骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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エピローグ
第47話:盟約、そして


 アーグランド評議国という名の国がある。リ・エスティーゼ王国の北西に位置し、無数の山脈が国土の大半を占めるこの国は、複数の亜人種が統べる議会制の都市国家だ。

 代表的な亜人種には蜥蜴人(リザードマン)海蜥蜴人(シーリザードマン)人魚(マーマン)小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)などがおり、少数部族を含めると種族数は倍以上になる。

 

 各亜人種から選出された評議員が取り仕切る議会が国を運営し、それとは別に“永久評議員”と呼ばれる五匹の竜王(ドラゴンロード)が担う諮問機関もある。

 内政は十全とは言えないものの機能はしており、物品の流通は滞りなく、また人間の国と同じように冒険者組合も存在する。

 しかし、事が人間に関わる部分はいい加減だ。例えば人間相手の外交窓口は、その“窓口までの安全”が保証されていない。これは各種族の知性がまちまちであるために法を理解できない者が多いのと、単純に「人間は食料」という認識が一部の亜人種の間で根強いことによる“事故”が原因だった。

 

 

 

 

 

 永久評議員である白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ことツァインドルクス=ヴァイシオンは、まとまりかけていた議会が再び紛糾しだしてしまい嘆息する。

 事の発端は数日前、議会に招いたスレイン法国の使者が原因だ。「伝えたいことがある」と言うので新たな方針を聞けるのかと思いきや、語られたのは彼らが今まで秘匿していた盟約違反だった。

 

 率直な感想は「してやられた」だ。

 議会に招く前に確認するべきだった。

 

 当然、議会は大いに荒れた。

 瞬く間に噂が広まり、本来なら議会への参加資格のないドラゴンたちまでが乱入し、スレイン法国への制裁発議を訴えたのだ。

 

 ドラゴンにとって世界盟約の持つ意味合いは非常に重い。多くの竜王(ドラゴン・ロード)、多くの氏族を殺して回った災厄に対し、残された者たちの憎悪は計り知れない。

 だが、彼らを突き動かしたのは復讐心ではなく生存本能。盟約違反が呼び水となり、ゆぐどらしるの災厄が再来するのではと恐れたのだ。

 全ては連綿と語り継がれた歴史、滅亡の憂き目にあった過去が災厄の芽を摘まんと欲したのだ。

 

 気持ちは痛いほど分かる。

 しかし、盟約が交わされた頃とは情勢が違う。ぷれいやー不在のスレイン法国への“世界盟約(脅し)”は、揺り返しで現れた新たなぷれいやーには効かないだろう。

 

「しかも、最低でも8人……」

 感知できただけでも性質の異なる8人のぷれいやー級がアインズ・ウール・ゴウンには居る。

 そこに魔神級を複数体加え、更にそれらが統率されているとなるともはや目眩すら覚えるほどだ。

 

 敵対は極力避けなければならない。

 だから説得したのだ。

 

 多くのドラゴンは応じてくれたが、一部の若者が耳を傾けなかった。「世界の歪みを正す」という大義名分に酔った彼らを留めることはできず、議会は議会でスレイン法国へ飛び立った彼らに続けと言わんばかりに過激な意見が飛び交ってしまった。

 全ては「ドラゴンは強い」という盲信により合理的な思考が抑制された集団心理と、武勇を誉れとする一部の亜人種特有の情動に突き動かされたかたちだ。

 

 ところが、若いドラゴンたちが数を減らして戻ってきたことで風向きが変わる。

 ドラゴンの後ろ盾が有ればと息巻いていた評議員たちも、事が神話級ともなれば成す術が無い。それまで熱気に満ちた議会も静まり、慎重派の意見に一旦は落ち着きを取り戻したのだが――。

 

 スレイン法国から戻り、そのまま「とんでもない相手と敵対してしまったのでは」と混乱する議会に参加。賠償問題とアインズ・ウール・ゴウン共栄圏への認識を共有し終えてホッとしたのも束の間、件の共栄圏とどのように向き合うかを話し合う場で再び雲行きが怪しくなる。

 リ・エスティーゼ王国を跨いでトブの大森林に住む亜人との交流は誰もが賛成した。しかし、交易候補のフィオーラ王国に話題が及ぶと一部の評議員から併合を望む声があがったのだ。

 移住ではなく併合。今ある各領地をそのままフィオーラ王国へ編入すると主張したものだから当然のように議会に亀裂が生じる。

 

「フィオーラ王国ヘ下ルナラ、土地ヲ明ケ渡セ!」

「断ル! 祖霊ガ眠ル土地ダ! 渡スモノカ!」

 この有様だ。片や領地を求め、片や旨い汁を吸おうと躍起だ。先の事案はドラゴンがしでかした事として預かったとはいえ、彼らは早くも目先の事に囚われている。

 

 だが、これが何の変哲もない亜人の姿でもある。

 この場が市井の集まりなら流血沙汰もあり得ただろう。

 

