神奈川県におけるミヤコタナゴの保護・復元

掲載日:2017年8月1日

神奈川県におけるミヤコタナゴの保護・復元

1. 神奈川県のミヤコタナゴは....
2. 継代飼育・人工受精による増殖
3. 人工河川・生態試験池を用いた復元研究
4. 自然水域への展開
5. タナゴ・サミットへの期待

神奈川県のミヤコタナゴは……
 神奈川県の在来タナゴ類については、自然水域から既に姿を消しました。県レッドデータブックでは、絶滅種がタナゴとヤリタナゴ、野生絶滅種としてミヤコタナゴ(写真1)とゼニタナゴが記載されています。ミヤコタナゴは、川崎市、横浜市および厚木市に僅かな生息記録を残して自然水域から絶滅しました。
 最後の生息地である横浜市権田池も絶滅の恐れがあることから、昭和54年に、当時の県淡水魚増殖試験場(現在の内水面試験場)に緊急避難しました。
その後、人工受精による増殖に成功して、辛うじて絶滅は免れ、千尾程度まで増やすことができました。
 現在、横浜市教育委員会を中心として関係機関が連携し、保護対策や生息地復元への取り組みが活発に行われています。

写真1 神奈川県鶴見川水系のミヤコタナゴ 写真2 ミヤコタナゴの人工授精による種苗生産
写真1 神奈川県鶴見川水系のミヤコタナゴ 写真2 ミヤコタナゴの人工授精による種苗生産

継代飼育・人工受精による増殖
 ミヤコタナゴの産卵期は春から夏ですが、飼育下では、日長処理(1日の日照時間を14時間以上にする)と水温を上昇させることにより(20度)、自然の産卵期以外でも成熟させることができます。ミヤコタナゴは同じ魚が何回も産卵できる飼育下では、1尾の雌から10日前後の周期で20回近くの採卵が可能です。1回あたりの採卵数は5粒から15粒程度であり、親魚の年齢により多少異なります。人工受精による増殖手法では、産卵管が伸長した雌と、婚姻色の出た雄を選別し、さく出法により採卵(写真2)と採精を行い、ガラス・シャ-レで乾導法により受精させます。受精卵およびふ化仔魚は、20℃に設定した恒温槽に入れて、浮出期まで管理します。稚魚は約1月間で泳ぎ出すので、飼育水槽へ移収します。
 当場では、この手法を用いて、毎年、500尾程度の稚魚を生産しています。
 近年、遺伝子の解析結果から、当場で継代飼育した魚の遺伝的多様性が低下していることが判明しました。対策として、2008年の人工受精から一度使用した雄親は別の水槽に移し、同じ個体を使用しない工夫をしました。その結果、親魚延べ175尾から、1,180粒を採卵、847尾の浮出稚魚を生産し、ふ化率および浮出率ともに成績が向上しました。
 平成24年度も1,500粒を採卵し、1,200尾の稚魚を生産できました。
 浮出後は、ガラス水槽を用いて、循環ろ過式で飼育しています。初期飼料はアルテミア幼生と海産魚用の配合飼料を与え、成魚は冷凍アカムシと熱帯魚用の配合飼料で親魚に養成します。
 病気は寄生虫や細菌による疾病が発生しますが、イクチオボドやギロダクチルスなどの寄生虫症が比較的よく見られます。
 
人工河川・生態試験池を用いた復元研究
 試験場内に人工河川・生態試験池(面積400平方メートル、写真3)を造成し、その一部のタナゴ池(面積63平方メートル)において、ミヤコタナゴとカワシンジュガイを放流し、生残や成長、繁殖等についての復元試験を実施しています。ミヤコタナゴは、産卵基質としてカワシンジュガイを特に好み、試験池でもこの貝を使用することで、毎年、千尾程度の稚魚が浮出します。最近は生息エリアをタナゴ池から、生態試験池全体に拡大し、見学者もミヤコタナゴの繁殖や群泳を観察することができます。
 試験池では成長や繁殖、移動生態の研究を行っています。2009年は7月から浮出稚魚が採集され、8月がピークで10月まで確認されました。調査の結果は、7月が264尾、10月が267尾、12月は215尾が採集され、7月の生息数は325尾と推定されました(De-Lury法)。
 生息密度は、止水環境のタナゴ池(生息密度0.6尾/平方メートル)より本流のB水域(5.1尾/m2)とC水域(6.0尾/平方メートル)が高く、本種はある程度の流れのある水路を好むことが示唆されました。
 2010年の繁殖調査では、水深の異なる水域にカワシンジュガイを放流して産卵と稚魚の浮出状況を調査したところ、水深10cmに放流した貝よりも、水深30cmあるいは50cmに放流した貝によく産卵する傾向がありました。

