スレイン法国神都。本日、歴史ある劇場で共存協定の総会が催されていた。議長を務めるのはスレイン法国の“闇の神官長”、マクシミリアン・オレイオ・ラギエ。
彼は議長席から複雑な気持ちで会場を眺めていた。
なぜ
モモンガ様の容姿が伝えられたとき、誰もがスルシャーナ様を連想した。別人であることも同時に伝えられたものの同一視する者は後を絶たない。そのせいで闇の神殿に籍を置く者は善くも悪くも特別視される。自分がこうして議長に収まっているのがいい例だろう。
かつて平等だった六大神の各神殿に“暗黙の差”が生まれてしまった。勝手に担ぎ上げられてしまうのだ。
そして闇の神殿に限らず他の神殿上層部に所属する神官たちもまた、様々な難題に各々が直面していた。その最たる試練が信仰の再確認だと言えよう。
生存権を懸けた血塗られた歴史を持つ法国民にとって「死」は身近なもの。壁外の危険性を説き、国への奉仕を義務付け、神への祈りで人心を掌握する。
そうやって六大神の教えが人を守ってきた。
だが、今は事情が違う。モモンガ様は信仰の自由を掲げてはいるが、「神話にのみ登場する神」と「目の前に顕現した神」とでは当然だが存在感が桁違い。それもアインズ・ウール・ゴウンの神殿まで足を運び僅かな金銭や物品で癒しを得られるのであれば、四大神との兼ね合いで高く設定されている現行の料金と比べられてしまうのは避けられない。
多くの民は知らない。秘匿してきたがゆえに六色聖典が流してきた血の量を知らぬのだ。
そして、より正確には「
アーグランド評議国に対する情報規制以前に、民に知られる訳にはいかなかったのだ。「六色聖典が居るから大丈夫」などという腑抜けが許されぬほど人類には結束が必要だったのだ。一握りの神人より“死ぬ英雄”。表舞台には自己犠牲に彩られた英雄譚こそが求められた。「俺に任せろ」と進んで前線に赴く兵士が必要だったのだ。
六色聖典の隊員が引退してもなお素性を隠すのはそれらを際立たせるためでもある。
だからこそ、隠し通してきたからこそ、揺れ動く民の心をどうこう言えるはずもない。
酒場の噂話に聞こえる謎の戦闘集団より兵役に赴いた家族の安否を気遣うのが「人」ならば、目に見える形で親を、子を、恋人を救えるとなれば、これは改宗もやむなしだ。
そして、そんな中で変わるに変われない者たちもいる。
神人や遺物の存在を知る、神殿上層部の者たちだ。民草よりも真実を幾分か多く知るからこそ、これまでの信仰を守り、そして風化させまいとしている。
自分たちが語り継がねば、犠牲を強いてきた六色聖典たちが浮かばれないからだ。
信者たちをどのように留めるか。悩んだ末の手段が「情報の開示」や「神話の共有」だ。
前者はアインズ・ウール・ゴウンが現れたことで秘匿する意味が無くなった情報の公開、つまりは六色聖典を表に出すことで僅かばかりでもその働きに報いるため。そして後者は“ゆぐどらしる”という共通の神話にあやかり、六大神信仰にアインズ・ウール・ゴウンの要素を取り込むことで生き残りを図るものだ。
かつて英雄譚から人外を排斥した我々が、今やアインズ・ウール・ゴウンとその従属神を含め、六大神との類似点を必死に探しているのだ。
「このような日が来るとはな」
「ラギエ議長、なにか?」
「ああ、気にしないでくれ。独り言だ」
物思いに耽っているとつい言葉が漏れるのは齢のせいだろうか。
話しかけてきたのは書記官のひとりだ。総会で取り上げられる議題は多岐にわたるが議長としての仕事は少ない。いや、少ないというと語弊がある。強いて言えば「気苦労はない」だ。神前であるため参加者は礼儀正しく、急を要する切実な要求でもない限り会議が滞ることもなく、議事録も書記官たちが付けてくれる。