 亜人は部族社会を営み、異種族間で協力関係を結ぶことは稀だ。多くは同族か、よくて同系種間で群れるもの。異種族とは距離を取るか、“主従を伴う共生関係”を築くのが普通。

 評議国のような集まりの方が異質なのだ。

 

 もちろん過去にも飛びぬけた指導者によって巨大な国家が作られることはあった。しかし、どういう訳かそのような指導者の能力は一代限りで途絶えることが多く、指導者の代替わりを機に国家も崩壊する。

 亜人種のありふれた盛衰周期、人類がいまだに滅亡せずにすんでいる理由のひとつだ。

 

 アーグランド評議国は議会制の都市国家である。そのように謳ってはいるが、その実、数百年前に現れた魔神により衰退した亜人たちを、“ぷれいやーから聞きかじった制度”で無理矢理“型”にはめた国家だ。

 議会制などと人間の真似事をしても、ぷれいやーたちが長い歴史を通じて育んだ制度を理解できる亜人は極々少数。評議員たちの多くは「アーグランド評議国の議員」との自覚は薄く、どこまでも「〇〇族の長」としての性格が強い。

 魔神の居ない間、つまり平時に優先されるのは部族であって評議国ではないのだ。

 

 実に悩ましい。

 アーグランド評議国がひとつの共同体としてきちんと機能するのは、ゆぐどらしる由来の脅威が現れた時だけでいいと思っていたのだが――。

 

「できれば今、機能してほしかったな……」

 災厄の芽(法国の娘)やアインズ・ウール・ゴウンが現れた今がその時であるはずなのだが、数世代経ただけではまだまだ難しいらしい。

 およそ500年前、魔法の理を歪められて群れることを強いられたが、同時に群れることの頼もしさも知った。そして200年前、力を制限したなかでも多種多様な種族が集えば互いを補えることを学んだ。ぷれいやーたちに倣い、亜人種たちの「信頼関係の下地を作る」、それが建国した目的だったのだ。

 

 それらを踏まえ、事態を収拾するために口出しするかを迷う。建国を促した者の責任として助言を求められれば応えるし、理不尽な脅威が迫れば護るつもりだ。

 しかし、永久評議員は諮問機関であって支配者ではない。八欲王のように力で従わせるのではなく、あくまでも彼らの自主性に任せたい。

 幸いにもアインズ・ウール・ゴウンは対話が可能な相手。王国と法国への賠償は襲撃に参加したドラゴンらの財産から捻出するため、この会議で早急に何かしらの判断を下す必要はないのだが。

 

 会場を見渡す。

 山腹を深くくり抜いたような半円状の天然洞窟に亜人たちが手を加えた議事堂だ。

 円形の壁沿いに配置した各座席は大柄な亜人の体格を基準にしているため広々としている。事情を知らない人間が見たら居心地を追及したと思われるかもしれないが、実際は亜人種ならではの“社会的相互距離”を表している。

 亜人種は人間よりも肉体的に優れていることが多い。種族によってその部位は様々だが、それゆえ簡単に手が届くような距離、人間のように小さな机を挟んでの商談はできないのだ。

 今も相手を罵るだけで手を出さないのは、彼らに一線を越えまいとするだけの理性が残っている証拠でもある。

 

 とはいえ、このままではせっかく築いた信頼関係も失われてしまう。

 それだけはなんとしても避けたい。

 

「ん?」

 覚悟を決めて仲裁しようとすると、議会中央に空間を探るような魔力を知覚する。

 まさかと思う間もなく半球状の闇が広がり、騒いでいた評議員たちも目を奪われて静かになる。

 

 ぷれいやーが好んで使っていた〈転移門(ゲート)〉。

 

 ぷれいやーはいつもこうだ。

 彼らは順序だてて行動を起こさない。親しくもない相手への無作法な押しかけが、その相手方の心証を害するとは夢にも思っていないのだろう。大抵の場合、この後に交渉という名の一方的な要求を叩きつけては嵐のように去る。質が悪いのはその交渉が強大な力を盾にした“無自覚な脅迫”であることが多く、そしてそれらを無邪気に行なう点だ。

 今回に限って言えば、せめて議事堂の外に〈転移門(ゲート)〉を繋げと言いたい。どの種族にもそれなりの因習がある。それを無視するのは道理に外れた行為だ。

 

 

 

 

 

 〈転移門(ゲート)〉から何者かが現れる。

 

 闇の中から現れたのはスレイン法国でモモンガの隣にいた女悪魔。

 山羊のような角と腰から生える漆黒の翼。濡れ羽色の髪が純白のドレスに映えるその姿は、人間であれば「女神のごとく美しい」と形容しただろうが、生憎とこの場に居るのは善悪美醜の基準が人のそれとは異なる亜人たち。不自然に整った無個性な顔立ちに対する反応は様々だ。

 当然、ドラゴンにもドラゴンの基準がある。そしてドラゴンのなかでも最上位の竜王(ドラゴンロード)ともなれば、その知覚能力も格別。亜人たちとはまた別のモノに目が奪われた。

 

 彼女が手にする奇怪な短杖(ワンド)

