画像はギャラリーの公式HPより
「盗めるアート展」が2020年7月10日に開催された。その名の通り、全ての展示品の中から、1点だけ盗んで持ち帰れる展覧会である。主催はsame galleryさん。アートの世界が、長年に渡って宿敵としてきた「盗む」という行為を、敢えて認めるという超エキセントリックな試み。アートすぎる。
SNSで「盗めるアート展」の存在を知り、そのままAmazonで唐草文様の風呂敷を注文した。泥棒の恰好をして、正々堂々盗みを働くことを決めたのである。
結論から申し上げると、当日の「盗み」は、色んな意味で混とんを極めた。まさしく、日本のアートシーンに残る強烈な一日だったと思う。奇妙な一夜の泥棒道中を、まるっとお伝えする。
泥棒、日本の泥棒に決める
正面玄関から盗みを働ける貴重な機会。こんなチャンス、人生二度とこないだろう。ならば「盗みに来ました」と一発でわかる、ストレートな誠実さをもって挑みたい。
強盗、怪盗、ギャングなどなど、古今東西、盗みを生業とする人たちのテンプレートは数ある中、私は「日本の泥棒」を選んだ。唐草文様の風呂敷をしょって、同じく唐草文様の手ぬぐいを鼻に巻いた、ダサくも親しみのある姿。現代アートという響きの対局を行く芋臭さである。
どのサイズが来ても対応できるように、一番大きな風呂敷を買った
会場ではさぞ浮くことだろう。だからこそ、人がたくさんいても、正しく泥棒と認識してもらえると思ったのだ。
泥棒、到着早々バレる
「盗めるアート展」のルールは以下の通りである。
- 盗みは7月10日の午前0時から開始
- 会期中は24時間、無人でギャラリーを開放する
- 盗める作品は、1組1点
- 作品がすべて盗まれ次第終了
深夜に始まるという非日常感が、すでにワクワクする。SNSでだいぶ話題になっていたから、きっとたくさんの人が訪れるだろう。せっかくなら泥棒一番乗りになりたいので、私は当日19時につくように会場に向かった。
ギャラリーに到着すると、既に会場は空いていて、中にたくさんの人がいた。オープニングセレモニーをやっていたのだ。扉に掲載された張り紙には
「盗みは0時からです。時間までギャラリーの前に集まらないでください」
という旨の注意書きが貼られている。うーむ、早く到着しすぎたようだ。はっは、どうしよう。
なるべく邪魔にならず、静かに待てるところはないか。ギャラリーの中にいる人たちは、見た感じ関係者もたくさんいる。一方私は、なんつったって唐草の風呂敷をしょっている。一発で泥棒側の人間とわかるから、関係者に紛れることもできない。大変困った。
泥棒全景
ある意味泥棒らしい挙動不審さで会場付近をうろうろしていたら、声をかけられた。
「あっ!泥棒がいる!」
「マジか!泥棒だ!」
「めっちゃうける!写真撮ってもいいですか?」
どうもこんにちは、そうです、私が変な泥棒です。
声をかけてくださった方は、関係者の方だった。
「仕込みじゃないですよね?」
「雨で足元冷たいですけど、よろしくお願いしますね」
これから作品をタダで盗もうという輩に、温かい声をかけてくださる。ほっとした。ありがたい、泥棒の存在は赦されたのだ。
泥棒、次第になじむ
オープニングセレモニーは21時くらいまでやっていて、ギャラリーの中を自由に見ることができた。しかし私は、敢えて何も下調べをせず、直感で盗む作品を決めたかったので、会場を覗きたい気持ちをぐっとこらえて、外で待つことにした。
外で待っている間、メディアの方や、出展者の方からちょくちょく質問を投げかけられた。
「はい、初めての泥棒ということで、わかりやすい服装で参りました」
「公に盗むことができる機会なんて、これが最初で最後かもしれないので、とても楽しみです!」
「その場で直感的に盗みたいので、あえて下調べはしておりません」
「できれば、なるべく大きな作品を盗んでみたいですね!」
ビジュアルがぶっちぎりで胡散臭い分、それ以外の部分では極力清廉潔白な盗人でありたい。皆さんからの質問に、つとめてハキハキと答えた。次第にいろんな方から「なんか、やたら腰の低い泥棒がいる」と認知され、「応援してます」「盗み、頑張ってください」と温かい声をかけてくださる方もいた。泥棒が社会的に受け入れてもらえる空間、なんて素敵なんだろう。
泥棒、潜む
21時のオープニングセレモニーが終わり、会場には、テレビや映画でよく見る「立ち入り禁止」のテープが貼られた。
わくわくする演出
「会場の前では待たないでください。せっかくなので、泥棒っぽく、近くに潜んでいてくださいね」
すでに会場に訪れたライバル泥棒さんたちもたくさんいたが、一旦ギャラリーの前から離れ、各々潜む時間が始まった。その後も、会場近くに人が溜まりそうになったら、定期的にスタッフの方が散らしていた。
私は、泥棒の姿のまま潜むことに決めた。ただ、ビジュアルは泥棒そのものなので、おまわりさんに見つかると職質される可能性が極めて高い。近隣住民の皆さまの心象も穏やかでないだろう。とはいえ、人の集まり具合がどうなるか予想できないので、なるべく会場付近にいたい気持ちもある。
どこからどう見ても怪しい潜み姿
「迷惑をかけずに潜める場所はないか」
いろいろ考えた末、ギャラリーの階段下の暗がりに潜むことにした。関係者の方に見つかったら、とがめられるかもしれないので、緊張の時間が流れる。
