REPORT

イベントリポート
2017/11/2

『沓掛時次郎 遊侠一匹』トークショー



11月2日、京都文化博物館において、『沓掛時次郎 遊侠一匹』上映後、映画評論家の山根貞男さんによるトークショーが行われました。
聞き手は坂本安美さんです。

坂本:私の所属はアンスティチュ・フランセ日本、わかりやすく言うと、フランス大使館の文化部です。『緋牡丹博徒 花札勝負』の年に生まれました。
父が加藤泰監督のファンで、自分では記憶がないのですが、赤ん坊の頃から見ています。

山根:私が25歳くらいで新聞社にいた頃に、友達と加藤泰監督の話になりました。「加藤作品の面白さを書いた文章はあるか?」と。ところが無いのです。
評論家は、やくざを良い風に描いた映画は褒めません。しかし、監督の作品は質が高い。

自分で本を作ろうと思いました。友人と自費出版です。
タイトルは「遊侠一匹 加藤泰の世界」。
詩人の吉増剛造にも「藤純子論」を執筆してもらいました。
装丁は、漫画家の林静一。
加藤監督にインタビューしようと、太秦の東映京都撮影所へ行きました。
その時、監督は『緋牡丹博徒 お竜参上』を撮っている最中。演出を生で見ることができました。

坂本:冒頭の橋のシーン。渥美清さんはコミカルな表情ですが、沓掛時次郎は絶望的な顔ですね。

山根:それが監督の狙いです。ラスト、昌太郎が来る。「ヤクザは虫けらなら、百姓はそれ以下だ」と言う。
時次郎はヤクザはひどいものだと分かっている。殺した人の女房と子どもを連れて旅をして、身に染みている。

長谷川伸の原作は、何度も映像化されています。
長谷川一夫版は『浅間の鴉』というタイトル。かっこよくて明るい内容です。
市川雷蔵版も、暗くありません。
加藤監督は人情を出したいと考えました。

坂本:渥美清さん演じる朝吉が、ひどい殺され方をしますね。



山根:あれは原作にないエピソードで、揉めました。
加藤監督は原作のままいきたい。しかし東映は、脚本家のアイデアを生かしたい。
朝吉が見栄を切る場面までは喜劇的。
その後、時次郎が「あさー!」と絶叫して死体にすがりつく、このあたりも脚本には無いところです。

坂本:時次郎が野沢屋に入ってくると真っ暗で、そこから絶望感が漂っている。

山根:朝吉が殴り込みに行った先で、隠れながら女郎と仲良くする、それも脚本にない部分ですね。
朝吉が死んだ時、画面の後ろの方で女郎が泣いている。
喜劇のあとの悲劇だから、より悲しいのです。

坂本:時次郎は、舟で、お絹さんと突然出会いますね。
渡された柿を、じいっと見てる。もう恋に落ちているんです。

山根:『明治侠客伝 三代目襲名』でも、主人公がヒロインから桃をもらうシーンがありますね。
大きい桃が二つです。二つというのも脚本にはないそうです。
あれも、恋心を表しているんですね。

坂本:その後、舟の中で会話するシーンもなく、場面が変わる。
時次郎とお絹さんと息子の三人、ローアングルで空がいっぱいに広がっている。

山根:時次郎が、息子に故郷の話を繰り返しする。
きれいな夕焼けはセットです。
美術の井川徳道さんは、夕焼けを描くのに時間がかかったそうです。絵が良いですね。
三人の穏やかな気持ちを表している。

坂本:監督の作品には、よくセットの背景がでてきますが、それが人生の大事な場面を語るのに、大きな役割を果たしていますね。

山根:旦那を殺した男と旅をする、お絹さんの気持ち、女性には分かります?

坂本:旦那を大事に想っていたのは分かりますね。二つに割った櫛を渡している場面で。
けど、時次郎に出会って揺れてしまう。
気持ちが割り切れなくて、「悪い女ね、私」と独り言を言ったり。

山根:春になって男物の着物を縫っていたら、息子から「父ちゃんにしてたのと同じだね」と言われて、動揺する。
そして、時次郎と離れて、一人で旅だってしまう。
細かい気持ちの揺れ動きを描写していますね。

坂本:櫛が行ったり来たりしますね。書き置きも残さないで、割れた櫛の片割れだけ置いていくという。

山根:時次郎が、お絹さんのことを「友達の話」として、女将に話す。
「心なんてどうしようもない」と言うシーン。カメラが寄ってるように見えるんだけど、実際には寄っていない。
俺は、本の中で間違えて書いてしまったけどね。

坂本:それくらい、力がある撮り方だったんですね。

山根:三味線の音が、だんだんしてきてね。

坂本:お絹さんが時次郎と再会して、好きな男の存在を感じた途端、身体の力がすっとぬける。
櫛を置いて出ていくことで、かえって、時次郎に対する気持ちが固まったんですね。
病床で気持ちを告げた途端、また櫛が手元に戻って。
時次郎は、再び戦いに行ってしまう。

山根:加藤監督が亡くなって、ユーロスペースで特集したんだけど、その時、パンフレットを作るために、中村錦之助さんにインタビューしました。
映画のラストで、時次郎が刀を捨てる。
錦之助さんは、時次郎はヤクザをやめるんだろうと思っていたけど、監督は、今後は太郎坊のためにヤクザにもどるだろうと言っています。
以前、お絹さんの薬代のためにヤクザにもどったようにね。

坂本:時次郎は、お絹さんといる時は明るいけれど、最後、一人になると暗い。

山根:ハッピーエンドではないですね。ぶつ切りで終わります。

坂本:その人がその人らしく生きる上で、逃れられない宿命があるんですね。ハッピーエンドで丸く収まれば良いというものではない。
諦めている部分があっても、どこか芯があってキリッとしている、加藤監督の描く女性が好きです。

山根:加藤監督はフェミニストですね。女性礼賛。
『骨までしゃぶる』も良いですね。桜町弘子さんは、監督の好きなタイプだと思います。
監督は口が悪いんですよ。「藤君はえらが張ってて」とか言う。
しかし、お竜のシリーズは7本中3本を監督が撮ってるんですが、監督の撮る藤さんが一番綺麗だと思います。



坂本:加藤監督の特集を、イタリアのペサロ国際映画祭でやったことがあるんですよね。

山根:監督をイタリアに行かせるために、僕に口説かせようということになって。
僕が、監督に「監督が行くって言ってくれたら、僕はお供でイタリアに行けるんですよ」と電話で言ったら、監督が「山根君も行くの? 僕だって死ぬまでに一度くらい洋行したい!」って言ってね。
監督はその時、中国しか行ったことがなかったんです。当時の満州は占領地だったから、外国ではなかったんですね。

イタリアに行って、星空の見える劇場で上映しました。
加藤監督の独演会が始まってね。通訳の人を無視して、話し出したんです。
「この世には二種類の人間がいる。男! 女!」って、客席を一人一人指差して。
「女は愛に生きる。男はしがらみに生きる」って延々と。

監督が亡くなったあと、20年くらい前にロカルノ国際映画祭でも特集上映をやりました。
美術の井川徳道さんが「自費で行きたい」っておっしゃったので、ホテル代だけ出して、来てもらいました。
記者会見で「加藤監督はこんなに素晴らしいのに、なぜ知られてないんだ?」って質問されましたね。

今日みたいな上映の機会を、これからも作らないといけませんね。
東京国立近代美術館フィルムセンターで加藤泰・生誕100年特集をした時も、お客さんが沢山入ってましたからね。

坂本:一度見て頂ければ、良さが分かりますからね。