001
[レベル99を達成!]
[天下統一に成功しました]
ゲーム内のメッセージがきらめいた。俺が最近すっかりはまっているこのゲームは、異世界の戦国時代を背景にしたものである。
ゲーム発売日から夢中でプレイし続けた結果、ついに天下統一に成功した。
[運営のメッセージが届きました]
ゲームを完全攻略した瞬間、初めて見るメッセージウィンドウが現れた。運営が直接メッセージを送ってくることがあるのか?
ソロプレイゲームだが、戦略ランキングがリアルタイムで集計されてプレイヤーランキングが作成される。そんなことから一応はネットに繋がっているし、まあ、メッセージを受信できる環境なのは確かだ。
何か特典でも貰えるのか? クーポンとか?
好奇心を刺激されて、ひとまずメッセージウィンドウをクリックした。すると、また別のメッセージがずらずらと画面に表示された。
[ゲームの運営は、あなたの戦略を高く評価します]
[栄光に挑戦しましょう。これは、ランキング1位のあなただけに与えられる恩典です]
[特典のご案内]
[栄光に挑戦する準備ができたら、まずは特典を獲得しましょう。特典は、始まりのMAPから探検を通じて手に入れることができます]
栄光だと?
まさか、続編でもあるのか? ゲームは完全攻略した。混沌とした戦乱の時代、田舎町の主人公から始めて王となり、天下統一を成し遂げた。
二週目プレイはあまり楽しさを見いだせないため、続編ストーリーがなければ周回プレイをする気はないが、特典という言葉には少し惹かれた。
そこまではっきり言われると隠されたストーリーがあるようにも思えてくる。
始まりのMAPはどこだ?
好奇心が爆発した。これでは攻略してもすっきりしない。だから特典を探し回った。
しかし、いくらゲーム内のMAPを探し回っても特典など見当たらなかった。
運営の悪戯か?
ここまでくるとそんなことしか考えられない。パソコンから開発会社のホームページに入った。問い合わせフォームが設置されていたため、現れたメッセージの意味について質問のメールを送った。
もし悪戯ならがつんと言ってやろうと思いながら時計を眺めた。
運営からのメッセージによってゲームを攻略した達成感は消え、疲れだけがどっと押し寄せてきた。もう夜中の3時だ。問い合わせメールに返信がくる時間でもなかった。
「ふはぁ~あ!」
自然とあくびが出たから仕方なくゲームの電源を落とした。いや、落とそうとした。 その瞬間、急に意識が薄れた。周囲が闇に染まり、俺はひどいめまいに襲われた。
*
*
目を覚ました。
眠りから覚めて、目を開けるということ。
それは、一日の始まりを意味する。
今日もいつも通り始まった一日。伸びをしながらあくびをした。俺の習慣だ。これをすると、起きた時に少しすっきりした気分になる。
「えっ?」
ところで、目の前の風景にまったく見覚えがなかった。寝ぼけているのかと思い、目を閉じた。そして、目をこすってからまた開ける。
しかし、見覚えのない風景であることには変わりなかった。
誰かの家?
生まれて初めて見る寝室だ。それも豪勢な中世ヨーロッパ風の寝室。
別にお酒に酔っているわけでもない。
あっ!
その時初めて思い出した。ゲームの電源を落とそうとしたら目の前が真っ暗になり、ひどいめまいに襲われて意識を失ってしまったということを!
何だ? 意識を失って夢でも見ているのか?
夢から覚めれないこと。それは苦痛だ。俺はすぐに頬をつねった。
「うあっっ!」
痛かった。強くつねりすぎた。
だが、これでひとつ確実なのは夢ではないということ。
夢の中で痛みを感じるはずがない!
おそらく気を失ってからこの場所に移されたのだろう。
俺はぞっと鳥肌を立てながら、もう一度周囲を見回した。
拉致でもされたのか?
一体、ここはどこなんだ?