今はアベリオン丘陵の亜人が「行方不明者の捜索協力」を近隣国に要請しているところだ。
「あれは……」
ところが珍しくアルベド様がモモンガ様に耳打ちしている。飛び入りでなにかしらの議題を提起するならば総会が終盤にさしかかった今が最適ではあるが――。
「ラギエ議長!」
「審議中ですよ」
モモンガ様たちに気を取られていると、慌てた様子の陽光聖典に声をかけられる。声の大きさを目で咎めるが、陽光聖典の他に漆黒聖典の隊員を連れていることに気づき、嫌な予感に襲われる。
“表向き”の会場の警備は陽光聖典が担当し、“裏”には従属神の配下が就いている。そこに漆黒聖典の隊員が現れるということは会場外で余程の事が起こったと考えるべきだろう。
「急ぎの案件ですか?」
「はい。実は――」
ラギエ議長が漆黒聖典から報告を受ける少し前にさかのぼる。
モモンガは総会に参加――気持ち半分で傍聴しつつ会場を見渡していた。極力介入しない空気を作ってきたことが功を奏し、総会はNPCが敷いたレールに沿って現地人が勝手に進行する。退屈であることを除けば最上階からただ見下ろすだけの簡単なお仕事だ。
だが、今回はアインズ・ウール・ゴウンとして「カッツェ平原の領土化」を宣言する。
その為の資料が手元にある。一言「そうしたい」と言えば実現できてしまう立場ではあるものの、元サラリーマンの血が最低限のプレゼン用資料を用意させたのだ。
モモンガは
VR会議やVR店舗が当たり前のように普及しても訪問営業、いわゆる“外回り”は廃れることなく残っていた。汚染された外界に晒される嫌われ仕事ではあったが、会社の信用を維持するという観点からも最低限の保障は受けることができ、また学歴よりもコミュニケーション能力が求められる役回りなので、「外回りは非効率だ、時代錯誤だ」と後ろ指さされつつも義務教育が廃止された世代には活躍しやすい仕事のひとつだ。
某国で行われた社会実験では依然として“面識の有無”がVR空間における信用度に大きく影響することが浮き彫りとなり、企業側もおいそれと切って捨てられない業務でもある。
モモンガは小さく独り言ちる。
「ま、保証があっても身体を壊しやすいし、結局は消耗品か」
そんな環境で唯一の救いと言っていいのかは分らないが、貧困層であればあるほど現場では学歴より学力、本人の能力が求められた。これは本来なら超えられない経済的な壁を、超えられないまでもギリギリ壁に触れられる程度には生活水準を引き上げられる貴重な機会だったのだ。
改めてモモンガは手元の資料に視線を落とす。
資料には「
カッツェ平原は、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国、竜王国の四ヶ国と接する広大な土地だ。
計画の内容は、
ポイントとなるのは労働力となる
生者と死者を繋ぐことで
またそれとは別にデイバーノックのような自然発生した“知性ある
研究室を提供する見返りに魔法の研究開発に従事してもらうのだ。
「アルベド、牧場の件はどうなっている?」
「当会で
アインズ・ウール・ゴウンを取り巻く状況はこの世界に転移したばかりの頃とは大きく変わった。現行の牧場があるアベリオン丘陵は様々な亜人が棲む紛争地帯。今後も目まぐるしく状況が変化することを見越し、アインズ・ウール・ゴウンで管理支配できる土地、
なおアベリオン丘陵に棲む亜人に限らず一定以上の組織力を持つ敵対勢力には監視のためにナザリックの配下を潜ませ、必要に応じて手駒として利用できるように手厚く育てていたりもする。
「運河の件はどうだ?」
「リ・ロベル、エ・ペスペル、エ・ランテルと横断し、
アルベドが言葉を切り、こめかみに手を当てる。この〈