 移動生態の調査では2009年に水田用に開発されたカスケードМ型魚道と千鳥X型魚道を3か所の堰に併設し、利用状況を調べました(写真3)。双方ともに遡上が確認されましたが、千鳥X型の利用が多く、遡上した魚は雄の方が多い傾向がありました。
 2010年は千鳥X型の他に、同魚道の魚道枠の高さと隔壁の面積を拡大し、堰板の間隔を延長した改良型を設置して、ミヤコタナゴの移動生態を調査しました。遡上は主に夏季に多く、千鳥X型では52尾、改良型では53尾が遡上し、両魚道に差はありませんでした。
 2012年は、遡上用として千鳥X改良型、降下用としてカスケードM型を設置して調査を行いましたが、ミヤコタナゴは両年を通して、大雨の日に魚道を集団で遡上する傾向があり、河川の増水が遡上行動を誘引する可能性が示唆されました。 

写真3 内水面試験場の人工河川・生態試験池 写真4 カスケードM型魚道(上)と千鳥X改良型魚道(下)
写真3 内水面試験場の人工河川・生態試験池 写真4 カスケードM型魚道(上)と千鳥X改良型魚道(下)

 さらに、魚類の生息地保全・復元に活用するため、間伐材を用いた魚礁を考案し、ミヤコタナゴに対する有効性を検討しました。
 魚礁は木枠とトリカルネットで方形の枠を作成し(50cm×50cm×50cm)、間伐材を50本収容しました(写真5)。魚礁は2010年8月から試験池の各水域に4基ずつ、合計16基を川岸に設置しました。2011年は3-60尾(平均26.3尾)のミヤコタナゴが魚礁を利用し、特に10月の利用数が多く、2012年は8-28尾(15.4尾)が利用し、4月の利用数が多い傾向がありました。また、ミヤコタナゴの他にもギバチ、アブラハヤ、ヌカエビなどもよく利用し(写真6)、間伐材魚礁は水生生物の保全・復元に有効であることがわかりました。

写真5 生態試験池に設置した間伐材魚礁 写真6 間伐材魚礁に入ったミヤコタナゴ・ギンブナなど
写真5 生態試験池に設置した間伐材魚礁 写真6 間伐材魚礁に入ったミヤコタナゴ・ギンブナなど


自然水域への展開
 現在、横浜市教育委員会が中心となって関係機関が結集し、自然公園内のため池2か所で復元試験に取り組んでいます。
 M池は谷戸の小川をせき止めた人工池で、1998年から本格的な放流試験を開始し、曳き網による調査を関係団体と連携しながら行っています。
 ミヤコタナゴは、放流を行った年から浮上稚魚が出現し、翌年以降も5月上旬から7月上旬には繁殖が確認され、50から200尾前後が採集されています。外来種のウシガエル、アメリカザリガニおよびタイリクバラタナゴが侵入しましたが、「バケダマ(ウシガエルのオタマジャクシ)退治」と称して外来種駆除イベントを毎年実施し、生息数を減少させることができました(写真7)。
 しかし、2007年以降は土砂の堆積により、池全体が浅くなり、底質が悪化してドブガイが減少、稚魚の浮出数は激減しました。もう一つの復元池であるS池(写真8)においても、同様に底質の悪化が見られたので、両復元地ともに池の一部で浚渫と池干しを実施し、その後は回復傾向にあります。特にS池ではドブガイの繁殖も順調です。
 首都圏に位置する神奈川県のミヤコタナゴ復元池では、外来種の侵入や底質の悪化など様々な問題が山積していますが、これらの課題の解決方法を探りながら、調査データを蓄積することが必要です。
 これまで、本種は天然記念物として必要以上に過保護な扱いを受け、自然水域へと展開する機会を逃してきました。その結果、多くの保護施設で継代飼育だけが行われ、次第に魚が「家畜化」ならぬ「家魚化」しつつあります。本種の聖域を守ることはもちろん重要ですが、現実的な対応として、生息数は少なくても、ミヤコタナゴが生息できる普通の川や池を復元することを模索すべきです。
 

図7 M池の外来種駆除イベント「バケダマ退治」 図8 底質改善のため実施されたS池の泥上げ作業 
図7 M池の外来種駆除イベント「バケダマ退治」 図8 底質改善のため実施されたS池の泥上げ作業 


タナゴ・サミットへの期待
 現在、ミヤコタナゴをはじめ、多くのタナゴ類は絶滅に瀕しています。ほとんどの種では、今後、飼育下での遺伝子保存とともに生息地の保全・復元を図る必要があります。タナゴ類が生息するためには、産卵基質としての二枚貝とその寄生宿主となる魚が必要であり、その微妙なバランスの種間関係を保全・復元することは並大抵のことではありません。各地で保護復元の取り組みが開始されてはいますが、まだ、第一歩を踏み出したばかりで、日本伝統のタナゴ釣り復活の日は、まだまだ先のようです。
 しかし、最近は、河川の環境問題に関心を寄せる一般の人も増え、行政の方針や対応も変わりつつあります。淡水魚保全に関わる市民団体もあちこちで芽吹いており、時代の変化を感じます。本サミットでも、各種の保全・復元に向けて、関係する皆さんと前向きな意見交換ができればと期待しています。

平成25年3月23日に大阪府八尾市で開催されたタナゴサミットにて講演
神奈川県水産技術センター内水面試験場 主任研究員 勝呂尚之

神奈川県

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