ベッドの正面に見える窓へ歩み寄り、カーテンのようなものを開けた。
窓を開けて、外の風景を眺める。
外の風景。
それは。
それは。
「これは一体?」
思わず虚ろな独り言が飛び出す。とても開いた口が塞がらなかった。俺の知る都市ではない。ビルの森が広がる都市ではなく、一階建てから二階建ての建物が集まっている、そんな風景だった。そんな都市を城郭が囲んでいた。
城壁の上には朝日が照っていて、風景そのものは何だか異国的でとても美しかった。
だが、美しさに感嘆してる場合ではなかった。目の前に広がるのはリアルな風景だ。画面の中ではないということ。
到底、理解できる状況ではなかった。
ヨーロッパには中世の姿のまま残された都市があると聞いたことはあるが、そんな感じではない。現代の雰囲気がまったくなかった。街路を行き交う人々の服装もそうだが、車ではなく馬や馬車が道を走っている。
さらに、俺がいる場所は城だった。都市で一番高い建物だ。都市の風景がこれほどにも一目で見渡せるのだから。
俺は、そんな城の寝室で窓を開けていたのだ。
「お目覚めですか?」
頭の中が混沌に陥ったその瞬間、扉の外からノックする音が聞こえてきた。
この状況を作った張本人かもしれないと思い、急いで走って行き勢いよく扉を開けた。
そこには白髪の老人が立っていた。執事のような服装をした老人だった。
「どういうつもりですか! 平凡に暮らしている人をこんなところに!」
老人に向かってそう聞くと、むしろ俺の顔色をうかがいだした。
「ご主人様?」
さらに、この老人は突然俺をご主人様と呼んだ。
「ご主人様って、俺は一体誰なんだ! それに、あなたは誰?」
なおさら理解できなかった俺はそう聞き返した。老人とその背後に立っていたメイド服のふたりの女は、何だか俺の質問にすっかり怯えた顔でお互いの顔を見つめ合った。
「私は侍従長のランダースです。ご主人様はエイントリアンの領主エルヒン様ではありませんか。これはまた何のおふざけですか?」
侍従長が目をぎょろつかせた。ひどく困惑した顔だ。だが、俺の方こそ戸惑っている。おふざけだなんて、とんでもない。
いや、待てよ。エルヒン?
エイントリアン?
エイントリアンなら、確か寝る直前までやっていたゲームに出てくる名前だ。
いや、まさか?
エイントリアンは、ゲーム後半で相当重要なイベントがたくさん起こる地域だった。そういえば、ゲーム序盤に出てくるエイントリアンの領主の名前がエイントリアン・エルヒンだったような気もするが。
俺がそのエイントリアン・エルヒンだと?
「まさか、ここがルナン王国で、ここはエイントリアンの領地?」
「ええ、もちろんです。ルナン王国の領地エイントリアンでございます」
「俺が、その領主のエイントリアンだと?」
「はい。ご主人様。今日は……。何をなさるおつもりですか?」
侍従長が相変わらず怯えた顔で聞いてきた。俺は死ぬほど深刻なのに、さっきから何を言っているのか。いや、そんなことはどうでもいい。
つまり、彼らにとって俺はゲームの登場人物エイントリアン・エルヒンということ?
それは、俺がゲームの中にでも入ってきたということか?
