ランドスケープデザイナー田瀬理夫さんに聞く
「誰も見たことがない、 未来の風景を描く覚悟」

▲プランタゴ代表でありランドスケープデザイナーの田瀬理夫さん(左)と、ソニーのデザイナー、宮澤克次さん。Photos by Junya Igarashi

ソニーのデザイナーが、各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、多様な思考に触れて学びを得る「Perspectives」。今回、デザイナーの宮澤克次さんがやって来たのは、1995年開業の複合施設「アクロス福岡」。ビルの斜面には木々が茂り、都市に森のような風景をつくり出している。人の手により設計された新たな生態系を25年以上前に監修した、ランドスケープデザイナーの田瀬理夫さんに、未来の風景のつくり方を聞いた。

▲アクロス福岡のように竣工後も植物の監理業務を設計者が手がける事例は、極めてまれ。撒水せずとも維持できる一方、植生の状態や新しい実生などを考慮しながら光が入るように剪定するといった手間をかけることによって森をつくり出している。田瀬さんは「景色は人の生活の様の結果」と語る。

樹木に覆われた5,400平米のステップガーデン

福岡市、天神駅近くのアクロス福岡は、国際会議場や福岡シンフォニーホールといった公共施設、ショップや飲食店を収容する官民複合施設として1995年にオープン。天神中央公園に面した元県庁舎跡地に、建築家のエミリオ・アンバースが「緑との共生」を掲げ設計した、地上14階、地下4階に及ぶ広大な建物だ。

アクロス福岡を最も印象付けているのが、南側の壁面を地上から屋上まで覆う「ステップガーデン」と呼ばれる空中庭園。各階のルーフ上に設けたこのスペースには木々が茂り、天神中央公園からアクロス福岡を眺めると、巨大な山が立ち上がっているようにも見える。

今から25年以上も前、まだ姿も形もないアクロス福岡の未来の姿をイメージし、国内最大規模となる5,400平米のステップガーデンの緑化を監修したのが、プランタゴ代表のランドスケープデザイナー、田瀬理夫さんだ。

▲プランタゴ代表のランドスケープデザイナー、田瀬理夫さん。「ひとの居場所をつくる: ランドスケープ・デザイナー 田瀬理夫さんの話をつうじて」(西村佳哲・著、筑摩書房・刊)もご参考まで。

田瀬さんは当時の構想を、「日本は古くから、日常と季節、植物を一体としてきた。ステップガーデンを山路に見立て、福岡の山々に自生する植物を植える。源氏物語に登場する、『春の山、夏の蔭、秋の林、冬の森』という庭園描写になぞらえて、景観が季節ごとに劇的に変わる山の景色を思い描きました」と振り返る。

建物外側の回遊路を10分ほど登ると屋上の展望スペースに到達する。登山中、足元に広がるのは植物が根を張る厚さ平均50cm の人工軽量土壌や、そこに堆積する落ち葉。剪定した枝葉も地面に敷き詰めることで、土壌生物
が育ち、腐葉土の層が形成されている。開業時、76種、37,000本だった樹木は補植したもの、飛んできた種子が自然と定着したものもあり、種類は120種を超えた。1種類ではなく、多様な植物を植える混植について、田瀬さんは、「1種類だけでは、ひとつが枯れ、ひとつに虫が付くと、すべてだめになる。混植が強固な生態系を生むのです」と言う。ビルの上に人の手を介した生態系が誕生し、木々とともにこの地に根付いている。

▲「アクロス山」とも呼ばれるステップガーデンは、約10分で屋上展望台まで上って下りて来ることができる。撮影したのは2019年12月末。1995年当時の様子、また四季による違いはこちらをご覧ください。