 黒い球体を支えも無く先端に浮かせているその短杖(ワンド)に、信じられないほどの強大な力を感じる。一振りでこの会場が吹き飛ぶと容易に想像ができるほどで、久しぶりに鬼気迫る緊張感に襲われる。

 当の女悪魔は亜人たちの視線を集めながらも物怖じはせず、微笑を浮かべたまま静かに、それでいて良く通る声で口上を述べる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン共存協定の盟主にしてナザリック地下大墳墓の主、モモンガ様、やまいこ様の御成りです」

 どのように示し合わせたのか、口上の終わりに合わせて〈転移門(ゲート)〉が揺れる。

 

 瞠目する。

 

《すまない、ツアー》

 〈伝言(メッセージ)〉で開口一番、謝罪を述べるモモンガが現れた。しかもトブの大森林やスレイン法国で会った時とは全く比較にならない程の力がそこに渦まいている。

 漆黒の後光を纏った死の支配者(オーバーロード)。これが本当の力、ぷれいやーとしての姿なのだと知る。

 スルシャーナと同じ種族だと思っていたが、ここまで力の差があると全くの別物だ。

 

《……モモンガ、私たちは伝言で語り合う仲ではなかったと思うんだけど?》

《俺は反対したんだが、多数決で負けてしまってな》

 彼の物言いは要領を得ない。

 挨拶より先に謝罪から入ったので、彼自身は申し訳なく思っているようだが――。

 

 再び〈転移門(ゲート)〉が揺れる。

 

 モモンガに次いで半魔巨人(ネフィリム)が現れた。

 気配は以前森で出会ったやまいこ。彼女もモモンガと同様に力を開放している。

 2人とも衣服や装飾品に至る全ての物が想像を絶する魔力を内包していた。

 

 モモンガたちを目にした評議員たちはざわめいた。事前にアインズ・ウール・ゴウンについて説明はしていたので大きな混乱はないものの、それでも規格外の存在に平常心ではいられないのだろう。特に野性味を色濃く持つ亜人種たちが絶望的な差を感じ取って委縮している。

 しかし、動揺や委縮だけならまだいい。厄介なことに、モモンガが放つ“漆黒の後光”に惹かれている者が少なからずいるのだ。それは嗜虐性の強い亜人種にその兆候があり、もしかしたらモモンガ自身の属性がそれらに表れているのかもしれない。

 これからいったい何が起こるのか、不安が募るばかりだ。

 

 議事堂を見渡したモモンガが首を傾げる。

《永久評議員は5人いると聞いたんだが、出席していないのか?》

《こうして議会に出席するのは私ぐらいだよ》

《そうか、苦労しているんだな》

 何故か同情された。まるで仕事を押し付けられた者を見るかのような視線を感じるが、すべての竜王(ドラゴンロード)が傀儡を使える訳ではないだけだ。ただ参加しない最大の理由が“無関心”であることを思えば、その同情も妙に染み入ってしまう。

 

 モモンガが歩み出る。

「ツアーよ、先日は君のおかげで大事にならずに済んだ。感謝する」

「気にしなくていいよ。互いに争わずに済むのならそれに越したことはないからね」

 戦争を回避できたことは素直に喜ばしい。しかし、今の物言いは「ドラゴン討伐は些事」と言外に伝えているようなもの。ドラゴンに傾倒していた評議員たちがその意を汲み取り顔が引きつる。

 

 やまいこがモモンガの隣に並び立つ。

「それは本心?」

「もちろん。スレイン法国の変革は評議国としても大歓迎だよ」

 やまいこがひとつ頷く。

「なら同盟か恭順、どちらか選んで」

 想像以上の直球振りに不覚にも懐かしさを覚える。

 間違いなく彼らはぷれいやーだ。

「賠償の話をするのかと思っていたんだけど」

「それは追々ね。さあ、迷う必要は無いでしょ? ボクたち、やっていることは同じなんだからさ」

 

 異なる者たちを“ひとつに繋ぐ”という意味では確かにアーグランド評議国もアインズ・ウール・ゴウン共存協定も理念は似通っている。

 いっそ恭順して言われるままに全てを任せてしまえば楽になれるのかもしれないが――。

 

「君たちぷれいやーは事が性急過ぎる。こうして話し合えるだけ八欲王よりはまだ良いけど、その強引なやり方が世界を歪めるのだと自覚してほしいね」

 

 ふと漏れた文句に、モモンガとやまいこの後ろに控えていた女悪魔が殺気を纏う。

 こちらが身構えた瞬間、彼女を中心に議事堂の床が蜘蛛の巣のように大きくヒビ割れた。

 

「ナ、ナニ事!?」

「ヒィ! コ、殺サレル!!」

 流石に大人しくしていた評議員たちも身の危険を感じ騒ぎだす。

 

「ご静粛に」

 後光を背負ったモモンガが混乱する評議員たちを制し、女悪魔に向きなおる。

「アルベド、良く抑えた」

 その言葉にアルベドと呼ばれた女悪魔が片膝をつく。議事堂の床を割っておいて“良く抑えた”とは実に身勝手な言葉だが、“実際に手が出ていたら”と思うと少なからず同意できてしまうのが癪だ。