関係者の方が階段を上り下りするのを、何回か気づかれずにかいくぐることができたが、ついに見つかった。
「あっ、泥棒」
泥棒、万事休すである。
泥棒「すみません、こちらに潜んでおりました。散ったほうがよろしいですよね」
「いや、大丈夫ですよ(笑)凄いですね、気づきませんでした」
えっ、いいんですか?マジで?関係者の、泥棒に対する優しさが凄い。私はありがたくその場で待たせてもらうことにした。これで、一安心である。
椅子まで使わせてもらえた。快適に待機する泥棒
泥棒、焦る
開場の時間が近づくにつれ、徐々に、会場周りに人だかりができ始めた。スタッフにとっても予想以上の人の集まりだったようで、散らすに散らせなくなっているようだった。
「これ、ひょっとすると何も盗めないんじゃないか」
一抹の不安が頭をよぎる。
「希望者が多い作品は、じゃんけんで決めてもらうことになりました」
「大きな作品は10点くらいで、小さい作品が100点くらいあるので、何も持って帰れなかったということにはならないんじゃないかと」
関係者の方は、階段下に潜む泥棒にこまめに情報を共有してくださった(本当に優しい)。なるほど、それなら少し希望が見えてきたぞ!期待に胸が高鳴り、だんだん気が気でなくなっていく。
泥棒、流される
開場15分前になると、もう列すら作れないほど人が集まっていた。会場周りにも、張り詰めた空気が漂っている。泥棒は階段の下を出て、ギャラリー入り口の端っこのほうで待機することにした。
「ちょっともう、大変なので!予定より少し早めに開けます」
スタッフが人だかりをかき分け、テープを外しにかかった。予定より早い開場に、戸惑いが走る。ちらりと後ろをみると、道路を渡って人の波が押し寄せてくるのがみえた。
「あっ、これやばいな」
そう思ったときにはもう遅かった。ギャラリーに電気がついた瞬間、私は人の波に押し流された。
泥棒、戸惑う
(会場に入った後の写真はない)
会場の中で見た光景は、想像とかけ離れた世界だった。
我先にとアートをもぎ取る人たち、飛び交う怒号、「逃げろ!逃げろ!」と人込みを押しのけ去っていく人。会場内で転んでいる人もいて、大変危なかった。
その様子は、泥棒というより、略奪である。
「あぁ、人間ってこうなっちゃうんだ…」
あまりのことに圧倒された私は、当初の目的を忘れ、ただ作品が運び出されていく様子をぼーっと眺めるほかなかった。
「主催者の方はいますか!!主催者の方、出てきてください!!」
振り返ると、警察が会場に入ってきていた。開場からものの2分くらいで、全ての作品がなくなった。
泥棒、盗む
「とりあえず。とりあえずこの場を去ろう」
と踵をかえすと、会場内に巨大な箱が残っているのが目に入った。まわりに人が集まっている。見たところ、美術館などでよく見る、作品を展示するための白い箱のようだ。
泥棒「これはなんですか?」
参加者「これも、作品なんです」
泥棒「えっ?てことはこれも盗めるのですか」
参加者「そうです!」
何が何だかさっぱり分からなかったが、私は直観で「この巨大な箱を持って帰りたい」と思った。
周りに集まっていた参加者に、他にこの作品を欲しい人はいないか確認したところ、手をあげる人はなかった。それもそのはず、箱の大きさは横幅だけで1メートルくらいある。どう考えても、手で持って帰れる大きさではない。
「では、こちらの箱、盗ませていただきます!!!!」
高らかに宣言し、箱の周り集まった方の協力を得て、箱を会場の外に運び出した。
盗み出した直後の様子
外にはパトカーがとまり、参加者たちが入り乱れ、作品をめぐってやりとりしている人たちなどが見えたが、音は頭に入ってこなかった。
泥棒、白い箱と共に帰る
さて。持ち出したはいいが、この作品をどう持って帰るか。考えている間に、色んな方から声をかけていただき、車で来ていた参加者の方が家まで乗せて運んでくれると申し出てくれた。
私はその申し出をありがたく受け入れ、晴れて家に持って帰れることになった。
箱を車まで運ぶ道中、手伝ってくださった参加者の方が、この箱にまつわるエピソードを解説してくれた。
作品のタイトルは「一つと3つのホワイトキューブ」。作者はYANG02氏。ホワイトキューブとは、ニューヨーク近代美術館で導入された、作品を展示するための白い箱のことで、近代美術の代名詞になった象徴的な存在だという。
ニューヨーク近代美術館の展示の様子。(Shutter Stockライセンス取得済)
会場では、この作品の上にホワイトキューブについて解説する紙が額縁に入れて飾られていたが、額縁はすでに盗まれていた。額縁を盗んだ人は、この白い箱が本体だと気づいたのだろうか。
話を聞くごとに、放心状態だった私の心に、ふつふつと感動が湧き上がるのを感じた。
会場には、たくさんの人がいて、その多くが「作品を盗む」ために来ていた。それなのに、この作品は最後まで盗まれなかった。
よく見ると、箱の表面にうっすら靴の足跡がある。開場してすぐ、私は別の作品を持った人が、何かを踏み台にして外に飛び出す姿を、確かに見た。それがこの作品だったのだ。
「この作品の上に座ったり、物を置かないでください。」の一言が、作品を作品たらしめている
この歴史的な混乱の中で、ギリギリまで人の目を盗んだアート。
なんてエキセントリック!!!しびれる!!!!こういうの大好き!!!!!!!!