新モビリティで未来の街の姿を描く

ソニーのデザイナー、宮澤克次さんは、テレビやレコーダーなどのUIデザインを担当。その後、医療機器やスポーツエンターテインメントのUI/UXをデザインし、現在取り組むのが、ヤマハ発動機と共同開発したエンターテインメント車両「SC-1」だ。窓がないSC-1は、車内から直接外を眺めるのではなく、車内に設置したディスプレイを通して周囲の様子を見る。搭載された高感度なイメージセンサーによって、例えば、人の目では認識できない暗闇の風景でさえ見ることができるという。自律運転や遠隔操作と組み合わせ、「このモビリティでどんな体験や価値を創出できるか考えています。例えばこれが、人々の生活をさらに豊かに、楽しくするような」と宮澤さんは言う。現在、沖縄県の東南植物楽園を舞台にサービスを行っている。

▲ソニーのデザイナー、宮澤克次さん。現在、人々の暮らしに寄り添うSC-1のあり方を探る。それはエンターテインメントの領域に限らないのかもしれないという。

アクロス福岡は、ビルの緑化の先駆けであり、この街の風景を描いたプロジェクト。不確実な未来に向けたデザインを、コントロールが難しそうな植物を相手に実現させた点に凄味がある。対するSC-1は、やがて訪れる自動運転時代を想定し、モビリティと人、街との良好で長期的な関係性をサービス提供を含めて模索中。どちらも、未来の風景を描くデザインだ。

宮澤さんは、「田瀬さんのランドスケープデザインは、数十年という時間軸を伴うもの。手を入れ続けてその都度軌道修正し、ゴールに近づけていく。そのやり方には、尊敬や、うらやましささえ感じます」と語る。

田瀬さんは当時、ビルの寿命のさらに先にある、100年後を想像してこの森をデザインしたという。もし建物が取り壊されるときが訪れても、ステップガーデンの植物は容易に運び出せるよう設計している。見届けることができない遠い未来を見据えた、風景のデザイン。田瀬さんのランドスケープデザインは、そのときまでメンテナンスを続け、森を育み、風景をつくり続けるという覚悟にも受け取れる。(文/廣川淳哉)End

▲穏やかな語り口の田瀬さんだが、風景をつくり出す姿勢には強い覚悟が感じられた。田瀬さんが手がける現在進行形のプロジェクトのひとつに徳島・神山町の「大埜地の集合住宅」がある。

もうひとつの「Perspectives」ストーリーでは、田瀬さんの自然という不確実な要素を受け入れるデザインアプローチやビル解体後までを考えているというお話を振り返り、宮澤さんが思いを語ります。Sony Design Websiteをご覧ください。

イッセイ ミヤケのデザイナー、宮前義之さんに聞く。
革新に欠かせないのは価値を最大化する視点

▲イッセイ ミヤケのデザイナー、宮前義之さん(左)と、ソニーのコミュニケーションデザイナー、北原隆幸さん(右)。Photos by Junya Igarashi

ソニーのデザイナーが、各分野の豊富な知見や知識がある人のもとを訪ね、多様な思考に触れつつ学びを得る「Perspectives」。今回、コーポレートブランディングにも携わるコミュニケーションデザイナーの北原隆幸さんが訪れたのは、東京・富ヶ谷にあるイッセイ ミヤケの本社。「ISSEY MIYAKE」のデザインチームを8年間にわたって率いた宮前義之さんに、デザインとテクノロジーをつなげることによる、ものづくりの革新について尋ねた。

デザイナー宮前義之の次なる挑戦とは?

2011年、35歳で「ISSEY MIYAKE」の4代目デザイナーに就任した宮前義之さん。その後19年まで、パリコレという大舞台で、1年に2度のペースで新作発表を続けてきた。同年、その役割を後任に託して新プロジェクトを始動。詳細はまだ明かしていないが、すでに社内に新チームを発足させている。彼は、「これまでやってきたデザインをさらにもう一段階発展させる、新しいチャレンジに取り組んでいる最中です」と言う。

「これまでやってきたデザイン」とは、素材づくりに踏み込んだものづくり。宮前さんは入社以降、常に布や糸にまで遡ることで、服が抱える課題解決に取り組んできた。それは「服とは何か?」と自問自答しながら挑む、イッセイ ミヤケに脈々と受け継がれる姿勢でもある。そして「それが僕らにとってアイデアのコアになっています」と続ける。