 

 当の彼女は伏したまま申し開きをする。

「御方の顔に泥を塗るような真似をしてしまい、申し訳ありません。罰は如何様にも。ただひとつ、1500ものプレイヤーを屠った至高の41人たるモモンガ様とやまいこ様を、八欲王などという下賤な輩と同列にされ、許せませんでした」

「――そうか。では、お前への審判は戻ってからだな。まずは謝罪を済ませよう。ツアー」

 

 モモンガに呼びかけられたが、それどころではない。聞き捨てならない言葉を聞いた。

 聞き間違いでなければアルベドは「1500ものぷれいやーを41人で屠った」と言った。ぷれいやーの強さも一律ではないにしろ、事実だとしたら手に負えない。

 評議員たちは“ぷれいやー”という言葉に馴染みが無いせいでいまひとつ反応が薄い。しかしそれも束の間、一部の評議員が文脈から真実を導き出してしまい、思考停止の末に完全に動かなくなってしまった。

 

「この場の皆に謝罪する。迷惑をかけた。――これは箱入り娘でね。この失態も我々を思ってのこと。十分に反省させるので許してほしい」

 迷惑という意味ではここに侵入した時点で今更だ。

 当のアルベドは伏したまま大人しい。主君を差し置いて公の場を乱したことに恥じ入っているのか、それとも主君に謝罪させてしまった事に自責の念を抱いているのか。頭の上に手を乗せられた彼女の顔は赤く、目尻には涙が光る。震える翼を見てしまうと同情も禁じ得ない。

 

「いや、意図せず侮辱してしまったのならこちらにも非がある。お互い水に流そう」

「助かる。壊れた床に関しては腕の良い山小人(ドワーフ)の職人とトンネルドクターを手配させていただく」

 モモンガの提案に頷きで了承する。直接手が出たならもうひと悶着あったかもしれないが幸いにも怪我人はいない。いま重要なのはこちらの面目やヒビ割れた床ではなく、彼女の語った内容だ。

 

「モモンガ、彼女の話は本当かい?」

「ああ、昔の話だ。連合を組まれて攻め込まれたことがある。ユグドラシルでは語り草になったほどだ」

 モモンガが誇らしげに、しかし後半はやや哀愁を帯びた調子で懐古する。その様子に僅かな憐憫の情を覚える。“ゆぐどらしるの終焉”は他のぷれいやーから聞き及んでいる。世界の滅びとはいったいどのようなものなのだろうか。

 

「六大神や八欲王でさえこの世界には手に余る存在だった。それを1500も退けるなんて想像もできないよ。――話を戻そう」

 そう言いながら議事堂を見渡す。無理からぬことだが、評議員たちは視覚化された死と相対したまま動けずにいる。このまま代わりに進めるしかない。

「まず誤解しているようだけど、私はアーグランド評議国の支配者ではないからね。あくまでも相談役という立場だ。それを踏まえたうえで先ほどの提案に答えさせてもらうと、まずは同盟から始めるよう議員たちには助言するつもりだ。この国は急な変革に耐えられるほど成熟していないからね」

 

 モモンガとやまいこが視線を交わし、何かに納得する素振りを見せる。

「ツアー、我々は君の判断を尊重しよう。だが覚えておいてほしい。時間は限られている。君は“プレイヤーは性急過ぎる”と言ったが、逆だ。我々に言わせれば長命種こそ気が長過ぎる」

 長命種云々と諭されても不死者(アンデッド)の姿では説得力がない。そのことに気づいているのか分からないがモモンガは続ける。

「プレイヤーを脅威に感じていたなら今日までにもっとやりようがあった筈だ。少なくともスレイン法国が極端な思想に傾倒するのを防げたんじゃないのか?」

 

 その言葉に鼻白む。過去を振り返れば、“あの時こうしていたら”と思うことはままある。しかし、だからといって当時を知らぬ者に説教をされる謂れはない。

「モモンガ、過去の出来事、それも仮定を語るより今後のことを話し合おうじゃないか」

「それもそうだ。失礼した、互いに建設的な話をしよう。やまいこさん、お願いします」

「はいよ」

 今度はやまいこが一歩出るかたちで相対する。

 

 そして、有意義な会議が始まった。

 即決できない案件もあったが、多くは実りある内容だ。問答の多くは代表して答えたが、外見とは裏腹なやまいこの理知的な対応に、怯えていた評議員たちも徐々にだが答えられるようになったのだった。

 

 

* * *

 

 

 モモンガは会議がひと段落し、心の中で一息ついた。

 肺から息を吐きだすように、やや肩を落としながら会議を振り返る。主だった内容はフィオーラ王国とアーグランド評議国間の交渉事。双子不在のまま国家間の話を進めてしまうのは気が引けたが、何はともあれ互いに亜人種の国家なので大きく揉めることもなく進められたのには素直に安堵した。

