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特集

インフルエンザはなぜ毎年大流行するのか 石弘之『感染症の世界史』

今年もインフルエンザが猛威を振るっています。厚生労働省の発表によれば、今シーズンの累計患者数は 1799 万人となり、統計を取っている 1999 年以降で過去最高の患者数に達しています(厚労省 2018 年 1 月 26 日、および 2 月 23 日発表)。これだけ衛生環境が発達し、栄養面でも十分な現代日本において、なぜ毎年のようにインフルエンザは流行するのでしょうか。先日、角川ソフィア文庫から『感染症の世界史』を刊行した著者で環境学の専門家、いし弘之ひろゆきさんにお話を聞きました。

関連記事▶新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるために、私たちにできることは?『病気は社会が引き起こす』木村知インタビュー※ページ下部「おすすめ記事」からも移動できます。

インフルエンザ・ウイルスも必死


――今シーズンもインフルエンザが大流行しています。わたしの近くの小学校も 12 月から大流行で学級閉鎖や学年閉鎖が相次いでいるそうですし、編集部でも次々にかかる人が出ておどろいてしまいました。なぜ毎年流行するのだろう、と思ってしまいます。


石:今の医学で防ぎきるにはまだまだ時間を要すると思います。インフルエンザとみられる最初の記録は紀元前 412 年の古代ギリシャのものですから、長い長い戦いを繰り広げてきているのです。

 インフルエンザの原因となっているのはインフルエンザ・ウイルスですが、毎年変異を繰り返して多くの亜型に分かれています。過去の傾向から来シーズンに流行る型を予想して予防接種を作ることは可能ですが、絶対ではありません。

 それにインフルエンザは空気感染で広がりますから、人口密度の高い『都市』に適応したウイルスともいえます。過去の大流行をみても、ギリシャ、ローマ、サンクトペテルブルグ、ニューヨーク、東京といった大都市で大発生しています。


『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)

『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)


――毎年、型を変えて現れているとは。敵もさるもの、という感じですね。


石:食物連鎖の最上位にいて、地球で最強の地位に上りつめた人類にとって、ほぼ唯一の天敵ともいえるのがウイルスです。長い歴史を振り返ると、ウイルスが病気を起こせば人間は免疫を獲得して対抗し、さらにそれをかいくぐる新型のウイルスが出現する、というように、ある種の軍拡競争をし続けているわけですから、彼らも必死なのでしょう。


――そもそもウイルスって何なのでしょうか。


石:ウイルスとは何か、というのは生物学の大命題でもあります。生物なのか、無生物なのか。ここでは詳しく立ち入りませんが、簡単に言えば、微生物ですね。現在、名前がついて分類されている生物の種だけで 200 万、すべて解明されれば、1000 万種をはるかに超えるといわれています。そのすべての種に固有のウイルスいがいます。この大ファミリーの一員がインフルエンザ・ウイルスです。


――インフルエンザ・ウイルスは普段、どこにいるのでしょうか。夏はほとんど流行せず、冬だけ流行るのも不思議です。


石:普段はシベリアやアラスカ、カナダなどの北極圏の近くで、凍り付いた湖や沼の中にじっと潜んでいます。春になって渡り鳥のカモやガンなどの水鳥が繁殖のために戻ってくると、ウイルスは水鳥の体内に潜り込んで腸管で増殖します。

 渡り鳥は年に二回、繁殖地と越冬地の移動の途中でふんといっしょにウイルスをばらまきます。


――つまり、インフルエンザ・ウイルスは渡り鳥が運んでいるということですか。


石:そうです。渡り鳥が運び役を担っています。渡り鳥の中には北極圏から南極圏まで、長距離移動するものもいますから、ウイルスを地球規模でばらまいているというわけです。


