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俺だけレベルが上がる世界で悪徳領主になっていた 作者:わるいおとこ

第1章 悪徳領主

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 それは、ゲーム開始を知らせる死だった。

 ゲームの設定上、数百年間続く戦争で共倒れを懸念した各国の王が休戦協定を結んだことにより約二十年間の平和が訪れる。

 その平和に慣れだした頃、ナルヤ王国の野心に満ちた若い王が戦争を起こす。そのようにまた戦乱が始まり、その生贄となるのがエイントリアン・エルヒンだった。


 さらにエイントリアン・エルヒンは暴君だ。お酒に歌舞、女遊びといった贅沢好きで罪のない人間を平気で殺す、そんな人物だった。

 侍従長とメイドたちが俺の行動にいちいち怯えているのはまさにそのせいだろう。


 いや、なぜよりによってあの多くの登場人物の中で俺は開始早々死ぬやつなんだよ?

 もし、俺がこの世界で死んだら?

 現実でも死ぬのか?

 それが一番大きな問題だ。

 死んだらいつもの日常に戻れるのか?

 いや、本当に死ぬ確率の方が高いだろう。この世界でも痛みを感じるわけだから。

 それなら、命をむやみに扱うことは絶対にできない。

 これが死と関係ないのであれば、痛みを感じることがあってはならない。

 それが普通だ。

 頬をたたいたり、つねった時に感じる痛みは本物だ。

 そうなると、本当に死ぬのかもしれない。

 神が介入したとなれば、なおさら?

 だが、それは俺の魂が彼らの作ったゲームの世界に転移したとすればの話。

 はぁ……。


 頭痛ばかりがひどくなっていった。本当に気が狂いそうだ。

 つまり、死ぬ運命から抜け出さなければならないということだが。

 ひょっとして、システムが使えるのか?

 画面の中のゲームの世界では主人公だけが使えたシステム。

 もちろん、NPCにはシステムがなかった。

 現実となったゲームの世界だが、プレイヤーの俺だけがシステムを使えるとしたら?

 それなら少しは期待ができる。そう、システムさえあれば!

 プレイヤーにはレベルがある。主人公は、他の人物にはないこのレベルシステムによって飛躍的な成長が可能となるのだ。

 システムさえあれば生き残れるかもしれない!

 少しは頭痛を消してくれそうな、そんな推測をすぐに確かめるために、俺は頭の中でシステムを探した。


 システム。システム。

 まあ、使い方はよく知らない。

 もし本当にあったらどう使おうか。

 普通ならゲームパッドを操作すればいい話だが、今俺の手にそのパッドはない。

 現実そのものだ。

 システム……。

 システムを与えて栄光を論ずるのが普通だろ!

 システムを!


[長谷川 龍一 / エイントリアン・エルヒン]

[年齢:25歳]

[Lv.1]

[ステータス]

[スキル]

[アイテム]


 そのように心の中で叫ぶと、驚くことに本当にシステムが現れた。

 システムウィンドウを見た瞬間、古い友人と再会を果たしたかのような、涙が込み上げてきそうな感情が生まれた。

 それだけ嬉しかった。

 さらには、画面の中のシステムウィンドウと同じような姿をしていた。

 いや、同じだった。

 紛れもなく俺の知るシステムウィンドウだ。


 俺はすかさず[ステータス]へと指を動かした。


[武力:58]

[知力:??]

[指揮:??]


[所属:エイントリアンの領主]

[所属内の民心:10]


 すると、俺のステータスが表示された。やはり同じだ。

 おかげでエルヒンの能力値を確認することができた。

 エルヒンの初期武力は58だった。暴君であるとはいえ領主だ。上位貴族の出身であり、子供の頃から剣術を習っていたおかげで、一般兵士よりは上等な武力だった。

 民心は10。

 領主としての民心は兵士、家臣、領民をすべて含めたもの。つまり、最悪ということ。

 悪徳領主の名で有名だ。当然といえば当然のこと。


 システムがあればレベルが上がる。レベルアップする度に与えられるポイントで武力やアイテム、そしてスキルを購入すれば、思うがままにレベルアップが可能だ。

 システムがあれば、俺だけのレベルが上がって俺だけがみるみる強くなれる。

 それは、エイントリアン・エルヒンとして始まった今も同じに見えた。

 ゲームの設定のままだ!


 知力と指揮は実績が評価に現れる。知力は戦争で優れた戦略を用いるほど、それ相応のランク付けがされる。指揮は兵士や家臣を率いる力を数値で表した能力値だが、数値が高いほど兵士や家臣が従順するようになる。武力が高くても兵士を統率する指揮が低ければ半人前というわけだ。


 他の人物なら知力と指揮の部分が正常に表示されるのではないだろうか?