 

 ツアーがいくらか打ち解けたように口を開く。

「それにしても、交易や移住だけでなく旅行までも免許制とはね。時間は有限だと言う割にはずいぶんと慎重じゃないか。もっと大胆に交流を図るものかと思ってたよ」

 もっともな言葉だ。確かに当初は種族間の交流を密にし、それをシモベたちに監督させるつもりだった。しかし、カルネ村自治領、フィオーラ王国、スレイン法国の現状を鑑みて、ナザリックの知恵者たちが制限のない交流に待ったをかけたのだ。

 

 やまいこが会議での説明を繰り返す。

「会議でも言ったけど、魔法や薬学があるとはいえ人手が足りない。せっかく育てた箱庭が疫病で駄目になってからでは遅いでしょ」

 現状どの国も異種族間の病理学研究は手付かず。“魔法による癒し手”が少ないなかで感染症を危惧するならば「研究が進むまでは制限もやむなし」、というのは建て前で、本音は「情報統制を強化するため」だった。

 

 知恵者たちは自然環境の保護と各勢力の支配を両立するために完全環境都市(アーコロジー)化を促しているが、情報統制はその支配力を増すためのいち手段である。そしてかつてモモンガとやまいこが語った「各種族の文化を尊重したい」という願いを叶えるためでもあった。

 順当に支配が進めば完全環境都市(アーコロジー)単位で種族を管理できるようになるが、その場合に雑音となるのが他の完全環境都市(アーコロジー)の情報だ。隣の芝は青いとはよく言ったもので、旅行する程度の憧れであれば問題は無い。だが隣を羨み妬むようになられては困るからだ。

 

「一方の種族には普通の風邪でも、他の種族には致命的な病かも知れないんだから」

 やまいこの言葉にツアーが頷く。

「確かにその通りなんだけどね。理解はできるけど、いままで防疫なんて気にしてこなかったからさ。――あと何だったかな、制限する理由。もうひとつあったよね? 難しくて正しく理解できたか自信がないんだけど」

「国家主義とか民族主義の話? あれ以上に分かりやすく伝えるのは難しいわ」

 やまいこの言葉にモモンガは内心冷や汗をかく。

 ツアーと同じく自信がない。

 

「そうね、取り合えず、“共存協定の理念は共存であって融和ではない”って事だけ覚えておいてもらえればいいわ」

 共存協定に参加する各勢力はアインズ・ウール・ゴウンの旗のもとに、あたかも自治権があるかのように錯覚させる必要がある。もちろん恭順した勢力相手にはその限りではないが、基本的には各種族、各民族の文化的な同一性を保持存続させるつもりだ。

 この政策にモモンガとやまいこは特別修正を加えるつもりは無い。それは多くの物が規格化されていた現実(リアル)で生きてきた反動だ。

 実験都市として先行しているカルネ村自治領のような「様々な種が混在した完全環境都市(アーコロジー)」はしばらくは増やさず、まずは手の届く範囲、限定的に交流させる方針だ。

 

「融和ではない、ね。意外だよ。共存協定の()()()()()()()融和だと思ったんだけど」

「我々が求めるのは他者への寛容だけ。異なる種族をひとつにまとめるなんて、土台無理な話なのよ」

評議国(ここ)でそれを言ってしまうのかい?」

 ツアーが呆れた調子で肩をすくめ、そして意外そうに続ける。

「でも、ぷれいやー(君たち)の口から寛容なんて(そんな)言葉を聞けるとはね。実に興味深い」

 

 アインズ・ウール・ゴウンがなぜ寛容さを求めるのか。それは想像以上に種族間の溝が深かったからだ。

 例えばカルネ村自治領では、元の住民と新しい住民とで小鬼(ゴブリン)などの亜人種に対する距離感が目に見えて異なる。それはスレイン法国でも同じで、戦争で親しい者を殺した敵であり、また奴隷として扱ってきた森妖精(エルフ)に対する偏見は根強い。フィオーラ王国に至っては従属神(アウラたち)が統治していても肌の色ひとつで同系種間で軋轢が生まれる始末だ。

 やまいこはこれらの問題に対し、「神が実在する世界でならって期待したんだけど、ダメね」と嘆く。

 

 特に復讐心を持つ者は手がつけられない。彼らは往々にして下手人のみならず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。“別の神(別人)だから関係ない”は通用しない。殺された者を蘇生させただけで即「感謝します。今までの憎しみは忘れ、貴方を信仰します」とはならないのだ。

 

 この世の全ての争いが“当事者同士の個人的な問題”として誰もが割りきれるのなら、初めから種族対立は起こらないはずだ。しかし、現実はそうはならない。ビーストマンに家族を食われた者は無条件にビーストマンを抱擁はできない。喰らわれた者の隣で喰らった相手と談笑はできないのだ。

 手の届く範囲でなら記憶や記録を消すだけで済んだかもしれないが、規模が共存協定全体となるとそれも難しい。それこそ世代を経るごとに少しずつ感情を希釈させる以外にないだろう。

 

