一生ここで暮らすのかと問われば、それは正直、分からない

「共生舎」の今後の展開は?

共生舎の住人の毎日の予定はホワイトボードでシェアしている。

 もっと住人が増えればいいなと思いますね。都会にあって、この限界集落にないもの。一番は人口です。人が増えれば共生舎でできることの幅も広がります。この地域で採れたものを街の直売所で売るための、小さな食品加工場を最近、この共生舎の敷地内にこしらえました。他にもたくさん試してみたいことはあります。ただ、人が増えるとなれば、ここの他に近くの別の空き家も借りないとならないでしょうね。

 5年、10年という中長期で考えた時に、今のこの共同生活がどうなっていくかは、正直、僕には分かりません。この共同生活は「実験」だと僕は思っているので、失敗する可能性ももちろんたくさんあると思っています。僕も一生ここで暮らすのかと問われば、それは正直、まったく分かりません。

 でも個人的には、今、この限界集落の山奥で「山奥ニート」をしているのは本当に楽しいし、充足感があります。どこにいても、ずっとこんな感じで生活できればいいなと思います。その楽しさや充足感を世の中の多くの人に知ってもらいたい。それを本にして出版するのが当面の目標です。この場所の楽しさを紹介するとともに、ここに住みついた人たちの「群像劇」のようなものも含めて書いてみたい。

そういえば、石井さん、ニートなのに昨年11月に結婚されましたよね。

石井:妻はわりと価値観の似ている女性で、この共生舎で何カ月か生活していたこともあります。今は名古屋で会社員をしています。僕はこちらで生活して、時折、名古屋と相互に行ったり来たりするという生活を、妻は理解してくれています。ただ、仮に子供を持つとすればどうするのがベストなのか…妻もこちらで暮らすのか、別々に暮らし続けるかなど、ちょっとまだ考えが結論に至っていません。山奥で皆で子育てしたら面白いと思うんですけどね。

必死に頑張って働くことに対するリターンが、減ってきている

就職のご経験のないニートの石井さんに聞くことなのかどうか分かりませんが、今、企業社会では「働き方改革」が注目を集めています。また、人工知能(AI)の利用拡大により、多くの仕事が消滅していくとも言われています。石井さんは、どうお考えになりますか。

石井:必死に頑張って働くことに対するリターンが、どんどん減ってきていますよね。相対的にですけれど。言い換えれば、そんなに働かないという姿勢が、有利になってきたと言えるかもしれない。そうしたことも背景にあって、ほどほどに働くという人は増えるのでしょうね。個人的な感想ですが。

 しかし…ちょっと心配に思うのは…「東日本大震災」のような大災害が起こっても、この国の変化は表層的なもので、根本的にはあまり変わらなかったですよね。のど元過ぎれば、熱さを忘れる。あれほど大きな事件が起こったにもかかわらず、です。それを踏まえて言うと、「今回の『働き方改革』はホンモノだ」「今度こそ日本社会も大きく変わる」と断言する方もいますが、「そんなに変わるのかな?」「楽観できないのでは?」とも思ってしまいます。

もう一つ、人工知能の社会への影響についてはどう思いますか?

石井:人工知能の存在については、多くのビジネスパーソンの方々が、「今後、我々の仕事を奪うのではないか」「職につけない人間が増えていくのでは」などと不安に思っているそうですね。もしかしたら、AI時代に対応するため、仕事がない人のセーフティネットとして「ベーシックインカム(全ての国民に最低限の生活を保障するために、無条件でお金を配る制度)」が、導入されることになるのかもしれません。そうなれば、多くの人はその人が好むと好まざるとにかかわらず、「あまり仕事をしないまま生きていく」ことが現実となる。すると、「人生において何をすべきか分からない人」が、たくさん出てきてしまうでしょう。普通の人も、「ニート的生活」を余儀なくされるのです。

 だから、いつかそんな日が来ることに備え、「たとえ仕事をしなくたって、充実した人生を生きていく方法なんていくらでもあるんだ」ということを実証するのも、僕らの役割なのかもしれません。「どうやったら、働かなくても精神を安定させられるのか」「どうやったら、働かなくても自己肯定感を持てるのか」といったことの具体的な方法を提示することも。

 東日本大震災発生時のボランティア経験から、「ニートのような人間も社会に必要なのではないか」と思ったという話を先ほどしましたが、本当に必要とされる日がいつか来るのかも。それまでに、僕は心豊かに生きる方法をこの山奥で突き詰めたい、と思っています。「山奥ニート」という実験を続けるためには「何でもする」。僕はそう考えています。

最近都会でブームの「ジビエ(野生の鳥獣肉)料理」は、共生舎の食卓では珍しくない食事だ。(写真提供:石井新/共生舎)