そして階層守護者統括として情報を集約する立場上、彼女には主との会話中でも受信を優先するよう指示していた。
「モモンガ様、ニグレドからの報告になります」
「珍しいな。どうした?」
情報収集に特化したニグレドも平時においては電波搭の役目を担っている。主に外で活動するシモベたちとの中継役だが、アルベドがその情報を保留とせず直ぐに“報告”として上げたことでそれ相応の緊急性を有すると察する。
「昨夜未明から王国西側の街が“ドラゴンによる空襲を受けた”とラナーから連絡を受けたそうです。調査したところ、王国領を出て南下中のドラゴンの群れを発見。数にして40。法国北部の街も襲われているようです。それと“例の者”が神都入りしました」
「
かなり前から“可能性のひとつ”として上がっていたアーグランド評議国の暴走。
それがようやく動き出したようだ。
「な、なんだとっ!?」
アルベドから報告を受けていると、ラギエ議長の大声が静かな会場に響く。
突然のことに参加者の注目が集まるなか、議長は不味いと思ったのか声量を落とす。しかし、矢継ぎ早に交わされる隊員との会話から「攻撃、ドラゴン、宣戦布告」といった不穏な単語が漏れ、会場をざわつかせる。
慌ただしくなる眼下を眺めながらモモンガは独り言つ。
「流石はスレイン法国。情報の伝達速度は大したものだな」
ラナーは王国の東に位置するエ・ティエールから西端のリ・ロベルでの出来事を把握するのに半日弱かかった。それに比べ昔から魔法的手段の使用を厭わない法国の情報網は、帝国と同様に組織化されていてかなりの伝達力を誇る。
過去の経験則からくる“病的なまでの確認機構”をもう少し簡略化できれば、ナザリックに比肩する日もくるだろう。
「モモンガ様、ラナーに預けた八本指ですが、組織の見直しと連絡員の増強をしてはいかがでしょうか」
アルベドは八本指の情報網が法国に遅れをとったことを気に入らないようだが、突出した人材がいない八本指ではそもそも勝負にはならない。能力以上の成果を要求するつもりはないものの、何かしらの対策は必要だ。
「確か一部門欠けたままだったな。せっかくだ、諜報部門を創設して長に
原住民に溶け込める
「畏まりました、復唱いたします。諜報部門を創設し、長に
「ああ、構わない」
ラナーに丸投げするかたちで気が引けるが領域守護者に見合った働きはしてもらう。
それを補佐するための八本指、彼女なら諜報部門も上手く使ってくれるだろう。
「モ、モモンガ様! アーグランド評議国永久評議員、ツァインドルクス=ヴァイシオン殿が謁見を願い出ております」
強張った声に目を向けるとあれこれ考えている間に人が増えていた。スレイン法国の最高執行機関に属する12人と、漆黒聖典の隊員らに囲まれた白金の全身甲冑を纏った騎士がひとり。
法国側は多勢であるにもかかわらず誰もが硬い表情でいるなか、囲まれている筈のツアーは相変わらず表情こそ確認できないものの態度からは余裕が窺える。
「――突然の訪問をすまない、モモンガ。至急話し合いたいことがあってね」
馴れ馴れしい言動に気色ばむアルベドと法国民をモモンガは手で制す。ツアーと
「半年ぶりくらいか。おおよその見当は付くが、“急な話”とやらを聞こうか、ツアー」
「申し訳ないけど時間が惜しい。そちらが事情を知っている体で話すから質問は最後に頼むよ」
そう断りを入れて語られた内容は次の通りだ。
“世界盟約”が破られたことを理由に一部のドラゴンが徒党を組んでスレイン法国へ侵攻した。しかし、若いドラゴンを主体とする群れは遠征自体が初めて。法国の位置を“王国以南”としか知らないうえ、人間の領土に関しての認識も曖昧だった。王国の領土半ばから目に付く人里を焼き、スレイン法国の神都を目指して南下中とのことだ。