「寛容のパラドックスなんてものがあるけど、ボクたちは不寛容な者を()()()()()()()として扱うつもりだから。そのつもりでいてね」

「敵扱いするという意味かい? それがかつての法国のような“相容れない相手”なら口出しはしないよ。目にした相手を無暗に滅ぼして回らなければそれでいい」

「それは勿論よ」

 やまいこに続きモモンガも「そうだとも」と頷く。この世界に“リポップ”はない。だからこそ牧場でも丁寧に扱うように指示を出し、そしてそれは敵対した相手にも適用される。

 やたらと殺すのは勿体ない。

 

 

 

 

 

 やまいこに目をやると、何やら疑問があるのか首を捻っている。

「ツアー、初めましての時にも気になったけど、なぜこの世界の側に立って物を言うの?」

「何故って、この世界に生まれた者として、この世界が歪められるのを見過ごせないからさ。強者として護れる可能性があるのなら――」

「ああ、違う違う。今のは聞き方が悪かったかな」

 ツアーの言葉を遮り、やまいこは爆弾を投下する。

 

「プレイヤーと同様に()()()()()()()()()()()()()()()が、何故この世界の調停者として振る舞うの?」

 その言葉にツアーが固まる。

 

 代わりに「現地産じゃないの?」と思わずモモンガのツッコミが入る。

 プレイヤー、NPC、またはその子孫かと考察するが、それらをやまいこに否定される。

「違うよ、モモンガさん。彼は確かにこの世界で生まれたのかもしれない。でも、ユグドラシルは関係ないんじゃないかな」

 一旦言葉を区切ると、やまいこは続ける。

「収斂進化って知ってる?」

 

 続くやまいこの説明は概ね次の通りだ。

 曰く、類縁関係にない生物が同じような環境要因に晒されたとき、似通った進化を遂げるという。例を挙げると、脊椎動物のモグラと節足動物のケラには系統学的な繋がりは無いが、「穴を掘る」という共通の生態により似通った形状の前足を共に獲得している。そして形状だけでなく、土を掻きだす動かし方まで似るという。

 他の分かりやすい例を挙げると、イルカ、サメ、イクチオサウルスの3者はそれぞれが似たフォルムだが、彼らは哺乳類、魚類、爬虫類と類縁関係の遠い生物。植物で例えるなら(はす)水連(すいれん)も水面に浮かぶ植物だが、こちらも全く異なる系統だ。

 

「えっと、つまり?」

 モモンガは首を捻る。

「ここで重要なのは環境要因。魔法の有無はあれど、この世界とボクたちのいた地球は、ほぼ同じ物理法則で成り立っている」

「1日は24時間、31日で月が巡りますね」

「そう。天気も変れば四季もあるし、林檎も木から落ちる」

 言われてみれば確かに地球と同じように思える。

 

「明確に違うのは海ぐらいですか?」

「分らないわよ? 塩気が無いのはこの周辺の海だけで、もしかしたら世界の反対側にはボクたちの知る海があるかもしれない。ボクたちはこの世界の一部しか知らないんだから。それに、生産魔法で塩は作れるし」

 指摘されてモモンガは納得する。

 確かにこの世界で得られた主だった情報源はスレイン法国などの人間社会が中心。しかし、その人間の生存圏は限りなく狭い。化外の領域をひとつでも挟めば、その向こう側は未知の世界だ。「海はしょっぱくない」という情報も、狭い観測域による限定的なものかもしれない。

 

「モモンガさん、そこで問題。地球とほぼ変わらない環境要因で、ドラゴンは誕生すると思う?」

「うーん。ドラゴンは空想の産物。でも、火を噴くかは別として、空を飛ぶ恐竜はいたと聞きますし、在り得るのでは?」

 モモンガの答えに、やまいこは首を振る。

「ボクはね、誕生しないと思う」

 

 やまいこの推論は次の通りだ。

 仮にこの世界と地球が同じ環境だとしたら、生物の進化も似通う筈だと。何度地球の歴史をリセットしようとも、毎回似通った結果に辿りつく筈だと言う。

 そして、原始生命が誕生してから40億年。その間、四肢が4本以上ある脊椎動物は、遺伝子異常による突然変異を除けば、種として確立した存在はついぞ現れなかった。それはつまり地球が持つ環境要因では“5本目、6本目の手足が必要なかった”ということだ。

 

 モモンガはいつか見た霜の竜(フロスト・ドラゴン)を思い浮かべる。

「四肢を持つドラゴンが、背中に翼を持つことは在りえない。こういう事ですか?」

「その通り。モモンガさんが例に出した“空を飛ぶ恐竜”は翼竜のことだと思うけど、あの翼は一対の前脚が進化したもので、ドラゴンよりよほど自然な存在だよ。ユグドラシルで例えると飛竜(ワイバーン)かな?」

 やまいこは、バハルス帝国の南西に暮らす飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)の部族は地球でも十分に在り得た存在だと補足する。

 