――その渡り鳥自体は感染しないのですか。


石:初期には鳥も感染してたくさん死んだと思います。しかし、長い長い年月をかけて共生してきたので、今では宿主を発病させることはありません。

 共生というのは珍しいことではありません。たとえば恐ろしい病原体と人間でも長い年月の間にはしだいに共存するようになります。病原菌の方が強すぎると宿主を殺してしまい、共倒れになって子孫を残せなくなってしまいますから、平和共存を目指さなくてはならないのです。


――水鳥のふんに潜むインフルエンザ・ウイルスが人間にたどりつくまでにどのような経路をたどるのでしょうか。


石:豚が重要な仲立ちをしています。豚の呼吸器の細胞は、多くのウイルスが感染できるようになっていて、ここに水鳥の持つウイルスが来ると、人に感染する型が生まれるのです。豚は新型インフルエンザ・ウイルスの『製造工場』ともいえるのです。

 豚でできた新しい型のインフルエンザ・ウイルスが、ヒトに広まっていくわけですが、その世界的な流行の起源と考えられているのが中国の南部です。

 中国南部では、アヒルやガチョウが豚といっしょに飼われていることが多いのですが、家畜化されているアヒルやガチョウは、水鳥が運んでくるウイルスに容易に感染します。アヒルやガチョウが豚から新亜型のウイルスに感染し、ヒトに伝わっていくと考えられています。過去 100 年間に発生したインフルエンザの世界的流行の多くは、中国南部に起源があったと考えられています。

インフルエンザ――人類を最も殺した病気


――水鳥が運んだウイルスが、アヒルやガチョウ、豚など、家畜をとおしてヒトに感染すると言っていいのでしょうか。


石:そうです。記憶にも新しいと思いますが、2001 年には鳥インフルエンザというのがありました。世界で 4 億羽を超えるニワトリやアヒルが処分され、日本でも 182 万羽が処分されました。人間にも広がり、2013 年の世界保健機関(WHO)などの調べでは、世界で 630 人が発病し、374 人が死亡しました。死亡率は 6 割近くになります。これらの死者はほとんど、ニワトリとの接触で感染したことが明らかになっています。

 2009 年には豚インフルエンザがメキシコやアメリカで発生し、世界 199 か国・地域で感染者は 6100 万人、死者は 1 万 8000 人を超えた、と米国室病予防管理センターは発表しています。日本でも原因が確定できない人も含めて 203 人が亡くなりました。


――今ではタミフルやリレンザで一週間もすれば治りますから、御しやすい病気と考えてしまいますが、とても怖いのですね……。


石:14~15 世紀には、スペインのある都市そのものが消滅したという記録が残っていますし、1977 年のソ連かぜでは約10万人が死亡しました。

 戦争を止めたこともあります。第一次大戦は 1914 年にアメリカがドイツに宣戦布告して始まりましたが、緊急動員された兵舎はどこもごった返しており、感染が一気に拡大しました。

 大流行したインフルエンザでアメリカは 5 万 7000 人、ドイツは 20 万人の将兵を失い、戦争どころではなくなってしまったのです。さらに感染した兵士が本国にウイルスを持ち帰り、インフルエンザのグローバル化まで起きました。人類史上最大の死者と感染者となってしまいました。『スペインかぜ』と呼ばれる大流行です。

 長い歴史を見て、人類を最も殺した病気がインフルエンザなのです。


スペインかぜの最初の発生地として疑われているアメリカのカンザス州ファストン基地で集団発生した患者


――な、なるほど。ところで今は特効薬的な薬、タミフルやリレンザがありますよね。


石:タミフルが何からできているか知っていますか。中国料理や漢方薬でなじみの深い八角なんですよ。感染の起源も中国ですが、治す生薬がとれるのも中国というわけです。


――ちなみに石さんは、感染症の危険を考えて動物との接触を避けたりしていますか。


石:生肉を食べるときは考えます。感染症の研究者は、たとえばユッケは食べませんよ。以前、中国で歓迎の印としてヘビの生き血を出されたことがありました。ヘビが持っているウイルスが頭の中に次々と浮かびまして、丁重にお断りしました。(笑)