 確か画面の中のゲームではそうだった。

 それを確かめるために部屋の扉を開けた。

 扉の外ではメイドが常時待機している。おそらく領主の雑用係なのだろう。

 俺は迷わず基本スキルの[情報確認]を使った。

 Lv.1だから、まだ他のスキルはない。

 今は[情報確認]が唯一のスキルだが、このスキルはかなり有用なスキルでもあった。


[ガエン]

[年齢:18歳]

[武力:5]

[知力:31]

[指揮:10]


[所属:エイントリアン領主城のメイド]

[所属内の民心:50]


[情報確認]を使うと、こうしてその人物の能力値が表示される。

 やはり、俺がやっていたゲームと同じだ。

 そうなると、栄光に挑戦する機会というのは、田舎町の主人公が出世するというような王道ストーリーではなく、悪徳領主から始めてシステムを駆使しながらゲームを攻略しろというものだが。


「プッハッハッハッハ。クッハッハッハッハ!」


 そういうことか。

 まさにこれが、その栄光に挑戦する機会ってことだろ? その栄光というものが何かはまったく見当がつかないが。


「ご、ご主人様……?」


 メイドは狂ったように笑う俺を見ながらぶるぶる震え出した。メイドの目には俺が頭のおかしいやつに見えているだろう。平気で人を殺す領主だからなおさら。


「気にするでない」


 変に違和感を与えないよう領主の口調で返答してから扉を閉めて寝室へと戻ってきた。

 そうだ。もう一つ確認することがあった。

 俺はすぐにまた扉を開けた。聞き忘れたことを聞くために。

 額の汗を拭っていたメイドは再び現れた俺を見るなりまたもや体を硬直させた。

 そんな反応を見ると、本当にエルヒンの悪名というものにはなおさら実感が湧く。

 どれだけの悪行を働いていれば、あれほどにも人が怯えるというのか。


「今日は何日だろうか?」

「きょ、今日ですか?」

「そうだ」

「2月1日です!」

「2月1日?」

「はっ、はい!」

「年度は?」

「えーっと、ルナン王国歴202年です!」

「そうか。ありがとう」

「え……?」


 ありがとうという言葉が意外だったのか、戸惑った表情をするメイドを後にして部屋に戻った。俺は部屋の扉を閉めるなり床に座り込んでしまった。

 日付を聞いて開いた口が塞がらなかった。


 王国歴202年2月1日だと?

 それなら、まさに明日だ!

 ナルヤ王国軍の攻撃によりエイントリアンの領地が踏みにじられ、領主が斬首されるのがまさに明日となる!

 戦備を整える時間はなかった。

 領主の悪名の沈静化を図り、兵士を育て、レベルを上げて。そんなふうに生存率を上げておいても生き残れるか心配なのに、それが明日だと?


 本当についてない! 最悪だ! くそっ! くそっ!


 こうなったら、どう生き残れば……?

 生き残ってこそ、攻略を楽しむなりその栄光とやらを享受するなりできるものだろ。仕方なく神の策略にはまってあげるとすればの話だが。


 方法を考えよう。

 このゲームは、戦争で独自の戦略を試せるとして人気を博した。

 リアルタイムで他のプレイヤーと一緒にゲームを進めるマルチプレイゲームではなくソロプレイゲームだが、ゲームを進めながら発生するポイントで各プレイヤーがランク付けされるゲームでもあった。

 そう、ゲームセンターでもポイントによってランキングが作成されるように。

 とにかくそんなゲームの1位がまさに俺だった。

 だから、1位に見合う戦略を考えなければ!

 生き残る方法を考えなければならない。

 楽しむ以前に一番重要なのは死なないことだから。


 では、どう戦略を練ろう。

 俺は広げた地図に再び視線を戻した。

 エイントリアン・エルヒンが死ぬ戦争の始まりについては、俺がゲームをプレイしていた時に出てきた数行のあらすじが全部だった。

 ナルヤ王国軍が戦争を起こしてエルヒンが斬首されたということは知っているが、戦争に関する詳しいストーリーはまったく知らない。

 俺が知るのはエルヒンではなく本来の主人公の視点だから。

 それに、実際にエルヒンが生き残ればストーリーも完全に変わるだろうから、今俺が知っていることは意味がなくなるはず。

 それでも、数行のあらすじを知っていること自体が大きな特権だ。

 敵がわかれば対策を練ることができるから。


 あらすじを思い出そう。

 俺は記憶をかき回してゲーム開始時に出てきたあらすじを思い出してみた。

 記憶によると、確かナルヤ王国軍は二方向からルナン王国に攻撃を仕掛ける。

 事実上、本当の主力部隊はルナン王国の北方から登場することになる。

 エイントリアンはルナン王国の西の国境だ。

 つまり、ここは囮だった。

 ナルヤ王国はまずエイントリアン領地に先鋒隊を送る。そして、エイントリアン領地が侵略されて西に耳目が集まった隙に主力部隊が北の国境を侵攻する。

 これは、北の国境がルナン王国の首都とかなり近いために使われた方法だった。

 実際、ルナン王国はこの戦略にやられている。


 エイントリアン地方が特に何の対応もできずに敵手に倒れると、当惑したルナン王国では慌てて戦争を準備し、周辺の領地では西に兵力を集中させる。完全に影を潜めて移動していた本当の主力部隊が北に出現するとも知らずに。

 ナルヤ王国は、ルナン王国のスパイ技術がどれほど酷いものか、そして隠密に主力部隊を北へ送ったナルヤ王国の戦略がいかに優れているかも見せつけた。

 あの多くの主力部隊をまったく気づかれずに北まで移動させたのだから。


 こういった差が生まれたのは、エルヒンだけでなくルナンの国王も暴政を敷く腐敗した王だったからだ。


 だから、結果としてここに生き延びる道がある。

 つまり、本当の戦争は北で起こるため、耳目を集めようとするこの囮部隊さえ撃退すれば息をつく時間ができるという意味。そう、レベルを上げて戦いに備えるための時間が。


 明日の戦争で生き残れば未来は開ける。

 それだけは確かだった。


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