時間後。ついに5人の兵士が選ばれた。俺は彼らの情報をあえて確認しなかった。
「閣下! この5人が選ばれました。さっそく対決させますか?」
「いや、その必要はない。彼らは俺が直接確かめる」
俺の武力は58。
この対決で俺に勝つ者がいれば、むしろラッキーだ。
だから、なおさら情報を確認する必要はない。
相変わらず模擬戦闘をやる意味を見いだせていない顔の兵士たちと俺は対決を始めた。
「一人ずつかかってこい!」
剣を握ると[攻撃]コマンドが現れた。
やはりゲームと同じだ。現実で[攻撃]という大きな文字が目の前に浮かぶと変な感じがするが、むしろ実際の戦闘など無知の俺としては、このシステムがそのまま具現されていることにかなり救われた。
明日の戦いにおいて戦闘システムに慣れておくことは極めて重要だ。
[攻撃]を入力すると俺の武力数値に応じて攻撃が続いた。俺が使えもしない剣術が繰り出されて兵士を圧倒する。つまり、俺は[攻撃]を状況に合わせて入力し続けるだけでいい。
もちろん、[スキル]があればもっと強烈な攻撃を発動できるが、今は[スキル]がない。
基本コマンドの[攻撃]がすべてだ。
キィーン!
俺の剣が兵士の頭を真っ二つに裂く勢いで振り下ろされる。驚いた兵士はとっさに攻撃を受け止めたが、剣は威力に負けてそのまま弾き飛ばされてしまった。俺は兵士の顔の前で剣を止めた。戦場であればそのまま一気に振り抜くところだが今は練習だ。
「まっ、参りました!」
がたがた震えながらそのままひれ伏す兵士。
必死に戦おうという意思などまったくないようだった。
「次!」
再び剣と剣が交錯する。今度の兵士も俺の[攻撃]に圧倒されてそのまま弾き飛ばされた。
すると、すぐに降参を宣言する兵士。
俺は呆れて地面に転がる兵士を足で蹴とばした。
兵士は苦しそうにのたうち回る。
「全力を尽くせ! 練習にも命懸けで取り組むんだ。全員、気が緩んでるぞ。そんな調子で戦場に行ってまともに戦えるのか?」
兵士たちに向かってそのように声を荒げたが、むしろ逆効果のようだ。
対決は続いたが、俺の[攻撃]を受けるなり兵士たちは次々に敗北を宣言した。むしろ俺の言葉に怯えている様子。全員死んだ魚の目をしている。
ため息ばかりがこぼれた。
そのように4人全員が引き下がり、最後の兵士が前に出てきた。
「次!」
もう期待もしていない。
またしても俺の剣と兵士の剣が交錯した。これまでの兵士たちと同様、[攻撃]の威力によって彼の剣は弾き飛ばされた。
俺は虚しさから、今度もまた足を振り上げ兵士を蹴飛ばそうとした。
あれっ?
しかし、俺の足は見事に空を切った。兵士はそのまま体を丸めて地面を転がると、落とした剣を拾い上げた。見事な受け身だ。そして、すぐさま俺に飛びかかってきた。
俺は、もう一度[攻撃]を仕掛けた。兵士の剣は空に向かって高く突きあがり、はるか遠くの地面に突き刺さってしまった。
これまでの兵士とは違う。顔を見ようとする俺にそんな暇も与えず突進してくる兵士。それを[攻撃]で回避しようとした結果、振りかぶった剣の威力で兵士の腕からは血が飛び散った。
俺は彼を殺さないように[攻撃]を止めた。
ところが。
兵士が俺を倒そうと足を掴んで渾身の力を振り絞る。それも腕からは出血したままだ。
正直驚いた。
卓越した実力を持っているわけではない。だが、根気強さが尋常ではなかった。戦場だったら手足を失っても敵に飛びかかって行きそうな勢いというか。
「そこまで!」
兵士に向かって叫んだ。もしかすると、攻撃にやられた怒りで憤怒調節ができずに半狂乱になって飛びかかってきたという可能性もあるから。理性を保てない闘志は必要ない。コントロールできない。
しかし、この兵士はそういうわけでもなかった。
「申し訳ありません、領主! 面目ないです!」
男は俺の腕にしがみついて勇ましく叫ぶ。
そう。これが本物の闘志だ。彼はまさに本物の闘志を持つ男だった。
システムを使っておきながら、俺がこんな本物の男を評価するのもおかしいが、生き残るためにはこういった人材が必要だ。
「君、名前は?」
「ベンテと申します! 領主! 私のような愚か者と対決してくださり光栄です!」
俺はすぐに[情報]を確認した。
数値が全てではないが、やはり数値は嘘をつかない。
[ベンテ]
[年齢:25歳]
[武力:49]
[知力:38]
[指揮:82]
[所属:エイントリアン領地軍の十人隊長]
[所属内の民心:94]
何だこれ? 指揮が82? 民心が94だと?
目を見開く数値だった。武力は高くないが、[指揮]がなんとB級だ!
A級、S級の武将がレアであることを考えればB級の能力値を持つ人物は絶対的に重要だ。
「クククククッ、プッハッハッハッハ!」
俺が急に笑い出すと周りの兵士に隣の侍従長までもが怯えた顔で互いに目を合わせる。悪徳領主が笑うと必然的に何か悪いことが起こるからだろう。
「ベンテ!」
「は、はいっ!」
「君は今日から百人隊長だ!」
領地における領主の人事権は絶対的だ。さらに、自分勝手に振る舞う領主の命令に真っ向から反論する者はいなかった。それがいくら破格の昇進だとしても。
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