ツアーがここまで足を運んだのはアーグランド評議国に開戦の意思はなく、一連の攻撃はアーグランド評議国の本意ではないことを示すためだという。
そして「ごく一部の暴走」という共通認識のもとで事態を収めたいらしい。
「何か質問があれば受け付けるよ」
モモンガは会場の目が集まるのを感じる。
今回の件は共存協定の参加国が初めて攻撃されたことになる。アインズ・ウール・ゴウンがどのように対応するのか気になって仕方がないのだろう。
「ふむ。質問の前に――」
〈
ざわつく会場に王国からの参加者たちの呻き声が重なる。現国王であるザナック何某と、彼を補佐する王国六大貴族のエリアス何某だ。シモベの話では貴族の方は「多少は使える」との事だが顔色は悪い。仮に事を構えるとなると主権を保持している王国は自ら矢面に立たねばならないが、王国戦士長ほか、アダマンタイト級がわずかにしかいない王国にドラゴンの相手は荷が重い。
一応は同盟国扱いなので救援を求められれば応えるつもりだが、幸運にもこの場には両国の代表が揃っている。まずは話し合いを促すべきだろう。
「ツアーよ、まずはリ・エスティーゼ王国の者に謝罪すべきではないのかね? 王国民に襲われる謂れは無かったはずだ」
ザナック王らを示してツアーの出方を窺う。
「それに関しては弁明のしようがない。王国の者よ、この度の悲劇は同胞を制御できなかったアーグランド評議国に責任がある。このツァインドルクス=ヴァイシオンが国を代表して謝罪する。もちろん賠償にも応じるつもりだ」
「リ・エスティーゼ王国国王、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。貴殿の謝罪を受け取ろう。賠償に関しては実際の被害を確認してから改めて請求させていただく」
両国の代表が互いに意思を表明した訳だが、ツアーが思いのほか真摯に受け止めているようで感心する。アーグランド評議国はいわばスレイン法国とは真逆の国。その代表が真っ直ぐに人間と向き合う姿に、ツアーに対する印象を改める。
「双方の冷静な対応を評価する。――さて、話を戻そう」
〈
「法国の者よ、相手が相手だ。この件、アインズ・ウール・ゴウンが預かる」
「はっ! 仰せのままに」
ツアーに向き直ると不思議そうに首を傾げていた。
「初めて会った頃より様になってるね。何か心境の変化でもあったのかい?」
「……友の助言を受けてな」
ツアーのいう“様”が何を指すのか正確には分からないが、もしも「神様として」という意味ならばやまいこのお陰だ。自分に向けられる信仰を認めたばかりの頃は漠然としか“神”という存在を思い浮かべることができず、どのように演じるかを悩んでいた。元々が宗教とは無縁な人生で、ついでに言えばユグドラシルでも魔王ロール三昧。娯楽作品や仲間の蘊蓄でしか神に触れてこなかったのだ。
そんな折、やまいこに相談してみると「考えるな」と一蹴だ。曰く、「たぶんだけど、過去のプレイヤーたちは自ら神や邪神を名乗ってはいないと思うよ。彼らの振る舞いを見聞きしたこの世界の住人が好き勝手にそう呼んでいるだけ。だからモモンガさんもいつも通りで大丈夫」と諭され、「それに魔王も神様もたいして変わらないって」と法国の人間が聞いたら憤慨しそうなことも言われてしまい、それはそれで「そういうものか」と妙に納得してしまったのだ。
というか、公然と「様になっているね」とは営業妨害も甚だしい。
「ツアー、お前の呼び掛けで彼らを退かせることは可能か?」
「それができたら私はここにはいないよ。彼らは八欲王を知らない世代でね。世界盟約を結んだ頃とは情勢が違うと説得したけれど、駄目だった」
ツアーの声が悲哀を帯びる。彼らを止められなかった己を責めているのか、それともこれから起こることを予見して憂いているのか。