▲イッセイ ミヤケのデザイナー、宮前義之さん

約30年前からイッセイ ミヤケで取り組まれてきた「製品プリーツ」の開発は、ブランドの大きなアイデンティティだ。伸縮性を持つため、着る人の体型や性別を問わず、洗濯しても皺になりにくいことから日常使いにも適しており、ブランドが標榜する課題解決のあり方を見事に体現し続けている。

機械がけによる「製品プリーツ」が、直線のプリーツをかけるテクニックであるのに対し、宮前さんは曲線や立体的なひだの表現を可能にする全く新しいテクニックを開発した。14年秋冬シーズンの「スチームストレッチ」では、蒸気で縮む糸を織り込むことで、布による立体的な表現を可能にした。16年春夏シーズンの「ベイクドストレッチ」は、布に特別なのりをプリントし、焼き上げるテクニックだ。熱を加えることで膨らむのりの部分がひだを成し、立体的なひだの形状を形づくっている。

▲宮前さんが開発を手がけた生地の数々。16年春夏シーズンに発表した「ベイクドストレッチ」は、複雑な図形や曲線、手書きの線でのひだの表現を可能にした。

デザイナーはテクノロジーの翻訳者

ソニーのコミュニケーションデザイナー、北原隆幸さんが、イッセイ ミヤケのものづくりに興味を持ったきっかけは、無縫製で1枚の服を成形する「A-POC」だ。宮前さんのデザイナーとしての出発点であり、現在取り組む新プロジェクトの起点でもあるA-POCを学生時代に知った北原さんは、もののつくり方にまで立ち戻った視点の持ち方や、着る人に自由や余白をもたらす点に衝撃を受けたという。

北原さんは、ソニーが開発した新素材「Triporous™(トリポーラス)」のブランディングおよびコミュニケーション全般を手がけた。トリポーラスは複雑な多孔質構造を持ち、さまざまな物質の吸着力に優れているため、繊維に練り込めば機能素材を開発できる。すでに繊維、アパレル業界にライセンス提供を始めており、水や空気の浄化、そして洗浄剤などのヘルスケア分野への応用も考えられる。

▲ソニーのコミュニケーションデザイナー、北原隆幸さん

宮前さんが取り組む課題解決には、もう1種類ある。それは、ものづくりの現場が抱える課題だ。国内の多くの工場では高齢化が進むなどして、技術が失われつつある。服づくりは、職人の手作業を中心にした分業制で成り立っているため、ひとつでも工程が欠ければ、どんなに優れた技術も絶えてしまう。京都にある呉服や浴衣を手がける老舗のプリント工場によって実現したベイクドストレッチでは、ものづくりが置かれた現状を俯瞰し、職人技を残すという視点とともに素材開発に取り組むことで、新たな表現がもたらされている。

北原さんはソニーのデザイナーの役割のひとつを「テクノロジーを翻訳し、伝えること」としたうえで、トリポーラスという新素材を世に広めるにあたり、「コミュニケーションや協業の大事さを実感しています」と語る。なぜなら、「この新素材の可能性は、業種や会社を超えた人々とつながることによりはるかに広がっていく」からだ。

翻訳者の役割とはつまり、素材やテクノロジーをどのように捉え、どのように人の手に届けるか。課題を解決しようとする視点が素材やテクノロジーを価値に変換し、未来の革新につながっていく。(文/廣川淳哉)End

▲米の籾殻から生まれたソニーの新素材「Triporous™️(トリポーラス)」。それを糸に取り込むことで、消臭機能のある生地や服が生まれる。Photos by Junya Igarashi

もうひとつの「Perspectives」ストーリーでは、宮前義之さんとのお話をきっかけに、協業の大切さや新しい技術におけるコミュニケーションの重要性について、北原隆幸さんがその考えを語ります。Sony Design Websiteをご覧ください。

▲取材場所はイッセイ ミヤケの本社。インタビュー終了後もふたりの会話はつづいた。

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