国としての対外的な約束は誠実に守る。日本が求めてきた、この原則を自ら曲げるようでは信頼は築けまい。
5年前に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」に関する展示をめぐり、日本と韓国の間で摩擦がおきている。戦時中の徴用工の説明について、日本側が十分な対応をしていないからだ。
登録時、日本政府の代表は世界遺産委員会で「意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者らがいた」と言明した。その上で施設の設置など「犠牲者を記憶にとどめるための適切な措置」をとる方針を示した。
ことし東京都内の国有地で開館した「産業遺産情報センター」がそれに当たるが、展示の一部に韓国側が反発している。
登録時の日本代表の発言や、徴用に至る制度的な経緯などはパネルで示されているが、問題とされるのは当時についての証言を紹介する部分だ。
軍艦島と呼ばれる長崎県・端島にあった炭鉱の元住民らが、朝鮮半島出身者への差別などなかった、と語るインタビューが流されている。
センターによると、証言は今後も増やす方針だが、これまでに面談した元住民らからは差別や虐待の事実を認める証言はなかったとしている。
当時を知る人びとの証言が、貴重な価値をもつのは論をまたない。しかし、個々の体験の証言を取り上げるだけでは歴史の全体像は把握できない。
朝鮮半島出身者の労務動員に暴力を伴うケースがあったことや、過酷な労働を強いたことは当時の政府の公文書などで判明しており、日本の裁判でも被害事実は認められている。
そうした史実も十分説明し、当時の国策の全体像を叙述するのが、あるべき展示の姿だろう。センターは有識者との会合を経て展示を決めたというが、現状では、約束した趣旨を実現しているとは言いがたい。
最近は、世界的な遺産の認定に政治的思惑が絡むケースが目立つ。そのため「世界の記憶」(旧・記憶遺産)は、当事者間で意見がまとまるまで審査を保留する制度に改められた。
遺産の価値が世界に認められたからといって、特定の歴史認識にお墨付きが出るわけではない。どの国の歩みにも光と影があり、隣国関係も複雑だ。明暗問わず史実に謙虚に向きあい、未来を考える責任があるのは、日本も韓国も同じだろう。
明治以降の日本は多くの努力と犠牲の上に、めざましい工業化を遂げた。負の側面には目を向けないというのなら、遺産の輝きは衰えてしまう。
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