ありえない。
確かにありえないが、周りの風景と侍従長やメイドたちの容姿。そういったものが、今の状況に現実味を与えているのは事実だった。
まったく呆れて話にならないが。
「鏡……。どこかに全身鏡は?」
「下の階にございます。ご主人様!」
そう返答したのはメイドたちだった。
部屋には鏡がなかった。もっとも、この時代に鏡があるのかもわからない。
「下の階のどこに?」
「す、すぐにお持ちいたします!」
どこにあるのかという質問をすぐに持って来いという意味にはき違えたのか、メイドたちはどこかへ走って行った。
すぐさま自分の姿を確認したかったため、それを止めることはしなかった。
一体なぜ、俺の姿がエイントリアン・エルヒンに見えるのかを。
「それと、地図! この国の地図なんかは?」
「地図? もちろんありますとも。少々お待ちください」
侍従長も即答してどこかに消えた。動きがとても機敏だった。まあ、俺をご主人様と呼んでいるしそれは当然のことか。
俺はひとまず寝室に戻り、ベッドに腰かけた。
唖然としたが、明らかに自分がやっていたゲームの世界に入りこんでいた。
紛れもなくそんな状況だ。
やがて、メイドたちが戻ってきた。ふたりがかりで抱えるようにして全身鏡を持ち、おどおどながら相変わらず怯えた顔をしている。
しかし、今は彼女たちの恐怖心を和らげている場合ではない。
俺は鏡を見つめた。
衝撃の事実に体が固まってしまった。言葉が出てこない。到底困惑を隠せなかった。
鏡に映る自分の姿。
それは、ゲーム内のグラフィックスだったエイントリアン・エルヒンのイラストと酷似していた。イラストが実写化された、そんな感じ。
俺ではない。
今の俺は確かにエイントリアン・エルヒンの姿をしていた。20代前半のエルヒン領主。かっこいいイラストが現実となり、鏡には見たことのないイケメンが映っていた。
「これが俺だと……?」
「ご主人様?」
「ひとりにしてもらいたい」
「かっ、かしこまりました!」
メイドたちはその言葉に素直に従い、あたふたと引き下がった。間もなくして侍従長が大きな地図を手にして戻ってきた。
「ご主人様、地図をお持ちし……」
ひとりになりたかった俺は侍従長の言葉を遮った。
「そこに置いて。あとは、俺が呼ぶまでは誰も部屋に入らないように」
「承知いたしました」
侍従長もまた、メイドたちと同じ反応を示してあたふたと消えた。寝室の大きな扉が閉まって再び俺はひとりになった。
俺は25歳。
趣味はゲーム。
その日常に罰でも下ったのか、気がつくと俺はゲームに出てきた風景の中にいて。さらにはゲームの登場人物の一人になっている状況。
信じられないし、信じたくもないが、この状況はどう見てもゲームの中だった。
まさか、栄光に挑戦する機会って、こういうことだったのか?
このゲームの開発者は神だとでもいうのか?
そうでなければ、現実には絶対にありえない状況だった。ゲーム開発者が全知全能の神でもなければ。
目の前に広がるのが2Dや3Dグラフィックスで動くゲームの中ではなく、ゲームの設定が適用されたリアルの世界だから、なおさら。
侍従長の表情や行動、メイドたちの怯えた顔。
全てが実際に生きている人間そのものだった。
これが栄光だと? ゲームが現実になったこの状況が?
これが普通のゲームなら、ゲーム好きの俺としては喜ばずにはいられなかったかもしれない。本当の現実にそれほど愛着があるわけでもないから。
だが、問題がある。このゲームは戦争を題材としている。つまり、命取りのゲームということだ。
そんな世界が現実になったということは、戦乱の時代を生きなければならないということだが。
頭が痛くなってきた。いや、とっくに痛みは出ていたが、その頭痛がピークに達した。
俺は頭をぽりぽりと掻いて、侍従長が置いて行った地図を広げた。
地図上の地名、そして国は、やはりゲームの中の設定のままだ。
「待てよ、ってことは……!」
そして。
一番大きな問題に気づいた。これがゲームの中の設定で俺がエイントリアン・エルヒンならば起きる最大の問題があった。
エイントリアン・エルヒンは主人公ではない。主人公どころか、ゲーム開始直後に死んでしまう人物だ。脇役とも言えない人物。
よりによって、俺がそのエイントリアン・エルヒンだと?
このゲームは、エイントリアンという古代王国において、数百年前の内戦により、まるで戦国時代のように分裂した国々が統一されるまでの物語が込められている。
その問題だが。
エイントリアン地方は、ゲームにおける最も重要な地域の一つで、占領しようとする人たちによる争いの勃発が一番多い地域である。何よりも、ゲーム開始時の設定でエイントリアン・エルヒン、つまり、まさに今の俺はナルヤ王国の奇襲攻撃により真っ先に死ぬ設定だった。