「魔法が進化に与える影響は?」

「そればかりは予想が難しいかな。ただ、生物が常時発動型特殊技術(パッシブスキル)のような、本能的に常時発動する魔法を習得できたなら、結果は大きく変わると思う。でも、“代替手段”は得てして既存部位を退化させるから。それこそ飛ぶための翼が必要なくなるんじゃないかな」

 

 周囲の亜人たちはチラチラとツアーへ視線を送る。

 黙したまま動かなぬ竜王(ドラゴンロード)に不安を覚えたのだろう。

 

 やまいこは彼らの不安を煽る。

「ツアーだけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から勘違いしているのかも知れないけど、君たちも創作物の副産物だよ」

 その言葉に亜人たちが大きくざわつく。

 

「不思議に思わなかったの? なぜ多くの亜人種の身体に、()()()()()()()()()()()()って。答えは簡単。我々がそのように想像したから。人間と身近な動物を掛け合わせたから。頭が豚の人間が居たら恐ろしい。下半身が蛇の人間が居たら恐ろしいってね」

「そうか!」

 モモンガがポンと手鼓を打つ。

「この世界の小鬼(ゴブリン)が料理や採集を問題なくできるのは“この世界の存在だから”だと思っていたけど、根本的な理由はもっと別、起源(ルーツ)が違うんだ。ユグドラシル由来でもなく、またこの世界でも誕生し得ない存在ならば行きつく答えはひとつ――」

 モモンガの導き出した答えにやまいこが頷く。

「そう、彼らは別の創作物から転移してきたことになる。もちろん、この世界で“人間”とされる存在もね」

 やまいこが密かに調べていたこの世界の人間は現実(リアル)の人体に酷似していたが、筋組織の密度や生理周期が現実のそれとは異なるという。ありていに言えば()()()()()()()()()()()()()()()()であり、創作物によくみられる()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 超越者たちの言葉に耐えられなくなったのか、評議国では珍しい豚鬼(オーク)の長が声を荒げる。

「ワ、ワシラノ祖ハ、火ヲ噴ク山カラ――」

「――火山の熱き大地に抱かれ、炎を内に秘めて地中より生まれた、とか?」

 豚鬼(オーク)の長が言葉に詰まる。

 やまいこの語った内容に少なからず被るものがあったのかもしれない。

「大昔に君たちの先祖はこの世界に転移してきた。そして世代を経るごとにその記憶を風化させてしまっただけだよ」

 

 やまいこは静まりかえる議事堂を見渡し、改めてツアーを見据える。

「さて、いつまで黙っているつもり? ドラゴンはどこから来たの? その容姿からすると指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)星霜の書(エルダー・スクロールズ)では無さそうだけど」

 一拍置いて感情の読み取れない声が響く。

「――その問いには答えられない。いや、要らぬ誤解を生まないためにも知らないと答えておこう。そして知っていたかもしれない者も既にこの世にはいない」

「あらそう、残念ね」

 

 立ち直ったツアーにモモンガが問う。

「動揺が少ないようだ。予見はしていたのか?」

「確証は無かったけどね。いつだったか、地中に引き籠っている知り合いが“ドラゴンの化石”がどうのと騒いでいたことがあったから」

「なるほど、地層か」

 ドラゴンが「どこから来て、どこへ行くのか」なんて宗教的な問答をするのかは分からないが、自分たちのルーツを地層から読み取ろうとした奴がいたようだ。山妖精(ドワーフ)に鉱石だけでなく化石の発掘も依頼すれば、将来的に博物館の運営もできるかもしれない。

 

 モモンガは逸れ始めた思考を正し、ツアーに提案する。

「世界盟約とやらを改定する気はないか」

「――その真意は?」

「概算だが10年もすれば共栄圏はこの世界最大の勢力になる。そうなる前に幅広い種族に通ずる基本原理と、それを基にした法を作りたい」

「それは、次に現れるぷれいやーに備えたいという意味かい?」

 ツアーの口調はやや硬い。

 六大神や八欲王を見てきた生き証人として関心は強いようだ。

「プレイヤー? 違うな。いや、当たらずとも遠からずか」

「どういう意味だい?」

 モモンガの言葉にツアーは首を捻り、そんな彼にやまいこが補足する。

 

「次に転移してくるのがユグドラシルのプレイヤーなら既存の知識で対策はできる。それにボクたちがそうだったようにツアーの存在は“伏せ札”として有用だから、一歩優位に立てるでしょ? でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()に対してはそれらの優位性を活かせないかもしれない」

 ツアーが頷く。

「つまり、互いに未知の相手だと“手札の数”が勝敗を分ける。だから共栄圏でその数を揃え、世界盟約で動かせるようにしたいんだね?」

「そういうこと」

 

 それならばとツアーは続ける。

「それで、君たちは具体的にどれくらいの難度を想定しているんだい?」

「難度ではうまく言い表せないわ。ツアー、ボクたちが真の意味で警戒すべきは()()()()()()()()だから」

「別じゃんる?」

 ツアーは聞きなれない言葉に仕草で説明を求める。

 