こちらもcheck!→病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ


ウイルスを制する日は来るのか


――石さんの『感染症の世界史』では、ウイルスが原因の感染症が多く紹介されています。デング熱やエボラ出血熱といった怖い感染症から、はしかや風疹、エイズなどなど……。わたしが驚いたのは、がんにも感染症が原因のものが多くあるということです。


石:たばこの恐ろしさばかりが強調されていますが、性交渉もがんの原因になっていることは知ってほしいと思います。WHOによれば、世界のがんによる死亡の 20 %は性交渉から感染するウイルスが原因としています。たばこが原因のがん死は全体の 22 %ですから、セックスはたばこ並みに危険(!)なのです。

 日本の国立がん研究センターの研究班の研究結果から読めば、たばこをやめて感染症に注意すれば、男性のがんの6割近く、女性の 4 人に 1 人のがん死を防げることになります。特に子宮頸(けい)がんは若い患者が増えていますから、学校教育の段階で、性交渉と感染症の危険性を伝えてほしいと思います。


――女性に特有の子宮頸がんですが、HPV(ヒトパピローマ・ウイルス)が原因とされ、予防接種も始まりましたが、副作用の問題が取りざたされています。


石:この予防接種は世界 120 か国以上で承認され、アメリカでは11~12歳への女子に定期的な予防接種としてすすめています。実際、世界では予防接種で子宮頸がんが激減しました。

 日本では 2009 年にワクチンの接種が受けられるようになり、公的補助も開始されましたが、反対の声が高まり、2013 年に国はワクチンの推奨を中止してしまいました。

 世界でも副作用を訴える人はいますが、WHOなどの国際機関は予防接種と副作用の関連性は認められなかった、と発表しています。とはいえ、日本だけ異常に副作用を訴える人が多いのは事実です。日本では予防接種への忌避感も強いですから、そういったことに由来する 10 代の不安定な精神状態や民族的な特異性も考えられます。


――打った方がいいのか、どうなのか……。


石:子宮頸がんの最大の特徴は『予防可能ながん』という点です。HPVはほとんどが性交渉によって感染しますから、性交渉を経験する以前の10代前半にワクチン接種すれば70%以上が予防できます。

 予防接種による副作用が出る確率は、1万人に50人ともいわれていますが、一方でがんは最悪の場合、死に至ることもある病です。予防接種を打つかどうか、最後は個人で判断するしかありませんよね。本書をその判断の一つにしていただけたらうれしいですね。


――最後にお聞きします。ウイルスを人類が制する日は来るのでしょうか。


石:人と病原体の戦いは未来永劫続くでしょう。その理由は本書を読めばわかっていただけると思います。

 ただここまで、ウイルスの恐ろしさに関してばかりお話ししてしまいましたが、実はそうではないことも伝えておきたいと思います。たとえば、赤ちゃんがお母さんのおなかの中に宿ったときに、胎児を守っているのがウイルスだということが、最近の研究で明らかになりました。胎児の遺伝形質の半分は父親に由来しますから、母親の免疫系にとっては異質な存在で、母体の免疫反応によって生きていけないはずです。ところが胎児は母親の子宮内で育っていく。その理由は長いこと謎とされてきました。

 1970 年代に入り、哺乳動物の胎盤から大量のウイルスが発見され、1988年にこの細胞の膜は体内に住むウイルスによって作られたものと突き止められたのです。ウイルスは生命の本質部分を握っていることにもなります。


――まだまだ未知の部分も多いのですね。人類との軍拡競争という視点で見ると、感染症がなくならないという事実に、なるほどと思わされました。今日はどうもありがとうございました。


世界を駆け回る石さん。ピンの刺さっているのはこれまでに行った地域


石 弘之

1940年生まれ。東京大学卒業後、朝日新聞入社。96年より東京大学大学院教授、ザンビア特命全権大使などを歴任。主な著書に『地球環境報告』『感染症の世界史』ほか多数。

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