察するにツアー自身はプレイヤーとの衝突を回避しようと奔走したのだろう。しかし、度重なる法国の情報開示と、表に出した“娘”の存在を知覚したことで抑えが効かなくなったのだ。同情はするがこちらも共存協定の未来がかかっている。参加する勢力が増えた今、改めてアインズ・ウール・ゴウンの力を示す必要があるのだ。
「であるならば、彼らのことは諦めろ」
「生きたまま送り返してくれると嬉しいんだけど。君たちぷれいやーなら造作もないことだろう?」
「お前に退かせることができないのなら、こちらの流儀で対応するまでだ。既に血が流れている。その要求は虫がよすぎるぞ」
警告無く殲滅する。
相手は引き金を引いた。こちらにも撃ち返す権利がある。
「これがPVPであったなら対応の仕方も変わったかもしれないが、無力な民を襲う暴徒に容赦はいらないだろう」
「全てとはいわない。ここでの出来事を伝える生き証人がいたほうが、お互いに都合がいいと思わないかい?」
「ふむ」
ツアーの提案を吟味する。稀少な素材を得る絶好の機会でもあるが、今後の関係を見据えると確かに皆殺しは角が立つ。
ここで貸しを作っておけば後々融通が利くかもしれない。
「ではこうしよう。群れを率いている大きい奴から順次落とす。それを見て逃げだす者には手を出さない。これでどうだ?」
「……その条件を呑もう」
ツアー自身に同胞を選別させても良かったが、それだと実際に手を下すまでに時間がかかる。大きさ順という雑な基準にツアーは渋々といった感じで了承するが、ここは無理にでも呑んでもらわねばならない。なにせパッと見でドラゴンの外見から個体識別できるほどドラゴンという種に明るくはない。
攻撃命令を出した後は流れ作業が望ましい。
「聞いたなアルベド。指揮を任せる」
「ただちに。――〈
評議国のドラゴンが侵攻してきた際の「対応マニュアル」は事前に守護者たちが用意した。アルベドが指示を出せば直ぐにでも行動に移すだろう。
わずかな待ち時間の間に〈
「力を示すためだと思うけれど、同胞が殺される様子を見世物にされるとなると心境としては複雑だよ」
「なに、ここに居る全員が“生き証人”でも構わんだろ?」
「……君という人物が少し分かった気がするよ」
「これだけで理解した気になられても困るがな。――見ろ」
ツアーを軽くあしらい、顎で〈
「時間だ」
時刻は正午過ぎ。雲も無くどこまでも続く青い空をドラゴンの群れが我が物顔で飛んでいた。
誰に憚ることもなく大空を横行跋扈する彼らに苦言を呈する者はいない。この世界にドラゴンの敵となりうる種は数えるほどしかおらず、同胞を除けば実際に争えるのは巨人種くらいだ。
実質この世界の「空」はドラゴンのモノだった。
夜通し飛び続けているにもかかわらず、若くとも生まれながらの強者たる彼らに疲れはない。ドラゴン特有の鋭い知覚能力で人里を見つけては気まぐれに炎を噴き、年長者から伝え聞くスレイン法国の神都を目指す。
行使する機会の少ない強大な力を、「世界の歪みを正す」という大義名分のもとに振るいたくてしかたがないのだ。
そんな彼らを、
人の身体に猛禽類の頭と手足。輝く鎧からは二対の翼が生え、手には光の粒子で練られた弦が張られた朱色の弓を携えている。
無手のまま弦を引き絞ると虚空から魔力を凝縮した矢が現れ、眼下を飛ぶドラゴンの群れに狙いを定める。
一射絶命。
優雅ともとれる所作から放たれた矢には一切の殺気もなく、まるで初めからそう定められていたかのようにドラゴンの群れの中で一番大きな個体に吸い込まれた。
当の射られたドラゴンは小さく呻くと胸部に違和感を覚える。全神経を己の内に向けようとも、そこに在るはずの
