第五話 天使様が爆撃機になられたようです
――――朝、窓の外では、小鳥がチュンチュンとさえずる。
カーテンの隙間から差し込む陽の光を感じ、まぶたが少しずつ開いていく。
視界に入るのは、いつも見慣れたわたしの部屋の天井、壁、机にイス、そして……
「……ぐふっ、ぐふふふ……じゅるり」
わたしに抱き付いている一人の天使。
なんか、パジャマの胸のあたりが湿っぽいな~と、思ったら天使様がニヤけながらよだれ垂らしてた。
「ヘブンちゃん、起きて~ふとんまでベトベトになっちゃうよー」
肩を上下にゆするが、その目は開かず、ニヤけ顔のままである。
両のほっぺたを、軽くつまんでみる。大福みたいで柔らかい。
ふと思い、自分のほっぺたもつまんでみる。同じくらいの柔らかさだな。
「……うみゅ? 何をやってるのだ?」
目を覚ましたヘブンちゃんが、ほっぺたを伸ばしてるわたしの方を向く。
「あ、起きた。ヘブンちゃんおはよう。よだれでベタベタだよー」
よだれをすする音が聞こえたかと思うと、そのままわたしの胸に顔をうずめてくる。
「
「わたしでよだれ拭かないで~」
――――二人で一緒にシャワーを浴びることになった。
「ほら、ヘブンちゃんこっちに顔向けて。拭いてあげるから」
「……ん~」
目を閉じて、キスでもしそうな感じで顔を突き出してくる。
洗顔料で綺麗にした顔を、丁寧に拭く。
「スッキリ!」
まるで輝いてるかのような満点の笑顔。
「ねーねー、ちょっと触ってみて」
ほっぺたが差し出された。
それに指をはわせてみる。
「おおー、ぷにぷにですべすべだ」
気持ちいいので、そのまま指でつまんで伸び縮み感を堪能して、ふと思い立つ。
ぎゅっと両方から押してみて、
「タコ~」
「あひょぶなぁぁ~」
やらせたのはヘブンちゃんではないか。
「今度は、わたしが汚した胸を洗ってあげよう」
両手のひらにソープを盛って、不敵な笑みでにじり寄ってくるヘブンちゃん。
「ちょっ、いいよ自分で洗うから、大丈夫よ~」
胸を両手でガードしつつ後ずさる、が、ここは狭いお風呂場。逃げ場など無し!
「ふふふふっ、いいではないかいいではないか」
「やめやめやめ~、……きゃはははっ! ヘブンちゃっ、あははっ、くっ、くすぐったいから、ひゃははは、やめ……」
「止めろと言われて止める奴はいないのだ~」
泡でぬるぬるの指でまさぐられると、たまらなくくすぐったい。
「え~い、やめろおお」
反撃に出たわたしは、ヘブンちゃんの口に指を突っ込み、おもいっきり左右に広げてやった。
「ひはああぁぁぁっ、わにゃかほほやえお~」
「つかれた~」
軽くシャワー浴びるだけだったのが、物凄いエネルギー消費をくらってしまった。
「楽しかった~」
対する天使様は、笑顔で元気いっぱいである。
「ヘブンちゃん、元気あるなら朝ごはん手伝ってよ」
「牛乳出したよ」
「それで終わりなのかー」
言いながら、フライパンでオムレツを作っていく。
昨日、チョコフレークだけの朝食は嫌と駄々をこねたヘブンちゃんのため、今日はトーストにオムレツ、それと申し訳程度の簡単なサラダにしたのだ。
「ふふ~ん」
こちらを見ながら、にやけ笑いを浮かべる。
「どしたー?」
「いやなに、制服姿の愛香ちゃんも可愛いな~と」
わたしは高校生なのだ、月曜になれば学校に行く。学校に行くのだから当然制服を着るのだ。
「この制服かわいいでしょー」
両手を広げ、見せびらかす。
「うんうん、その黒ニーソもなんとも……じゅるり、おおっとよだれが」
病気が発症したようだ。
「シャワー浴びたばっかなんだから、またよだれで汚さないようにね。ちょっと待ってて、いま出来るから」
ちょっといびつだけどオムレツ完成。味はいいはずだ。