「ボクたちが危惧する相手は、例えば星間戦争をするような相手かな」

「星間戦争!? ――それは言葉通り、星から星へ渡る戦いかい?」

「そうよ。ある日突然、宇宙から一発撃ち込まれて全生命が死に絶えるかもしれない。それこそこの惑星に棲む者にとって“世界が終わる”ことになるわね」

 

 江戸幕府は4隻の黒船に屈したが、互いのテクノロジーに埋めようのない差がある場合、砲艦外交の必要すらない。仮になんの対策も無いまま宇宙戦争をするようなゲームからプレイヤーが転移してきた場合、相手が惑星の原生生物に感情移入するような性格であることを祈るしかないのだ。

 

 ツアーが傀儡越しに溜息をついたのが分かる。

「とんでもない話だ。にわかには信じられないけど、分かったよ。アーグランド評議国は同盟から始めるとして、私個人は今日からでもアインズ・ウール・ゴウンに協力しよう」

「その決断を称賛し、歓迎する」

 モモンガは両手を広げ、やまいこは小さく拍手して歓迎の意を示す。

 

 それに対しツアーが片手を挙げる。

 

「ただ、代わりという訳ではないけど、私からもひとつ頼みがある」

 

 

 

 

 

 ――そして、時は流れ。

 

 

* * *

 

 

「モモンガ、都市だ」

「――どこだ? 雲が邪魔で見えない」

「右手前方だよ。山の麓」

「ああ、見えた」

 

 モモンガを背に乗せたツアーが大空に舞う。

 率いているのはアーグランド評議国のドラゴンと飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)、それと鷲馬猟騎兵(ヒポグリフ・イピコ)からなる飛行兵科のみで構成された大規模旅団だ。

 

「このまま降下するかい?」

「待てまて、自分がドラゴンの姿だってこと忘れているだろ。このまま乗り込んだら混乱するだけだ」

「じゃあ、久しぶりに鎧を動かそうかな」

 

 ツアーはずっと守ってきたギルド武器を、ナザリック地下大墳墓の宝物庫に預けた。「肩の荷が下りた」、そう言って大きく翼を広げた彼は本当に久しぶりに、誰の気兼ねも無く大空へ飛び立ったのだった。

 彼はそれ以来、モモンガたちと行動を共にするようになり、変わった。いや、正確には若くしてギルド武器を手にし、長く洞窟内で守り続けた反動だろう。

 抑圧からの解放。素の性格が露わになったのだ。

 

「交渉にも参加するつもりか? こんなに“出たがり”だったとは思わなかったぞ」

 呆れた調子のモモンガだが、自身も“御方”として扱われることに息苦しさを覚える質だ。ツアーの変わり様に理解はあるつもりだった。

 

 彼らは今、大陸統一へ向けて活動していた。

 気が長すぎると指摘したせいか、ツアーのヤル気は高い。

 

「ねえ、走査(スキャン)されたみたいだよ」

 並んで飛んでいたやまいこから報告が入る。彼女はクレマンティーヌと一緒に、マーレ所有のドラゴンに騎乗している。

 やまいこは元気だが、クレマンティーヌは飛行酔いで顔色が悪い。

 

「ツアー、どこからか分かる?」

「今のは奥の塔からだね。そこそこの強者だけど、ぷれいやー級ではなさそうだ。君たちの戦闘メイド(プレアデス)くらいかな」

 条件が揃えば世界級(ワールド)アイテムをも感知できるツアーの知覚能力は、こういう時に役に立つ。彼のおかげで警戒すべきは生まれながらの異能(タレント)くらいだろう。

 もちろん、だからといって慢心するつもりはさらさらないのだが――。

 

 モモンガとやまいこが頷きあう。

「では、交渉に向かいますか」

 

 

 

 

 

 こうして、アインズ・ウール・ゴウンは大陸を、そしてゆくゆくは世界を統一していくことになる。

 その道程は決して楽なものではないだろう。

 

 いつまで人の心でいられるかも分からない。

 しかし、仲間が遺した子供たちと、そして新たに得た理解者たちと支え合い、共に歩んでいくことだろう。

 

 死の支配者(オーバーロード)の鈴木悟と半魔巨人(ネフィリム)の山瀬舞子。

 

 ふたりの旅路は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

【終】

 

 

ご愛読ありがとうございました。

 

 




独自設定と補足
・アーグランド評議の内政事情、構成する亜人種。
・諮問機関の存在とツアーの立場。
・アーグランド評議の建国事情。
・転移世界における空想生物の設定。
・転移世界と地球の物理法則等のメタい話。
・ツアーの語った「知っていたかもしれない者」は竜帝。原作では生死が言及されていなかったと思う。ここでは既に死亡している。
・「10年で世界最大の勢力~」は、作者の「デミウルゴス指揮下のナザリックでも5年で大陸征服が可能」から、御方々が穏便に対話等を挟むと5年以上はかかるのかなと。
・創作物などでよく聞く「どこから来て、どこへ行くのか」。ポール・ゴーギャンの絵画、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」。カトリック系神学校の教理問答。

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