「他の作品の扱われ方を見てなんか違うな、と思ったんですけど、泥棒さんがホワイトキューブ持って帰るのは、なんかちゃんと腑に落ちました」
車を出してくれた参加者の方が、そういってくれたのが嬉しかった。私たちは、家に帰るまで、不思議な夜の思い出話に花を咲かせた。
泥棒、「盗めるアート展」とは何だったのかを考える
翌日、盗めるアート展の騒ぎは、ニュースやSNSなどで拡散された。その多くが「泥棒が暴徒化して大惨事だった」という内容だった。盗まれた作品が、早速フリマサイトに出品されているといった情報も目にした。ギャラリーは翌日、謝罪とともに展覧会の終了をアナウンスした。
私は、いろんな泥棒が、アートに対して色んな愛を持って作品を盗んでいく世界を楽しみたくて、装いから何まで気合を入れて参加した。実際に繰り広げられた光景は、想像とはかけ離れており、悲しい気持ちにならなかったかと言えばうそになる。
しかし。アートへの向き合い方は、人の数だけある。このイベントが広く世に開かれたものであった以上、略奪的な向き合い方もまた、一つのアートとして否定してはならないとも思う。
何よりも大事なのは、私自身は、1泥棒として、曲がりながりにも自分の思い描く理想の形でこのアート展に関わり、大事な宝物をしっかり盗むことができたという事実だ。
私には、荒れ果てた会場に鎮座するホワイトキューブが、パンドラの箱の底に残った「希望」のように見えた。それだけで、十分すぎるほど得たものがあったと思う。そしてこれから先は、参加したアーティストの情報をじっくり調べて、まだ見ぬ作品たちに思いを馳せる、楽しい答え合わせの時間が待っている。
幸せだ。参加して本当によかった。
素敵な体験を提供してくれた主催者、関係者の方々、泥棒を受け入れてくださった参加者の皆さんに、五体投地で感謝を伝えたい。一生記憶に残る、素敵な夜だった。
家に帰って早速「展示」してみた。6.5畳に映える現代アート。
(ふ凡社美術部)
これこそ出展者さんの思い描いた企画
強盗団の中に紛れた怪盗
お見事でした
[…] 泥棒になって「盗めるアート展」に行った話 | ふ凡のすすめ 投稿日 2020年7月11日 02:15:35 (最新情報) […]
とてもよい記事でした。
あなたのような参加者がいて良かった、レポありがとうございます。
(差し出がましいですが、記事内のShutterStockの有料素材は盗んできてはいけないものなので、画像の差し替えをした方が良いかと思います…)
読んでくださり、素敵なコメントも頂きありがとうございます!
ShutterStockの画像は、お試し期間のライセンス登録をしてダウンロードしたものです。利用規約も確認しましたところ、Web利用もOKとのことだったので、使わせていただきました。ご指摘ありがとうございます!
感動して涙が出ました
略奪者の中に紛れた強盗が盗んだのは誰も見向きもしなかった箱…その箱はパンドラの箱で…中には希望が入っていたのですね。
いや…この話そのものが「希望」だと思います
たいへんロマンチックな話でした
正々堂々どこからどう見ても泥棒の姿にふふっと笑いが溢れました。優しく暖かいやりとりにほっこりしました。アートについて考えることができました。ありがとうございます。
良い記事を読ませていただいてありがとうございます。
盗めるアート展の記事をいろいろ読んでいたのですが、以下の記事の作品を運び出す人々の写真に写っているのは鈴木さんではないですか?泥棒らしい恰好で目を引きました。
https://www.timeout.jp/tokyo/ja/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/%E7%9B%97%E3%82%81%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E5%B1%95-%E3%82%92%E6%8C%AF%E3%82%8A%E8%BF%94%E3%81%A3%E3%81%A6-071020
拝読していて、笑い過ぎて涙出ました。
SNS等の情報を見る限りでは、「これは人間の心や行動の醜さを浮き彫りにする為のイベントなの? 単なるご近所迷惑なのでは」と、ひたすらネガティブな印象だったのですが、このように志正しい泥棒さんもいらっしゃったとは!
盗品の選択といい、共犯を買って出て下さった車の方といい、完璧です。
素晴らしいレポートをありがとうございました。