仕上げにケチャップで、ヘブンちゃんの顔(わたしの顔になるのか?)を描いてあげよう。
「わたしはお留守番?」
不満そうなヘブンちゃん。
わたしが学校に行ってる間どうするか、聞いてきたヘブンちゃんに留守番をお願いしたのだが。
「一人でお留守番とかツマらないー、それに愛香とも離れたくないしー」
「しょうがないじゃない。教室まで連れていく訳にはいかないし」
なおも、不服を言うヘブンちゃんをどうしようか、しばし考える。
「あ、姿を消すとか他人に気付かれないようにするとか、出来ない?」
「わたしに出来るのは、ぶん殴ることと吹っ飛ばすことと飛ぶことよ」
潜伏にはまったくもって使えない能力だ。
「そだ」
ヘブンちゃんがこちらに顔を近付けてきた。
スーツの人に、私服姿、わたしと同じまたは違う制服を着た子たち。朝の街道上には様々な人が行き交っていた。
わたしもその一つとなり、目指す目的地へと足を進める。
五月中頃とはいえ、朝の道に吹き流れる空気は、心地よい冷たさを頬に伝えてきた。
いつもなら、ボーっと歩みを進めている時なのだが、今日は少し事情が違う。意識しないように努めながら、緊張のため少し鼓動が早くなっているのを感じる。
「おはよう、
軽く肩を叩き、声を掛けてきたその子は、わたしの友達、
茶色がかったレイヤーボブが、ふわりと風と戯れる、発育良いスタイルの活発な子である。
ちなみに、わたしの名前が
「あ、おはよう輝乱ちゃん」
輝乱ちゃんの顔を見たら、なんか緊張がほぐれてきた。
すると、わたしの肩を抱き、顔を覗き込む。
「どしたの~天ちゃん」
「ど、どうしたって?」
「脱力したような、にへら~って顔になったから」
「えっ?」
思わず両手のひらで顔を覆てしまう。
「相変わらず反応が可愛いよねえ、天ちゃんは」
両腕で抱きよせて、頬擦りをする。
そう、こういう子なのだ。抱き付き度ではヘブンちゃんとそう変わらない。
「いてっ」
頭頂を手でさすりながら上空に目を向ける輝乱ちゃん。
「ど、ど、どしたの!?」
思わず慌てて声のトーンが上がってしまった。
「ん?なんか小石みたいなのが頭に当たった気がして。何だったのかな~?」
「そ、そそ~なんだああ!」
わざとらしく相槌を打つ。
それは恐らく、ヘブンちゃんだろう。
朝、ヘブンちゃんが打ち出した妥協案なるものは、
「上空から愛香を追っていくね! そんで着いたら、学校が終わるまで、屋上かどこかに隠れてるわ」
というものだった。
今のは恐らく、輝乱ちゃんに対する「愛香にベタベタし過ぎだぞ」という、ヘブンちゃんからのクレームであったのだろう。
今はどこかに隠れているのか、空にはその姿は見え無い。
「そーそー、天ちゃんに二日も会えなかったから寂しかったよー。愛香成分をこの五日間で十分に補給しないと」
「そっかー、十分に補給していってくれたまえ」
「お許しが出た~」
おもむろに抱き付いてくる輝乱ちゃん。
「わたたたたたっ!?」
小石が大量に落ちてきた。
「な、なんなのおおお?」
空を見上げても何も無し。
逃げ足はやーい。
「あ、あのね、輝乱。早く学校に行っちゃおうよ」
とりあえず屋内非難が先決である。
「う、うん」
釈然としないながらも、わたしに手を引かれ、足早に学校への道を行く。
これ、学校に付いてからも何も問題が起きないのかな?
今日の学校生活と、ヘブンちゃんのことを考え、
「やっぱ、ヴィズちゃんにでも預けておけばよかったかな~」
「うん? なんか言った?」
「いえいえ、何でもございませんわ」
言って誤魔化し、不安な予感でいっぱいの学校生活が、始まろうとしているのであった。
愛香にも人間の友達はいるのです。
次回は学校編です。姿隠しも変身も出来ないヘブンちゃんに出番はあるのだろうか!