そしてふと意識が遠のくと、糸が切れたかのように崩れ落ちた。
唐突に率いる者を失った群れは混乱する。
落ちたリーダーの周囲を飛んでいたドラゴンは落下地点に殺到し、斥候は何事かと舞い戻り、追従していたひときわ若い個体は慌てふためいた。続けて同じように2匹3匹と落ちてようやく「攻撃されている」と自覚し、「強者たるドラゴンを攻撃し得る相手は何者か」とドラゴンたちは戦慄する。
疑わしきはスレイン法国の手の者だがその気配はまだまだ遠く、地平線の向こう側だ。
ギチリ、と大気が軋む。
襲撃者を見つけ出そうと躍起だった群れは、突如として降り注いだ殺意に天を仰ぐ。
「あれは、なんだ?!」
いつからそこに
ドラゴンでも到達困難な高高度にソレはいた。
形容し難いナニカ。いや、外見こそバードマンだが、ドラゴンの目には全くの異質に見えた。
鋭い知覚能力がナニカを中心に屈折する光を捉え、文字通り世界が歪んで見えたのだ。
「ぷれいやー!!」
彼らは魂で理解した。
かつて“ゆぐどらしる”なる世界から転移し、数多の竜王を屠った災厄。世界をも歪める圧倒的な上位存在。それと同等の者に“上を取られた”のだと。
本能に抗い果敢に立ち向かったドラゴンたちが一撃のもとに屠られ、十数匹も落ちたころには残されたドラゴンたちも戦意を失い逃げだしてしまった。
「
〈
「ツアーよ、見ての通り約束は守ったぞ」
「手心に感謝するよ。――“彼”もぷれいやーかい?」
ツアーの問いに〈
「気になるか?」
「もちろん。善悪に限らず君たちは無視できない存在だよ」
「確かに、ツアーの立場ならそうなるか」
歴史を振り返ればドラゴンたちはそれこそ種の存続をかけて“八欲王”相手に戦い、そして“リーダー”や“スルシャーナ”のようなプレイヤーと親睦を深めた。その過程でいずれもこの世界を揺るがす結果をもたらしている。気にならない筈がない。
その上で理性的に対話から始めようとしているのだからこちらも歩みよりが必要だろう。
「奴は従属神以上プレイヤー未満、とだけ答えておこう。彼の言葉を借りるならば、“好感度が足りない”、だな。これ以上はお互いに親交を深める必要がある」
保有戦力の誇張はギルド外交上よくある話だが、やり過ぎるといざ協力関係を築いた時に齟齬が生まれる。加減が難しいものの信頼関係を結ぶまではアーグランド評議国に伝わる情報は絞りたい。
「その好感度とやらを上げる機会があるのなら深くは追及しないよ。――ああ、そうだった。スレイン法国への賠償はアインズ・ウール・ゴウンが間に入ってほしい。察してもらえると思うけど、我々の確執は深い」
ツアーの言葉にスレイン法国の面々も渋い表情になる。
溝を埋めるには時間がかかりそうだ。
「その様だな。さて、交渉は追々進めるとして、この後はどうする? せっかくだ、総会を見学していくか?」
「興味はあるけど帰らせてもらうよ。現在進行形でうちの議会が揉めているからね」
言いながら首を振るツアーは気が重そうだ。
「そうか。そちらの議会も覗いてみたいものだ」
「いつでも歓迎するよ。今回の件でアーグランド評議国は否応なしにアインズ・ウール・ゴウンと向き合わなければならなくなったからね。……この話は諸々落ち着いてからにしよう。それじゃあ、また会おう」
ぎこちない別れの挨拶に手で応えると、見送りを申し出るまもなくツアーは踵を返して会場を後にした。
いつでも歓迎するよ。
その言葉を後悔する日がすぐに来るとは、この時のツアーは夢にも思っていなかっただろう。
ツアーが去った後、しばらく静かだった会場もモモンガが再開を促すとラギエ議長がそれに応える。その後の総会は滞りなく行われ、最後に「
独自設定と補足
・ラギエ議長の独白。
・描写はありませんが少し前にザナックが即位しています。